第187話 「調達」
『っつう……』
『大丈夫かキーム?』
オレ――キームは殴られた頬を抑えながら宛がわれた部屋で一息つく。
眠っているダーンの弟であるトーンを起こさないように音を立てずに寝台に座った。
隣のダーンが心配そうな表情で見ているが心配ないと手を振る。
最悪だ。あの男から逃げきれはしたが、お陰でここ最近、憲兵の巡回が厳しくなって仕事にならなかった。
お陰で俺達の
時間は夜。
窓から覗く外の景色はすっかり暗く、人通りは絶えて久しい。
……クソっ。
このままじゃ不味い。
王選大会のお陰で人の入りも増えたから稼ぎ時と思っていたのに、化け物騒動の所為で大会は中止。
街のあちこちで警戒の為に憲兵や公務員共がうろうろしている。
そんな事が積み重なって、オレ達の上がりは全くの無し。
クソ野郎は役に立たない奴隷を養っておくほど甘くはない。
この調子が続けば妹のピーリ達が体を売る羽目になっちまう。
それだけは何とかして防がないと。
この場を凌ぐ方法はあるにはある。
ただ、それには今まで溜めていた金に手を付ける必要があるので、やるにしても最後の手段だ。
『キーム、これからどうする? この調子だと稼ぐのはしばらく無理だ。 別の方法を考えないと……』
『あぁ、分かっている』
そう返事をするがいい考えが全く浮かばない。
どうすればいいんだ?どうにかすぐに稼ぐ方法を考えないと……。
いっそ金を持ってそうな家に押し入るか? それは不味い。 今の俺達じゃ、奇襲をかけても返り討ちに遭うかもしれない。
なら、いっそ意表を突いて公務員か憲兵から金を奪うと言うのも手だ。
そっちの方が危険は少ない。 盗ってしまえば後は逃げるだけだからな。
やるならスリだ。 オレは腹を決めて口に出す。
『明日は公務員を中心に狙う』
そう言うとダーンは目を見開く。
『おい、公務員って――バレたら重罪だぞ!?』
『だが、連中は金を持っているし、今は魔物騒ぎの所為で注意がそっちに向いている。 それを逃す手はない!』
『いや、でも……』
『俺達ならできる。 公務員なら持っている金は他とは比べ物にならないはずだ! 危ない橋を渡る回数も少なくて済む』
どうせ公務員なんて国に尻尾を振って金を貰っているだけの連中だ。
俺達の動きに付いて来れるはずはない!
そう考えるとやれるという確信がふつふつと湧き上がってくる。
間違いない! オレ――いやオレ達ならやれる!
ダーンが不安そうにしているが、やって見せればそんな物は消し飛ばせるだろう。
よし、公務員から金を手に入れる。
やる事も決まったし今日はもう寝――。
不意に下から扉を叩く音が響き渡る。
『――れだ? ――んな時間に?』
イラついた声を出しながらクソ野郎が扉へ向かう足音が聞こえる。
客? こんな時間に?
珍しいと思いつつ、関係ないなと寝ようとしたが気になる単語が飛び込んで来た。
『奴隷? ――いたいだと?』
ピクリと動きを止める。
ダーンにも聞こえたのか動きを止めて聞く事に集中しているようだ。
この家にいる奴隷は全部で六人。
オレ、ダーン、妹のピーリ、ダーンの弟のトーン、妹分のムーラとセーマ。
これで全部だ。もし尋ねて来た奴が、娼館か何かの奴だったら妹達が――。
その先は考えたくなかったが嫌な想像は止まらない。
店に買われたとしてもすぐに客を取らされる事は無いはずだ。
だけど、色々と仕込まれるのは間違いない。
どうすれば、どうすればいいんだ。
考えたが何も浮かばなかった。
妹達は隣の部屋だ。 いっそ隠すか?
そう思って動こうとしたが遅かった。
重たい足音が二つ階段を上ってくるのが聞こえる。
足音はそのまま隣の部屋を通過してこの部屋の前へ。
――え?
疑問を抱く間もなく扉が開かれた。
『旦那、こいつ等です。 間違いないですかい?』
『あぁ、間違いないな』
そこに居たのは揉み手をしながら媚び諂っているクソ野郎と、つい最近財布をスろうとして失敗したあの男だった。
『な、なん……』
オレもダーンも驚きで声が出なかった。
何でこいつが――いや、それよりもどうやって。
『物は確認した。 全部買い取ろう』
男はそう言うと金の入った袋をクソ野郎に差し出す。
『へ、へへ。 毎度ありぃ』
クソ野郎はにやにやしながら袋の中身を確認している。
中には大量の黒板がぎっしりと詰まっていた。
……こいつ、こんなにも持っていやがったのか!?
あれだけあるのならオレ達全員を解放しても釣りがくる。
クソ! あの時、何とか奪えれば――。
後悔が押し寄せてくる。
『さて、おま――』
男が何か言いかけたが、クソ野郎が背後から後頭部に一撃を入れたお陰で途切れた。
『へ、へへ。 もっと持ってるんだろぉ? 貰っといてやるよぉ!』
どこから取り出したのか棍棒を片手にクソ野郎はへらへらと笑っている。
『そうか。 まともに取引する気は無いのか』
『な!?』
男は何事もなかったかのようにそう呟く。
クソ野郎は動揺しつつも追撃をかけようとしたが、次の瞬間には棍棒を持った手が肩から千切れて吹き飛んだ。
速すぎてオレには何が起こったのか全く見えなかった。
男は悲鳴を上げるクソ野郎の腹に蹴りを入れて倒す。
倒れた所に二、三度蹴りを入れて抵抗が弱まった所で、髪を掴んで顔を強引に上げさせる。
『素直に金を受け取っておけばいい物を――まぁ、金を使わずに済んだから良しとしておくか。 ほら、さっさと首輪の所有権を寄越せ』
『あ――が、痛ぇ……痛ぇよ』
男は呻いているクソ野郎の頬を張る。
『早く』
『わ、分かった』
クソ野郎は腕輪を外すと男に差し出す。
あれは俺達の――。
ぞくりと胸が震える。
……あれを奪えればオレ達は……。
考えるまでもなかった。
気が付けばオレは腕輪を奪おうと手を伸ばして――。
『あ、れ?』
一歩を踏み出した瞬間に側頭部に衝撃を感じ、頬が床にぶつかる感触を感じてオレの意識は――。
消えた。
腕輪を奪おうとしたガキを不可視化した
名称は「主人の腕輪」要するに首輪の親機だ。
登録した首輪を遠隔で操作し、着けている奴の行動を縛れるらしい。
えっと? どうやって使うんだこれ?
俺は目の前に転がっているおっさんに蹴りを入れて声をかける。
『これ、どうやって使うんだ?』
『い、痛ぇ、痛ぇよう』
傷口を<火Ⅰ>で焼きつぶす。
おっさんが悲鳴を上げる。
『これ、どうやって使うんだ?』
再度、同じ質問。
『ね、念じるだけで繋がっている首輪の状況がぼんやりと分かるようになっているから後は命令を出すだけで使えます。 お、お願いだ! い、医者を――』
なるほど。
聞くこと聞いたしこいつはもういいな。
顎を蹴り上げておっさんの意識を刈り取る。
試しに腕輪に意識を集中させた。
…あぁ、これは便利だな。
脳裏に
登録数は六。
居場所はこの周囲。
命令は所有者が変わったから白紙と。
これは便利だ。
こんな物があれば、奴隷は逆らえんな。
『あ、あの……』
ん?
腕輪を確かめているとガキが二人、こちらを見ていた。
おや? 片方はベッドで寝ていたはずだが、さっきの騒ぎで起きたらしい。
『何か用かな?』
『ぼ、僕等はこれからどうなるのでしょうか?』
あぁ、主人が変わってどうなるのか不安なのか。
俺は安心させるように表情だけで笑みを浮かべた後、正直に話した。
『ん? まぁ、死ぬな』
それを聞いたガキ共が硬直しているのを尻目に腕輪に命令を書き込む。
逆らうなと。
『取りあえず、隣の部屋の三人とそこに転がっている奴連れて下に降りて来てくれ。 そこで説明するから。 あぁ、逃げる事は許さないから必ず全員で降りてくるように』
俺は返事を待たずに意識を失ったおっさんを引きずって下に向かう。 途中、千切れた腕も回収しておく。
勿体ないしこのおっさんは材料に使うか。
下のリビングらしき広い部屋に来た俺はおっさんの体を転がす。
シュリガーラ達を造る際にエルフ戦で使えなさそうだったから没にした奴があったが、せっかくだしここで使う事にするか。
ちょっと他とは毛色が違うが、上手くすれば面白い事になるだろう。
俺は記憶を抜いた後、手の平からバスケットボールサイズの根の塊を生み出すとおっさんの顔面に落とす。
塊は形を変えるとおっさんの口から体内に侵入。 今回は乗っ取る気は無いから侵入は口で正解だ。
その際におっさんの目が覚めて苦しんでいたが、些細な事だ。
『な、何を……』
次の瞬間、おっさんの全身が水分を失ったかのように枯れて行き、半比例するかのように腹部が凄まじい勢いで妊婦のように膨らんでいく。
急激な肥大に耐えられなかったのか皮膚が裂けて、服から血が滲む。
悲鳴や断末魔を上げる事も無くおっさんは死亡。
それと同時に腹部の肥大化は止まった。
俺は膨らんだ腹を触って確認、中で何かが蠢いているのを感じて上手く行ったと頷く。
背後から複数の足音が聞こえて来た。
どうやら全員降りてきたようだな。
女三、男三の合計六人。全員いるな。
女は俺の足元に転がっている腹が異様に膨らんだおっさんの死体を見て悲鳴を上げるが、うるさいので黙れと命令すると大人しくなった。
先頭のさっき気絶させたガキが喋らせろと言った挙動をしているのでそいつだけ喋る事を許可する。
ガキは俺を睨み付けると、まくし立てる。
『お前! 何でこんな所に居るんだ!? そいつに何をした!? オレ達に何を――』
『黙れ』
何か言いたそうにしていたから言わせてやろうかとも思ったが面倒になったので黙らせた。
そう言うとガキは首を抑えて苦しみだす。
連中が首に巻いている首輪は主人の命令に逆らうと締まる仕組みになっており、逆らい続けると最後は首が千切れると言う危険な代物だ。
さて、俺が何でこんな面倒な事をしているのかと言うと、あの化け物共に対する餌にする為だ。
何でこのガキ共かと言うと正直な所、忘れかけていたから捨ておこうかとも思ったが殺すと一方的に約束したのを思い出したからだ。
こいつ等だったらどうなろうが心が全く痛まんし、ついでにくたばったおっさんの脂肪を食い荒らして成長している新種の実験もしたかったし何かと都合が良かったからだ。
どうせこのガキ共もいいとこ後数年の命だろうしな。
この国の奴隷――特にガキの生存率はそう高くない。
女は娼館での使用に耐えられる年齢になれば売り飛ばされ、よっぽど客の受けが良くなければ碌なケアもされずに病気を貰ってポイ捨て。
男も無茶な仕事や犯罪の片棒担がされて死ぬケースが多い。
日枝の政策のお陰で多少ましになっているらしいが、一朝一夕では難しいだろう。
この国の闇だな。
おっさんから抜いた記憶によれば、ガキ共は盗んだ金を溜めて自分達を買い戻そうと企んでいたらしいが、俺からすれば甘いとしか言いようがないな。
金はそこそこ溜めているようだが、その後のビジョンが恐らく無い。
とにかく抜ければ何とかなると言った考えが透けて見えるからだ。
正直、このガキ共が奴隷から足抜けしたとしても食うに困ってまたスリに手を出すのは目に見えており、その後あっさり捕まって再び奴隷コース直行だろうな。
鼻で笑う。
どうせこいつ等の人生ここで終わるだろうから関係のない話か。
……そろそろだな。
次の瞬間、おっさんの腹が内側から破裂して血と臓物をまき散らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます