第166話 「失楽」

 振り返るとアクィエルが最後の天使を仕留めていた所だった。

 里のあちこちで聞こえていた戦闘の音も減ってきている。

 

 ……終わりが近いな。


 ここまで来たら勝ちは動かんだろう。

 後は逃げた連中と残りの里の処分か。

 まぁ、グリゴリが片付いた以上、後は消化試合みたいな物だ。


 「とどめだけになってしまったが気は済んだか?」


 声をかけるとアブドーラはその場に跪く。


 「ロー殿。感謝いたします。約束通り、我等は貴方の旗下に入りましょう」

 「そうしてくれ。グリゴリが片付いたとは言え、里の制圧はまだ終わっていない。細かい話は戦いが終わってからだ」


 確かにグリゴリは片付いたが、連中が滅んだわけではない。

 正直、面倒が片付いたと言うよりは先延ばしにしただけのような気がしてすっきりしないが、始末する手段がない以上どうにもならんか。


 取りあえずハイ・エルフ共を殺処分して連中の憑依先を全て潰せば、しばらくは安心だろう。

 俺は配下に一人も逃がすなと指示を出すと、前線に加勢するべく歩き出した。

 


 

 


 目の前に文字通り死体の山が築かれる。

 中央の里に居たエルフ共の死体だ。

 原型を留めていない物も多く、正確な数は不明だが、少なくともハイ・エルフの処理は粗方だが片付いた。


 少なくともこの里に残った連中は老若男女問わずに始末が済んだ――と言うよりは子供を除いてグリゴリの憑依先として消費されたので勝手に死んだのだが…。

 数が合わないのは一部、まだ手を付けていない里に避難したらしい。


 エルフも十数人残して後は皆殺しにした。

 死体が利用された上に、グリゴリが全滅した事で士気が致命的なまでに落ちた連中は一人二人と減っていくと後はそう時間もかからずに全滅。


 結局、残ったのは神殿でトラストが抑えていた連中だけで、外に居た戦士階級の連中には全員死んで貰った。

 現在は数の確認の為に死体を集めている所だ。

 

 エルフから吸い出した記憶によれば、開戦前に非戦闘員を北の里へ逃がしたようだ。

 ライリー達を配置したタイミングからして間に合うか微妙ではあるが、逃げた連中の中にハイ・エルフの子供も混ざっているようなので、逃がす訳には行かんな。


 <交信>で確認。

 返事は直ぐに返ってくる。

 開戦前に北へ逃げる一団をいくつか発見し、全滅させたがハイ・エルフらしき存在は確認できなかったそうだ。


 隠したか別口で逃げたかは不明。

 現在も捜索中ではあるが発見できないとの事。

 

 連中の目と鼻で見つからんのなら逃げ切られたと判断すべきだろう。

 死体の中に以前会ったブロスダン君も含まれておらず、恐らくは生きている模様。

 知らん仲ではないが躊躇う理由にはならんな。


 嘆息。

 まぁ、逃げた方向が分かっている以上、探して始末すればいいだけの話だ。

 この様子なら残った東も何かありそうだな。


 念の為にライリーに数名割いて東を調べろと指示を出して<交信>を切る。

 北の里にコンガマトーを偵察に……。


 「あぁ…しまった」


 そうだ。

 初手で全部やられたんだったか。

 まずは被害状況の確認か。


 

 ゴリベリンゲイ、ゴリグラウアー、コンガマトー全滅。

 タッツェルブルムの損耗率は7割と言った所か。

 グリゴリの攻撃で随分と減らされてしまった。


 ゴブリンの損耗は六割強。

 モスマンは二割。

 シュリガーラは四割と言った所か。

 

 随分と持って行かれたが想定よりは軽かったな。

 とはいっても減った数を考えれば結構な出費だ。

 まぁ、グリゴリの全滅と引き換えと考えれば惜しくもないな。


 アクィエルが残った事を考えると儲け物と考えるべきだろう。


 ……残りはしたが、ダメージが深いのでしばらくは動けんようだがな。


 空を仰ぐと黒い雲は散り、その向こうから白み始めた空が顔を覗かせていた。


 同時に小さく地響きを立ててアクィエルが膝を付き、死んだエルフ共の体から魂が抜けて、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 魂は全てアクィエルの体に吸い込まれて行く。


 ……あの様子なら少ししたら動けるようになるか。


 後は神殿関係だが、そちらはほぼ片付いている。

 サベージとトラストが中でそれっぽい物を手当たり次第に壊して回っているからだ。

 最終的に神殿は解体して完了だな。


 グリゴリを臭わせる者は全て排除だ。





 『これからどうするのだ!』


 そう言って唾を飛ばすのは、この北の里を束ねるドルイド様。

 話を聞いているのは東を束ねていたドルイド様。

 北のドルイド様は頭を掻き毟る。


 周囲には東と北のハイ・エルフ達が集まっていたけど表情は暗い。


 その様子を見て僕――ブロスダンは不安を感じていた。

 少し前の事だ。

 僕の住む西の里が襲われた。


 襲ってきたのはゴリベリンゲイと空を飛ぶ見た事も無い魔物。

 どうやったのか結界に引っかからずに里に侵入。

 気が付いた時には襲われていた。


 上と下からの同時攻撃。

 里の戦士達が総出で迎え撃とうと動いた時にはあちこちで火の手が上がり、気が付けば母様に言われて皆と中央の里に避難していた。


 父様と母様は責務を果たすと残り、避難したのは僕だけだ。

 最後に見た西の里は炎に呑まれ、戦場と化した姿だった。

 逃げ延びた後に聞いた話だけど、西と同時に南も襲われたらしい。


 襲って来た敵について僕も話を聞かれたけどあまり実のある事は話せなかった。

 その頃はまだ僕はそんなに心配しておらず、皆が敵を倒していつもの日常が帰ってくる。

 そう信じていた。


 だけど――。

 

 そうはならなかった。

 一夜明けて届いたのは朗報ではなく悲報。

 西と南の里の壊滅。


 西は数名が半死半生で戻り、南は生存者が皆無で何が起こったか分からないと言った有様だった。

 判明している敵の戦力はゴリベリンゲイと空を飛ぶ魔物。

 それと――ゴブリン。


 状況だけで見るならゴブリンが何らかの方法で魔物を使役して嗾けたと考えられるけど……。


 どうしてゴブリンが?

 それよりどうやって?

 大人達が困惑の声を上げるのを僕は傍で聞く事しかできなかった。


 時間が経っても制圧された里の状況は全くの不明。

 少しでも情報を得ようと斥候を送ったらしいけど誰一人戻って来ない。

 状況から見ても敵が中央を攻めるのは明白。


 ドルイド様達が出した結論は迎え撃つ事だ。

 この中央の里は「偉大な存在」の加護を直接得られる場所で、その御使いの力を使えば負ける事はあり得ない。

 

 ……とは言っても激戦になるのは間違いないので、僕達のような子供や戦えない者は北の里に避難する事になった。

 

 王であるリクハルド様は不安そうな顔をしている僕達に笑いかけ「心配ないよ」と送り出してくれた。

 再び避難した僕達が向かったのは北の里。

 つまりはここだ。念の為にと東の里の皆も同様に避難して来た。


 ただ、戦士階級の皆は援軍として中央に向かったようだ。


 僕達は確かに追い詰められている。

 それでも僕を含めて皆の表情には希望があった。

 余裕と言い換えてもいい。


 偉大な存在の力はどんな敵にも負けない。

 ゴブリンや魔物の群れなんてすぐに追い払ってくれる。

 そう信じていた……。


 ――だけど。


 僕達の下に現れたのは勝利の報告ではなく、中央と連絡が取れなくなったと言う事実だった。

 夜になってから引っ切り無しに聞えていた衝撃や爆音も今は聞こえない。

 どう考えても戦いは終わっている。


 それなのに中央から連絡がない。


 ……と言う事は中央の里はもう……。

 

 誰も口には出さないが皆もう結果は察しているのだろう。

 重い空気が辺りに満ちる。

 そしてその空気に耐えられなかったのが北の長であるドルイド様だ。


 東の長は腕を組んで唸るだけで何も言わない。

 もしかしたら言えないのかもしれない。

 

 『……グリゴリの力が通用しない以上、我等に打つ手は……』

 『貴様…まさか、あの汚らわしいゴブリン共に助命を乞おう等と言うのではなかろうな?』

 『ならばどうするのだ!?お主も状況は分かっているのだろう?グリゴリが敗北した以上、我等に勝ち目は――』

 『だからと言って……』

 『戦士階級は全て動員したのだぞ!もう戦力はない!こうなれば交渉で譲歩を引き出すしかない!』

 『冗談はよせ!奴らが交渉の席に付く訳がないだろうが!』

 

 二人のドルイドに触発されたのか、他のハイ・エルフ達も議論に加わる。


 敵も戦いでかなり消耗している筈、残った者で戦うべきだ。

 いや、グリゴリが負けた以上は勝ち目はない。降伏すべきだ。

 我等の力を示して交渉の席に着かせ譲歩を引き出すべきだ。

 怒らせるのは愚策だ。ここは下手に出て、我等の有用性を見せるべきだ。

 

 ――等。


 様々な意見が僕の耳に入っては抜けて行く。

 だけど、話が纏まる気配はない。

 周囲を見ると、エルフの皆が不安そうに僕達の方を見ている。


 ハイ・エルフはエルフを導く存在。

 皆は導きと言う答えを待っているんだ。

 僕は会話を聞き逃すまいと集中する。


 僕だってハイ・エルフなんだ。

 ドルイド様達の事情は良く分からないけど、何かできる事が…。


 『――がっ』


 それは不意に起こった。

 本当にいきなりだったんだ。

 ドルイド様を始め、ハイ・エルフの大人達が急に苦しみだしたと思えば、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。


 周囲が駆け寄って助け起こそうとするが、ドルイド様の体を見て硬直している。

 どうしたのだろうと、見ているとその表情がみるみる青ざめて行く。

 東の長を抱き起そうとしたエルフが表情の抜けた顔で呟いた。


 『……死んでる』


 時間が止まったかのような静寂に包まれた。

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