第182話 「謁見」

 『……あなたが手紙をくれたアスピザルさんですか?』


 耳以外はほぼ人間形態の獣人が話しかけて来た。 見た感じ狐か何かか。

 二人は言葉が分からないので対応は俺がする。

 

 『そっちの子供がそうだ。 悪いが連れの二人は他所から来たんで言葉が分からん。代わりに俺が聞こう。要件は手紙の返事でいいのかな?』

 『分かりました。ええと――?』

 『俺はローと言う』

 『あ、申し遅れました。 私、このトルクルゥーサルブで公務員をしていますハーサと言います。 早速ですが、手紙の返事を伝えに来ました。 王は皆さんにお会いになられるそうです』


 俺は二人に向かって頷く。

 それだけで察したのか頷き返された。


 『いつ頃会える?』

 『今日の夕方以降で良ければ時間が取れるそうなので、その頃に門番に事情を話せば中に入れるように話を通してあります』  

 『分かった。 この後にそちらに顔を出す事にするよ』

 『いえ、では私はこれで』


 そう言うとハーサはその場を後にした。


 「会うそうだ。夕方以降に来て欲しいとさ」

 

 何だかアスピザルは理解しているようだが、首を傾げている夜ノ森に向けてそう説明した。

 

 「思ったより待たされなかったね。偉い人だから数日後くらいだと思ってたよ」

 

 俺も同感だ。

 こんなに早いのはフットワークが軽いと言うよりは待っていたとも取れる。

 どうやらさっきの話は的を射ていたようだな。


 「今がお昼過ぎたぐらいだから、後四~五時間後ぐらいかな。 折角だし、カジノでも行って時間潰そうか」


 俺は夜ノ森にどうする?と視線で尋ねると、彼女は小さく息を吐いて頷いた。

 

 「いいわ。 言っても聞かないだろうし行きましょう」 


 夜ノ森が構わないと言うのならどちらでもいい俺としては問題ない。


 「なら適当に時間を潰してから王とやらに会いに行くとするか」


 



 

 「お前、どうなってるんだ?」

 「え? 何が――」

 「いや、いい」


 カジノを後にした俺達は歩いて特区へ向かっている途中ではあるんだが、そのカジノでアスピザルは随分と大活躍だった。

 カード類のゲームでは無敗を誇り、ディーラーが白目を剥いて気絶したぐらいだ。

 

 それを複数の台でやらかして遂には店の責任者に泣きながら「帰ってくれ」と縋りつかれる始末。

 結局、追い出される形になったが、時間は潰せてアスピザルの懐は温まったので俺にとっては微妙だが、有意義な時間の潰し方ではあったな。


 ……それにしてもあの勝負強さは何なんだ?


 相手の心を読んでるんじゃないかって位の強さだった。

 後ろで見ていたがイカサマをしている風でもなかったし何をやったんだ?

 疑問は尽きないが、そろそろ目的地に着く。


 切り替えよう。

 警備の獣人に事情を話して通して貰い、待っていた案内人に連れられて特区の中を進む。

 塀を隔てただけで同じ街である筈なのに中と外では随分と趣が違う。


 まずは道。

 完全に舗装されており日本の道とそう変わらない。

 建物も石造りではなく――あれはコンクリートか?


 「鉄筋も入れてるのかな? この短期間でここまで再現するのは凄いよね」

 「そうだな」

 

 アスピザルが建物について感想を漏らすのに相槌を打つ。

 鉄筋って名前は知ってはいるけど外から分かる物なのか?

 周囲の建物をじっと見てみるが違いが今一つ分からん。


 他には何を作っているかは不明だが工場らしき建物があり、煙突からは煙が盛大に上がっている。

 その周囲では作業員らしき獣人が忙しそうに動き回っているのが見えた。

 日も暮れているのにご苦労な事だ。


 工場が立ち並んだ区画を抜けると、周囲の建物とは違い一際立派な建物が見えて来る。

 どうやらあれが王の居城なのだろう。

 中へ通され、数分程待たされると応接間といった感じの部屋に通された。


 部屋に備え付けられている高そうなソファには闘技場で見たあのカブトムシが座っている。

 

 『お、来たか。 取りあえず座ってくれ』

 

 椅子に座るように促してきた。 

 夜ノ森達は仕草で察したのだろう、順番に腰掛ける。

 全員が座った所でカブトムシが口を開く。


 『取りあえず、あんたらは日本人って事でいいのか?』

 『悪いが日本語に切り替えてくれ。俺はともかく、そっちの二人はここの言葉が分からん』


 俺が日本語でそう言うとカブトムシは「おお」と小さく声を漏らした後、言語を切り替える。


 『これでいいか? さて、改めて自己紹介だ。 俺は日枝ひえだ 顕宗けんぞう。 ここで王をやっている』

 『私は夜ノ森 梓と言います。 こっちはアスピザル。 それで――』

 『俺はローと言う』

  

 カブトムシ――日枝は首を傾げる。


 『そっちの姉ちゃんはともかく残りの二人は本当に日本人か? 名前と言い見てくれといい、何と言うか普通なんで驚いたんだが……』

 『そうだよ。 ただ、僕とローみたいに人間ベースは結構レアかな?』

 『そうなのか? 俺はこの姿を弄れねぇからその見た目は素直に羨ましいな。やっぱり人間に喰われないとダメなのか?』

 『そうみたい』

 『あー。 じゃあ俺は望み薄かよ』


 日枝は頬を掻くと気を取り直したのかソファーに座り直す。


 『同郷同士で色々話したい事もあるが、本題に入ろうか。 手紙には目を通した。 あの化け物が俺達を狙っているってのは本当なのか?』

 『本当だよ。 あの闘技場に現れたのも偶然じゃない。 僕達転生者が四人も固まってたんだ。 彼等からしたらいい餌場に見えたんじゃないかな? それにあなたにも声が聞こえたんじゃない?』


 日枝も心当たりがあったようで小さく頷く。


 『あれか、周りが聞こえねえって話だったから空耳かと思ったが、あんた等にも聞こえてたんだな。 ……それにしても餌ねぇ。 あの海の幸の目的は俺達を喰う事だってのか?』

 『恐らくだけどね。 少なくとも僕達を狙っているのは確実だよ』

 『根拠は――つっても狙われているのは確かだろうが、喰うって発想は何処から出て来た?』

 

 アスピザルは笑みを浮かべる。


 『そっちは、僕の所感。 狙われている事に関しては僕達三人で街の外をウロウロしてたら襲って来たから間違いないよ』


 アスピザルは「凄い食いつきだった」と付け加えた。

 実際、少し待つだけで襲って来たからな。

 

 『そんな事やってたのかよ。 あんたらだけで大丈夫だったのか?』

 

 日枝は呆れたようにそう言うが返すアスピザルは笑顔。


 『梓もローもすっごく強いからね! 余裕だったよ』

 『そ、そうか。 こっちも何とか一匹仕留めたんだが、犠牲者が出てな。 いい加減対策を練ろうと思っていた所だ。 正直、情報が足りなくて弱ってたから助かったぜ』

 『一匹?他には出ていない?』

 

 思わず口を挟んでしまった。

 日枝は今まで黙っていた俺が急に口を開いたので少し意外そうにこちらを見た後、小さく頷く。


 『あぁ、連中が地中を移動する事が分かってから街の各所に等間隔で職員を配置した。あいつらの移動した後は地面の陥没や小規模な揺れが起こるから目立つ。 街の方は地盤をほとんど弄ってねえから防ぎようがないのが痛い』


 日枝は苛立たし気に拳を手の平に打ち付ける。


 『街の方はと言う事はこちらでは対策が?』

 『ま、対策って程の物じゃない。 一応、機密なんで詳しくは話せないが、ここには地下施設があってな。 結構深い位置にあるから連中がこっちに来たらすぐに分かる。 警備も配置してるし余程深くから来ない限りはこっちの警戒に引っかかる筈だ』

 『へー。色々、手広くやってるね』


 アスピザルの言葉に日枝は「まぁな」と苦笑。


 『最初は腕っぷしに自信あったから成り上がってやろうぐらいの気持ちだったが、王なんて役職について色々やってたら開拓や開発って事業が面白くてな。 気が付いたら工場やらなんやらドカドカ建てて、国民の支持率もガンガン上がってよ。 なんつーか楽しいんだわ』


 そう言う日枝の言葉には感情が乗っており、少なくともこの場に愛着を持っているのが伝わってくる。


 『このまま環境にも配慮している我が国の事業について偉そうに講釈垂れたい所だが、まずは目先の問題だな。 単刀直入に聞こう、どうすれば連中は消えてくれる?』

 『……僕達も明確な答えは出せないけど、ローの見解では今まで出て来たのは使い魔――要するに働き蟻みたいな奴で操っている大本が居るんだって』

 『何?それは確かか?』


 日枝が身を乗り出してくる。

 おい、近い近い。その顔を近づけるな。

 何でどいつもこいつも顔を近づけて来るんだ。


 『あくまで見解だ。 確実な話じゃない』


 俺はやや身を引きながらそう答える。

 まぁ、直接記憶を抜いたから確度は高いがな。


 『こう言っているけど、信じていいと思うよ』


 根拠なくハードル上げるの止めてくれませんかね。


 『つまりは連中の親玉を仕留めないといくらでも出て来るって訳か』

 『そうなる。 数に限りはあるだろうから無限と言う訳ではないだろうが…』


 俺は肩を竦めて、完全に鵜呑みにするなと言外に含んだが、日枝は大きく頷く。


 『いや、それだけでもかなり有用な情報だ。 少なくともやるべきことがはっきりした。 その親玉を見つけてぶち殺せばいい訳だ』

 

 俺は頷く。

 それを見て日枝は小さく咳ばらいをして居住まいを正す。


 『それで? あんた等はこれからどうする? 俺に情報を与えておしまいって訳じゃないんだろ?』

 『そうだね。 本当はこっちに来たのは別の用事だったんだけど、そっちは終わった後でいいし、良かったら協力させてよ』

 『そりゃ助かる。 話を聞く限り、あんたらだけであの化け物を仕留められるんなら戦力としてかなり期待してもいいんだよな?』

 『あぁ、ただしある程度は俺達の好きに動く事は許可して欲しい』


 指揮系統に組み込まれるのが嫌だったのでそこには口を挟む。

 日枝も特に抵抗はせずに頷く。


 『指揮下に入れなんて図々しい事は言わねーよ。 ただ、最低限の足並みは揃えてくれるって考えでいいんだよな?』

 『あぁ、お互い情報は共有して邪魔しないように好きにやろう』

 『いいね。分かり易くていい。 要は指示なしで勝手に邪魔せずに動いてくれるって事だろ? 俺としては手間がかからん分、寧ろありがたいね』


 意外だな。

 指示に従えと頭ごなしに行ってくる物かとも思ったが…。

 俺の疑問を察したのか日枝は小さく息を吐く。


 『仕切る立場に居るとな。 たまには他に任せてどっしり構える事も結構、重要なんだよ』


 そこで日枝はさてと前置きをする。


 『あんたらがウチに何かしようって気は無い事は分かった。 ただ、それには今の所はって話なんだろ? それにあんたらがこの国に来たタイミングでこの化け物騒動だ。 疑うなってのはきつい話だと思わねぇか?』


 ……ごもっとも。


 『今度はアンタら自身の話をしてくれないか?』

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