第160話 「命数」

 ハイ・エルフはグリゴリに何かしらの細工をされており、情報が引き出せない。

 その時点で連中を生かして置く価値は皆無となった。


 洗脳した所でハイ・エルフとしての能力は使えないようだし、下手な事をさせると勝手に死にかねないと使い道が全くないな。

 結果的にだが、皆殺しという判断は間違いなかったようだ。


 俺はアレックスに連絡を取り、ハイ・エルフは使えんので捕虜は要らんと指示を出す。

 

 ……取りあえずは今日の所は終了かな。


 里の制圧は本陣のアブドーラに伝えているのでそうかからずこちらへ来るだろう。

 合流次第、本丸へ斬り込む算段を立てるか。

 

 ……念の為、西を攻めた連中に死体の処理を徹底させておかないとな。


 あんまり放置してまた飛ばされても敵わん。

 出来る事はやっておこう。

 面倒事は早めに潰すに限る。





 場所は変わって南の里の神殿。

 グリゴリに関係がありそうな像やオブジェは念の為に破壊しておき、死体などで汚れた建物内は掃除しておいた。


 現在、ここに集まっているのは俺、ラディーブ、トラストの3名。

 アブドーラは現在移動中で、夜までには到着予定だ。

 本来ならアレックスも呼んでおきたかったが、西で待機している面子で<交信>が使えるのは奴だけなので、待機させている。


 一応、コンガマトーも使えはするが連中は言葉が話せないので除外。

 

 「報告では西の里の制圧が終わったようだ」

 

 俺はついさっき聞いた内容をそのまま話す。

 だが、多少の問題も発生していた。

 死体の数が合わないらしい。困った事にその中にはハイ・エルフも含まれている。


 調べたら女子供の一部がどうも中央の方まで逃げたようだ。

 何をやっているんだとも思ったが、どうせ中央で仕留める予定だし問題ないだろう。

 アレックスには気にするなとだけ言っておいた。


 「損害はゴリベリンゲイが多少やられたらしい。コンガマトーとゴブリンは損害なしだ」

 

 ラディーブが「おお」と声を漏らす。

 むしろ損害をここまで抑えて勝利している時点で、奴はいい仕事をしたと言えるだろう。


 「流石、新参とは言え我等の精鋭!当然の結果ですな!勿論ロー殿の采配があればこそですがな!」


 ……何だこいつ?


 やたらとラディーブが俺を持ち上げてくる。

 修理してやった時、人間の言葉を刷り込んでやったので喋りは流暢になったが、終始この調子だ。

 こいつはあれか?俺の太鼓持ちでもやりたいのか?


 ……うざいから正直、止めて欲しいんだが……。


 ファティマの時もそうだったが、何が悲しくて自分の手足に褒め称えられなきゃならんのだ。

 後ろのトラストは冷ややかな目でラディーブを眺めている。

 多分、内心で馬鹿にしているなあいつ。


 話を戻そう。 

 それにしても多少ではあるが、ゴリベリンゲイを仕留めるとはな。

 エルフの連中、意外と頑張ったようだ。


 ……まぁ、あのゴリラ共は元々使い捨てる気だったからいくら減っても問題ないか。


 こっちもこっちで攻めた面子は多少ではあるが減らされてしまった。

 息があった奴は修理して再び前線へ放り込む予定だ。

 最終的な損耗は約一割と言った所か。タッツェルブルムが減らされたのはやや痛いが、こちらも想定内に収まっていると言えるだろう。


 充分、許容できる犠牲だ。

 相手に時間をくれてやる気は無いので今晩にでも西と南で同時に攻める。

 グリゴリは――可能であるならば情報を抜いておきたいが、現状では難しいだろう。


 出来る事と言えば神殿を始め、連中が湧いてきそうな要素を残らず潰す。

 天使が現れた時、神殿内の像が光っていたのが見えた。

 恐らくだが出て来るのに必要なのだろう。


 それっぽい物を全て潰せば少なくとも、しばらくは要らんちょっかいをかけて来る事も無くなる筈だ。

 内心で溜息を吐く。


 ……それにしても何故、こうも俺に鬱陶しく絡んでくる奴が多いんだ。


 ダーザイン、グノーシス、グリゴリと言う、このクソみたいなラッシュはいつになったら途切れるのやら。

 俺はただ、気ままにこの世界をぶらつきたいだけなのにな……。

 もう、いっそこっちから探して潰して回ってやろうか?


 そんな考えが頭を過ぎるが首を振って追い出す。

 アホか。そんな事やったらただでさえ面倒な状況が更に悪化する。

 これ以上、無駄に敵を増やしてどうするんだ。


 ……今はグリゴリに集中しよう。


 俺は気を取り直して明日に行う中央の里攻略の会議を続けた。


 ゴリベリンゲイ、ゴリグラウアー、シュリガーラ、ジェヴォーダン、コンガマトー、タッツェルブルム、モスマン、モノス、一等、二等ゴブリン。

 

 アブドーラ、ラディーブ、アレックス、トラスト。

 後は俺とサベージ。加えて切り札。


 これが今回、エルフの本丸に放り込む戦力だ。

 一応、オークとトロールも居るには居るが、工作や荷運びの人足代わりに連れて来たので勘定には入れていない。足が遅い上に落とされたら終わりなので、場合によっては足を引っ張りかねないからだ。


 ファティマやディラン、ここに居ない奴は全員留守番だ。

 本来ならアレックスよりディランの方が能力的に優れてはいるが、相手が相手なので死んでも惜しくない方を連れて来た。


 正直、今回の戦いは勝算皆無と言う事はないが、厳しい戦いになるだろう。

 予想ではどっちに転んでも損耗率は八~十割と言った所か。

 要するに連れて来た連中の大半は死なせるつもりで連れて来ている。


 まぁ、仮に負けて全滅したとしても、残った連中でオラトリアムは回るだろ。

 因みに逃げると言う選択肢はない。

 何故なら、遅かれ早かれ連中は俺を追ってくるからだ。


 だからこそ、ここで潰す。

 少なくとも物理的に手が出せなくなるまで、可能であるなら手を出す気がなくなるまで潰す。

 そこに変更はない。


 その後、会議と言う名の情報整理はそうかからずに終わった。


 実際、会議とは言っても内容は敵の戦力評価と地形の確認。

 後は戦利品、仕留めた数等の確認作業だ。

 作戦?


 俺にそんな難しい事できる訳ないだろう。

 そんな事は出来る奴に丸投げだ。

 中央の里の攻略はラディーブが指揮を執る事になっている。

 

 アブドーラは前線に出るつもりなので全体指揮は任せるつもりのようだ。

 本人から事前に聞いていたので交代に関しては問題ない。


 俺も最初は様子見になる。

 本格的に出張るのはグリゴリが出て来た時だ。


 まぁ、連中には色々思う所はあるので俺も少しは暴れるつもりだがな。

 取りあえず、あの天使の代わりにマドレールに体のお礼をしないと。

 

 


  


 『いや、困ったね』

 

 上がってきた報告を聞いて僕――リクハルドは頭を掻く。

 態度こそいつもの調子を崩さずにいるが、かなり焦っている。


 目の前にはこの里のハイ・エルフ全員と重傷を負った同胞が十数名。

 彼等は西の里の生き残りだ。


 西と南の里で同時に襲撃。

 南だけならそこまで驚きはしなかったが西は予想外だった。

 襲撃して来た者達はゴリベリンゲイの群れと空を飛ぶ見た事も無い新種の魔物。


 未確認だがゴブリンも混ざっているとか居ないとか。

 南に関しては不明。

 理由は誰も報告に来れなかったからだ。


 恐らく南の里は皆殺しにされてしまったと考えるべきだろう。

 

 『それにしてもどうやってゴリベリンゲイを手懐けたのかが気になるね』


 状況だけで考えるならゴブリンが連中を使役する方法を編み出したのだろうが…。

 いくら何でも時期がおかしい。

 ローが現れた途端にこれだ。


 恐らくあの男が何らかの形で関与しているのは明らかだ。

 あの状態でどうやって逃げ切ったのかと言う疑問もあったが、それ以前にどうやってゴブリンに渡りをつけた?


 普通じゃないのは分かり切っていたが、あの異形…この短期間でゴブリンに一体何を齎した。

 南の里も同様の手口で滅ぼしたのだろう。


 そう考えるとこの近隣に住むゴリベリンゲイは全て奴らに抑えられたと考えるべきだ。

 

 ……正攻法での撃退は厳しいか。


 加えてどうやったのか結界も無力化されており、侵入を察知できなかったのも痛い。

 そのお陰で初動が致命的に遅れた。

 報告によれば目視できる距離になるまで気づけなかったらしい。


 結界と罠に頼り切ってきた結果がこれか。

 内心で歯噛みする。

 問題はどう対応するかだ。


 判明しているだけでゴリベリンゲイが数十。

 正直、これだけでも手に余ると言うのに更に空を飛ぶ謎の魔物が居ると言うのだ。

 戦力をかき集めれば何とかなると思いたいが、あの異形ローが裏で糸を引いているとなるとこれだけで終わるとは思えない。

 

 グリゴリが欲しがる存在――これは私見だが、彼は僕等よりもグリゴリに近い存在なのかもしれない。

 だからこそΣηεμηαζα様は彼をΝεπηιλιμ足り得ると言ったのだろう。

 欲しがるのも頷ける話だ。


 はっきり言って普通のやり方では凌ぐのがやっとで勝つのは難しい。

 取れる選択肢は驚くほど少なく、勝算はあるが払う犠牲は――。

 

 ……やるしかない――か。


 首を振って覚悟を決める。


 『「降ろし」を行う。志願者は居るか?』


 僕は王として同胞に「死ね」と言う命令を下す。

 

 『私が行くわ』


 真っ先に手を上げたのはマドレールだ。

 彼女は残った腕を上げて力強く僕を見る。


 『マドレール、君は……』

 『この中で一番の役立たずは私よ。なら使うべきでしょう』


 それを皮切りに同胞たちがパラパラと手を上げ、最終的には全員が手を上げた。

 

 『私も行こう』

 『俺も行くぜ!家内の仇だ!』


 志願者は全員。

 この里を守る為に使い潰す命の数だ。一体、この中で何人が残るのか……。

 「降ろし」は文字通りグリゴリの御使いをその身に下ろす事であり、ハイ・エルフが使える最大の力だ。


 だが、諸刃の剣でもある。

 彼等を降ろす事は絶大な戦闘能力を得る事に他ならないが、代償はその者の命。

 強力過ぎるその力は使えば使うほどその身を滅ぼす。


 まともに使えば数度。

 節約して使ったとしてもその身が確実に滅ぶ禁断の力だ。

 前回のΣηεμηαζα様が振るった力も殺してしまわないように加減していたからこそ、マドレールも無事だったが今回は相手が相手だ。


 彼等は確実に死ぬだろう。

 長く共に歩いた家族にも等しい同胞たちを切り捨てる。

 必要な事であるのは分かっているが、胸が酷く痛む。


 僕はそれを振り払って告げる。


 『すまない。君達の命、使わせてもらう。どうか里と我等の為に死んでくれ』

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