第167話 「今後」

 翌朝、残った北と東を攻めるべく準備を整えていたのだが、偵察に行かせたシュリガーラの報告では両方とももぬけの殻だそうだ。

 罠の可能性を疑っていたので、調べる様に指示を出したが里は完全に空。


 人っ子一人いなかった。

 どうやら連中、夜逃げしたようだ。

 結構な人数が残っていたはずなんだが、あの数で逃げる選択をするとは恐れ入った。


 正直、降伏か自棄になって攻めて来ると考えていたからだ。 


 それと妙な報告が一件。

 何故かハイ・エルフの死体が北の里に残されていた。

 外傷は無し。


 毒か何かで自殺したのかとも思ったがその気配もないようだ。

 後で死体を調べたいので持ってくるように指示を出してから俺は無駄に豪華な椅子に座る。

 現在俺が居るのはリクハルドの家――と言うよりは城?で、謁見の間として利用していた部屋だ。


 要するに俺が座ったのは玉座って事だな。

 中々の座り心地だが、こう言うのは肩が凝りそうなので長時間座るのは遠慮したい。

 一応、俺は大将と言う事で座って待つように言われてしまったのでこうして待っていると言う訳だ。

 

 周囲に視線を巡らせる。

 玉座以外は特に何もない広いだけの殺風景な部屋だった。

 隅でサベージが惰眠を貪っている事と反対側にトラストが影の様に佇んでいる以外は人の気配すらない。


 ……暇だ。


 少し前に修理が必要な連中の処置も終えたばかりなのでやる事がない。

 何故だろう、今まで自分の事は自分でやって来たから他に何かやらせると言う行為に慣れない。

 結局、残った里の制圧も終わってしまったので現在は戦後処理だ。

 

 残したエルフだけでこの里を維持するのは難しいのでここにも手を入れる必要がある。

 その辺の采配はファティマに丸投げするつもりなので俺は知らない。

 ただ、グリゴリ関係の物品、建物はすべて処分する事だけは徹底させた。


 俺が口出ししたのはそれぐらいの物だ。

 しばらくぼーっと座っていると、足音が複数響き、シュリガーラ達が死体を担いで入って来た。

 

 「ご苦労さん」


 彼等は乱暴に死体を降ろす。

 俺は手近の物を蹴り転がして仰向けにする。

 間違いなくハイ・エルフだな。


 表情は驚愕で固まっている。

 ふーむ?

 体を調べるが目立った外傷は無し。


 毒って感じでもないし、本当にいきなり死んだような感じだな。

 脳を調べるが時間が経ちすぎているのか特に情報は抜けなかった。

 念の為、全身を精査。


 ……んん?


 どうなっている?

 いくら調べても異常が見当たらない。

 完全に死因が不明だ。 

 

 「死体はこれで全部か?」

 「ガウ」

 「そうか。ハイ・エルフはこれで全部か?」

 

 シュリガーラは首を振る。


 「何?」

 「ガウガウ」

 「数が合わない?」


 頷く。


 「具体的には?」

 「ガウガウ」

 「子供?あぁ、子供だけ居ないのか」

 

 十数人程ではあるが、子供のハイ・エルフが居ないらしい。

 脳裏にブロスダン君の姿が浮かぶ。

 一瞬、放置するかとも考えたが……ないな。


 「探しているのか?」

 「ガウ」


 頷く。

 一応、部隊を編成して追撃に当たってはいるが見つかっていないらしい。

 シュリガーラの鼻にかかれば時間の問題だろう。


 「見つけたら皆殺しするように。死体は数の確認に使うから可能な限り回収して持ってきてくれ」

 「ガウ」

 「行け」


 シュリガーラ達は各々頷いて退室。

 最後の最後でケチが付いたが、まぁ概ね上手く行ったと思う事にしよう。

 残りは丸投げで問題ないな。


 ここでの面倒事は片付いた。

 後は俺だな。

 どうした物か。

 

 ここでやる事がなくなった以上、留まる理由はない。

 また旅を続けるとしよう。

 問題は何処へ向かうかだ。

 

 素直に考えるなら王都に戻るのが良いんだろうが、エルフの里を落とした事で選択肢が増えた。

 森の向こうだ。

 エルフが元居た住処――獣人達が住まう領域があるらしい。


 あそこは様々な種族が蠢く坩堝で、力で奪う事を是としエルフの連中はそのルールに則って住処を追われた。

 面白そうな所ではあるのでできれば見ておきたい。


 ……迷う事でもなかったか。

 






 ――……話は分かりました。では、エルフの里に関しては私に一任して頂けると言う事ですね。


 ――あぁ。


 一通りやる事が終わった俺は最後にファティマに結果とその後の話をしていた。


 ――それにしてもグリゴリとやらは一体何者だったのでしょうか?


 ――恐らくは天使か何かだろう。


 ――……天使ですか?


 あの羽と輪っかを見ればそう判断せざるを得ない。

 位が高い奴等なんだろうな。

 まぁ、悪魔が居る以上、居てもおかしくはないだろう。 


 ――それはどうでもいい。問題はハイ・エルフの連中が何故か死んだ事と、子供が行方知れずと言う点だ。


 関連する物品設備の処理が終わった以上、問題ないとは思うのだが……。


 ――確か調べた時、魂がなかったと伺いましたが?


 ――そうだが、それがどうした?


 ――私見になるのですが、恐らく神殿等を破壊した事によってグリゴリの影響がなくなった事が原因ではないでしょうか?


 ――……というと?


 ――お聞きした話からの推測ですが、ハイ・エルフは何らかの手段でグリゴリに魂を預けていたと思われます。


 ……魂を預ける……か。


 その点は俺も同意見だ。

 どちらかと言うと預けると言うよりは質に入れたと解釈していたがな。


 ――根拠は?


 俺は答え合わせも兼ねてそのまま続きを促す。


 ――グリゴリ関連の記憶が引き抜けなかった事です。これも恐らくですが、グリゴリ関係の情報は脳ではなく魂に記憶されていたのではありませんか?


 やはりそうなるよな。

 改めて聞くと自身の説に説得力が増す。


 ――……続けてくれ。


 ――はい。グリゴリは魂を握っていて、自分達の情報はそちらに記憶させている。これを前提と考えると、魂と肉体はグリゴリ経由で繋がっていて、情報等の検閲を行っていたのではないでしょうか?


 だろうな。そうなると俺が操った奴が死んだ事も説明が付く。

 連中が干渉したのだろう。


 ――急に死んだ者に関しては神殿が破壊された事によりグリゴリの影響が消えて、魂と肉体の繋がりが途切れたのではないでしょうか?

 

 あぁ、電波が途切れて圏外になったから体が動かなくなったと。

 面白い意見だ。納得できる内容ではあるが、一つ穴がある。


 ――筋は通るが、子供が消えた事はどう説明する? 


 ――……そこを突かれると痛いのですが、もしかしたら子供はグリゴリの影響を受けていないのでは?


 ――いや、ハイ・エルフはそもそもエルフが変化……いや、そうか。子供は第二世代か。


 子供は生まれながらのハイ・エルフ。

 グリゴリの手が入っていないのか。

 なら、あながち的外れって事はなさそうだ。


 ――お前の言う通りかもしれないな。


 なら、無理に子供を殺す必要はないのかもしれんな。

 

 ……とは言っても推測の域を出んので始末しておいた方がいいか?


 うん。命令に変更はなしだ。

 その辺の情報を加味するとグリゴリの目的に関してはほぼ確定だろう。

 俺を欲しがった理由も疑いようがない。


 受肉。

 要するにこちら側に完全な状態で出て来ようと考えていた訳だ。

 ハイ・エルフを作った――と言うよりは自分達の受け皿として品種改良したのか。

 

 これも恐らくだが、世代を重ねて自分達に適した種に作り変えるつもりだったのかな?

 まぁ、あの様子では先は長そうだったがな。

 そこに俺が現れた。


 確かに俺なら数世代分の時間をすっ飛ばした改造が可能だろう。

 そう考えるならあの執着も当然か。

 リクハルドの考えも読めて来る。


 受け皿にするって事は子々孫々に渡って、子供を連中に差し出す約束をしているのだろう。

 その返せない負債を踏み倒すチャンスだったんだ。 

 やる気も出るだろうよ。


 捕まって居たら俺は連中の負債を一身に背負う事になっていたのか。

 

 ……ははは。エルフってクソだな。


 うん。皆殺しにして正解だったようだ。

 

 ――面白い意見だ。色々と参考になったよ。


 ――お役に立てて何よりです。それでロートフェルト様今後の事ですが是非とも――。


 ――森の向こうを見に行く。


 少し迷ったが折角ここまで来たんだ。

 先を見に行くとしよう。

 幸いにも森を越える手段はある。

 

 ――え?


 何故かファティマが戸惑った声を上げる。

 

 ――森の向こうだ。獣人の住む領域とやらがあるらしくてな。少し覗いて来る。


 ――えっと――あの、何かお気に召さない対応でも?


 対応?

 何を言ってるんだこの女は?

 ふむ。


 ――いや?屋敷では快適に過ごさせて貰った。特に不満はなかったぞ?


 お前が近くに居なければ最高だったがな。


 ――でも旅立たれるのですか?


 ――あぁ。


 ――………………お、お戻りはいつのご予定ですか?


 ――未定だ。一通り見たら戻る。王都での調べ物も途中だったしな。


 ――分かりました。


 ――ここの後始末と準備が済めばすぐにでも出る。それと、修理に出したクラブ・モンスターと籠手はどうだ?直りそうか?


 ――籠手の方は何とかなるようですが、あの武器?は重要部分が軒並み消し飛んでいるので修理のしようがないとの事です。


 構造が分からんから直しようがないと言う事か。

 こんな事なら一度見せておくべきだったな。

 

 ――話は分かった。ならベドジフに言って適当に武器を見繕っておいてくれ。それとクラブ・モンスターの残骸だが、王都のある場所に送って欲しい。そこで修理か代わりの武器を注文しておいてくれ。料金は言い値で払ってやれ。


 ――分かりました。では、そのように手配しておきます。


 ――頼む。


 そう言って俺は<交信>を切る。

 俺は小さく息を吐いて玉座に深く座った。


 方針も決まったし、動くとしよう。

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