第189話 「野伏」

 「あの、本当に大丈夫なの?」

 「問題ない。何度も言わせないでくれないか?」


 夜ノ森の何度目かになる確認に俺はややうんざりしながら答える。

 場所は変わってウズベアニモスから少し離れた海岸。 距離にして十数kmと言った所か?

 ここなら何が起こっても街に影響はないし、対処もできるとの事。


 海辺には例のガキ共が距離を置いて突っ立っている。

 気配を悟られるのは避けたかったので、絨毯の上で俺達三人は待機だ。

 

 そろそろいいかな?

 俺はグロブスターに命令を出す。

 誘き出せと。


 俺の命令を受けたガキ共の体内に寄生しているグロブスター達は体内で魔力を捏ね繰り回して放出。

 肉体が獣人なので構築が上手く行かないようだが充分だ。

 まぁ、根の保有量が少ないから少しかかるだろうが、予想が正しければこうすれば連中は直ぐに気が付くはず――。

 

 ……早かったな。


 次の瞬間、海から凄まじい早さで触手が伸びガキの一人を絡め取って海へ引きずり込む。

 本当に瞬きの間だった。

 陸で戦った時とは動きが全く違うな。


 取りあえず、引きずり込まれたグロブスターに手筈通りにやれと伝え、他には海から離れるように指示。

 ガキ共は全力で海から離れる。 

 一拍置いて海面が僅かに盛り上がり魔物の残骸らしき物が次々と浮かんで来た。


 グロブスターが魔物の体内でガキ諸共自爆したからだ。

 これは中々使えるな。

 俺が一々洗脳しなくて済むし、結果だけ見れば同等の効果だ。


 用済みになれば自爆もさせられるし、指示にも問題なく従う。

 ただ、欠点は本人の技能を活かせない点ぐらいか。

 あくまで体の制御を奪うだけだからな。


 ……ぶっちゃけ動きが不自然なんだよ。 固いと言うか、ゾンビ臭いというか……。 


 本来の能力である変異に成功すればその欠点も消えるが、成功しない可能性がある以上は万能とは行かない。

 ガキ共が充分に海から離れた所でそれを追いかけて魔物が次々と上陸してくる。

 

 おぉ、釣れた釣れた。

 いっぱい来たな。 十、いや、二十以上いるな。

 

 「うわ、すっごい釣れた。 あの子達に何をしたの?」

 「さぁな。 美味そうに見えたんじゃないか?」

 「本当かしら?」


 夜ノ森が不審そうに俺を見ているが無視した。


 「そんな事より、俺は仕事を果たした。 後はそっちの仕事だ」

 「うん。 任せといてよ」

 

 アスピザルは絨毯を地上へ降ろす。

 

 「じゃあ梓。 やるから合図よろしく」

 「ええ。 任せておいて」


 後続が来ない事を確認した後、アスピザルが所定の位置に付く。

 魔物の動きは思ったよりも早く、途中に二人ガキが捕まったが、口に放り込まれた瞬間に自爆して道連れにする。


 数を減らしたガキ共が設定したポイントを通過した瞬間にアスピザルが砂を操作。

 追いかけて来た魔物を拘束する。


 数が数なので良い所、数十秒ぐらいしか止めていられないが充分だ。


 同時に夜ノ森が魔石を空に投擲。

 内部の魔力を開放して炸裂。 何かが破裂するような乾いた音が響く。

 直後に少し離れた所に居た獣人たちが雄叫びを上げて突撃。


 獣人達は衝突前に一斉に火炎瓶を投擲。

 焼けた油を被って魔物は次々と燃え上がる。

 魔物達が苦痛の叫びを上げ、獣人達は獰猛な笑みを浮かべて襲い掛かった。


 散々、自分達の住処で好き勝手やって来た魔物が相手なので、獣人の攻撃に容赦と言う物は存在しない。

 嬉々として炎上している魔物を手当たり次第に襲っている。


 「古典的な手だったけど上手く行ったね」

 「あぁ、まさかこんな簡単に釣れるとは思わなかった」

 

 ウズベアニモスの兵士に話を持って行った後、連中の上役が現れて俺のやる事に一枚噛ませてほしいと言ってきたのだ。

 そいつは兵士を率いている立場だったが個人的に付き合いのある傭兵も多く、人数を調達できると言って来たので、どれだけ釣れるか分からんから俺としては頭数は居れば居るだけありがたい。


 断る理由は特になかったので連中の提案を受け入れる事にした。 頭数は多いと楽だしな。

 そいつは大急ぎで戦力をかき集めると言って去って行ったが、一時間もしない内に数十人程連れて来た。


 早いなと驚いたが、更に驚きなのは全員が全員、異様なまでに戦意を漲らせている事だろう。

 集まった連中は襲撃の際に家や家族を失い、魔物を恨んでいる奴が大半を占めているらしい。

 なるほど。

 

 そりゃ集まりがいい訳だ。

 話をした獣人の案内で手頃な広さの場所を確保した俺は早速準備にかかった。

 まぁ、準備と言っても奴等が居るであろう海に餌を撒いて食いつくのを待つだけだがな。


 その際に、子供を餌にするのかと一部文句が出たが、奴隷だし俺が好きにしても問題ないだろうと捻じ伏せた後、ならあんたが代わるか?と言うとうるさい連中は押し黙った。

 この世界では少数派の倫理観がしっかりしている奴以外は、憎しみに目が濁っているか、奴隷をどう使おうが主人の自由と割り切っている奴の二種だ。


 うるさいのが黙れば、始めるのに支障はない。

 そんなこんなで作戦を始めたのだが、これだけ大事になったのにも拘らずに来なかったらどうしようと少し不安になるな。


 食いつかなかった場合は――あれだ、言い出しっぺだし俺が餌役を交代して待つだけだ。

 釣れたら後は簡単だ。適当に誘き寄せた所で、アスピザルが砂を操作して拘束。

 数が多いと長時間の拘束は無理だと言っていたが、数秒でも動きが完全に止まれば後はやる気満々の獣人連中が先制攻撃するので充分だ。


 …結果は目の前の光景が物語っており、俺はほっと胸を撫で下ろす。


 ガキは半数以上持って行かれたが、どうせ元手もかかってないし残りは次の機会に使うとするか。

 それにしても……雑魚しか釣れないな。

 親玉らしい奴も一緒に釣れないかなと期待したが、そこまで甘くはなかったか。


 「大物はかからないね」

 「あぁ、単純に居ないのか、警戒心が強いのか――」

 「後は動きたくても動けない……かな?」

 「だったら楽でいいじゃないか。 雑魚を全部潰せば、親玉の相手をしなくて済む訳だからな」

 

 言いながらも内心ではそうならんだろうなとぼんやり考えていた。

 視線の先では獣人達が派手に炎上して弱った魔物にとどめを刺しているのが見えたが、意識はまだ見ぬ敵の大本に向ける。


 「あっちはそろそろ終わりそうだね。この後は?」

 「まだ餌は残っているし、同じ手を試して行けそうなら使い切るまで継続。 無理そうなら様子見だな」

 「分かった。手順は同じでいいね」

 「任せる」


 俺は後ろで見てるだけだしな。

 

 


 

 釣れた魔物の始末を終え、離れた場所で休憩を取って第二回目の釣りを慣行。

 餌のガキ共を海辺に配置して準備を終えたのだが…。


 「来ないな」

 「来ないね」


 再び魔物に気付かれないように絨毯で空へあがった俺達だったが、餌に食いつかない。

 

 「これは警戒されたかな?」

 「まぁ、ある程度の知恵はありそうな感じだったから流石に学習されたか」

 「全滅したって可能性は……なさそうだね」


 その点は同意だ。

 今のでかなり減らしたとは思うが、根絶やしにできたとは思えない。

 

 「あぁ、残って居る前提で動いた方が――」


 不意に耳が拾った音に俺は言葉を切る。

 地鳴り?地面から重く低い音が響き渡った。

 視線を下に向けると残ったガキ共がふらふらしているのが見える。


 「地震?」

 「かなり大きいわね」


 確かに地震のようだ。 

 立っていられないぐらい派手に揺れているらしく、下に居る獣人達も這い蹲って揺れをやり過ごそうとしている。

 

 正直、嫌な予感しかしない。

 このタイミングで地震とかどう考えても――。

 変化はすぐに起こった。


 餌共の周囲の地面がいきなり陥没して、地面に飲み込まれる。

 ガキ共は抵抗する間もなくアリジゴクに捕まった蟻のように吸い込まれて行った。

 俺は連中に捕まったら自爆するように指示を飛ばして、獣人の方へ視線を向ける。


 ……餌は全滅か。


 「あいつら、逃がした方が良いんじゃないか?」

 「そうだね。 梓」


 夜ノ森は即座に砕いた魔石を放り投げると、さっきと同様に空で弾けた魔石は光と音を周囲にまき散らす。

 それに気が付いた獣人達は全員踵を返してその場を後にする。

 アスピザルは絨毯を操作して走っている獣人達に近づく。


 『どうした? 撤退の指示だったが……』

 『連中にバレた。 恐らくだが地中から来る』

 『っ!? 分かった。 お前等急げ! ここはヤバい!』


 声をかけて来た獣人にそう言うと、察したのかすぐに周りに急いで撤退するように促す。

 

 「あ、まず――」


 いきなり地面、じゃなく絨毯に衝撃が加わる。

 アスピザルが急上昇させたからだ。

 咎めるような事はしなかった。


 一瞬遅れて地面から大量の触手が突き出してきたからだ。

 警戒はしていたとはいえ、奇襲を喰らった獣人達は次々地面に引きずり込まれて行く。

 反撃を試みようとしたものがいきなり沈んだ砂に飲み込まれる。


 「これはちょっと甘く見ていたかな」

 「……かもな」


 驚いた。

 言葉を操れる事を考えるとある程度の知恵がある事は予想していたが、ここまでとは……。


 「これって、親玉が近くに居て直接指示を出してるんじゃない?」


 なるほど。

 そう考えれば腑に落ちるな。

 実際、どう見ても突撃一辺倒だったさっきとは動きが全く違う。


 獣人連中は良く戦っているが、魔物は地中から出てこないのでほとんど一方的な戦いだ。

 面倒な。 嘆息。

 切り捨ててもいいが、流石に助けないと後々響くか。

 

 「降りる。 夜ノ森さん。 手伝ってくれないか?」

 「ええ。 流石に見捨てるのは不味いわね」

 「僕は?」

 「お前は待機だ。 旗色が悪くなったら拾ってくれ」

 「分かった。 頑張ってね」


 俺と夜ノ森はそのまま絨毯から飛び降りた。

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