第183話 「要請」

 『僕達の事?』

 『あぁ、何もいきなり現れたって訳じゃないんだろ? どこから、何の目的で来たのか、その辺ははっきりさせておきたい』


 日枝の主張は至極真っ当な物だと俺も思った。

 騒動が起こり、都合よく情報を持った連中が現れる。

 俺ならマッチポンプを疑うな。


 騒ぎを起こして恩を売る。 

 または連中を起こしたのはいいが制御できなくて始末を押し付けようと企んでいるとか、か?

 うん。 俺ならまず信じないなこんな胡散臭い連中。


 その辺を察しているにも関わらず正面から聞いて来る所、この日枝と言う男の人の良さが出ている。

 王の地位を維持し続けている以上はそれだけではないのだろうが、少し甘いんじゃないか? 


 『その話って面倒事が済んでからじゃダメかな?』

 『あぁ、少なくともあんた等を信用する上では今、聞いておきたい』


 顔は虫だから表情が読めないが声音から真剣さは伝わってくる。

 アスピザルは少し困ったような表情を浮かべるが、誤魔化せないと悟ったのか素直に白状した。


 『僕達は転生者を集めていてね。 森の向こうから仲間を探しに来たんだ』

 『……仲間ねぇ。 集めてどうしようっていうんだ』

 『今は言えないけど、僕は戦力が欲しい。 それもある程度、信用が出来る戦力が』

 『そりゃ単純に強いってだけじゃなくて、背中を預けられるって意味か』

 『うん。 そうだよ』


 そう言うとアスピザルは少し身を乗り出す。


 『僕の見た感じ二人とも人格面では問題ないし、ローは実力も申し分ない。 欲を言うのなら二人とも欲しいんだけどね』

 『ん? そっちの兄ちゃんは仲間じゃないのか?』


 日枝が不思議そうに首を傾げる。


 『俺は成り行きで雇われただけだ』

 

 肩を竦めてそう答えた。 実際、俺は連中と一時的に組んでいるだけで仲間じゃないからな。

 日枝も仲間にしたいようだが無理だろ。

 こいつの肩書は王というこの国のトップだ。


 説得で靡く訳がないだろうが。

 しかも事情の説明も無し。

 俺が日枝の立場だったら「こいつ舐めているのか」と思っただろうな。


 『説明なしで仲間ねぇ。 正直、ヤバい臭いしかしねえな。 俺に何か得でもあるのか?』


 当然の疑問だな。

  

 『えーっと、普段だったら衣食住と金銭なんだけど……』


 アスピザルの歯切れは悪い。

 どう見ても目の前の男は全部足りているように見えるんだが……。


 『どれも間に合っているな。 どっちにしろここでの生活が気に入っていてな、悪いがその話には乗れねーな』

 『……だよねぇ……。 はぁ、どうしてこう優良物件は釣れないのばっかりなのか』

 

 その勧誘の仕方で釣れるのは、自分に都合の良い事しか起こらないと勘違いしている主人公気取りのバカだけだろ。

 

 『いや、その怪しい勧誘で釣れる奴は、よほどの世間知らずか危機感無さ過ぎのバカだけだろ』


 日枝が俺の考えと似たような事を呟く。

 まぁ、当然の反応だな。


 『ちなみにローは今の所――』

 『悪いが俺もそっちの日枝さんと同じだ。 お前らの話に魅力を感じんな』

 『だよねぇ……。 ちなみになんでもさせてくれる可愛い女の子を宛が――』

 『ちょっとアス君!?』


 何故か夜ノ森が声を荒げたが、俺は無視して鼻で笑ってやった。

 現状、最も要らないな。 女に飢えていないし、食料にも困っていない。 そもそも足手纏いだ。

 はっきり言って邪魔でしかない。


 ……ってか何で夜ノ森が声を荒げた?


 まさかとは思うが――。

 俺はちらりと夜ノ森に視線を向ける。

 彼女は視線の意味に気が付いたのか、慌てだす。


 『ち、違うのよ? 私じゃないの! でも、それだけはダメ! 絶対にダメだから!』

 

 ……何言ってんだこいつ?


 『いや、何でもしてくれるとか胡散臭すぎて俺でも断るぞ。 ……というか何だそのイエスマンは? 奴隷か何かか?』

 『今回は・・・奴隷じゃないんだけど、前に勧誘した人はその条件でほいほい付いて来たんだけどなー』

 『何だそいつ馬鹿じゃないのか? ってかそいつどうなったんだ?』

 

 もう日枝のツッコミが追いついていない。


 『えーっと。 女の子に囲まれて好き勝手――じゃなくて自由に生きてるよ?』

 『……』

 『……何か頭が痛くなってきた』

 

 奇遇だな。俺もだ。


 『……話を変えよう。 森の向こうがどうとか言っていたが、あんた等あそこを抜けて来たのか?』

 『僕達はそうだよ。 そう言えばローはどうやって森を抜けたの?』

 『真っ直ぐ抜けたとしか言いようがないな』


 飛んでだが。


 『あぁ、やっぱり抜けた先はあるんだな。 一時、調べていたんだが、迷いやすい上に木の上に登っても果てが見えないからな。 入るにしてもリスクばかりが目立つから放置気味だったんだが、終わりがあるなら少し考えた方が良いかもしれんな』

 『あまりお勧めはできないかな。あそこの魔物、結構強いから半端なのを連れて行くと死ぬよ?』


 そうなのか?

 飛んで越えたから知らないけど、取りあえず同意するように頷いておいた。


 『ま、そうだろうな。 迂闊に踏み込んで戻って来ない奴が出るのもザラだったからなぁ』

 『それに、距離があるからそう簡単に抜けられない。行くのなら脱落者が出る前提で、予定を組んだ方がいいかと』

 『ローの言う通りだね。 僕等でも数か月位は移動に使ったから大人数となるとちょっと現実的じゃないと思うよ』


 移動するだけでも困難だが、突破できたとしても別の問題が出て来るだろう。

 言語もそうだが、ウルスラグナはここと違い、犯罪者じゃなくても他人や他種族を奴隷にする――いや、できる場所だ。


 右も左も分からん獣人と言う向こうでは希少種の連中がどうなるかなんて、火を見るより明らかだろう。

 余程上手く立ち回らない限り、散々カモられた後、良くて奴隷、悪くて野垂れ死にだ。

 俺達の反応で何かを察したのか、日枝は小さく唸る。


 『なるほど。 人間の国って奴は気楽な所じゃなさそうだな。 ……大体わかった。 そっちの誘いには乗れないが信用はする』 

 『見極めはもういいの?』


 アスピザルがそう言うと日枝は一瞬だが硬直した。

 そこで俺も日枝の意図に気が付く。

 森の向こうの話などは二の次で、俺達の反応等を見て信用できるのかを見極めていたのだろう。


 何を以って俺達を信用できると断じたのかは理解できんが、話が円滑に進むようで何よりだ。

 

 『……食えない奴だな。 ま、味方でいる間は当てにさせて貰うぜ。 じゃあ、そろそろ話を戻すか。 あんたらはこれからどう動くんだ?』

 『東にあった渓谷ってところは見て来たんだけど、空振りだったからそれ以外を探したい所かな』

 『あんな所まで行って来たのか、ってかあの辺何もないだろ?』


 魔石が大量に埋蔵されてたぞ。


 『見応えはあったけどそれだけだったね。 取りあえず、僕達は北の方を調べようと思っているよ』

 『北って事はウズベアニモスの方か』

 『ウズベ?』

 『海に面している隣国だ』


 首を傾げるアスピザルに俺が補足を入れる。


 ウズベアニモス。

 トルクルゥーサルブ北部に存在する都市国家だ。

 人口等は抜いた記憶に入っていなかったが、ここ程規模は大きくなかった筈だ。

 

 海に面している利点を活かし、漁等が盛んで船を大量に保有している。

 取れたての海の幸は人気で食べに訪れる者は多いらしい。

 こちらは王と言う肩書を持ったトップを置かずに組合という組織が取り仕切っており、代表数名が王として国の方針を定めるそうだ。


 『詳しいな』

 『教えてくれる親切な奴が居てな』


 魚料理は是非とも食ってみたいから機会があれば行ってみたいと思ってたんだ。

 

 『僕としては海に近い位置が怪しいと思っているよ。 襲撃も僕達を狙っているにしては散発的だしね』

 

 あぁ、そもそもこの辺りには数が居ないって事か?

 

 『それが当たってたら今頃向こうは酷い事になってるんじゃないのか?』

 『そうかもね。 向こうにどれだけの知恵があるかは知らないけど、僕達を捕まえるのが難しいって判断したなら手近な所で食事を済まそうと考えるかもしれないよ』

 

 あんなのが大挙して押し寄せるのか?

 数体なら何とかなるがそれ以上となるとしんどいな。

 何か俺も行く流れになっているけど、適当な事言ってここに留まるように言った方が――。


 俺が口を開きかけた所で、扉が力強くノックされる。

 

 『どうした? 入っていいぞ!』


 日枝が入室の許可を出すと、焦った表情の獣人が部屋に飛び込んで来た。


 『来客中失礼します! ウズベアニモスからの救援要請です! 例の魔物が大量に現れ、襲撃を受けている模様!』

 『マジかよ。 ……分かった。 こっちの守りもあるし、人数は割けないが部隊を編成する。 傭兵共にも依頼を出せ! 急ぎで頭数が要る。 報酬は多めの金額を提示しろ!』


 日枝が矢継ぎ早に指示を出すと入って来た獣人は返事をして、慌てて部屋から出て行った。


 『もうちょい考えたかったが、状況の方が先に動いちまったようだな。 こっちは兵を出す。 そっちはどうする?』

 『僕達は別で向かう事にするよ。くっ付いて行くよりは僕達単独で動く方が早いしね』

 『分かった。 なら一筆書くから何かあったら現場の奴にそれを見せろ。 少なくとも邪魔はされないはずだ』

 

 口を挟むタイミングを逃したな。

 面倒な事になりそうだが……まぁ、いいか。

 このタイミングで現れたって話も気になるし、化け物の親玉も見ておきたい。 

 

 そんな事を考えている横で、日枝が用意した書類を受け取ったアスピザルと夜ノ森が立ち上がる。


 『じゃあ僕達は先に行っているから、ほら! ローも行くよ』

 『あぁ』


 俺は頷いてアスピザルに付いて日枝に会釈した後、部屋を後にした。

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