第181話 「手紙」
アスピザル達と別れた俺は巨大な亀裂に沿って黙々と歩く。
下から吹き上がってくる風が前髪を揺らす。
適当に歩いた所で足を止め、周囲を確認。
……連中とは充分に距離を取れたかな?
「出てきていいぞ」
俺がそう言うとサベージが迷彩を解いて空間から滲み出るように姿を現す。
「あれから変化はあったか?」
尋ねると、少し前に例の魔物に襲われたと報告して来た。
一応、経緯を尋ねると、サベージは俺と別れた後は街の周囲に生息している魔物を適当に狩って過ごしていたのだが昨日――例の闘技場の一件と同じぐらいの時間帯に例の魔物の襲撃を受けたようだ。
襲って来たのは一匹だけだったので手傷は負ったが、何とか返り討ちにしたらしい。
サベージを襲った理由も見当がつく。
こいつは定期的に改造を繰り返しているので、根の保有量は配下の中でもトップクラスだろう。
連中からすれば転生者と変わらないのだろうな。
魔物の対処もあるが、ダーザインの事も放置できない問題だ。
今の所は組むがこの一件が片付けば、高い確率で戦いになるだろう。
その間に手の内は知っておきたい。
こちらの戦力は俺とサベージ。
さっき根を撃ち込んだ魔物と街で記憶を引き抜くついでに操った獣人数名。
魔物の方は時間がなかったので量が足りずに現在、肉体の修復中だ。
その間は地中に潜行させて待機させる。
今の所、できる事はそんな感じかな。
さて、そこそこの時間、歩き回っているが襲ってこないな。
ここらは外れか?
それとも向こうに行っている感じかな?
夜ノ森の態度から察するにアスピザルと合流して俺への対応でも相談しているんだろう。
本音で話さないのはお互い様だから知らんふりをしておくがね。
存分に陰口でも叩いてくれ。
……それにしても何であそこまで俺は警戒されるんだ?
気配とやらについては理解したが、それだけであそこまで警戒されるのは理不尽ではなかろうか?
仕事の時も意識して、普通に接していたつもりだし、不興を買うような真似をした覚えもない。
もしかして俺が警戒していたのがバレた?
そう考えれば腑に落ちた。
俺が気付いていたように向こうも俺の素性に気付いていたみたいだし、素直に話さない俺に対して警戒していたんだろう。
まぁ、露骨に嘘を吐いていたんだ気分も悪くなるか。
そこまで考えて納得。
夜ノ森との関係はさっきの会話で多少は上向きになったが、遠からず何らかの形で破綻するだろうなと言う結論もまた頭に浮かぶ。
内心でまぁいいかと肩を竦める。
どうせ短い付き合いだ。 大した問題じゃないだろう。
それにしても深い。
改めて覗き込んで見るが、底が全く見えない。
俺は借りた時計を確認。 集合時間までまだあるな。
……確かめてみるか。
サベージに隠れているように指示を出して、そのまま飛び降りた。
投げ出した体は重力に引っ張られ、速度を上げながら闇に吸い込まれて行く。
……が、中々底が見えんな。
上る時の手間を考えるとこのまま落ち続けるのは危険と判断して<飛行>を使用。
減速して空中で静止。
暗くて周囲が見辛いので<火Ⅰ>を発動。 僅かだが明るくなる。
切り立った壁面が見えるだけで特に不審な点はない。
触ってみるが硬い岩――いや、違う?
表面を軽く払うと透明感のある輝きが目に入る。
……これは?
ハルバードの柄で軽く削って確かめる。
これは魔石か?
試しに魔力を流すと仄かに光を放つ。
間違いなく魔石。 しかも加工されていない原石だ。
「おいおい。 まさかこれ全部か?」
一応、確認しておくか。
魔法を発動<水Ⅱ>。
威力は要らないので適当に放水して表面の汚れを落とすと、岩だと思っていたものの正体が露わになる。
魔石だった。 しかも地層その物がだ。
見た所、まっさらな状態で不純物もなさそうだ。
この手の魔石は様々な用途に使われるのでウルスラグナでは需要が極めて高い。
魔石は俺の魔法で発生した光を反射して透明に輝く。
これだけあれば一財産築けるが――今は不要だな。
金に困ったらここの事を思い出そう。
水を流しながら適当に上昇。
……これ凄いな。ほとんど魔石か。
しばらく上がっていると魔石の層は途切れ、普通の地層に変化。
地上との距離を考えると上から掘り起こすのは現実的じゃないな。
時計を確認すると、少し急いだほうがいい時間になっていた。
魔物に関しては収穫無しだが、無駄足にはならなかったな。
俺は地上に戻るべく一気に上昇した。
「あ、戻って来た。 遅いよー」
何とか時間ギリギリで戻ると、二人は既に戻ってきており、俺の姿を見たアスピザルが手を振っている。
「どうだった?」
「特に何もない。 静かな物だ」
俺はそっちはどうだと目線で聞くとアスピザルは肩を竦める。
「こっちも収穫は無し。 梓の方も空振りだってさ」
隣の夜ノ森も小さく頷く。
「この辺りはこれといって何かある訳じゃなさそうだね」
「かもな。 この後どうする? 戻るのか?」
「そうだね。 梓はどう思う?」
「……私も同意見よ。 ここに何もないのなら一度街へ戻るべきだと思うわ。 今なら日の出ている内に戻れそうだし、流石にここで野営する訳には行かないでしょう?」
「分かった。 じゃあ戻るとしようか。 ローもそれで構わないよね?」
俺は了解と頷いておく。
「決まりだ。 街へ戻ろう。 じゃあ砂を使うから二人とも寄って寄って」
近寄るとアスピザルは砂を操作して移動を始める。
砂山は速度を上げ、みるみる内に亀裂から遠ざかっていく。
「……考えたんだけどさ。 王様に会ってみない?」
移動を開始して少ししてから、不意にアスピザルがそんな事を言い出した。
「必要があるとはとてもじゃないが思えんな」
何でわざわざ、面倒事の種を増やさないとならんのだ。
俺としては転生者である事を知って居る奴が増えるのはリスクでしかない。
「だったら僕等だけで話してくるからローは外で待っている?」
「……いや、付き合おう」
そう答えるしかなかった。
お前等が余計な事を喋らんという保証がない以上、せめて目の届く所でバレた方がマシだ。
「分かった。 でも、このペースなら戻りは夜になりそうだから会いに行くのは明日の朝にしようか」
「了解だ。 街に戻ったら今日は終了だな」
そう話を締めくくりながら、また面倒な事になりそうだと内心で溜息を吐いた。
王直轄行政・開発特区。通称特区。
王が作った様々な施設が存在する一角で、関係者以外は立入禁止のエリアだ。
技術開発等、国家機密に当たる研究はこの区画で行われており、職員、関係者、許可の下りた者以外は立ち入りを禁じられているこの国で最もガードの固い場所だ。
不法侵入はこの国でも最上級の犯罪で、捕縛と言う過程を介さずにその場で殺害する許可すら下りているとか。
周囲は高い塀に囲まれ、遠くから見ると煙突のような物から煙が豪快に空へ立ち昇っていく。
恐らく、中には工場の類があるのだろう。
道路の舗装にアスファルトを使っていたし、その手の物を作っているのかな?
翌日、俺達はそこを訪れていた。
「……で? 来たのはいいがどうやって取り次いでもらうんだ? さっきも言ったが、勝手に入るのは無しだ。 下手すれば要らん敵が増えるからな」
「うん。 分かっているよ。 だから正面から会いに行く」
翌日、俺達はその王が居るであろう特区へ向かっていた。
「無難な手とは思うけど、いきなり行って相手にしてくれるのかしら?」
「大丈夫、大丈夫。 はい、と言う訳でよろしく」
アスピザルは俺に手紙のような物を差し出す。
「何だこれは?」
「そこにいる警備兵に王様へ渡して貰うように頼むんだよ。 簡単に事情と話し合いたいって事を日本語で書いておいたから、向こうも情報が欲しいだろうし乗ってくれると思うよ?」
視線の先には出入り口を守っている警備兵が数名立っていた。
「……で、俺に渡して来いと?」
「うん。 だって僕言葉解らないし。 ローが適任でしょ? 後、中に泊まっている宿の場所も書いておいたから返事はそっちまで持ってくるように言っといて」
……まぁ、そうなるか。
乗り気はしないがやるとしよう。
俺は手紙を受け取ると真っ直ぐ警備がいる場所へ向かう。
『おい、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ』
警備の獣人が持っている槍を肩に担ぐようにしてそう言う。
俺は戦意がないとアピールしながらゆっくりと近づいて手紙を差し出す。
「すまない。 王にこれを渡してほしいんだが、頼めないか?」
警備の獣人達は俺が持っている手紙を見て、何か異常はないか確認しながら鋭い視線を向ける。
警戒は解いていないな。 優秀だ。
内一人が近づいて手紙を受け取る。
「これは?」
「先日の魔物の件で情報を交換したいと言う旨を書いた。 出来れば直接会って話したいので、その手紙を見て会うかどうかを判断して欲しい」
「内容を確認しても?」
俺は構わないと頷く。
もっともお前等に読めるとは思えんが。
「分かった。 渡しておこう」
「中に俺と俺の連れが泊まっている宿が書いてあるので、悪いが会ってくれる場合、そこを尋ねてくれると助かる」
そう言って俺はその場を離れてアスピザル達の方へ戻る。
「ありがとう。 後は宿で待つだけで大丈夫だよ。 闇雲に動いても疲れるし少し待とうか」
「折角だし食事でもしましょう、朝一でこっちに来たからまだ食べてないのよ」
夜ノ森は腹をさすりながら食事を提案して来たので俺もそれに乗っかる事にした。
「良いんじゃないか? 俺も何か腹に入れておきたい」
「そうだね。 確か宿の隣に食堂があったから、そこで食事にしようか?」
その後、宿に併設されている食堂で俺達は食事を取る事になったのだが――。
「何かすっごい見られているね」
「嫌ねぇ。 じろじろ見られるのは好きじゃないわ」
「まぁ、これのせいだろうな」
隣のテーブルに積まれた皿の塔。
当然ながら俺達が食い終わって空いた皿の山だ。
この体になって燃費がさらに悪くなったので、食事量が増えた俺はともかく、他の二人も食っている量が半端ではない。
夜ノ森は体格の事もあって分からなくもないがアスピザルも同等以上の量を食っているのはどういう事だろうか。
基本的に獣人は大喰らいだが、俺達の食事量はその獣人の常識からしてもかなりの量だったようだ。
お陰で周囲の連中から好奇の視線を向けられている。
正直、鬱陶しいのでやめて貰えませんかね。
「所で、あの手紙だが具体的に何を書いたんだ?」
黙々と食うのも何だったので話を振ると、アスピザルはあぁと呟く。
「大した事は書いてないよ。 僕等も例の魔物に狙われているんで、情報交換したいって事を日本語で書いただけ。 向こうも他の転生者に興味持ってるっぽいし高確率で食いついて来ると思うよ?」
「そうなの? 権力者みたいだし取り入ろうとかの打算を警戒するなんて考えられない?」
「ないとは言い切れないけど、本気で関わりたくないないなら王なんて目立つ役職に就かないと思うな。それにあの特区って所見たでしょ? 道路の舗装に工場も大っぴらにしてるし、隠す気ないじゃない。 その辺、踏まえるとむしろ接触してくるの待ってると思うよ?」
「俺もその点は同意見だ。 国の職員で公務員とか狙いすぎだろ」
それを聞いて、アスピザルはちょっと笑い、隣の夜ノ森も小さく噴き出した。
「ははは――っと、来たんじゃない?」
「みたいだな」
入口に視線を向けると、職員の制服を着た獣人がキョロキョロしながら誰かを探しているのが見えた。
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