第188話 「郷愁」

 おっさんの腹から這い出してきたものはブヨブヨした白っぽい肉片に大きな目玉が一つ。

 そして虫のような足が付いた異様な生き物だった。

 腹から這い出してきたそいつらは白い全身を血で斑に染めながら身を震わせる。


 名称はグロブスター。

 由来は世界各国の海岸に流れ着いている正体不明の肉の塊の事だ。

 死亡したおっさんの脂肪を材料にしているのでコラーゲンたっぷり。


 ……脂肪だけにな!


 ははは、はぁ……。 つまんね。


 数は六。 ガキ共と同数だ。

 さて、こいつ等は何ができるのかと言うと――まぁ、やらせれば分かるか。

 取りあえず、一人目行っとくかな。


 俺の命令を受けたグロブスターは見た目からは想像もできない機敏な動きで犬耳のガキに飛びつく。

 

 『きゃ……』

 『ピー――が……!?』


 五月蠅いガキが何か言おうとしていたが、首輪が締まって言葉が途切れる。

 グロブスターはガキの腹に張り付くとそのまま同化。

 腹に沈み込んで体内へ寄生。


 ガキは余りの出来事に頭が付いて行かないのか硬直している。 まぁ、この段階だと痛みもないしな。

 次の瞬間、ガキの全身が脈打つようにボコボコと泡立ち――爆散。

 他のガキ共が全身に飛び散った物を浴びて驚愕に目を見開く。

 

 ……あれ?


 俺は首を傾げる。

 何で爆散したんだ?

 グロブスターの能力は寄生した相手の肉体を変異させるはずなんだが――。


 原型を留めていない死体の中から出て来たグロブスターを手招きする。

 肉の塊はカシャカシャと音を立てて寄ってきた。 

 そっと手を差し出して指を立てる。


 グロブスターは俺の指にそっと触れて、中に詰まった根を伸ばす。

 接触して情報を見る。 どーれ、原因は――あぁ、なるほど。

 これは失敗だったな。


 変異形態は宿主の理想像や考えが反映されるので、どちらも薄い奴は形が定まらず変異が始まった瞬間ああなるようだ。

 となると、くたばったガキは大した事を考えずに生きていたと言う事になる。


 なりたい物もなく理想も薄弱。

 考えていたと言えば精々目先の事だけぐらいか?

 この歳で頭の中が小銭稼ぎの事だけとは嘆かわしい話だ。 


 ……となるとこの能力は使えんな。


 グロブスターの能力は二つ。

 戦闘能力はほぼ皆無だが、中々便利な奴だ。

 片方の能力は残念ながら不発だったが、もう片方は問題ないだろう。


 元々は一人ずつ根を撃ち込んで洗脳を施すのが面倒だったので、それの代行をさせるべく考え出したものだ。

 片方は寄生してから対象の変異及び洗脳。

 形状等は宿主によって異なるのでどうなるのか俺自身にも分からない。

 変異が成功すれば最終的に脳とグロブスターの体内にある核が融合して、俺の眷属としての思考に置き換わるので、俺に逆らえなくなる。 過程は違うが洗脳も完了すると言う訳だ。


 もう片方は変異せずに体の制御権の奪取。 こちらは肉体を乗っ取るだけで思考等は元のままだ。

 こちらは洗脳を施せないのが難点だが、肉体を完全に掌握できるので結果としてはそう変わらん。

 グロブスター達は残りのガキ共に取り付いて、湿った音を立てながら肉体に沈み込み寄生。


 ガキ共の肉体を掌握。

 よし、これで実験と餌は揃った。

 後は――。


 変異に失敗し、残ったグロブスターがじっとこっちを見て指示を待っている。

 余ってしまったな。 どうしよう?





 諸々の用事を済ませた俺は自分の意思では息すらできなくなったガキ共を連れて街の外へ向かう。

 街の外ではアスピザルと夜ノ森が待っていた。

 

 「あれ? 思ったより早かったね? 餌がどうのって言ってたけど、連れてるのがそう?」

 

 アスピザルは俺の後ろにいるガキに視線を向ける。

 ガキ共は無表情。 虚ろな目でその場に佇んでいた。

 内心では動かない体を制御しようと必死なんだろうが、神経やら何やらと体の制御を司っている部分を完全に抑えているからどうにもならんぞ。


 「……この子達に何をさせる――いえ、何をしたの?」


 夜ノ森の口調には不審げな物が混ざる。


 「奴隷だ。 買って来た」


 詳しい事は言わずに端的に答える。 嘘は吐いてない――いや、取引はご破算になったから買ってはいないか?

 そう言って預かった金の入った袋を投げて返す。

 

 「どれぐらい――ってあれ? 減ってない?」

 「こいつ等の元飼い主が金だけ奪おうとしてきたから返り討ちにした」

 「ちょっと、それって大丈夫なの?」

 「あぁ、問題ない」

 

 おっさんの死体の残りはグロブスターに喰わせたし、部屋はガキ共に掃除させた。

 簡単には発覚しないだろう。

 

 「全員連れて行く。 絨毯に乗せられるか?」

 「子供五人ぐらいなら問題ないよ」

 「なら頼む」


 アスピザルが絨毯を広げて準備する。

 夜ノ森は納得はしていないと思っているのか、俺を一瞥して絨毯に乗った。

 俺はガキ共と絨毯に乗る。


 「行先はウズベアニモスでいいの?」

 「あぁ、それで構わない。 騒ぎの方もそろそろ片付いているだろうし、少し話す必要があるから今回は中に入る」

 「分かった」 


 移動中は特に何も起こらず、アスピザルと他愛のない話をして過ごした。


 絨毯でウズベアニモスに戻った俺達は、街から少し離れた所に降り立つ。

 その頃には空が白んできており、日が昇っているのが見えた。

 街からは煙が立ち上っているが、戦闘の気配はない。 どうやら、襲って来た魔物は撃退された後のようだ。

 

 『む、何だ貴様らは?』


 破壊されている門の近くで警戒していた兵士達が俺達に気が付いて武器を向けて来た。

 

 『待て、敵じゃない。 トルクルゥーサルブの日枝さんからこいつを預かっている』

 

 俺は懐からゆっくりと日枝から貰った紙を取り出して兵士に差し出す。

 兵士は訝しみながらも書類に目を通し、安心したように肩の力を抜く。


 『援軍か? 随分と遅かったな。 もう終わっちまったぞ』

 『良かったら被害の状況等を教えてくれると助かるんだが?』

 

 兵士は周囲を見回した後、ここで起こった事について教えてくれた。

 事の起こりは昨日、日が傾き始めた頃だったそうだ。

 突如、海と地中から連中が大挙して押し寄せて来たらしい。


 こっちはトルクルゥーサルブほど土地を弄ってなかったようなので、連中が地中を移動した後は陥没やらなんやらで凄い事になっているらしく、兵士の表情は苦い。

 聞けば自宅が半分地面に沈んだそうだ。


 そりゃ気の毒に。


 海から来た奴等は手近な獣人を触手で捕えては頭部の巨大な穴に放り込み攫って行ったそうだ。

 引き上げる先は当然海なので、捕まった連中の生存は絶望視されている。

 どう見ても行先は海の底だしな。


 ……この時点で親玉は海に居る事がほぼ確定した。

 

 この国の連中も当然ながら黙っている訳もなく、即座に反撃を開始したようだ。

 襲って来た魔物は今までに見た事も無い新種で、効果的な攻撃ができずにかなり苦戦したらしい。

 弾力のある外皮や触手は打撃は通らず、斬撃を跳ね返す。


 この二種類の攻撃が通らないだけで、獣人からすれば難敵だ。

 獣人の魔法適性は人間に比べれば驚くほど低い上に、技術的に確立されていない。

 そんな理由でこの近辺では魔法がまともに使える奴はほとんどいないようだ。


 実際、魔法と聞かれても獣人からしたら「そんな物もあるらしいね」と言った認識らしい。

 肉体を変化させるような特性を持っているような種族だ、代償に魔法が使えないのかもしれないな。

 そんな訳で、基本的に獣人は身体能力に頼った肉弾戦が主だ。


 相性はあまり良くなさそうだ。

 とは言ってもそんな事で屈する連中ではなく、力技で相性を捻じ伏せた。

 何度も武器を叩きつけ、更には火炎瓶を喰らわせたらしい。


 火炎瓶が普通に攻撃の選択肢に入っている辺り、石油が大量に取れるこの辺りならではの手段だ。

 まぁ、ウルスラグナなら魔法で片付ける所だがな。

 連中に火は効果があったらしく、結果的に撃退に一役買ったようだ。


 やはり水棲生物だけあって火に弱いのか。

 現在、戦闘は終了し攻撃の余波で焼けた家屋の消火や被害の確認、再度の襲撃に備えての警戒。

 日枝が寄越した援軍も戦闘の終盤にしか参加できなかったが、精力的に働いているようだ。


 『ありがとう。 良く分かったよ』

 『そりゃ良かった。 ……で? あんた等はこれから――』

 『その事で少し協力を頼みたい。 この近辺で海に面していて、派手に戦闘が出来そうな場所はあるか?』


 兵士は俺の質問の意図が分からずに訝しむような視線を向けて来る。


 『それは一体?』


 特に隠すような事でもないし俺は分かり易く、端的に言う事にした。


 『連中を誘き出して仕留めるから場所を貸してほしい。 上へはその手紙を見せれば問題ないかな?』


 兵士は小さく目を見開く。

 

 『そんな事が出来るのか?』

 『まぁ、効果があるかはやってみないと分からないが』

 『わ、分かった。 上司と相談しても構わないか?』


 俺が頷くと、兵士は手紙を持って慌てたように他の兵士達の所へ向かい、何やら話し始めた。

 これは少し待たされるかな?







 歯痒い。

 「彼」の思考を表すのならその一言だ。

 目覚めた眷属達が次々と屠られて行くのを感じる。

 

 本来ならば問題にもならない雑魚に自分の眷属が討ち取られていると言う事実は「彼」の精神に多大な負荷をかけていた。

 歯痒さは徐々に怒りへと転化していき、怒りは憎悪へと推移していく。


 傷を負いながらも戻った眷属達が捕らえた獲物を持って来てくれる。

 「彼」は自前で捕った獲物と眷属が持って来たそれを食し活力を得て行く。

 消耗と比較すれば回復量は微々たる物だが、ないよりは遥かにましだった。


 大きく回復するには気配の主が必要だ。

 眷属が見つけた気配の主の数は四。

 それだけあれば、ある程度は自由に動けるようになるはずだ。


 それと同時に周囲の情報等も眷属を経由して得ていた。

 自分の住処だった場所が変わり果てている事を感じ、憎悪をさらに深める。

 穏やかな静寂のみが存在した自分の玉座は騒音と害虫が蔓延る地へと変貌を遂げていたのだ。


 濁った思考で考える。 あの地に生きる者は皆、滅ぼそうと。

 「彼」は自分にそう誓いを立てた。

 その後はあの「監視者」を名乗る者共に報復を。


 自覚はなかったが、永い眠りは「彼」の心身に多大な損傷を与えていた。

 欠損を抱えた思考で怒りを燃やす。


 考える事は一つ。 我が楽園を滅ぼした事がどれだけ高くつくか思い知らせるのだ。


 そこで彼はふっと僅かに怒りを解く。

 

 ――それが終われば旅に出よう。 新しい故郷を求めて。


 今は失われた故郷を想い、それを動力に感覚を研ぎ澄ませた。

 感じる。

 獲物の気配だ。それも複数。


 小さいが近くに居る。

 力を取り戻す為に「彼」は眷属達に命令を下す。

 

 我に供物を捧げよと。

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