第177話 「釣餌」

 「調べるにしてもこんな所で何をするんだ?」

 「あの街というか国ってさ、今の王になった時に結構しっかり地質調査やったんだって」


 夜ノ森達に協力する事になった俺達は何故か街の外に出ていた。

 足元の砂は歩くたびに微かに音を立て、軽いのかよく宙に舞って砂煙を立てている。


 アスピザルがやや得意げに語っているのを聞いていたが、聞けば聞く程、突っ込みたくなる内容だった。

 どうやって調べたんだとか、お前実は言葉解るんだろとか言いたかったが黙って先を促す。


 「工事の基本だよね。 特にちょっと前に作った、王が直接管理している区画はボーリングまでやって調べたんだってさ」


 ボーリング? 球でも転がすのか?

 俺の表情で察したのかアスピザルが補足を入れる。


 「あぁ、ごめんごめん。ボーリングっていうのは穴掘りの事だよ。……それで、掘った土を調べて地質を見るのをボーリング調査っていうんだよ」


 調べるもクソも砂ばっかりじゃないか。


 「何でそんな事をするんだ?」

 「この砂見てよ。こんなのの上に大掛かりな建物を立てたら碌な事にならない。地盤が弱いと沈下とかが怖いしね。 だから、建物立てるのに適さない土を取り除いて、他所からいい感じの土を持ってきて埋めるんだよ。そうすると足元が固まって建物を建て易くなるって話さ。 後は杭でも打ち込めば言う事ないね」


 少なくとも王の居城の近くはそこまでやっていると思うよと付け加えた。


 ……ふーん。 要は足元を固めるって事か。


 杭とかはよく分からんが、言っている事は何となくわかった。


 「つまりこの下はある程度、掘って調べられていると?」

 「そうだね。 闘技場は昔からあるから掘ってはいないだろうけど簡単に調べているはずだよ。 あんな大物が動き回っているなら、調査の段階で何かしらあっても不思議じゃないのにそれもなし。 ……と言う事は?」

 「街の外から来たって事?」


 アスピザルの言葉を夜ノ森が引き取る。


 「そう言う事。 だから調べるのは街の中じゃなくて外。 巣があるならここからそう離れていな所じゃないかな?」

 「何故、言い切れる?」

 「あいつらの動き見たでしょ? どう見ても獲物を引っ張り込む獣だよ」


 要は捕食の延長って事か?


 「つまり空腹だと?」


 俺がそう言うとアスピザルは大きく頷く。


 「その通り。 あいつらはお腹が減っていたのさ。 それでここからは多分だけど、あいつらにとって僕等はとても魅力的な餌に見えたんじゃないかな? だからこうして人気のなくて襲いやすい所に来たんだよ」


 現在地はトルクルゥーサルブの東に数時間程行った場所だ。

 東側は例の渓谷があるだけで、これと言った魔物も出ない事もあって人が寄り付かない。

 人目を気にせずに何かするには最適の場所だろう。


 「しばらく待っていたら釣れると思うよ」


 俺は肩を竦めて周囲を見回す。

 砂ばっかりだな。

 念の為、最近出番のなかった<地探>で足元を警戒しながら二人の様子を見る。


 夜ノ森は周囲を警戒しているのかやや腰を落としていつでも動けるよう身構えており、アスピザルは俺と同様にキョロキョロと周囲を見回していた。


 「所でさ。 ここの砂って変わっているよね」


 アスピザルは足元の砂を掴んで放り投げる。

 

 「そうね。少なくともウルスラグナでは余り見ない感じよね」

 

 俺は無言で二人の会話に耳を傾ける。


 「梓さ、こんな感じの砂、見た事ない?」

 「うーん。そうねぇ?」


 夜ノ森は屈んで足元の砂を弄る。

 

 「……海岸の砂? 何だか海の近くの砂浜で触った砂みたいね」


 海岸? 言われて見れば確かにそんな感じだ。

 砂漠の砂も似た感じなのかもしれんが生憎と触った事がないので分からんな。


 「それで合ってると思うよ。 この辺りって元々は海だったんじゃないかな? 周囲の地形を見るとそんな感じに見えない?」


 言われてあぁ、なるほどと納得する。

 恐らくこの辺りは海が後退したか何かしてできた土地って事なんだろうな。

 来た時に何か違和感あるなと思ってたんだ。


 丘陵地帯越えた辺りで、妙に下がるのが引っかかっていたがそう聞くと腑に落ちる。

 

 「えーっと離水海岸線――だったかな? うーん。 でも地盤が上がった訳じゃなさそうだから厳密には違うのかな?」

 

 元々海かもしれないと言う話は分かったがそれが何か関係あるのか?


 「それは分かったけど、あの魔物と何か関係があるのかしら?」

 「梓は察しが悪いなぁ」

 

 アスピザルの呆れ声に夜ノ森は少しむっとする。


 「あいつらの一部見たでしょ? どう見ても海に住んでそうな感じじゃない? そんなのがこんな所をウロウロしている理由なんてそんなにないよ」

 

 俺は少し考えて――ふと思いついた。


 「何らかの理由で眠っていたか何か、か?」

 

 俺が口を挟むと、アスピザルは嬉しそうに頷く。


 「僕もそれが正解だと思う。何でこの時期に出て来たのかはちょっと分からないけどね」

 「まぁ、あの声の正体も――」


 言いかけた所で反応があった。

 

 ……来たか。


 地面を移動する物体を感知。

 でかいな。


 「……来たみたいだね」

 

 少し遅れてアスピザルも気づく。 こいつどうやって気が付いたんだ?

 夜ノ森はやや戸惑った感じで身構える。

 こっちは分からないみたいだな。


 数は二。 来た方角は東。 渓谷の方か?

 反応は左右に別れて俺達を挟むように移動する。

 ここまで来ると地面に振動が伝わるので、夜ノ森も大雑把な位置を掴めたようだ。


 「数は二。 挟まれてる」

 「分かった。 じゃあ梓、片方任せてもいい?」

 「ええ。 終わったら援護してよね」

 「はいはい。 じゃぁロー、前衛は任せても?」

 「了解だ」


 俺は背のハルバードを引き抜いて構える。

 <地探>は切らずに相手の動きから目を離さない。

 夜ノ森が俺達から少し距離を取った事で、敵も二手に別れる。 


 「来るよ」


 瞬間、砂を突き破るように例の触手が何本も現れる。

 先制で<爆発Ⅱ>を叩き込んだ後、突っ込む。

 狙いは手近な触手。


 魔法を喰らって焼けた所を狙ってフルスイング。

 ハルバードの刃は触手の半ばまで食い込んだが、それ以上は抵抗が強く進まない。

 手に伝わる感触はあまり経験のない弾力に富んだものだった。


 近いのは蛇系の魔物か?

 硬いのではなく柔らかい。 記憶にある軟体動物の感触だ。

 

 ……が。


 強引に力を込めて振り抜く。

 ブチブチと繊維が切れるような感触が手に伝わり、そのまま切断。

 青っぽい血液らしきものが噴き出す。 引っ被るのは嫌だったのですぐにバックステップで液体を躱す。

 

 「おー。 凄いね。 その調子で残りもお願いしていいかな?」


 振り返るとアスピザルがしゃがんで地面に手を触れている。

 何をしているんだと他の触手に目を向けると、砂で出来た鎖のような物が無数に伸びて残りの触手に絡みついていた。


 触手は鎖を振りほどこうとしているが、上手く行っていないようだ。


 「悪いけど早くしてくれると嬉しいな? ちょっとこの数はきついんだよね」

 

 俺は小さく頷いて、残りの触手も片端から切り落とす。

 最後の一本を切り落とすと同時に、アスピザルが地面に両手の平を付ける。


 「よし。つ~かまえたっと」


 同時に地面が陥没。


 「外に出すから、とどめをお願い」

 

 返事の代わりにハルバードを構え直す。

 アスピザルが何かを引っ張るように手を引き上げると陥没した場所が隆起して、何かが砂を突き破って出て来た。

 出て来たのは――何だあれ?


 タコとイカと――イソギンチャク? が合体したようなグロい生き物が出て来た。

 白っぽい体表に吸盤だらけの触手、筒状の胴体らしき場所には巨大な穴。

 その奥にはタコみたいな顔とその周囲には無数の細い触手が蠢いていた。


 「うわっ。 思ったのより凄いのが出て来た!」


 俺も少し驚いたが、姿が見えている以上は殺せるだろ。

 弱点は……まぁ、分かり易い頭か?

 狙いを付けた俺はやりたい事もあるので、そのまま胴体の穴に飛び込んだ。


 「ちょ、ちょっと!?」


 後ろでアスピザルが何か言っていたが無視。

 お前達が見ていると色々やり難いんだよ。

 入った瞬間、顔? らしき物の周辺にある細かい触手が全身に巻き付いて来る。


 よし。これで外からは完全に見えなくなったな。

 俺は全身から根を出して触手を逆に侵食。

 どーれ、記憶を覗いて巣の場所を教えて貰おうじゃないか。


 触手を乗っ取って制御を奪い、そのまま根を本体に伸ばす。

 魔物は抵抗するように自分の自由になる触手を使って俺を絞め殺そうとする。

 圧力が加わって全身が微かに軋みを上げるが、強化した今の体なら簡単には潰れんよ。


 魔物は頑張って抵抗していたが脳らしき器官を発見して乗っ取ったら大人しくなった。

 

 ……で?肝心の情報は――。


 正直、あの謎言語を聞いた段階で嫌な予感はしていたのだが案の定、碌な情報が入っていない。

 ハイ・エルフと同じだ。

 核心の情報だけすっぽりと抜け落ちている。


 見れるのは記憶と感覚情報だけだ。

 読み取れた思考や記憶も限定的な物で、大半は「空腹」と「気配」だ。


 どうもこいつは雑魚魔物で、親玉が空腹なので餌の調達を目的として動いているらしく、連中目線で栄養価・・・の高そうな奴を探して地中を這いまわっていたらしい。

 

 ……で、こいつ等の嗅覚? に引っかかったのが俺達三人と例の国王だ。


 やはり転生者をターゲットにしていたのは間違いなかったらしく、俺達を見つけた後は執拗に探し回っていたようだな。

 どうも、同族同士である程度の情報共有もできるようで、俺達を見つけた――闘技場を襲った個体はあの後仕留められたようだ。


 ……獣人やるじゃないか。


 内心で賛辞を贈る。

 流石に鼻がいいだけあって追跡はお手の物と言う訳か。


 結果、俺達を捕捉した魔物を失ったので、連中は位置を見失った。

 改めて探す羽目になったと言う訳か。

 事情は分かった。 後は巣の場所だが……。 


 そっちは出てこなかった。

 どうもこいつ等は元々眠っていたようで、叩き起こされた後に即仕事に入ったらしくその手の場所には立ち寄っていない。


 情報はこんな所かな?

 例の謎言語を覚えたかったが、それの情報も入ってなかった。

 

 ……まぁ、こんな所かな。


 さて、少し勿体ないが後はこいつの処分だ。

 設計図・・・は手に入った。必要になれば作ればいい。

 俺はそのまま根に命令を下す。


 ――そのまま死ね。


 命令を理解した俺の一部は魔物の脳や重要器官だけを道連れに爆散。

 中枢を破壊された魔物は大きく身を震わせ、やがて動かなくなった

 同時に俺を拘束していた触手も力を失い、力なく垂れ下がる。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る