第179話 「協力」

 夜ノ森の話は続く。

 こうして生まれ変わったアスピザルはダーザインの次期当主として教育を施される事になった。

 彼自身はそんな地位に毛ほどの興味もないようで、現在はその地位に納まってはいるが自発的・・・には何もしていないらしい。


 ……おいおい。


 それでいいのかよ。

 自発的にと但し書きが付いている事を考えると、何かをやらされているのか?


 「勿論、報告は聞くよ? でも努めて何かしようと言う気は無いんだよね」

 「それは問題じゃないのか?」


 俺の質問にアスピザルは苦笑で首を振る。


 「組織としては完成しているからね。 口を出さなくても勝手に回るんだよ。 そもそも、僕が真面目に仕事していたらこんな所に居ないと思わない?」


 ……自分で言うのはどうかと思うが、もっともな話だ。


 「……で? お前の事情は分かったが何でそれを俺に話す?」


 まぁ、信じた訳じゃないが。


 「えっとね。それは――」

 「梓はどうかは知らないけど今の所、僕は君を勧誘する気は無いよ」

 「えぇ!?」


 何か言おうとした夜ノ森を遮ってアスピザルはそんな事を言ってくる。

 遮られた夜ノ森は何か驚いているぞ。


 「じゃあ何がしたいんだ?」


 意味もなく俺に情報を垂れ流したって事か?

 益々、信用できんな。

 俺の考えを察したのかアスピザルは邪気のない笑みを浮かべる。


 笑っても俺は誤魔化されないぞ?


 「単純な話だよ。腹を割って話そうって事。 お互い隠し事しながらだと分かる事も分からない。 そこの魔物の事とかね。 少なくともあいつらは僕達共通の敵でしょ? なら、この問題を片付けてから改めて勧誘しようかなって思うんだ。 梓もそれでいいよね?」

 「ええ。 あなたがそれでいいのなら」


 夜ノ森は何とも言えないと言った感じで頷く。

 どうやらこっちは懐柔する気満々だったようだな。

 される気は欠片もないが。


 「それでローはどうする? 後、何をしようとしているのか分からないけど、その魔物から手を放して貰えると嬉しいな?」

 

 俺は内心で舌打ちして魔物から手を放す。

 完全修復にはまだ時間が足りんな。 動かすのがやっとか。

 サベージは――もう少しかかりそうだな。

 

 どう転ぶか分からん以上、備えは確実に必要だ。

 時間稼ぎも兼ねて少しだけ積極的に話を続ける。


 「……俺の方からも確認だ。 この件が片付いて、俺があんたらの勧誘を拒んだ場合はどうする?」

 「どうもしないよ? だって君は既に色々知っているようだし、その様子だと事情を知ってから時間もそれなりに経過している。 口を封じるにしても手遅れだよ。 だからこそ梓が話すのを止めなかったんだけどね」


 返ってきた答えは意外な物だったが、口でなら何とでも言えるだろうし信用できんな。


 「代表と言う割には下と随分対応が違うじゃないか」

 「梓も言ってたでしょ? 元々、祖父の代で方針が固まっちゃってるから、あそこまで過激な事やっているのであって僕がやらせている訳じゃないよ。 まぁ、僕に得がある訳じゃないから積極的に止めたりもしないけどね」


 そう言って肩を竦める。

 アスピザルの反応に俺は僅かに眉を顰めた。

 こいつの言っている事が確かなら、実質的な指示は出していない? 


 代替わりしたと言う話だったが、もしかしたら組織を動かしているのは未だに先代のこいつの親父なのか?

 色々な考えが、脳裏に浮かんでは消えるが、内心で首を振って余計な考えを追い出す。

 今までは記憶を直接引き抜く事で情報を得ていたから、この手の裏付けがない会話だと真贋を見極めるのが難しいな。


 ……今まで強引な手段に頼ってきたツケか。


 その辺りは改善の余地ありだな。

 頭の片隅に「今後の課題」と刻み付けておく。


 「まだ疑っているようだしもうちょっと話そうか? 僕達以外にもダーザインは転生者を抱えているよ。 基本的に自分に都合の良い話しか聞かない奴ばっかりだから働かせるのに難儀するけど、戦力としては優秀だよ」

 

 こちらの内心を知ってか知らないでか、アスピザルは話を続ける。

 その笑顔からは話の真贋を読み取る事は難しそうだ。

 俺は小難しく余計な事を考えるのを止め、話の内容の吟味に力を入れる事にした。


 ……とは言ってもダーザインが転生者を複数抱えているのは分かり切った事なので、特に驚きはない。


 話を聞かないと言う点もいつかの蜘蛛怪人や辺獄でぶち殺したゴミ屑を見れば分かる。

 あれが転生者のデフォルトと思いたくはないが、一定数はああ言う輩が居るんだろうな。

 

 ……まぁ、こんな訳の分からん状況に放り込まれた奴の現実逃避と考えるとある意味健全な反応なのか?


 疑問は尽きんが話を戻そう。


 「……で? その優秀な戦力を集めてお前は何がしたい? この国に来たのは勧誘の為だと、つまりお前達は転生者を探しに来たって事だろう?」

 「そうだよ」


 アスピザルは少し困ったような表情を浮かべて頬を掻く。


 「僕にも事情があってね。 ダーザインとは関係なしで個人的に戦力を集めているんだよ。 見ての通り梓は充分強いけど、あくまで単体戦力だ。 できれば話の通じる人が何人か欲しいなって思ってね。 それと、グノーシスに転生者を渡さない為かな」


 グノーシスに関しては何となくわかるが、個人的に集めている?

 ダーザインとしてではなくアスピザル個人として?

 思い浮かぶのは何らかの理由で私兵を欲していると言う事なんだろうが――まぁ、今はいいか。 頭に入れておこう。


 「何を企んでいるかは知らないけど、執拗なぐらい転生者をかき集めているからね。 人間性とか問わずにとにかく引き込みたいみたいで、似たような事している僕等からしてもちょっと首を傾げたくなるレベルなんだよね」


 その話が本当なら少し妙だ。

 戦力としての有用性は分かり切っているが、制御できない連中を抱え込んでも不利益しかないように感じる。

 実際、グノーシスはウルスラグナなら知らない奴の方が少ない一大勢力だ。


 その肩書を背負って問題を起こすようなら組織としてはかなりの痛手の筈なんだが、そのリスクを差し引いても欲しがる理由は何だ?

 理由は分からんがグノーシスには今後も警戒を緩めないようにしよう。


 まぁ、一番いいのは関わらない事なんだが、妙に勘のいい奴が多いから旅を続ける限りその手のリスクと付き合い続ける事になるのか。

 面倒な事だ。


 「その辺に関して、何か知ってる?」


 アスピザルが逆に質問して来たので、俺は思考を打ち切って首を振る。


 「悪いが知らないな。 少なくとも連中は嬉々として働いているように見えたが?」


 それを聞いてアスピザルはやや馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 こいつグノーシスや転生者には辛辣な反応をするな。


 「搾取されてるだけだってどうして理解できないかな?」

 「溺れる者は藁をもつかむって奴じゃないか?」


 俺からすれば大して変わらない様にしか見えないが、そう返しておいた。


 「そういう事なら納得だね。 それにしてもそんなに嫌かな、こっちの世界」

 「まぁ、見た目があれだからじゃないのか? 俺の知っている奴だったらハーレム作れないとか舐めた事言いそうだからな」


 転生者の話題になると嫌でもアレの事がチラつくな。

 努めて忘れようとしているが、事あるごとに脳裏を過ぎるのは困った物だ。


 「……あぁ、そういう事言っているのと会ったことあるのかー」

 

 アスピザルの表情にはやや同情がにじんでいた。

 もしかしたらこいつも似たようなのに苦労させられたのかな?

 なんて事を考えていると、夜ノ森が咳ばらいをする。


 要は話を脱線させるなって事だろう。

 察したアスピザルも苦笑。


 「ごめんごめん。 話を戻すよ。 つまり僕等はグノーシスに渡さない事と自分達の戦力強化の為に転生者を集めているんだよ」

 

 アスピザルは夜ノ森を一瞥。


 「梓も妙な事は考えないでね。ローの勧誘を棚上げするのは何も事情を知って居るだけだからじゃないよ?」


 俺は口を挟まずに腕を組む。

 サベージが近くまで来た事が分かった。

 よし、これで逃げるぐらいは何とかなりそうだ。


 「彼、強いよ。 多分だけど本気で戦ったら梓でも厳しいんじゃないかな?」


 そう言うと夜ノ森が僅かに揺れる。

 一瞬だったが、動揺したのか? おいおい、いざとなったら力で来るつもりだったのかよこの熊。

 これだから油断できんな。


 「あの、私何も言ってないんだけど……」

 

 夜ノ森は抗議するようにそう言うがアスピザルは微笑むだけで何も言わない。

 釘を刺したんだろうが、本人を目の前にしてよくそんな会話ができるな。


 「だからさ、君とはできるだけ仲良くしておきたいかなって思ってるんだ」


 俺はじっとアスピザルを見るがその目には動揺や怖れと言った感情は読み取れない。

 何を考えているかはさっぱり分からんが、言葉通りに受け取るなら協調しようと言う事か。

 魔物も無視できない以上、受ける受けないにしても頑なに突っぱねるのは良くないか。 小さく息を吐いて力を抜く。


 「……分かった。 さっきの話はともかく、この件が片付くまでは手を貸そう」

 「ありがとう。 君を味方にできて実に僕はラッキーだよ」

 「そりゃよかったな」


 アスピザルはにこにこと笑みを浮かべる。


 「じゃあいい感じに親睦を深めた所で早速、話に入ろうか。 ロー。 君はあの化け物について何か気付いた事があるんじゃない?」

 

 ……さて、どう話した物か。


 一応とは言え、手を組んだ以上はある程度の情報は出した方がいいだろう。


 「……まずはこの魔物についてだが、自我や意識のような物はあるにはあるが、かなり薄い。 恐らく何かに操られている――と言うよりは、元々そういう生き物なんだろうな」


 迷ったが、俺は分かった事は隠さずに話す事にした。


 「……使い魔みたいな感じかな?」

 「その認識で間違いないと思う」


 使い魔――使い魔か。

 良い例えだ。 確かに的は射ているな。


 「なら、その操っている本体をどうにかすれば解決すると?」

 「そこまでは何とも言えんが、少なくとも執拗に狙われる事はなくなるはずだ」


 指示を出す奴が居なくなるからな。

 実際、グリゴリを欠いたエルフ共は早々に逃げ出した。

 制御する奴が居なくなると下は組織的な行動は取れなくなると考えられる。


 それが知能の低い魔物なら尚更だ。


 「なるほどー。 本体の場所に心当たりは?」

 「そこまでは分からん。 まぁ、気づかれずに後でも尾けられれば見つかるかもしれないが……」


 これは本当だ。

 あくまで一方的に指示が来るだけで、本体の事は一切分からない。

 面倒臭いな。


 「うーん。それは少し難しそうだね。どうやってか知らないけど結構な精度で僕達の事を感知していたみたいだし、ある程度近づいたら間違いなく襲われるよ」

 「……だろうな」


 その点については俺も同意見だ。

 連中の餌を嗅ぎ分ける能力は凄まじい。

 仕掛けの種は連中の触手だ。


 それも外のぶっといのじゃなく、頭の周辺にある細い奴。

 連中はそれを穴から外に出して周囲の状況を把握できるらしい。

 空気、音、温度、そして魔力。


 特に魔力関係の索敵能力はかなりの物で、どうも質の類も嗅ぎ分けるらしく、本体にとって良質な餌を探し出すのに一役買っている。

 実際、あの広い都市内で俺達を探し当てた上に、ここを嗅ぎ付ける鼻の良さは凄まじい。


 闘技場に現れた個体が本体に情報を伝えたらしく、連中の狙いは完全に俺達と王に絞られていた。

 どうもあの海産物共は俺達がとても気に入ったようで、本体からの指示は「捕らえて捧げよ」だ。

 ちらりとアスピザル達を一瞥。


 翻すようで何だが、いっその事適当に情報を与えて押し付けてしまうか?

 ふむと考える。 悪い手じゃない。

 ここらを見て回る事が難しくなるが、あの魔物の情報が手に入った以上は収支としてはプラスだろう。


 サベージと合流さえしてしまえば問題なく逃げ切れる自信はある。

 得体の知れんアスピザルと言う懸念事項はあるが、少なくとも夜ノ森からは問題なく逃げられるだろうが……。


 ……とは言っても手を貸すと言った手前、見捨てるのも微妙だな。


 脳裏を利用するか協力するかで結論がぐるぐると回る。

 連中の話が何処まで本当かは知らんが、多少は機嫌を取っておいた方が後々便利…か?

 ウルスラグナに戻った後、ダーザインにうざったく絡まれなくなるならありだな。

 

 情報も欲しい。

 オールディアでは大した情報は得られなかった以上、連中の全容は未だに知れない。

 それも込みで考えるべきか。 連中を囮にして逃げると言う選択肢は残して、今は協力しておくか。


 「じゃあ次は僕の番だね。 ちょっとだけ手の内を見せるよ」


 アスピザルはそう言うと小さく屈んで砂に触る。

 すると砂は意思があるかのように渦を巻く。

 

 「ご覧の通り、僕は砂をある程度操る事が出来るんだよ。 応用すればこの周辺に何が埋まっているかは何となくわかるんだよね」

 

 そりゃ便利そうだ。

 俺が使っている<地探>と似たような物か。


 「取りあえずだけど、こいつらが来た方向は分かるからそっちを調べると言うのはどうかな?」


 ……まぁ、妥当な判断だな。


 俺は了解と小さく頷いた。

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