第168話 「啓示」

 「……にしても何をしたらこんなになるんじゃ?」

 

 ベドジフの言葉に俺は肩を竦める。

 場所は変わって山脈内のドワーフの住処、ベドジフの工房だ。

 台に乗っているのは先端がほぼ蒸発したクラブ・モンスター。


 王都に送る為に引き取るついでに代わりの武器を見繕う為だ。

 

 「……で?代わりになりそうな武器はあるか?」


 ベドジフは低く唸る。

 

 「悪いがあのような仕掛け付きの武具は流石に無理だわい」

 「いや、そこまでは求めていない。長柄で適度に重くて頑丈なのがいい」

 「……槍――いや、長柄戦斧ハルバード辺りならすぐに用意できるが」

  

 ハルバードって確か斧と槍足した奴だったか。

 まぁ、壊れにくくて頑丈ならいいか。


 「それで頼む」

  

 待っていろと言って奥へ引っ込んだ。

 しばらく待っているとベドジフは他のドワーフ達と一緒に大量のハルバードを持って来た。

 並べられた武器を一つ一つ手に取って感触を確かめる。


 これは軽い。これは脆い。これは短い。

 どれも微妙だな。

 そこでおやと気が付いた。


 「これってもしかして人間用か?」

 「いや、ゴブリンやオーク、トロールのどの客が来てもある程度使えるように幅を持たせている」


 ……あぁ、だからこんなに中途半端なのか。

 

 「トロール用の武器はないか?」

 「……あるにはあるが、あれはほぼ鉄の塊で奴等の腕力でもなければ振る所か持ち上がらんぞ」

 「いいから」


 ベドジフはやや憮然とした表情で他に指示を出す。

 少し待つと数人がかりで何本かのハルバードを持って来た。

 

 俺は一つを手に取って持ち上げる。

 手頃な重さだな。

 クラブ・モンスターより少し軽い位か?


 俺が片手で持ち上げた事が驚きだったのか、周りが少しどよめく。

 

 「そういえばあの武器を小枝みたいに振り回しとったな」

 

 ベドジフがそう呟いていたが俺は無視して他を確認。

 重さ、長さは問題ない。

 後は強度か。


 手の甲で軽く叩いて確認して一番硬そうなのを選ぶ。

 

 「これを貰うが構わないか?」

 「あ、あぁ、そりゃ構わねぇが、本当にそれでいいのか?お世辞にも出来の良い代物じゃ……」

 「構わない」


 重くて頑丈。

 今の所、その条件を満たせていれば問題ない。

 どうせ繋ぎだしな。


 俺はクラブ・モンスターの残骸を回収した後、礼を言ってその場を後にした。





 戦いは確かに終わったが本当に大変なのは戦後処理だという話は聞いた事があるが、なるほどと俺は納得していた。

 まずはオラトリアムの領内の事だ。

 

 例の畑をシュドラスの方まで拡大するので、現在はオーク、トロールを動員しての土壌改良を行っている。

 耕し、土を入れ替え、植物が成長しやすいように土地に手を加えて行く。


 ハイ・エルフの使用していた魔法に植物関連の物が多かったので手に入らなかったのは少し惜しかったが、無い物ねだりをしても仕方がないだろう。

 この調子でいけば収穫量の大幅な増加とシュドラスの食料事情は問題なく解決する。

 領民に関しての説明は行わず、屋敷付近に広大な塀を設ける事で外との繋がりも遮断しているので、外に漏れる事はないだろう。

 

 ……まぁ、何事かと勘繰られる事は間違いないだろうが……。


 好奇心が抑えきれずに勝手に入る輩には――あれだ、肥料にでもなって貰う事になるな。

 後は道などの整備やら何やらと色々あるが、俺には余り関係ないな。

 放って置けば勝手にやるだろう。


 ゴブリン、オーク、トロール、ドワーフの四種族は労働力として馬車馬のように働かせるようだ。

 当然ながら反発もあったが、文句のある奴は残らず肥料か素材に使ってしまった。

 ゴブリンは基本的に細かい作業等を、オーク、トロールは力仕事。


 ドワーフは言うまでもなく鍛冶だ。

 連中が打った武具も売りに出すので、オラトリアムは新たな収入源を得た事になる。

 当然ながらドワーフ以外はこの国では魔物認定なので表には出さず山脈内か森で生活して貰う事になる。


 後はエルフの生き残りと俺の作った改造種共だ。 

 前者は結局、生き残りの大半は逃げ出し手元に残ったのは捕らえたほんの一握りとなったが、流石に惜しいと言う事で洗脳を施した後、ファティマの傍仕えとして預ける事になった。


 ……まぁ、個人差はあるにしても顔面偏差値は人間より遥かに高いから使用人としては見栄えが良いとファティマは喜んでいたが、これも俺には関係ないな。


 念の為に調べたが、案の定グリゴリやハイ・エルフに関連した情報は入っていなかった。

 ただ一点、面白い事が判明した。ハイ・エルフが扱っていたとされる薬だ。

 連中からすれば用途は不明だったらしいが、服用すると廃人に近くなるらしい。


 俺が神殿の上に居た奴等を焼き払った時に、動いていなかったのはその薬を使っていたからなのだろう。

 恐らくだが、グリゴリを憑依させるのに使ったのだろうと予測はしていたのだが、詳細は不明。

 取りあえずは参考程度に留めて覚えておこう。


 そして後者の改造種共――特にコンガマトーは使えるので増産して資材の運搬等に従事。

 シュリガーラ等の戦闘に特化した連中は警備関係の任に当たるらしい。

 表には出せないが。


 何故か、ライリーとトラストが仲間になりたそうな目でこちらを見ていたが、連れて行く気は無いので頑張れとエールを送っておいた。

 居たら居たで便利なんだろうが、無理に連れて行く必要も感じないんだよな…。


 サベージだけで充分だ。

 最後にファティマだが、責任者として領の運営をこなしている。

 手伝う気は欠片もないので精々、気張ると良い。


 ……まぁ、代わりに色々とやらされたが、ついでだったし些細な事だ。


 路銀等の援助もしてくれるので手間賃と考えると割の良い話だった。

 武器も手に入ったし、籠手の修復も済んだ。

 コートは似たようなデザインの物を作らせたし準備は完了。


 後は出発するだけだな。







 『みんな!今日はここで休もう!』


 僕――ブロスダンは他の皆に休むように指示を出す。

 後ろから付いて来ている皆は疲労の息を吐きながら各々その場に腰を下ろした。

 でも動きを止めるにはまだ早い。


 『斥候の当番は周囲の警戒。手の空いている者は野営の準備をお願いします!』


 皆は疲労の張り付いた表情で行動に移る。

 里の襲撃から十数日経った。

 あの後、僕達が選んだのは降伏ではなく逃げ出す事。


 故郷を捨てて安全な土地を目指して僕達は旅に出た。

 

 ……とは言っても、間違いなく敵は追いかけて来る。


 だから僕達は皆、分かれて行動する事にした。

 生き残ったハイ・エルフは僕を含めて二十人足らずで皆子供だ。

 追手の狙いを散らす為に、ハイ・エルフ一人を指導者としてそれぞれにエルフが付き従う形になった。


 誰に付いて行くかはそれぞれに選んで貰い、僕に付いて来てくれたのは百人と少しだ。

 僕は僕を信じて付いて来てくれた皆の為に、何より死んでいった皆の為にも頑張らなければならない。

 今の所、敵と遭遇してはいないけど、他はどうか分からない以上は油断は禁物だ。


 あの日、あの時に里で何が起こったのか僕には分からない。

 ただ、生き残った者達の証言では、襲って来たのはゴブリンで、どうやったのか魔物を使役して嗾けて来たのだと言う。


 ……許せない。


 僕達は誰を傷つけるでもなく平和に生きてきたはずなのに、それを一方的に攻撃するなんて。

 理不尽な侵略者達に対する怒りが込み上げて来る。

 どうしてだ!僕達が一体何をしたっていうんだ!?


 いけないと首を振る。

 疲労の所為か変に苛立ってしまう。

 他者を使うと言う慣れない行為に追手への警戒、生活や食料。


 考える事は山ほどある。

 

 ……それに。


 僕は皆の方を振り返る。

 全員が例外なく疲れた顔つきをしており、この生活に限界が近づいている事を物語っていた。

 そういう時には考えるんだ。

 

 里を導いて来た両親ならどうするかと。

 今日まではそうやって乗り切ってきたが、所詮は付け焼刃。

 その場凌ぎにしかならないのが無力感を煽る。


 明確な目的地もないのも良くない。

 終わりの見えないこの生活に体より心が参ってしまう。

 僕自身も、何もかもを放り出して逃げ出したい衝動に駆られる。

 

 『父様、母様……』


 思わずそう呟いてしまう。

 そうなってしまうと自分では止められない。

 弱音がぼろぼろと心から零れ落ちる。


 僕には皆を導くなんて無理です。

 父様や母様の様に上手くできる訳ない。

 助けてください……助けてよ……。


 釣られるように涙が零れる。

 どうしてこんな事に……。

 もう、何度目になるか分からない、現実に対する嘆き。


 誰かに代わって欲しい。分かって欲しい。

 できない。無理だ。そして何より…。

 

 『会いたいです……』


 両親に会いたい。

 今までは両親共に忙しかったが、少なくとも会おうと思えばいつでも会えた。

 だからこその安心感があったのだ。


 その両親はもう居ない。

 誰も僕を助けてくれない。

 

 『誰か、助けて……』


 僕は首から下げている飾りをぎゅっと握る。

 母から別れ際に預かった物だ。

 柱に羽が生えた飾りで、ハイ・エルフの象徴とも言うべき造形で――。


 『熱っ……!』


 不意に首飾りが熱を持ち始める。

 それと同時に耳鳴りのような物が聞こえ始めた。

 

 ――子よ。


 ……声?


 これは耳鳴りじゃない?


 ――小さき子よ。


 『だ、誰ですか』


 周囲を見るが少し離れた所にいるエルフ達以外は誰もいない。


 ――恐れるな小さき子よ。我等はριγορι。汝らが偉大な存在と呼ぶ者だ。


 偉大な存在!?

 と言う事はこれは「啓示」!?

 混乱する僕を落ち着かせるように声はゆっくりと話を続ける。


 ――汝と我等の縁がつながっただけの事。神殿が失われた以上、声を届ける事ぐらいしか出来ぬが、汝の助けとなる知恵を授けよう。


 『お、お願いします!助けてください!』


 僕は一も二もなく飛びついた。

 この苦境から逃れられるなら何でもします。


 ――汝。我等の祝福を受け入れるか?


 『はい。僕等をどうかお助け下さい』


 僕は首飾りを握りしめて祈りを捧げる。

 

 ――ここに契約は為された。汝は我等の意思を総て受け入れよ。代価として汝に我等の叡智を与えよう。


 僕の中に様々な知識が流れ込んでくるのを感じる。

 同時に肉体が変化し――そして何かが抜けて行く感覚。

 

 

 

 こうして僕は本当の意味でエルフ達を導く王となった。

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