第165話 「天使」

 アブドーラは目の前のリクハルドが首飾りのような物を握りしめるのを見て、嫌な予感に襲われる。

 首飾りが光るとリクハルドの背から羽が3枚と頭に環が現れ、雰囲気が変わった。

 表情も気怠げな物に変化している。


 『「我を呼び出したか――その意味を理解しているのだろうな?」』


 リクハルド――否。リクハルドの姿をした何かはゆっくりとアブドーラの方へ視線を向ける。


 『「見慣れぬ種だな。……あぁ、例の混沌の眷属か」』


 ぶつぶつと独り言のように呟く。

 声はリクハルドの物だが口から出るのは聞きなれない言葉。

 言っている事は分からないのに何故か意味が理解できる。


 こいつだ・・・。本能的に確信する。

 こいつがリクハルドを唆した張本人だと。

 

 「貴様がリクハルドをおかしくしたグリゴリとやらか!?」

 『「おかしくした?異な事を言う。この者は救いを求めていた。だから我等が救ってやっただけの話だ」』

 

 そいつはさも当然の事の様にそう言い放ち、視線を神殿の方へ巡らせる。


 『「そこか」』


 アブドーラは目の前の敵の狙いを瞬時に理解し、曲剣で斬りかかる。

 どう考えても奴の狙いは主であるローだ。

 行かせるわけにはいかない。


 踏み込んで一気に間合いを潰し、斬りかか――。


 『「煩わしい」』


 ――る前に左肩から袈裟に両断された。


 目を見開くアブドーラの目にはリクハルドを乗っ取った者の手に握られる剣のような物を捉えたが、どうにもならなかった。

 上半身が地面に叩きつけられる感触と共に意識を握って居られずに手放す。


 ……くそっ。





 「おいおい」


 俺の目の前でアブドーラが両断されて崩れ落ちたのが見えた。

 

 ……一撃かよ。


 リクハルドは光でできた剣のような物を片手にぶら下げてこっちをじっと見ている。

 どうやらご指名のようだ。


 ……これは俺が出るしかないか。


 神殿の上から飛び降りる。

 降りている途中、ふと気が付いた。


 数が合わない。


 神殿内の柱とアクィエルと戦っている天使の数は一致している。

 なら、下に居るあいつは何だ?

 もしかして別で柱があるのか?だとしたら探す必要が出て来るな。


 内心、面倒なと思いながら着地。


 『「汝が混沌の子か」』


 気怠げな口調と無表情でこちらに歩いて来る。

 雰囲気が偉く違うな。リクハルドに憑いている事を考えるとグリゴリでも上位の存在なのかな?


 「何を言っているのか分からんが、お前がグリゴリのトップか何かか?」

 『「如何にも。我はΑζαζελ。Γριγοριグリゴリを率いる者」』


 やはりグリゴリは辛うじて聞き取れるが名前が良く分からない。

 何でこいつ等の言葉は固有名詞が聞き取り難いんだ?

 あ、あー…何とか?


 『「Σεμιαζάが言ったかもしれぬが、我がもう一度言おう。我等の加護を受け入れる気はないか?」』

 「前の奴にも言ったが断る。お前らの都合の良い道具になるつもりはない」


 アクィエルのお陰でハイ・エルフについて少しだが理解が進んだ。

 記憶が抜けなかった理由にもある程度ではあるが察しは付いている。

 

 「加護とか言っているが要するにあんたらに魂を引き渡すって事だろう?」

 『「然り。我等との契約は我等に魂を捧げる事により成立する」』


 ……だろうな。


 マニュエル達を調べた時、魂を喰えなかった。

 付け加えるならこの空間内でエルフの魂は問題なく死体に戻って使役できていたようだが、ハイ・エルフに限っては死んだままだ。


 要するに連中の中に魂がない。

 恐らくだが、魂はグリゴリに握られているのだろう。

 その為、ハイ・エルフはグリゴリに逆らえない。


 恐らくだが記憶は魂の方に刻まれて管理されていたのだろう。

 連中自身が記憶を扱えていた理由は何らかの理由で肉体と魂は繋がったままで、そこから引き出していた物と思われる。

 そりゃ脳からは引き出せん訳だ。そもそも入ってないんだから、無い物は引き出せない。


 「俺はお前らのような連中に命を預けるほど血迷っていない」

 『「何故そこまで我等を拒む」』


 心底、不思議と言った口調で問いかけて来る。

 こいつらはそこの所、理解できないからこういう物言いなんだろうな。


 「俺は欲しい物は自分で手に入れる。あんた等みたいなのに叡智とやらを授けて貰わなくても結構だ。他を当たれ」

 『「我等には汝が必要だ。汝はΝεπηιλιμ足り得る器。我の依り代としては最も優れている」』

 

 要するにとっとと体を明け渡せと?

 口調こそ穏やかだが、有無を言わせない迫力がある。

 俺は小さく溜息を吐いて目の前の偉そうな奴を睨み付けた。


 「こっちこそ言ってやろう。俺から手を引け。そうすれば行く手を遮らん限りあんたらには手を出さん。それがお互いの為かと思うが?」

 『「どうあっても我等の下に来ないと言う事だな」』

 「しつこい」

 『「なら力尽くとなるか」』

 

 最初からそうするつもりの癖に良く言う。

 それにしても目の前の奴は随分と安定しているな。

 多少とは言え時間が経っているのに目立った外傷がない。


 リクハルドの体は他とは違うのか?

 嘆息。考えても仕方がないか。

 どうせやる事は変わらないんだ。

 

 アブドーラには悪いがこいつは俺が仕留める事になりそうだ。

 当の本人は上半分だけになったがしっかりと生きているようで、仕込んだ補助脳が体を操作して這いずって下半身の方へ向かっていた。


 あの様子なら心配ないだろう。

 折角、作り直した体だ。

 性能のチェックも兼ねてやらせてもらうとしよう。


 『「あまり大きな力は使えんか……」』


 天使はそう呟くと手に持った光の剣をだらりと構えた。

 同時にどうやっているのか、走らずに地面を滑る様にスライドしてこちらに向かって来る。

 

 ……受けるのはヤバそうだな。


 俺はギリギリまで引き付けてからバックステップで回避。

 左腕を翳す。

 袖口から細い百足が無数に飛び出し、一斉に襲いかかる。


 左腕ヒューマン・センチピードも治すついでに改良を加えた。

 生やす位置も前腕から肩口に近い上腕に変更。

 大きさも二割程に落とす代わりに数を十本に増加。


 破壊力は大きく落ちたが手数は何と驚きの十倍だ。

 正直、喰らいつかせるよりは引き寄せて殴った方が早いと気づいたのでこの形に落ち着いた。

 そもそも今までが巨大だっただけで、人間サイズの獲物なら今の状態でも簡単に手足をもぎ取れる。


 後は身体能力自体も大きく向上しており、今の身体能力は体が消し飛ばされる前の比じゃない。

 実際、以前なら躱すのがやっとであろう斬撃も見てから躱せる。

 その秘密は根の増量だ。


 今までは全身に張り巡らせる形で使用し、根を経由して身体を操作していた。

 根と呼んでいる俺の一部は自身の能力の元だ。

 外気に触れれば崩れると言う欠点があるが、量に比例して俺の総合力も上がる。


 多ければ多い程、良いのだが残念ながら俺の体の許容量は有限だ。

 図体を弄るのも手だが、これ以上でかくすると人間から逸脱してしまう。

 だから発想を変えた。


 骨、筋肉、臓器、そして脳までも根に置き換えた・・・・・

 正確には表面を生体組織で覆い、それ以外は完全に根となっている。

 結果、元々あったパーツはほぼ全て消え去り、俺の中身は完全に根の塊と化している。


 ……弄繰り回す時間はたっぷりあったからな。


 兵士増産の合間に手を入れていたが、思ったより上手く行ったようだ。

 実際、身体能力に魔力の操作と随分と動きが良くなった。

 お陰で天使の動きも良く見える。


 あいつがグリゴリのトップと言う事は一番強いって事か?

 だとしたらこいつ以上は居ないと言う事だろう。

 つまり、今の俺の力はこいつらに充分通用すると言う事だ。


 ……まぁ、この空間のお陰で弱体化している所為でもあるがな。


 『「体が重いな」』


 天使は剣を手放し、それと同時に刃が左右に広がった十文字槍のような物を出現させると俺が嗾けた百足の群れを槍を回転させて瞬時に輪切りにする。

 滑らかな動作で回転を止め、手の中で滑らせてこちらに突きこむ。


 下がりながら上半身を後方に逸らして躱す。

 百足が斬られた感じからすると、甲殻の防御力が全く働いていなかった。


 ……なんつー切れ味だ。


 恐らく斬られたら抵抗なく両断されるな。


 受けられないのはやり辛い。

 内心で舌打ちする。

 手で器用に回転させながら連撃。


 突きではなく回転させながらの薙ぎがメインの動きだ。 

 攻撃の軌道は円だが、緩急を付けているせいで見切り辛い。

 強化された動体視力のお陰で何とか躱せているが、このまま躱し続けるのは難しいな。


 ……何とか反撃を――。


 『「ふむ」』


 天使はそう呟くと動きが変わった。

 薙ぎから突きへと。

 連撃。


 ……ここだ。


 最初に飛んで来た突きを下から蹴り上げる。

 槍が明後日の方向へ向かい、それと同時に懐に入り拳を叩き込む。

 俺の右拳は腹に突き刺さる前に障壁に阻まれる。


 ――が。


 <活性>。<活性>。<活性>。<活性>。<活性>。

 使えはしたが使わなくても問題なかったので今まで出番のなかった身体強化の魔法を魔力に物を言わせての連打でブースト。

 そのまま力技で障壁を叩き壊して殴り抜く。


 拳が天使の胸に突き刺さり、ボキボキと骨と臓器を粉砕する手応えが伝わった。

 俺の拳はそのまま腹を突き破って体内に腕が入る。

 手に触れた脈打つ感触を鷲掴みにして引きずり出す。


 腕を抜くと同時に離れようとしたが、手刀が首に飛んで来た。


 ……躱せんな。

 

 手刀は俺の首に触れた瞬間、何の抵抗もなく切断して刎ね飛ばした。

 視界が首と一緒に宙を舞い、クルクル回るが些細な事だ。

 体を操作して蹴りを入れて間合いを取り、風の魔法で頭部の落下軌道を操作。


 落ちて来た所をキャッチ。

 傷口に乗せて接合。

 左右に動かして具合を見る。


 うむ。くっついたな。

 取りあえず握ったままの臓器――心臓かな?は勿体ないので吸収。

 相手は――。


 『「やはりこの身では分が悪いか」』


 ――元気そうだ。


 手を傷口に翳すと光って塞がり始めたが、何かが破裂する音がして側頭部の一部が破裂した。

 血が飛び散る。

 

 『「……これは保たぬか」』


 頭の方の傷も塞がり始めるが、他が破損する。

 

 『「やはり今の子らではΝεπηιλιμには届かぬか。これほど時間をかけても仕上がらんとは、ελφエルフでは荷が重かったと言う事か?」』


 ぶつぶつと考察するように呟くと、天使は小さく息を吐く。 

 その視線をふっとアクィエルの方へ向ける。  


 『「悪魔を滅ぼせぬ以上、汝を捕らえるのは困難と言わざるを得んか。だが、汝と言う存在を確認できただけでも収穫と捉えるべきだろう」』

 「何だ?もう終わりか?」

 『「此度はこれで引く。どちらにせよ依り代がない以上、我等はこちらに干渉できぬ」』

 「そうか。それは朗報だ。そのまま俺に二度と干渉しないでくれ」

 『「だが、努々忘れぬ事だ。その肉体は我等Γριγο――」』


 何か言いかけていたが、後ろから忍び寄っていたアブドーラに首を刎ね飛ばされてその口を永遠に閉ざした。

 アブドーラはそれで収まらなかったのか落ちた頭を踏み潰し、残った胴体もお返しとばかりに肩口から袈裟に両断。

 

 「下がれ」


 俺がそう言うとアブドーラが離れる。

 同時に魔法を起動<火炎Ⅱ>炎が散らばった死体を飲み込む。

 良い感じに焼けた所で解除。


 炎の後に残ったのは炭の塊。

 探知系の魔法で調べるが、生命反応は無し。

 やったか?


 色々聞きたい事もあったが、仕留めたし良しとしよう。

 念の為、残った炭も魔法で消し飛ばす。

 取りあえずは終わりかな?

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