第163話 「神殿」

 『なっ!?貴様なに――』

 

 扉を開けると近くにエルフの男が居たので首を掴んで回転させる。

 抵抗するまでもなく男は沈んだ。

 弱い。警備兵か何かか?


 中の様子は前回と特に変わらないが、戦士らしき連中が武装して待機していた。

 俺が警備兵を殺したのを見て驚いている奴も居る。

 そんなにもここに入られたのが不思議か?


 『よくも息子を!』


 固まっているエルフの中から一人が飛び出して短剣で斬りかかって来たが、いつの間にか前に出たトラストに首を刎ね飛ばされた。

 加勢しようと踏み出しかけていた連中はサベージが喰い散らかしている。


 ……俺、出番ないな。


 まぁ、どうでもいいか。

 気を取り直して周囲の柱を確認すると、いくつか光っているのが見える。

 試しにその内の一つに<爆発Ⅱ>を叩き込んだ。

  

 轟音と爆炎がまき散らされるが――。


 「無傷か」


 魔法を弾くのかな?

 俺の考えを察したのかサベージが柱へ尻尾を叩きつけるが、傷一つ付かない。

 こちらを振り返りふるふると首を振る。物理もだめか。


 『無駄な事を!御使いの力の宿った御神体に傷がつく物か!』


 エルフの一人が声高にそう言うが、それを聞いて俺はなるほどと思った。


 『ほぅ、なら力の宿っていない物なら傷がつくのか』

 『……なっ!?』

 

 サベージが光っていない柱――御神体とやらに尻尾を叩きつけると、あっさりと砕け散った。

 動いてないのは壊れるのか。

 

 『な、何と言う事を――貴様等!神罰が下るぞ!』

 『言ってろ。サベージ。残りも潰せ』

 『いかん!皆、御神体を守るのだ!』


 何人かが一斉にこちらに向かってくる。

 

 「トラスト」

 「承知」


 打てば響くと言わんばかりに即座に動いたトラストは手に持っていた剣を鞘に納め腰を落とす。

 居合いに似た構えを取る。


 「"赤翼せきよくそう"」


 腕が霞んだように見えた次の瞬間にはこちらに向かってきた数人と後ろで魔法を使おうとしていた連中全員が腰から両断され、上半身がずれて落ちる。

 

 「……残りはどうされますかな?撫で斬りにせよというのなら即座に」

 

 俺は震えている動かなかった連中を一瞥。

 見た所、今ので完全に戦意が圧し折れている。

 

 『死にたくないなら大人しくしてくいろ』


 そう言うと年老いたエルフが両手を上げて1人前に出る。

 表情には怯えの色が濃い。

 目の前であれだけの数の仲間が瞬殺されれば、腰も引けるか。


 『……わ、我々は何もしない!だ、だから、命だけは――』

 『なら少し協力してもらおうかな?ハイ・エルフは何処だ?』


 見た所、ここに居るのは全員が普通のエルフだ。

 戦士階級ではあるのだろうが、気弱そうな奴が多い。

 まぁ、全員が全員、勇ましいと言う事はないようだな。


 ……お陰で生きていると言うのもちょっとした皮肉ではあるが。


 老人は少し迷うような素振を見せるが、意を決して俺の方を真っ直ぐに見る。


 『この神殿の上におる――おります』


 ……なるほど。ここの守りよりアクィエルを優先したか。


 後ろを振り返るとサベージが丁度五つ目の柱を破壊している所だった。

 それと同時に無事ないくつかの柱が発光、上から巨大な気配が近づいて来る。

 

 ……気付かれたか。


 天井を突き破って羽と輪っかを付けたハイ・エルフが二人降りて来た。

 どう見ても天使が憑依している。


 『「貴様――!」』


 片方が声に怒りを滲ませながら、何か言っていたが無視。

 動く前に左腕ヒューマン・センチピードを嗾ける。

 残りにはトラストが斬りかかっていた。


 天使は咄嗟に躱すが上手く行かずに、胴体を狙った俺の百足は片腕を捉えて食い千切った。

 血が噴出するが即座に止まる。何らかの方法で止血したようだ。

 俺が追撃をかける前に相手は残った腕を俺に向けた。

 

 雲のような物が現れ、点滅するように中から光が漏れる。

 何かしてくる前に魔法で障壁を展開。

 <地盾Ⅱ>。土の壁が俺の前にせり上がってくる。


 同時に雲から雷が迸り、土壁が吹き飛んだが俺には届かなかった。

 やはり威力は相当落ちている。

 これなら充分、戦り合えるレベルだ。


 横目で隣の戦闘の様子を見ると、敵はレーザーみたいな細い光線を連射しているが、トラストは飛んで来た端から剣で切り払っていた。

 捌く速度も尋常ではなく、腕が霞んでいるように見える。

 

 ……え?何やってるの?


 飛んで来た光線見切って打ち落とすとか俺、できないんだが……?

 何でできるんだ?


 ……ま、まぁいい。


 隣は心配なさそうだ。

 俺は目の前の敵に集中しよう。

 敵は片腕欠損、細かい傷がいくつかあるが致命傷には遠そうだ。


 そこでおや?と思う。

 さっきの魔法での反動が軽いようだが、どういう――。

 不意に天使が吐血。しかも血が黒い所を見ると、ダメージは中に集中しているのかな?


 やはり大技は余り使えないようだな。

 見た感じ、臓器に結構な負担がかかっているようなので削ればすぐに潰れるだろう。

 天使は再び雲を生み出す。


 どうやらこいつは雲を使った攻撃を得意とするようだ。

 

 『「異邦者よ。何故、我等に刃を向ける?祝福を受け入れれば汝は更なる飛躍を――」』


 もうそれは聞き飽きた。

 爆発。

 どうせつまらない口上なのは分かり切っていたので、魔法を叩き込んで黙らせた。 

  

 「その件は前に会った奴から聞いた。わざわざ、同じ事を聞くほど暇じゃない。お前らを皆殺しにできないのは残念だが、しばらく俺に手出しができないようにここは潰させてもらう」

 『「我等に勝てると傲るか?」』

 「少なくとも今のお前には勝てると思うが?」


 能面のような天使の表情に変化が出た。

 不快そうに表情を僅かに歪める。


 『「ならば、汝は痛みによって傲慢の対価を支払うがいい!」』


 ……痛みによってね。


 暗に殺す気はないって言っているような物だぞ。

 天使は複数の雲を生み出す。

 それぞれ色の近い光が点滅して漏れる。


 おいおい、そんな大技使ったら――。


 『「裁きを受け――ゴブッ」』


 派手に血反吐をまき散らした。

 顔面のあちこちから血を垂れ流しながら力を使う。

 それを見て俺は一気に駆け出した。

 

 前へと。

 それと同時に魔法で砂をまき散らして視界を潰す。

 観察した限り、連中の能力は完全に肉体依存だ。


 肉体の能力を大きく逸脱した場合は、無理が出るのは今までの戦闘ではっきりしている。

 それと同時に知覚できる範囲も同様だろう。

 少なくとも奴は俺の方をはっきりと見ていた。


 ここまで情報が揃うと薄っすらとだが、連中について色々と分かって来るが、今はいいか。

 雷と雹が砂煙を突き破って飛んでくるが、狙いが大雑把だ。

 やはり見えていない。


 要するに連中、自分達本来の肉体よりはるかに劣るハイ・エルフの体の扱いに慣れていないのだ。

 使いこなせていないと言い換えてもいい。

 戦い方も力に物を言わせただけで、回避などに関しても反応が遅れている。


 左腕の百足を動かして真下から襲いかかり、俺自身は正面から行く。

 

 『「小賢しい!」』


 雷が百足を射抜いたのを感じたと同時に飛びかかる。

 右腕を一閃。伸ばした爪を硬質化させての斬撃。

 顔面を斜めに切り裂く。


 爪には毒を仕込んでおいたので傷口がグズグズと溶けて行く。


 『「ぬ、貴さ――」』

 「いくら何でも舐めすぎだ」

 

 至近距離で<爆発Ⅱ>を叩き込む。

 肉体が爆発で消し飛ぶ。

 同時に光っている柱の一つから輝きが消え失せる。


 その瞬間、サベージが待ってましたと柱を破壊。

 これで今の奴はもう出てこれないな。

 トラストの方も見ると天使の首を落としている所だった。

 

 柱から光が消えた瞬間にこちらもサベージが破壊。

 残りの柱は――五本?思ったより残ったな。

 気配は……。


 同時に外で轟音。

 外か。


 「ロー殿」


 不意にトラストが声をかけて来る。


 「どうした?」

 「あれを」


 トラストの視線を追うと、その先には光っている柱が――いや、おかしい。

 点滅している。

 他を見ると一つを残して全ての柱が点滅を始めた。


 「何が起こっている?」

 「自分の推測で良ければ」

 「聞かせてくれ」

 「点滅の間隔が外の戦闘の音と被る所を見ると、恐らくは民を使い潰しながら戦っている物かと」

 

 要は体の事を一切考慮せずに、無理矢理高威力の攻撃をぶっ放しては体を使い潰して、即座に別の体に憑依しているのか。

 サベージが何とか柱を破壊しようとしているが、間隔が早いので上手く行っていないようだ。


 俺はトラストとサベージにその場を任せて神殿から飛び出した。

 こうなると直接、対処した方が早い。

 外に出るとアクィエルが複数の天使と戦っているが、かなり苦戦している。


 何故なら連中は攻撃を繰り出すと即死し次のハイ・エルフに憑依して再び襲ってくるのだ。

 凄まじい勢いでハイ・エルフの在庫が消費されているが効果も凄まじい。 

 アクィエルのダメージもかなり深刻な事になっている。


 体のあちこちに穴が開いており、傷口から煙が立ち昇っている。

 当然ながら吸収した力や、死んだエルフの魂を喰らって回復はしているが追いついていない。

 アクィエルと戦っているのが四。神殿の上に一。恐らくは未使用のハイ・エルフを守っているのだろう。


 俺のやる事ははっきりしているな。

 在庫の処分だ。

 <飛行>で神殿の上まで行くと、グリゴリに奇襲をかける。


 俺がいきなり叩き込んだ左腕ヒューマン・センチピードは不可視の壁に阻まれるが、俺は構わずに追撃の魔法を叩き込む。

 <火球Ⅲ>を大量に作って広範囲にバラ撒く。

 ほら、頑張って防がないと乗り移る先がなくなるぞ?


 無数の火の玉は次々と障壁に命中し、天使はそれを維持する度に肉体が破壊されて行く。

 それにしてもグリゴリの連中は面白い技を使う。

 さっきの雲もそうだが、目の前の奴が使っている障壁も面白い。


 見た感じ防いでいるんじゃなくて消しているようで、着弾しても爆発しない所を見るとそうなんだろう。

 何とか俺も使えないだろうか?

 まだ、憑依されていないハイ・エルフが攻撃してくる物かとも思ったが、連中は全員蹲ったまま動かない。


 その表情は虚ろで、一部は口が半開きで涎を垂らしている者までいた。

 気にはなるが、やる事は変わらない。

 後ろの戦闘が進むにつれ順番に憑依されて戦場へ向かって行っているが、他は虚ろな目をしたまま固まっている。

 

 『「おのれ……」』


 天使が何か言いかけたが体が限界だったのか血反吐を盛大にぶちまけて崩れ落ちた。

 

 ……ここだな。


 次に乗り移る前に更に魔法を撃ち込む。

 ハイ・エルフの連中は特に抵抗するでもなく魔法を喰らって吹き飛ぶ。

 俺はダメ押しとばかりに<爆発Ⅲ>を叩き込んだ。


 轟音がして神殿の屋根?が砕け散り、破片が周囲に降り注ぐ。

 これで、ハイ・エルフは全滅かな?


 ……それにしても……。


 何で連中、無抵抗で攻撃を喰らったんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る