第193話 「信用」

 「盛り上がってるねー」


 目の前で不毛な議論と言うよりは言い争いレベルの光景を見ているとアスピザルが声をかけてきた。


 「話は纏まりそう?」

 「この様子だとしばらくかかるだろうな」 

 「まぁ、あんなのにわざわざ食べられに行こうなんて正気の沙汰じゃないだろうし、こうなるのは仕方がないよ」

 「二の足を踏むのは仕方がないけど移動時間を考えると動くのは早ければ早い方が良いんじゃないかしら?」

 

 夜ノ森が喚き散らしている連中を尻目にそう言う。

 意識して平静を装っているが、その声には微かに焦りが滲んでいる。

 もっともな話だ。 何をしようとしているかは不明だが、時間を与えれば与えるほど不利になるようであれば最終的に自分達の負担が増えるのだから当然だろう。


 議論は更にヒートアップするのかと思ったが――。


 『そろそろ落ち着こうじゃないか』


 ――日枝が机に腕を叩きつけた音で静まり返る。


 『俺達のやる事はこれ以上の被害を出さない為、延いては国と民の為に何をするかを考える事だ』


 日枝は周囲をぐるりと見回して「そうだろう?」と付け加える。

 

 『そこのローが既に答えを出している。 後はやるかやらないかだ』

 『だが、体内に入って無事でいられる保証は……』

 『当然ないだろうな。 だったら代案を出してくれ。 言っちゃ悪いが文句を言うだけなら馬鹿でもできる。 危険だからできませんなんて言っていられる状況じゃないのはお互い分かっている筈だろう?』


 日枝に反論しようとした獣人はそう言われて小さく呻いて言葉を飲み込む。


 『時間をかけるのは愚策らしいからな、ヘンリクさん。 流石に事が事だ。 強制ではなく志願者を募ろう。 外の連中に話をして貰っても構わないか?』

 『う、うむ。 ヒエダ殿の言う通りだな。 話をしてこよう』


 勢いに押されるようにヘンリクはダインと他数名を連れてテントから出て行った。


 『ロー。 あのデカブツ――っていい加減名前を付けないと呼びにくいな。 連れている雑魚も含めて暫定で名称を付ける。 案のある者は居ないか?』

 

 当然ながら意見はない。

 無茶振りするなよ。

 いきなり言われてすっと出てくる訳ないだろうが。


 『では、ロー。 いい名を付けてくれ』


 日枝は俺を真っ直ぐに見て無責任な事を言い出した。

 おい。

 こっちに投げるなよ。 無茶ぶりにも程があるぞ。


 一応、考えてみようか?

 記憶を漁って名前を考え――手頃なのがヒットした。


 『じゃあ、深きものディープ・ワンなんてどうだ? 雑魚はその眷属って事で』

 

 実際に海の底に居た訳だしな。 ネーミングとしては妥当だろう。

 元ネタはクト――まぁ、いいか。

 それを聞いて日枝は大きく頷く。

 

 『良いんじゃないか? 異論は――ないな。 よし、ならディープ・ワンの攻略――と言うよりは殆ど場当たり的な事になるが、体内に入る所までは詰めたいと思う』


 日枝は一気に議論を進めるが、ここってウズベアニモスだよな。

 ここの重役連中はそれでいいのか?

 そう思って視線を向けると偉そうな連中は悔しげな表情こそ浮かべているが、口を挟む様子がない。


 一応は納得しているようだ。

 いや、本当にいいの? あんた等の国じゃないのかよ。

 

 「頭が複数いる事の弊害だね。 決定が遅い――と言うよりは腰が重いのかな?」


 後ろのアスピザルがそっと囁くのが聞こえた。

 あぁ、そういえばここって会議やらで色々決めてるんだったか。

 さっきの議論を思い出す。


 あんな調子でやってたらいつまで経っても決まらんな。

 日枝もそれが分かっていたから強引に仕切っているのだろう。

 

 『まずは兵力の確認だ。 ヤバいと思ったから連れて来れるだけ連れて来た。 俺の直接の配下二千は全員強制参加だ。 傭兵が五百ほどいるがこっちは強制できないので志願者を募る事になる。 ま、期待値で三~四百ぐらいだろうから、こっちで用意できるのは約二千四百って所だ。 トピアスさん。 ウズベアニモスはどれぐらい用意できそうだ?』

 『死傷者もかなり出ているのでそこまで用意できないが、二~三千近くなら何とか……』


 日枝に呼ばれたトピアスと言うラッコ?獣人はやや戸惑った声を上げながら答えたが、歯切れが悪い。

 どう見ても失った時の事を考えている口調だ。


 『全員出して貰う。 文句はないな?』

 

 トルクルゥーサルブが連れて来た全軍を投入するのに自分達だけ出し惜しみなんて真似は流石にできずに、ウズベアニモスの獣人達は不承不承ではあるがはっきりと頷いた。

 

 『よし。 中に入るのは口からになるだろうが、入るのは問題なさそうか?』

 『入る分には問題ないだろう。 消化されなければと言う但し書きが付くがな。 問題なのはどうやって取り付くかだ』


 あの場から動いていないという前提が必須だが、陸からそれなりに離れていたので取り付くには船が必須だ。

 

 『参考に聞きたいんだが、お前等はどうやって海を越えた?』

 『飛行が可能な魔法道具がある』

 『魔法道具かー。 魔法関係はこっちは全然だからなぁ。 その手は使えないか、ここに残っている船は?』

 『先の襲撃で大半が沈んでいますが十数人乗れる中型船が十数隻なら何とか……』

 『流石に数が足りんな』

 

 日枝は考え込むように腕を組んで黙り込む。

  

 「話、どうなってるの?」

 

 アスピザルが服の裾を引っ張ってくる。


 「あぁ、輸送方法で悩んでいるそうだ」

 「船がないの?」

 「いや、あるにはあるが数が少ないそうだ」

 「そうなんだ。 ちょっと確認なんだけど獣人って運動能力がかなり高いんだよね?」

 「そうだが、それがどうした?」

 「だったらさ、いい手があるんだけど日枝さんに話してみてよ」


 何だ考えがあるのか?

 どうやって少ない船で数千人を輸送するんだ?


 「八艘飛びって知ってる?」


 ………何それ?

 


 





 『なるほど、面白い手だ』


 アスピザルに聞いた話をそのまま日枝に話したら思いのほか好評だった。

 アイデアとしては単純な物で、船を船として扱わずに並べて橋として使おうと言う事らしい。

 船の間に多少距離が開いていたとしても獣人の身体能力なら飛び移れるので問題ないと。


 ……まぁ、並べた船が襲われないと言う前提が必要なんだが大丈夫か?


 素人の俺から見ても無理臭いんだが、いいのかよそれで。

 そこら辺は日枝達が考える事だろう。 俺達は絨毯で飛ぶだけだし楽な物だ。

 日枝はもうその手で行くつもりのようで、テーブルに地図を広げて船に見立てた石を並べて配置を考えていた。


 他の連中も現実的な案と理解したのか真剣な顔で配置と移動経路を吟味しているようだ。


 出来る出来ないは置いとくとしても、そんな簡単に決めていいのかねぇ。

 余裕がないのは分かるが、部外者の意見を簡単に取り上げるのはどうなんだ?

 考え方の違いか? それともあれか? 器って奴の違いかな?


 やっぱり王とか言う肩書を背負うにはあれぐらいの度量が必要なんだろうか?

 そう考えると俺って器ちっちゃいなと少し悲しい気持ちになった。

 改めようと言う気は毛頭ないが。

 

 『よし! 大雑把だが方針は纏まった! 取りあえず船を動かす手配を――』

 『ほ、報告します! 外に……』


 手際よく話を纏めた日枝が指示を出そうと声を上げた所で、兵士が慌てた様子で飛び込んで来た。

 

 ……外?


 耳をすませば確かに外が騒がしい。

 気になったのでテントから外に出ると、理由は直ぐに分かった。

 海の方に無視できないほどでかい物が視界を埋めているからだ。

 

 例の化け物――ディープ・ワンがこちらに向かって来ていた。

 サイズがサイズなので動くたびに海面が大きく揺れており、その振動が海から少し離れたこちらにも伝わってくる。

 

 「まだ距離があるけど、あれだけの巨体だ。 こっちに付くまでそうかからないだろうね」


 どうやら準備をするなんて悠長な事は言ってられないようだ。

 後ろで日枝が大きく舌打ちするのが聞こえた。


 『もう、考えている余裕はなくなっちまったな。 さっきの案で行くから船を出せ! 出られる奴は全員港まで向かえ!』


 そう言って走り出した日枝に引っ張られるように他も港に向かって行く。

 流石に無視はできないので、俺は夜ノ森とアスピザルに目線で港へ向かうように促して小さく駆け出す。

 

 「思ったより動くのが早かったね。 これはちょっと失敗したかな?」


 引き上げた事を言っているのか?

 別に問題ないだろ。


 「どうかな? どちらにせよ俺達は奴と一戦交えるつもりではあったんだ。 やる事が変わらない以上は遅いか早いかの違いだろう?」

 「はは、そうだね。 でも、彼等の協力がないと厳しいのも事実じゃないのかな?」


 俺は鼻で笑う。


 「お前には悪いが最初からそこまで当てにしていない。 居ないよりはましだろうから話を持ち掛けたが、居ないなら居ないでどうにかなるだろう」


 俺がそう言うとアスピザルの表情が不意に変わる。

 何と言うか形容しがたい感じの顔だな。 強いて挙げるなら憐憫?


 「……前から思っていたけれど、君は本当に一人なんだね」

 

 一人? 何の話だ?

 

 「君は頑な――と言うよりは無意識レベルで他人を受け入れないね。 付き合いの短い僕でも分かるよ。 君は傍から見ればちょっとコミュニケーションが苦手なだけに見えるけど、僕には常に自分とそれ以外との間に壁を置いているように見える」

 「それがどうした?」


 何を言ってるんだこいつは?

 アスピザルが何を言っているのか今一つ理解できなかった。

 まぁ、他人を受け入れないっていう話は的を射てはいるな。


 信用が置けない奴を傍に置いて何か良い事あるの?

 潜在的な危険を傍に置くだけでリスクしかない。

 そもそも俺に言わせれば根拠の薄弱な信頼程、胡散臭い物はないぞ。


 フィクションでよく見る「俺は誰々を信じる!」とか真顔でほざく奴の気が知れないなと俺は常々思っている。

 人が人を信用する基準はいつだってメリットとデメリットの天秤だ。


 メリットに傾けば信じ、信用と言う名の労力や資産を投資する訳だ。

 逆にデメリットに傾けばにこやかな笑みでお引き取り願う。

 常識だろ?


 現に俺はアスピザルと夜ノ森の事を信用・・しているが信頼・・はしていない。

 信用している理由はお互いに利用価値があるからだ。

 俺はディープ・ワンを仕留める戦力として二人の力が必要だし、向こうもそうだろう。


 ……だからある程度は信用できる。


 あくまでこれは俺にとっての信用の形だ。 他には他の形があるのだろう。

 例を挙げると、居心地がいい、落ち着くと言った当人の魅力に惹かれると言う話はありがちだが、今の俺からすれば異次元の思考形態だ。 理解できん。 


 「自分で言うのも何だけど、僕達は世間一般で言う善人では決してないよ。 でも、僕は梓を信じているし、梓は僕を信じてくれているって信じている。 ローにはそう言う相手はいないの?」

 

 アスピザルは真っ直ぐに俺を見、その隣の夜ノ森は少し照れ臭そうにしている。

 そういう仲良しアピールは他所でやってくれませんかね。

 まぁ、真面目に言っているようだし俺も真面目に考えるとするか?


 ……信じ信じられている相手……ねぇ。

 

 一応、考えたが全く居ないな。 ……はて? 何か忘れているような気がするが――まぁいいか。

 いや、居ないと言うより要らないと言う方が正しい。

 他人なんて言う得体の知れん奴潜在的な脅威よりサベージを筆頭に自分で作った配下の方が生殺与奪を握っているので、信頼できるしわざわざ他を当てにする必要がない。


 「残念ながらそう言った相手はいないな」

 「そうなんだ。 でも――」

 「悪いが話は後だ。 見えて来たぞ」


 話している内に到着したようだ。

 視界が開け、目の前に海が広がっており、その先にディープ・ワンの巨体が近づいて来るのが見えて来た。

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