第164話 「衝突」

 その場にいたハイ・エルフが全員が死亡した事を確認すると、俺は神殿の上に着地。

 よく焼けた連中のパーツが転がっているが無視。

 近くにはさっき中で仕留めた連中が開けた大穴が口を開けている。


 穴から中を覗き込むとサベージが光っていない柱を尻尾で破壊している所だった。

 固まっているエルフの方を見ると何人か首と胴体が泣き別れて転がっている奴が数名。


 大方、俺が抜けて隙が出来たとでも思い、抵抗してトラストに斬り殺されたんだろう。

 アクィエルはグリゴリの生き残り数体を相手にしているが、拮抗しているな。

 替えの体がなくなった以上は勢いも弱まるだろうし、勝敗は何とも言えんか。


 ……削り切られるのが先か相手が沈むのが先か。


 まぁ、勝つにしても負けるにしてもハイ・エルフの連中は死ぬか死にかけるかするだろ。

 手間がかかったのでアクィエルには生き残って欲しい所だが、死んだら死んだで問題はない。

 役目は充分に果たしてくれた。


 戦場の方は――問題ないな。

 エルフの戦士連中はモノスやモスマン達に片端から狩られており、逃げようとした奴等はタッツェルブルムやゴブリンの餌食になっていた。


 対するエルフの攻撃はモスマンには掠りもせず、モノスには通らない。

 そもそもあの連中は対エルフ用に創造した生物だ。

 グリゴリの横槍がなければまず負ける事は有り得ない。

 

 加えてアクィエルの能力で若干ではあるが強化されており、とどめに死んだエルフは起き上がって味方に襲いかかると言う三重苦。

 エルフの連中からしたら悪夢以外の何物でもないだろう。


 ちなみにここに居ない一部のシュリガーラやジェヴォーダン達は予備兵力のオークやトロールと共に里の周囲に布陣して逃げようとした奴を仕留めて回っている。

 改修が完了した、ライリーが指揮を執っているが随分と張り切っていた。


 ……汚名返上のつもりなのかな?


 開戦前に他の里に避難しようとしていた連中が居たらしいので手を打って置いて正解ではあったな。

 念の為、数名生かして捕らえるか、頭部を早めに持ってくるように言ってあるが、連絡がない以上は問題なさそうだ。


 ……で、残りは――。


 俺は視線を少し離れた所に落とす。

 そこではアブドーラとリクハルドが死闘を繰り広げていた。





 アブドーラの曲剣がリクハルドの魔法を切り裂く。

 本来、彼の身体能力なら見切る事は際どい所で可能だが、剣で叩き落すなんて芸当はできなかった。

 ゴートサッカーとして生まれ変わった身体能力はゴブリンの比ではない。


 使っている武器も昔から使っている質の高い魔法武器で、強度はそこらの剣とは比べ物にならない一品だ。 

 対するリクハルドも王としてグリゴリの祝福を受け、身体能力や魔法技能が大幅に引き上げられており、両者の身体能力は普通のそれではなかった。

 

 ……が。


 リクハルドの魔法の連撃をアブドーラは表情一つ変えずに曲剣で叩き落しながら走る。

 

 『……ぐっ』


 リクハルドは使用魔法を<火球>、<水球>、<風刃>、<石弾>と手を変え品を変えてアブドーラの突撃を止めようとしているが、止まらない。

 火球を両断され、水球は剣の腹で弾かれ、風刃は腕で払いのけ、石弾はそもそも防御せずに肉体の頑強さで無視する。


 間合いに入った所で振り下ろし。

 リクハルドは後ろに跳んで躱しながら、更に魔法を連射。

 同様に効果がない。


 リクハルドは内心で歯噛み。

 飛び道具は牽制以外の役に立たない。


 「どうした?逃げ回るだけか?」

 『そっちこそ!当たっていないよ?』


 返しながらもリクハルドはやや焦りを感じていた。

 目の前の戦闘ではなく、それ以外の事でだ。

 彼の優先順位は家族である民、次いで自分自身であり、目の前のアブドーラの事は二の次で、あくまでも障害としてしか捉えていない。


 当然ながら義兄には思う所はあるが、理性で割り切っている。

 これもグリゴリとの「契約」の影響なのだが、本人はそれに納得しているので抵抗は一切ない。

 対照的にアブドーラは逆に落ち着いていた。


 長年、付け狙っていた獲物を前にした興奮は確かにあるが、何故か思考の芯は冷えたままで、酷く落ち着いているのだ。

 恐らくはこの体に改造された時に何かされたのだろう。

 彼はローと言う男の考えを一部ではあるが理解していた。


 あの男は自分に害を及ぼさなければ基本的に何もしてこない。

 つまり、自身が有用であると証明し続けている限り心配は不要。

 反面、害があると判断すれば苛烈なまでに排除しようと動く。


 ……こうなった以上はエルフに明日はないだろう。


 良くて皆殺し、悪くて実験材料だろう。少なくとも碌な未来は待っていない筈だ。

 ならば自分が連中に固執する理由はない。

 自分の目的はエルフへの復讐だが、最も許せない裏切り者の処分が出来る以上、結果が伴えば文句も不満も皆無だ。


 終われば約束通り彼に服従する配下となろう。

 グリゴリと敵対している以上、上手く行けばヒロノリ様を直接手にかけた連中とぶつかり、自分もその戦いに一翼として加えて貰えるかもしれない。

 そう考えると胸が熱くなる。


 平和に暮らしていただけの自分達の幸せを破壊した憎むべき敵。

 奴等を八つ裂きにできる事を考えるとドス黒い愉悦が沸き起こるが、自分を戒め目の前の敵に意識を戻す。


 まずは裏切り者の処分だ。

 アブドーラは自分の肉体の力に舌を巻く。

 シュリガーラやモノスを見ていたが、自分がそう・・なると成程という思いが強い。


 以前とは比べ物にならない程の圧倒的な力。

 飛んで来た魔法を見てから対応できる動体視力とそれに追随する身体能力。

 本当に素晴らしい。これならば勝てる。それも問題なく。


 飛んで来た魔法を剣で叩き落しながら更に間合いを詰める。


 ……リクハルド。この距離がなくなった時がお前の最期だ。

 

 アブドーラの身体能力に驚いていたのはリクハルドも同様で、間合いが潰されるのは時間の問題だが、その時間が惜しい彼も勝負に出る事にした。

 必勝の切り札は確かにある。だが、それはまだ使えない。


 アブドーラを仕留めた後にローの相手をしなければならないからだ。

 切り札は奴に使わなければならない。

 あの男は危険すぎる。グリゴリの意向には背く事になるだろうが、今の自分の能力では無理だ。


 悪いが諦めて貰おう。

 こちらとしても自分達の荷物を押し付けられるであろうあの男は惜しいが、優先すべきはこの里の平和だ。

 その障害はどうあっても滅ぼす。


 魔法を発動。

 心身の消耗が激しいが構ってられない。

 多重起動。<土壌ソイル>、<肥沃ファータル>、<繁茂グロース>。


 両腕の外皮を樹木に変化させ、その表面から木の枝を槍の様に生やして伸ばす。

 <土壌ソイル>は自らの肉体を植物の成長を制御する土壌へ変化させる魔法で、<肥沃ファータル>で種を植え付け<繁茂グロース>で成長させる。


 接近戦は得意ではないが、心得がないわけじゃない。

 振り下ろされた剣を片腕で受け止め、枝の成長を操作して伸縮。絡め取る。

 

 「ぬっ」


 アブドーラが剣を引こうとするが振り解けず、忌々し気に表情を歪める。

 残った腕で生えた枝を引き延ばし、突き出す。

 限界まで硬質化した枝は並の槍より鋭く、薄い鎧は容易く貫通する。


 ――が。


 突き出した枝は突き刺さらずに皮膚で止まる。

 

 ……刺さらない!?

 

 『どういう体をしているんだ!?』


 咄嗟に距離を取ろうとしたが、アブドーラは剣を持つ手に力を込める。

 剣を封じたリクハルドの枝を逆手に取ったアブドーラは拳を握りしめて、腹に叩き込む。


 『が、は……』


 衝撃と痛みにリクハルドは息を漏らして体をくの字に折る。

 良い位置に頭が来たので剣を手放して側頭部に追撃。

 体が泳いだ所で反対側にもう一撃。


 頭が元の位置に戻った所で下から掬い上げる様に更に一撃。

 アブドーラの手に顎が砕けた感触が伝わる。

 ハイ・エルフの危険性は身を以って知って居るので油断はない。


 とどめとばかりに頭を潰そうとするが、リクハルドは腹に食い込んだままの枝を伸ばしてアブドーラを押し出して強引に距離を取る。同時に剣の拘束を解く。

 リクハルドは顎を擦りながら魔法を発動。


 <収穫ハーヴェスト>、<花冠カローラ>。 

 前者は周囲の樹木から力を集めて傷を癒し、後者は防御力と魔法に対する抵抗力を引き上げる物で、どちらもハイ・エルフにのみ使える魔法だ。

 

 ゆっくりと傷が癒えて行く。

 距離を離すのは難しいと判断したリクハルドは、内心で歯噛みしながら魔法を追加。

 <茨盾ソーン・シールド>、<茨鎧ソーン・アーマー>。

 右腕に茨で出来た円形の盾と樹木化した体の表面に茨が生えてくる。


 立て続けての魔法の連続使用による頭痛が襲うが、意思で捻じ伏せて相手を見据えた。


 リクハルドは腹を括る。

 接近戦で仕留めると。

 それを見たアブドーラも応じる様に獰猛な笑みを浮かべ魔法を発動。


 <活性アクティビティ>。

 以前なら大した魔法なんて使えなかったが、今では戦闘をこなしながらこんな事までできる。

 身体強化の魔法だ。全身の筋肉が軋みを上げて膨れ上がり、視界が澄み渡る。


 「行くぞ」


 アブドーラは足元を踏み砕いて真っ直ぐに突っ込む。

 リクハルドは応じる様に盾を構え、迎え撃つ構えだ。

 拳を振り上げて叩きつけようとする前に盾の茨が解けて襲いかかる。


 「そんな一つ覚えで……」

 『これを喰らっても同じ事を言えるのかい!』


 茨がアブドーラに絡みつくが、その針は外皮を貫けない。

 同時に茨が紫色に変色。

 植物由来の猛毒がアブドーラの皮膚に沁み込もうとするが、「ふん」と鼻で笑うと素手で絡みついた茨を掴んで引き千切り、残りは掴んで強引に引き寄せる。


 『……なっ』


 リクハルドの体が宙に浮いてアブドーラの方へ向かう。

 程よい位置に来たところで再度、拳が腹に突き刺さる――前に茨の盾で防ぐ。

 

 ――何とか……。


 防いだと思った刹那。

 体のあちこちに熱い感触。

 何がと自らの体を見下ろすと体のあちこちに<茨鎧ソーン・アーマー>を貫通して何かが突き刺さっている。


 口腔内に血が溜まる感触を感じながら、何が起こったとアブドーラを見ると脇腹から何か黄緑色の杭のような物が伸びていた。

 それが自分の体に突き刺さっている。


 『なんっ――これは……』


 武器を体内に隠し持っていた?いや、そう言う構造の生き物なのか?

 疑問を置き去りにして体に刺さった杭が脈動。

 何をされているか瞬時に悟った。


 ――血を吸い出されている。


 目の前のアブドーラは残忍な笑みを浮かべているのが見えた。

 

 『うおおおお!』


 なりふり構っていられない。

 腕の枝を限界まで束ねて限界まで伸ばす。

 貫く事は考えずに押し出す事を目的とした動きだ。


 同時にアブドーラの腹に蹴りを入れる。

 全身に刺さった杭が抜けて血が噴き出したが、何とか離れる事に成功。

 離れた勢いを殺しきれずに地面を転がる。


 <茨鎧ソーン・アーマー>のお陰で衝撃は軽いが傷は深い。

 リクハルドはアブドーラの高い戦闘力に焦りを強くした。

 視界の端に神殿が入る。


 ローが神殿の上部を魔法で吹き飛ばしている所だった。

 リクハルドの焦りは限界を超える。もう出し惜しみしてる場合じゃない。

 異様なまでの硬さに魔法への耐性。


 まるでエルフを相手にする為の肉体のようだ。

 このまま続けると、時間だけが無為に過ぎていくのは目に見えていた。

 ならば、危険ではあるが使うしかない。


 首にかけた「ある物」を握りしめる。


 『Αζαζελ様。力をお貸しください』


 そう言って彼はその力に手を付けた。

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