第178話 「露見」

  始末は完了したが、それっぽく見せる為にハルバードで頭をカチ割り、青っぽい返り血?を浴びてから口から出る。

 

 「あ、出て来た。大丈夫だった?」


 外ではアスピザルが少し驚いた顔で待っていた。

 

 「いきなり口に飛び込むから驚いたよ」

 「何とかなっただろ?」


 そう言って俺は肩を竦める。

 アスピザルはそれを見てやや呆れた声を出す。


 「いつもそんな感じなの?」

  

 ……どうだろう。


 自覚がないから何とも言えんな。


 「たまにだがな」


 ……とだけ答えておいた。


 答えを聞いてアスピザルは苦笑。

 さて、こっちも片付いたし夜ノ森の援護を――。

 振り返った俺の近くに千切れた触手が吹っ飛んで来た。


 何事かと視線を向けると、夜ノ森が素手で化け物を滅多打ちにしている所で、ちょうど触手を引き千切って投げ捨てていた。


 ……おいおい、どうやって千切った?


 魔物も触手を駆使して夜ノ森を捕らえようとしているが、既に半数以上が半ばから千切れ、血を噴きだしながら断面を晒していた。

 彼女はあの図体からは想像もつかないような軽快なフットワークで触手を全て躱すと、手近な物を爪で引き裂き出来た傷口に手を突っ込んで強引に広げて更に引き千切る。


 そんな調子で触手を全て失った魔物は夜ノ森のサンドバッグと化した。

 見ていた俺も軽く引くぐらいの光景で、魔物の上に乗っかって爪で散々引き裂いた後に頭を穴から引き摺り出してそのまま引っこ抜く。


 穴から凄まじい量の血――あれってもしかして墨か何かか?――が噴出した。

 夜ノ森は引っこ抜いた頭を投げ捨てるとこちらに振り返る。

 

 「あら?もう終わったの?」


 ……といつもの調子でそう言った。




 「仕留めといて何だけど凄い見た目だね。 ……で、本当に何だろうねこいつ等?」


 目の前の魔物の死骸を眺めるアスピザル。

 俺が仕留めた方は比較的、形は保っているが、夜ノ森が仕留めた方は完全に肉片となっていた。


 「梓ー。 調べるんだからもうちょっと綺麗に仕留めてよ」

 「手強かったから加減なんて無理よ」

 「え? でもローは普通に仕留めてたよ?」

 「……と言うかどうやって倒したの? 見た感じ本体にあんまり傷が付いてないみたいだけど……」

 「凄かったよ!口の中に飛び込んで頭だけ砕いて撃破。 スマートだね?」

 「はいはい。 どうせ私は乱暴ですよー」


 俺は二人の会話を適当に聞き流しながら魔法で水を出して体の汚れを落とす。

 アスピザルが無傷なのは援護に徹してたので特に不思議はないが、夜ノ森もほぼ無傷なのはどういう事だろうな。


 どう見ても手数が自慢の化け物相手にほぼ完封している時点で並じゃない。

 最後の方だけしか見てないが、あの図体に似合わないフットワークは何だ?

 転生者だからか? それとも何かしらのアイテム?


 ……まぁいい。 敵じゃない内は当てにしておこう。


 思考を棚上げしつつ警戒は解かない。

 無論、この二人と周囲の両方に対してのだが。

 前者はともかく、後者に関しては反応はないので後続は来ないようだ。


 ……今の所はと言う但し書きは付くが。


 体の汚れを一通り落とした俺は二人に近づく。

 

 「……取りあえず俺達が狙われているのははっきりしたが、これからどうするんだ?」

 「うーん。 そうだね。 その前に少しはっきりさせときたい事があるんだけどいいかな?」

 「何だ?」


 アスピザルが改まった口調でそう言い、俺の方を真っ直ぐに見つめて来た。

 あ、すっごい嫌な予感がする。


 「ロー。 君って転生者だよね?」

 

 ほら来た。 しかも言い切ってやがる。

 隣の夜ノ森も特に動揺した感じも無く俺に視線を向けていた。


 「……何の話だ?言っている意味が分からないな」


 惚けはするが、これは誤魔化せんなと内心ではほぼ諦めている。

 どう見てもこいつら確証があって言っているようにしか見えない。


 「隠しても無駄よ。 私もそうじゃないかとは思っていたのよね」

 

 ……何でだよ。


 ボロを出した覚えはないし、言動には注意を払っていたつもりなんだがな。


 「君が普通じゃないのは会った時から思ってたけど、あの怪物が僕達三人・・・・を狙った事で確信が持てたよ。 少なくとも僕と梓には出身地っていう共通点があるからね。 同様に狙われた君も僕等と同じカテゴリーに属していると考えるのは当然の流れじゃないかな?」


 おい、ちょっと凄い事を言ったぞ。

 出身地が同じ? と言う事はアスピザルも転生者って事なのか?

 会話やら状況でそうじゃないかと疑っていたが、俺と同じって事かよ。 厄介だな。


 「それにあなたは私の事を呼ぶ時、名前じゃなくて名字で呼んだわ。こっちではね名字ファミリーネームは後につく物なの。 それなのにあなたは私を「夜ノ森さん」と呼んでいた。 少なくともあなたは日本式の名前に馴染みがあった証拠だわ」


 ……あー……そう言う事か。つまり俺は最初っから怪しまれていたって訳かよ。


 残念ながらこの近辺でも名前、名字の順だ。

 惚けるにしても無理がある。


 これはしくじった。

 確かに何も考えずに名字で呼んでたな。

 この熊はそれを見越して本名を名乗ったのか? だとしたらとんだ食わせ物だ。


 そう言えばここの王も名前と名字入れ替えてたな。

 嘆息。 迂闊だった。 これはどうにもならんか。


 「……だとしてもあんたらには関係のない話だと思うが?」

 「そうでもないよ。 転生者を探す事も僕達の目的の一つだからね」

 「ええ。 まさかあの王の他にも居たとは思いもしなかったけど、接触できたのは幸運だったわね」

 

 あぁ、もうこいつ等の正体がほぼ確定した。


 「ダーザインか」


 そう言うと夜ノ森は動揺したように目を見開く。

 

 「……知っていたの?」


 あぁ、畜生。 決まりかよ。

 考えうる限り最悪の答えだ。


 「薄々、そうじゃないかと思っていたんでな。 転生者の時点で疑ってはいたが、ウルスラグナから来ていて、生活基盤が整っているかのような口振り、見た感じ騎士って風じゃない。 聞いた話じゃグノーシスは転生者にそれなりの地位を与えているようだから、そうは見えないあんたらは消去法でダーザインだ。 「使徒」とか言う上位の構成員なんだろ?」


 テュケって可能性もあったが、提携しているらしいし一括りでいいだろう。


 「へぇ。 随分詳しいね。もしかして誰かに勧誘された?」

 「されたとも、断ったら襲いかかって来たから返り討ちにしてやったが」


 ついでに仕事で襲ってやったとも言ってやろうかとも思ったが、それは言わない。

 余計な情報は与えないに越した事はない。

 

 言いながら俺はゆっくりと距離を取る。

 夜ノ森もそうだが、アスピザルがやばい。

 口振りから「使徒」であるのは確実だ。 にも拘らず完全な人型。


 恐らくは完全に俺と同じ仕様だろう。

 ダーザインに所属している以上、俺よりも経験値の蓄積は高い筈だ。

 サベージも居ない以上、勝算が薄い。

 

 さっきの戦闘に関してもアスピザルは支援に徹していたお陰で手の内は見れていない事も大きなマイナスだ。

 

 「そっかー。ウチのメンバーとも接触済みって事は……随分と失礼があったようだね」

 「だから、先走らないように徹底させなさいって言っておいたのに」


 アスピザルが困ったような表情をして、夜ノ森が渋い声を出す。


 「私達の所為で気を悪くしたのなら謝るわ。 だからせめて話だけでも聞いてくれないかしら?」


 言いながら夜ノ森が一歩近づいて来たので、俺は同じだけ下がって距離を詰めさせない。


 「だったら二、三歩下がってくれないか? 俺の認識だとダーザインと言うのは、断ったら即襲って来るふざけた連中なんでね。 ……この間合いだとあんたの拳がすぐに届く」

 

 夜ノ森は小さく頷いて言われた通り三歩下がる。

 その間にサベージに連絡を取り、こちらに来るように指示を出す。

 一応、そう遠くない位置で待機していたようで、見つからないであろう位置まで移動するのにはそうかからないと返事があった。


 ……後は時間稼ぎか。


 ダラダラと会話を引き延ばせば何とかなるだろう。

 俺はゆっくりと不自然に思われないように移動して、さっき仕留めた魔物の死体にもたれかかる。

 くそ、こんな事なら殺さずに死んだふりをさせておくべきだった。


 こっそりと根を侵入させて破壊した部分の修復を開始。

 間に合うか?

 

 「じゃあ、話を聞こうか?」

 

 俺は進めている仕込みを悟られないように話を進めるよう促す。

 アスピザルが何か言おうとしたのを夜ノ森が手で制する。


 「君が話すとややこしくなるでしょ?」


 そう言われて肩を竦めた。

 

 「分かった。梓に任せるよ」


 気を取り直して、夜ノ森は小さく咳ばらいをして話し始めた。 


 「まず改めて自己紹介するわ。 私は夜ノ森 梓。 あなたの言う通り、ダーザインで使徒と呼ばれる転生者よ。 彼はアスピザル。今のダーザインの代表を務めているわ」

 

 ……代表?


 「そーだよー。よくボスって呼ばれるね」


 マジかよ。

 こいつがダーザインの頭? 冗談だろ?

 いや、能力を考えればある意味自然な流れなのか?


 夜ノ森が「今の」と付けているから代替わりした結果なのは分かったが、ダーザインのイメージとアスピザルが上手く結びつかないな。


 「私達の目的は転生者を集める事よ」


 それは知ってる。


 「グノーシスの聖堂騎士も同じ事を言っていたな」


 転生者は戦力としては優秀だ。

 騎士を十数人より、転生者一人の方がよほど強いからな。

 その辺の認識はダーザイン、グノーシスで共通なんだろう。


 「あぁ、異邦人エトランゼと会ったのね」

 「気持ち悪いぐらい真っ直ぐに「人間に戻って元の世界に帰ろう」とか寝言言ってたぞ」


 俺は王都であった蟻を思い出してやや不快な気分になる。

 それを聞いてアスピザルは小さく噴き出した。

 表情には珍しく、嘲りの色が見える。


 「彼等は相変わらずだなぁ。 馬鹿じゃないの?」

 「全くだ」


 俺は手放しで同意した。


 ――何故なら……。





 「俺達は既に死んでいるのに」

 「僕達はとっくに死んでいるっていうのに」




  

 俺達は同時に同じような事を口に出す。

 

 「やっぱり君は良いね。何人かの転生者と会ったけど、どいつもこいつも「自分達は死んでない、元に戻って帰る」か「夢の異世界転生サイコー」とかくだらない事ばっかり言ってる奴がほとんどで嫌になっちゃうよ」

 

 何を言っているのやら。 くだらない。

 俺自身も力を振り回して好き勝手しているだけだ。 他とそう変わらん。

 精々、自己顕示欲が強いか弱いかの差に過ぎないだけの話だ。


 俺はアスピザルから視線を切って、夜ノ森に戻す。 目線で話を続けるように促す。

 察した彼女は話を続ける。


 「ええ、まずは私達ダーザインの事を話すわ」

 

 ダーザインは元々、悪魔信仰の集団で、アスピザルの家が代々細々とではあるが運営していたらしい。

 その頃はまだ、悪魔様様と祈りを捧げるだけの可愛らしい集団だったが、先々代で随分と様変わりしたらしい。


 アスピザルは転生者の筈なのに実家なんてあるのかと言う疑問が湧いたが、取りあえず話を聞く事にした。


 先々代、要するにアスピザルの爺さんがある発見をしたそうだ。

 その辺は夜ノ森にも詳しくは分からなかったらしいが、どうもダーザインの自爆や悪魔召喚、現在運用している技術の出所はそこらしい。


 知識が手に入ったのはいいが、扱う為のノウハウがなかったため、外部組織「テュケ」と協力する事により扱える技術にまで昇華した。


 結果、ダーザインは今の形に変化。

 悪魔のパーツを移植して怪人紛いの連中を量産する、所謂「悪の秘密結社」に早変わりと言う訳だ。

 その時点で連中は転生者について、ある程度の知識を得ていたようだ。


 そっちの捜索にもかなり力を入れていたらしい。

 実際、アスピザルの親父に代替わりした時点で数名の転生者を抱えていたと言う。

 

 ……で、だ。


 ここからが本題。

 アスピザルの親父は転生者の素体――例のミミズについても知識を得ていたようで、幸運にも捕獲に成功したらしい。

 そこまでならまだ理解できるが、問題はその後だ。

 アスピザルの親父は何を血迷ったのかそのミミズを息子に喰わせたらしい。

 

 結果、アスピザルとミミズの意識が混ざった今のアスピザルの完成と言う訳だ。

 

 ……なるほど。なら俺とは毛色が少し違うな。


 それにしても良く捕まえられたな。

 何か方法があるのか?

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