第159話 「尋問」
目の前に積み上げられた原型を留めない肉塊の山を見て俺は溜息を吐く。
これじゃあ誰が誰か分からんな。
一応、徹底的に探させたが、生存者らしき者は残っていないと報告が上がった。
逃げた形跡もないし、少なくともハイ・エルフを全員殺せたのは間違いないらしい。
連中、数が少ない上に有名人らしいからな。
取りあえず、これで南の里は全滅か。
思ったより脆かったな。
連中の危機感が足りてない事もあったが、いくらなんでも結界を過信しすぎだろ。
罠を外した後、碌な妨害も受けずにここまで来れたぞ。
何をやっているのやら。
……さて、こっちは一段落といった所だが、他はどうなったかな?
西はアレックスに任せていたはずだがどうなったかな?
俺は<交信>で連絡を取る。
――聞こえるか?
――はい。聞こえてます。
返事はすぐに帰って来た。
――こっちは片が付いた。そっちの状況はどうだ?
――こちらもそうかからず片付きそうです。丁度、判断を仰ぎたい事があったので、連絡しようと思ってたんですが……。
――何かあったか?
――あ、先に戦況の方ですが、先鋒で出した魔物共が思ったより優秀ですね。例のグリゴリとか言う連中も出てこないので、今の所は特に苦戦もせずに進んでいます。
まだ出てこないのか?
こうなると本当に出て来れないと考えるべきか?
――で?判断を仰ぎたいって言うのは?
――ゴブリンの連中がハイ・エルフを何人か捕まえたので、どうしようかと思いまして。一応、殺すように言われてたんですが、無力化には成功したので情報引き抜くのに使えないかと思いまして…。
……いい判断だ。
俺は内心でアレックスの評価を若干上げた。
――いや、助かる。悪いがこっちに連れて来れるか?
それにしても、ハイ・エルフを捕らえるとはゴブリン達意外と使えるじゃないか。
正直、そこまで期待してなかったのでこれは嬉しい誤算だ。
――あ、そうなると思って、さっきコンガマトーに乗せて送り出した所です。
何と。やるじゃないかアレックス。
正直、ディランの下位互換程度にしか思ってなかったけど、お前有能だな。
空を見上げると近づいて来るコンガマトーが微かに見えて来た。
――そのハイ・エルフが来たみたいだ。俺はこれから情報を抜き取る。そっちは手筈通りに頼む。
――了解です。
俺は<交信>を切って軽く手を振ると俺に気付いたのか速度を落として近づいて来た。
着地できるような広い位置に誘導してやると、コンガマトーは翼を畳んで降り立つ。
背に乗っていたゴブリン数名がハイ・エルフを蹴り落としてから降りる。
軽鎧を身に着けたゴブリンで腕輪が三つ付いている。
一等ゴブリンか。
「ご苦労さん」
「イエ……」
俺はコンガマトーの足元に転がっているハイ・エルフに近づく。
男二人と女一人か。
おや?ボコボコで分かり難いけど片方はマニュエルじゃないか。
三人とも生きているのか怪しい位、酷い有様だ。
「こいつら生きてるのか?」
「ハイ、生カシテ連行シロトノ事デシタノデ」
試しに女の髪を掴んで顔を上げさせる。
死なないように加減はしたんだろうが手酷く殴られており、腫れ上がって元々がどんな顔だったか分からない有様だった。
息はしているようなので問題ないか。
俺はサベージに積んでいる荷物の中から金貨の入った袋を取り出すとゴブリンに投げて寄越す。
受け取ったゴブリンは中身を見て驚いている。
「もう下がっていい。仲間と適当に分けろ。ただ、独り占めはするなよ?」
俺がそう言うと一等ゴブリンは恭しく頭を下げてコンガマトーに乗り込み、その背を軽く叩く。
翼獣は小さく一鳴きしてそのまま飛び去って行った。
ぶっちゃけ一人いれば充分だったんだが、まぁいいか。
早速始める事にした。
女の耳に指を突っ込んで根を伸ばす。
さーて、グリゴリの事を教えて貰おうかな?
「……んん?」
妙だな。
日常の記憶は出て来るがグリゴリに関する情報だけ出てこない。
確かにこいつはハイ・エルフだ。
ウァテスではあるがグリゴリの関係者の筈なのに知らない?
いや、記憶に不自然な欠落がある。
何故だ?
俺は記憶の吸い出しを諦め、やり方を変える事にした。
塊を仕込んで洗脳する。
記憶が読めないなら自分で喋ってもらおうか。
同時に喋れる程度に傷を再生させる。
『さて、喋れるか?』
ハイ・エルフの女は「はい」と頷く。
『グリゴリについて詳しく知りたい。話してくれるな?』
女は頷こうとして固まる。
……何だ?
『グリ……ゴリ?グリゴリ――グリゴリとは、とは、とわわわわわわ』
壊れたようにしばらく「わわわわ」というと、目から血の涙がドロドロ流れ始め、遅れて耳と鼻からも同様に血を垂れ流すと、ビクッと大きく痙攣して倒れた。
「……っ」
痛みが走る。
配下が死んだ時に走る痛みだ。
女は少しの間、細かく痙攣していたが、それも止まるとピクリとも動かなくなった。
どうやら完全に死んだようだ。
何が起こった?
少なくとも頭の中に仕込んだ根が潰されたのは確かだ。
俺は再度、死体の耳に指を突っ込んで中を調べる。
「なんとまぁ」
脳がなかった。
いや、正確にはあるにはあるが、内部で破裂したらしく凄い事になっていた。
……まぁ、大半は目やら鼻やらから流れて出て行ったようで随分と減っているが…。
嘆息。
これは使えんな。
一応、記憶は抜いたから作り直せん事もないが、どういう訳か魂まで砕け散ったようで情報を引き出すのは無理そうだ。
死体を投げ捨てて残りの二人に近づく。
やった事ないけど尋問を試してみるか。
どちらにしようか少し迷ったが、知らん仲ではないのでマニュエルにする事にした。
取りあえず口が聞ける程度に魔法で傷を癒す。
『やぁ、久しぶりだね』
マニュエルは俺を認識すると憎々し気に顔を歪ませる。
『貴様!やはり貴様の仕業か!』
『聞きたい事があるから質問に答えて欲しいんだが――』
『黙れ!貴様に答える事等ない!我等の平和を脅かす侵略者め!やはり貴様はあの時に処分するべきだったのだ!この汚らわしい化け物め!どうやって魔物共を――』
余りにも五月蠅いので横っ面をぶん殴った。
歯が数本吹っ飛んだが些細な事だろう。
髪を掴んで強引にこっちを向かせる。
『そういうつまんない御託はいいから、さっさとこっちの質問に答えてくれないかな?』
『ぐ、ぬ、貴様に答える事など――』
『がぁぁぁ!……あ、ぐ』
『こういう駆け引きは面倒だから嫌いなんだ。早く吐いてくれた方がお互いの為になると思うが?』
『ぐ、う、舐めるな!私はウァテスだ。里や同胞に対して責任がある』
どうした物か。
拷問は効果が出るまで時間がかかりそうだな。
もう一人いるし、いっその事こいつを惨たらしく殺して隣の奴に聞くか?
さっき、吸い出したハイ・エルフの記憶を確認する。
何か使える情報は――あった。
……使えるかは微妙だが――まぁ、試してみるか。
『その責任とやらは家族の命より重いのかな?』
『……な、んだと』
そう言うとマニュエルは目に見えて動揺した。
えーと。妻と娘が居るんだったか?
『基本的にハイ・エルフは捕らえる方針でね。君の居た西の里の制圧もほぼ終わっている。この意味が分かるか?』
それを聞いて表情が目まぐるしく変わる。
視線もあちこちに彷徨い落ち着かない。
俺の言葉の真偽を疑っているな。なら、補強してやろう。
強引に首を掴んである方向へ向ける。
そこには原型を留めていないエルフの死体の山。
マニュエルの目が大きく見開かれる。
『協力的じゃない奴は要らんから、君が協力してくれないなら娘と奥さんはあそこへ放り込んで魔物の餌か畑の肥料になって貰うがどうする?』
マニュエルの表情が憤怒と絶望がミックスされて凄い事になる。
俺を見る視線も恨みか哀願か区別がつかない。
『娘と妻に手を出してみろ。貴様を……』
『本人確認は頭があれば充分かな?』
『……っ』
表情から怒りがなりを潜め泣きそうになっている。
もう一押しかな。
『早く決めてくれないか?ほら、見える?あいつら燃費が悪くてね。喰う奴と喰わない奴を分けておかないと死体は軒並み平らげてしまうんだ』
<交信>で指示を出す。
視線の先でタッツェルブルムとジェヴォーダンが死体の肉を貪り始めた。
『あー――始まっちゃったかー。早くしないと君の家族もあの連中の仲間入りだがどうする?』
ジェヴォーダンが子供の死体を喰い始めた所でマニュエルの心が圧し折れた。
『頼む、話す――話すから家族の命だけは……』
『お前の話が有用なら見逃してやらんでもない』
はっきりと見逃すとは言わない。
『……何を知りたい?』
『まずはグリゴリについてだ。連中がハイ・エルフに憑り付いて力を振るうのは知っている。その詳しい条件だ。無制限に使えるのならここと西の里で使っていてもおかしくないからな』
マニュエルは口を開こうとして――言葉が出てこない。
本人が驚いたように目を見開く。
何とか声を絞り出そうとするが掠れた息が漏れるのみだった。
……やはりか。
こいつら何か細工されているな。
『声が出ないなら動作で答えろ。はいなら頷け、いいえなら首を振れ。できるな?』
頷く。
『まずは、グリゴリはハイ・エルフのみに憑依できる?』
マニュエルは動かない。
いや、動けないのか。
首が何かに固定されたかのように微動だにしない。
無理か。
この様子だと他も変わらんだろうな。
俺は切り替えて、ハイ・エルフから情報を引き出す事を諦めた。
吸い出せなかった記憶に関連する事は聞いても無駄のようだ。
グリゴリ。ハイ・エルフのみ使える変わった魔法。進化について。
肝心な事だけはさっぱり分からない。
分からん事が分かっただけでも収穫か。
……取りあえず、こいつ等はもう要らんな。
「サベージ。喰っていいぞ」
俺の傍で控えていた、サベージは嬉々として動けないマニュエルともう一人に喰らいつく。
悲鳴を聞きながら俺の思考は中央の攻略へ向かい、泣きわめくハイ・エルフ達の声は空しく耳を通り抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます