第192話 「対策」

  俺が訝しんでいるとアスピザルは続ける。


 ――別にただ逃げるって訳じゃないよ。 殺すにしても今の戦力では厳しいから立て直そうって話さ。


 出来ない事はないと思うが、厳しいと言うのは事実ではあるな。

 

 「ならどうする?」


 ――獣人達を巻き込もう。 ウズベアニモスからもあいつは見えているだろうし、少なくとも何かしらの動きはあるだろうからそれに乗っかろう。


 体内を攻めるにしてもあのでかさだ、単独ではしんどいか。

 要するにアスピザルは獣人連中を体内旅行の道連れにしようと言っているのだ。

 まぁ、楽が出来るなら俺に異論はない。


 「分かった。 一度下がる件は了解したが、どうやって引き上げる? こいつらが俺達を簡単に逃がしてくれるとは思えないが……」


 ――もうちょっと粘ってくれないかな? タイミングはこっちで指示するから、合図したら飛び降りて。


 「了解だ」


 アスピザルが飛び回っている位置から察するに、先に夜ノ森を拾うつもりのようだ。

 逃げるのはいいが、果たしてこいつは逃がしてくれるのかな?

 さっきほどじゃないが、こいつの思念とも言える物はさっきからガンガンと頭に響いている。


 アスピザルに言わせれば「腹が減った」らしいが、いい加減にして欲しい物だ。

 性懲りもなく突っ込んで来るイカを手斧で打ち払いながらアスピザルを待つ。

 

 ――お待たせ。 飛び降りていいよ。


 そうしていると合図が来たので、跳躍して空中に身を躍らせる。

 一瞬の浮遊感と同時に落下。

 全身に風を感じたと思った次の瞬間には、絨毯に着地していた。

 

 「じゃあ、一度陸に戻るよ」


 絨毯は大きく旋回して陸へ向かう。

 イカは逃がさないとばかりに追撃をかけるが、俺と夜ノ森に阻まれて次々と打ち落とされる。

 結局、最後まで本体は動きを見せなかった。


 「あのデカブツ、最後まで動かなかったな」

 「そうね。 動かないのならどうしてわざわざ出て来たのかしら?」

 「意識は僕達に向きっぱなしみたいだから諦めたりはしてないだろうけど、ここまで動きがないと少し気味が悪いね。 ……それとも何か狙いがあるのかな?」


 確かに傍から見れば俺達に無関心にも見えるが、あの纏わりつくような気配は相変わらずだ。

 あの魚野郎は明らかに俺達を喰う事を諦めていない。

 アスピザルの言う通り、何かしら狙っているのは確かだろう。


 ……にしても何を狙っている?


 時間? それとも天気?

 日は傾きかけているとはいえまだまだ明るい。 夜を待っているのか?

 天気に関しては晴れ渡った空を見る限り、急に天候が崩れる事はなさそうだ。


 なら何だ?

 考えたがこれと言った答えは出ない。

 結局、俺は後ろ髪を引かれながらも遠ざかっていく化け物を見つめる事しかできなかった。





 その後もイカの群れはしつこく追撃してきたが、ある程度離れると引き返して行き、取りあえずは一息付けそうだ。

 アスピザルも追撃がない事を確認して安心するように小さく息を吐く。 


 「取りあえずウズベアニモスに戻るよ。 日枝さんが寄越した援軍も来ているだろうし、方針についても尋ねたいしね」

   

 特に不満はないのでどうぞと頷いておいた。

 絨毯は真っ直ぐに元来た道を戻っていたが、そろそろウズベアニモスが見えて来るかといった所で、数百人規模の集団が行軍しているのが視界に入る。


 「迎撃部隊かな?」

 「そんな所だろう。 話がしたい。 降りてくれ」


 街の方にも被害が出ているから数を揃えられなかったのか、思ったよりも少ない。

 それとも偵察を兼ねているのか……。

 まぁ、その辺は話を聞けば分かるだろう。

  

 少し離れた所に降りて集団の先頭に近づく。

 集団からサイの獣人が前に出て来た。


 『話は聞いている。 無事で何よりだ』


 サイ獣人は少し驚きが混ざった視線で俺達を見ている。

 

 『大したことはできていないがな』

 『それでもだ。 あの化け物の前に立って無事とは大した物だ! 俺は勇者を尊敬する』 


 勇者って何だよ。

 

 『あんたらがここに居るって事は戻って来た連中から話は聞いてるんだろう?』

 『あぁ、あのとんでもない化け物の事を聞いてな。 慌てて数を揃えたんだが……』

 

 おいおい。

 無策でこっちに来たのか。

 見切り発車にも程があるだろ。


 『さっき一当てしてきたが、見た所あのデカブツはしばらく動かないようだ。 焦って攻めるよりは策を練って万全の状態で臨む方がいい』

 『だが……』

 『はっきり言うがこの人数では無駄死にが関の山だ。 どうせ死ぬと言う命なら効果的に使うべきだろう』

 

 サイ獣人は俺の言葉を聞いて少し考えるように目を閉じる。

 

 『分かった。 一度街に戻ろう。 えっと……?』

 『ローだ。 化け物退治に協力させて貰おう。 差し当たっては意見の交換もしたいし街まで同行しても?』

 『あ、あぁ、助かる。 俺はダインと言う。 あんた達のような勇者が力を貸してくれるとは心強い!』


 まぁ、あの化け物の狙いが俺達っぽいから賞賛されても微妙な気持ちにしかならんな。

 幸か不幸かここはウズベアニモスからそう離れていない。

 引き返すにはいい位置だ。

 

 俺は後ろの二人に頷くと引き返すように指示を出しているダインの後ろに着いて街へ向かう事になった。


 



 ウズベアニモスの中に通して貰った俺達はそのまま偉い人が集まっているらしいでかいテントまで通された。

 そこにはこの国の偉いらしい連中がでかいテーブルを囲んでおり、その中には日枝の姿も見える。

 俺達に気が付いた日枝が小さく手を上げるのが見えた。


 俺は目礼だけで返し、手近な席に着くように促されたので用意された椅子に座る。

  

 『戻って来たにしては随分と早かったな?』


 俺達を見て最初に口を開いたのはテントの一番奥に居た――アザラシ?獣人が腕を組んでいる。

 

 『ヘンリクさん。 彼等が報告にあった残って化け物の足止めをしてくれた者達です』


 ダインがそう言うとヘンリクと呼ばれたアザラシは小さく目を見開く。

 

 『おぉ、彼等がヒエダ殿が言っていた者達か! 我等の地を脅かす魔物の駆除に一役買い、あの巨大な魔物相手に殿を買って出て同胞を逃がしてくれるために奮戦したとか、無事であって嬉しいぞ!』


 いや、ちょっと話、盛りすぎじゃないか?

 それだけ聞くと俺達が――あぁ、道理でダインが勇者がどうのとか言う訳だ。

 

 『ヘンリクさん。 労うのは後にして話を聞こう。 ロー、こっちの言葉が分かるのはお前だけだ。 報告を頼めるか?』


 そうなるよな。

 と言うか報告って何を言えばいいんだ?


 『了解だ――と言いたいんだが申し訳ない。 こういう場に慣れていないので、そっちからの質問に俺が答えると言う形でも?』


 記憶を漁ればそれっぽい知識が出てきそうだが、にわか仕込みの知識でやっても上手く行かないのは目に見えているのでここは素直に学がないので、聞いてくれと答えて置く。

 

 『分かった。 まずはあのデカブツの攻撃手段と配下の兵力。 後は目的だな』

 『攻撃手段に関しては何とも言えないな。 さっき一当てしてきたが、最後まで奴自身は動かなかったので詳細は不明。 ただ、何かを狙っているようにも見えたので警戒は必要かと。 兵力に関してはここに居る皆もご存知の街を襲った魔物に、イカに似た姿をした空を飛んで突撃してくる物を確認した』

 『イカ?』

 『ツェウチダの事だ』


 誰かが疑問符を浮かべるが、日枝が即座に補足する。

 あぁ、イカってこっちではツェウチダって言うのか。

 

 『それだけとは思えないが、現状確認できたのはその二種のみだ』

 『来る途中、遠目に何か飛ばしていたのは見えたが、そいつの事か?』


 頷いて肯定。

 あんだけ派手にバラ撒いていたんだ。距離があっても目立つだろう。

 

 『さっきも言ったが奴の目的に関しては不明だ。 ただ、わざわざ陸に近い所に現れた以上は侵攻の意図がある可能性が強いと考えられる。 だから余り、猶予はないと思った方がいい』

 

 その辺はぼやかして答える。

 わざわざ馬鹿正直に俺達を狙ってますなんて言ったら簀巻きにして海に放り込まれかねん。

 日枝もあの声を聞いている以上は薄々勘づいてはいるだろうが、口を挟まない所を見ると要らない心配のようだ。


 その後は、イカ――じゃなくてツェウチダの特徴、化け物の大きさや細かい形状等を聞かれるままに話して一段落着いた。

 話が途切れた所を見計らって日枝が俺を真っ直ぐに見て本題を口にする。

 

 『さて、化け物の確認は済んだ。 そろそろ具体的な話に移ろうかと思うのだが、直接戦った者に聞きたい。 どうすればあいつを殺れると思う?』


 やっと来たか。

 正直、さっさとこの話に持って行きたかったので助かった。

 俺は頭の中で考えを纏める。


 『……外からの攻撃で仕留めるのは無理だと思う。 奴の外皮は頑丈なだけではなく分厚い。 通常の方法での破壊は不可能とは言わないが現実的じゃない』

 

 日枝は続けてくれと促す。


 『殺す場合は外皮の防御が意味を成さない体内から攻撃を加える必要がある』

 

 俺がそう言うと周囲は複雑そうな顔をし、中には難色を示す者も出て来る。

 まぁ、当然の反応だろうな。

 

 『じょ、冗談ではない。 わざわざ喰われに行けと言うのか!?』

 『しかしそれ以外に手はあるのか?』

 『話は分かるが、体内に入って無事に行動できるのか? 飛び込んだはいいがそのまま消化されましたでは話にならんぞ!?』

 『なら、どうやってあの化け物を仕留めると言うのだ!?』

 『奴を放置しておくと漁業にも支障が出る! ここ最近の漁獲量を見ただろうが!』

 『それ以前に我等が都市の存続すら危ういわ!』

 『ならば避難するのはどうか? ヒエダ王ならば受け入れてくれると思うが…』

 『馬鹿を言うな! 住処を捨てろと言うのか!』


 一通り情報が出揃うと次に起こったのは無秩序の論争だ。

 各々が好き勝手な意見を唾と一緒にあちこちで飛ばしている。

 時間あんまりないよって話をしたはずなんだけどなぁ…。


 俺としてはさっさと地獄の体内旅行の志願者を募って準備にかかりたい所なんだがな。

 荒れる会議を他人事の様に眺めて小さく溜息を吐いた。

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