第154話 「冬季」

 四つ足の魔物――ルプスが吼えながら飛びかかって来るのを僕――ハイディは冷静に引き付けてから拳を握る。

 牙が僕の肩にかかる直前に身を引いてその喉に拳を叩きこみ、掌に仕込んだ隠し爪バグナクで抉る。


 魔物の首から血が噴き出すと同時に引き抜いて死骸から離れ、間合いを計る。


 ……残りは三つ。


 生き残った敵を睨む。

 残ったルプスは僕に対しての戦意こそ失われていないが警戒を強めているのか、中途半端に距離を取っている。

 

 好都合だ。

 爪を仕込んでいない方の腕を一閃。

 次の瞬間、僕を半包囲していたルプスの頭が弾けた。

 

 袖に仕込んだ鎖分銅の威力だ。

 魔力を流すと伸びきった鎖が巻き取られて袖口に戻って来る。

 それを隙と捉えたのか残りの二匹が左右から攻めて来た。


 分銅が戻り切ったと同時に腰の短剣を投擲。

 額を正確に射抜く。

 残りが足に噛み付こうと口を開けた瞬間、逆にその顎に膝を叩き込む。


 膝を喰らったルプスは空中で体勢を崩し、勢いのまま地面を転がる。

 そこを逃がさずに首を踏みつけて動きを封じ、剣を抜いてとどめを刺す。 

 残敵無し。


 念の為に周囲を警戒。


 「……ふぅ」


 特に危険はないと判断出来た所で息を吐く。

 これで依頼は完了かな?

 依頼内容は魔物の駆除だ。


 一先ず、依頼人に報告を済ませた後、様子を見て被害が出ないようなら引き上げかな?

 僕は最近になって慣れてきた依頼の手順を反芻しながらその場を後にした。


 



 「あー……疲れたー」


 宿の部屋に戻った僕は装備を脱ぎ捨てて寝台に倒れ込む。

 柔らかい布団が僕の体重を優しく受け止めてくれた。

 転がって仰向けになる。


 天井を見ながらぼんやりと考える。

 

 ……あれから百日近く経ち、季節も変わった。


 外はすっかり冬の景色だ。

 頻度は少ないが降雪もある。


 それだけの時間が経ったが彼――いや、ローは帰って来ない。

 最初の数日は彼の事だから大丈夫だろうと楽観視していた。

 それから十日、二十日と過ぎて行くと段々不安になって行く。


 気にはなっていたんだ。

 王都の一角を襲ったあの大規模魔法。

 名目はダーザインの殲滅。


 そしてローはダーザインと縁がある。

 もしかしたら彼の用事はそれに関係した事で、もしかしてあの場に居たのではないか……。

 可能性は高い。


 だけど僕はその事から目を逸らした。

 彼はきっと生きている。

 戻って来てもすぐに合流できるように宿も変えずに留まっている。


 当然だけど自分を高める事も忘れてない。

 依頼も一人で安定してこなせるようになり、別れる前と比べたらかなり動けるようになったと自負している。


 討伐依頼を中心にこなしているのでプレートも青一級に格上げされた。

 収入も増えて来たので装備の質も上がり、これで足手纏いとは言わせないと言うほどには強くなったと思いたい。


 頭の中で戦い方を組み立てる。

 想定する相手はローだ。

 彼は強い。


 その最も恐ろしい所は何をしてくるか分からない事だ。

 基本的には力任せの豪快な戦いだが、魔法や武器も巧みに操る。

 特に凄まじいのは魔法だ。


 どういう手段かは分からないけど、接近戦の合間に魔法を、それも高難度の<爆発>等の魔法を何の問題もなく発動させている所だろう。

 余程、勘が良くないと至近距離での魔法は初見で躱すのは厳しい。


 逆に知って居たとしても魔法の警戒に意識を割く必要が出て来る。

 

 「ダメか……」

 

 想像の中で戦いを挑んでは見たが、あっさりと返り討ちに遭ってしまう。

 速度で撹乱してからの急所狙いが一番勝算の高い戦法だったが、彼は目も良い。

 早々に見切られて捕まるだろう。


 そうなったらもう死ぬまで放して貰えない。

 脳裏で捕まった僕はあっさりと首の骨を折られて即死した。

 もう何回目になるだろう黒星を頭の中で数える。

 

 ……勝てる気がしない。


 今まで色んな相手と戦ってきたが彼ほど勝てる気がしない相手は居ない。

 どうしても彼を降す自分の姿が想像できないのだ。

 こうして考えると味方で本当に良かったと心底思える。


 そんな彼だからこそ死んだとはとても思えないのだ。

 生きているという根拠はある。

 サベージだ。


 彼もローが居なくなったのと同時期に姿を消した。

 恐らくだけど主人を探しに行ったのだと思う。

 戻って来ないと言う事は未だに探している最中と言う事だ。


 なら、任せておけば連れて戻って来てくれるかもしれない。


 だから僕はこうして王都に留まり、自分を鍛えながら彼の帰りを待つんだ。

 窓の外へ視線を向けるとちらちらと雪が降るのが見える。


 ……今夜は冷えそうだ。


 その後、僕は目を閉じて明日の予定を頭の中で整理しているといつの間にか眠ってしまった。




 翌朝。

 僕は冒険者ギルドで依頼の確認をしていた。

 何か割のいいものはない物かなと壁に貼られている依頼の紙を眺める。


 「おぅ、ハイディじゃねえか!そろそろ俺のパーティーに入る気にならないか?それがダメなら俺の愛人でもいいぜ!」

 「悪いけど興味ないね。他を当たってよ」


 声をかけて来る冒険者の軽口を適当に流す。

 以前は生意気だと夜道で襲ってきた輩も居たが、全員返り討ちにしてからその手の襲撃はなくなった。

 僕の方も彼等との距離の取り方も分かって来たので、あしらうのも慣れた物だ。


 良さそうな依頼を見繕うと、受付に持って行って受諾。

 内容は近所の村で作物を荒らす魔物の討伐依頼。

 この手の依頼はなくならないので、ある程度の実力さえあれば安定して稼ぐ事が出来る。


 王都に居つく冒険者が多いのもその辺りが理由だ。 

 僕もそのお陰で充分に食べて行ける。

 正直、しばらくは何もしなくてもいい程、稼いだ気もするけど勘が鈍りそうなので体調が許す限りは依頼を請け続けて行くつもりだ。


 基本的に一人で動いているので身軽だし、依頼人達に感謝されるのも悪い気はしない。

 少なくとも人の役に立つ商売なのでやりがいもある。

 彼が居ない事を除けば充実した毎日だ。


 「……寒いなぁ」


 冒険者ギルドを出て外を歩く。

 昨夜降った雪は止んでおり、微かに積もった雪と冷たい空気がその名残を伝えて来る。


 僕は寒さを我慢しながら、依頼の村へ向かう為に街の外へ足を向ける。

 その時、ふと視線が近くの店に向かう。


 セバティアール家が経営している飲食店だ。

 それを見てアドルフォの事を思い出す。

 最初は気の強い所はあったけど歳相応の子供だったあの子は今では立派な当主様だ。


 あれから一度も会っていないが彼女はどうしているのだろう。


 当主が変わったと言う触れが出てかなりの時間が経ったが、悪い評判は一切聞かない。

 あの家は順調に業績を伸ばして行っているらしい。 

 彼女も頑張っている。


 そう考えると僕も負けてられないといった気持になるのだ。


 ……頑張ろう。


 自然と足取りが軽くなっていくのを感じた。








 目の前の寝台に横たわるマドレールの呼吸が落ち着いた所で、僕――リクハルドは小さく息を吐く。

 

 ……あの方も無茶をなさる。

 

 彼女を依り代に強引にこちら側に現れるとは……。

 会話だけと言う話だったが、我慢が出来なかったらしい。

 困った物だ。


 よほどあのローと言う男が欲しかったのだろう。

 当然ながらミラード達からの報告は聞いている。

 彼等が見た「本質」の姿についても。

 

 少なくとも真っ当な生き物ではないのは確かだが、あれは一体何なんだ?

 あの方の攻撃を三度も防いだ事も驚きだが、最も異常だったのは逃走手段だ。

 体の大半を消し飛ばされたにも拘らず、全身から足のような物を生やしての移動。


 いや、そもそもあれだけやられて何故生きているかも謎だ。

 もしかして全身を消し飛ばさないと死なないのか?

 そうだとしたらグリゴリの御使い達が欲しがるのも頷ける話だ。


 我々ハイ・エルフでは降ろしたとしてもほんの僅かな時間しか維持できない。

 無理をすると目の前のマドレールの様になってしまう。

 片腕は完全に欠損。両目は残りこそしたが、視力に悪影響が出るだろう。


 耳は魔法ですぐに治療出来たが、体内の臓器が幾つか破れて使い物にならない状態になっていた。

 回復魔法に長けた者が数人がかりで治療を施してつい先程、ようやく持ち直した所だ。

 僕も及ばずながら協力したのだが、頑張ったお陰で魔力が空だ。いや、参ったよ。


 戻る際にΣηεμηαζα様は「あの男を何としても捕らえろ」と僕等に命じた。

 何とかして捕らえねばならない。

 追手は撒かれてしまったが、逃げた方向は分かっている。


 恐らくは傷を癒す為に身を隠すか、ダーク・エルフの集落に身を寄せたかのどちらかだろう。

 流石にあの状態でゴリベリンゲイの領域へ向かうような真似は――いや、僕の常識で量るにはあの男は規格外すぎる。


 その可能性も視野に入れるべきだろう。

 もし無事に抜ける事に成功したとしたらゴブリンの領域に入る事になる。

 報復の為に彼等に情報を流すとしたら少し困るな。


 彼等の戦力は概ね把握している。

 上位の戦士は危険だが、それ以外は数だけの烏合の衆。

 守りにさえ徹していれば負ける事はあり得ない。


 もし結界を抜けたとしてもここを含め、里は僕達ハイ・エルフの力が及ぶ聖域。

 ないと思うが、中央まで攻め上がってくるなら最悪、数人を人身御供にして殲滅すればいい。

 問題が増えて行くのは困りものだが、ローを捕らえればハイ・エルフは役目から解放されるかもしれない。


 そう考えると思わず手に力が入った。

 この先、唯々諾々と供物と言う名の生贄を捧げ続ける必要がなくなり、外へ出る事・・・・・が出来るかもしれない。

 幸いにも追跡の為に外に人を出す許可は下りた。


 ゴブリンへの反撃も兼ねて打って出る時だ。

 

 ……義兄さん。


 ゴブリンを率いているであろう義理の兄の事を考える。

 結果的に彼と義父を裏切る事になったのは申し訳ないとは思う。

 

 ……だが僕は王であり父だ。


 家族が心安く過ごせる為ならばどんなことでもしよう。

 たとえ義父の仇の同類にこうべを垂れる事になろうとも、兄に裏切り者と罵られようとも守らねばならない物がある。

 

 そしてそれを阻む物はすべて排除する。

 ローが泣こうが喚こうが捕らえてグリゴリに捧げるし、義兄であろうとも殺す。

 恨みはないけど必要な事なんだ。


 目を閉じて思い出に蓋をする。

 再び目を開いた僕は何の躊躇いもなくゴブリンの殲滅とロー捕縛の為の会議をする為にその場を後にした。

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