第155話 「製造」

 俺――アブドーラは城にあるテラスから森を見下ろしていた。

 

 ……勝てる。


 胸中に湧き上がる思いはそれだけだった。

 長い――本当に長い時間が経った気がする。

 眷属殿は我等・・の身を案じておられたのだろうが、あの男はもはや家族でも何でもないただの敵だ。


 ならば滅するのみ。

 この戦いに勝てばヒロノリ様の仇に一矢報いる事が出来る上に裏切り者の始末までできる。

 素晴らしい。


 我等が主、ロー殿は得体が知れない男ではあるがその力は本物だ。


 あの力が味方となるならば降ったのは間違いではなかった。

 だが、懸念もある。

 ロー殿が言ったエルフを操ると言うグリゴリという者達。


 リクハルドが操られているかもしれないという話。

 里で会ったというのは聞いたが、碌に話せなかったので正気かどうか判断できなかったらしいが――。

 内心で首を振る。


 それがどうした。だからと言って、裏切ったと言う事実は動かない。

 本当に操られているというのならば仕留めて正気に戻し、速やかにヒロノリ様の所へ詫びに行かせるのが筋だろう。


 今回の戦に関する概要は教えて貰った。

 あの異形の兵を主軸に、身軽な一~二等の戦士たちが脇を支える形になる。

 オークやトロール達は作業――工兵?として動くらしい。


 現在、ロー殿は地下に籠って何かをされているらしいが、誰も入るなときつく言われているので下で何が起こっているかは分からない。


 だが、見ない方がいい類の事が起こっているのは間違いないだろう。

 オーク、トロール、ゴブリンの三種族の長に死にかけの仲間を差し出せと言って来たのだ。

 最も多かったのは我々だろう。


 負傷者は掃いて捨てるほどいる。

 使い物にならない者は潰して肉にしているので、その予定の連中を地下に送ったりしていた。

 オークとトロールは年寄りや病気に侵された者が地下へ送られたようだ。


 時折、拘束された人間も放り込まれていたが、何に使ったのかと言う疑問は数日後に解消された。

 地下から異形の獣たちが次々と現れたのだ。

 見覚えのある獣頭の異形に始まり、戦場を駆け回った獣、空を支配した翼獣。


 そしてその後に現れたあの恐ろしい化け物達。

 正直、数多の修羅場を潜ったつもりの俺ですらあれに睨まれたら足が竦む。

 あれが居れば勝てると確信できる程の威圧感だった。


 恐らくだが、地下に降りた者達はあの異形達の材料にされたのだろう。

 どうやって作っているかは想像もつかないが問題ない。


 自分がとても恐ろしい物の配下になったと痛感するが、それがどうしたと振り切る。

 エルフ共を滅ぼせるならどんな化け物との契約にだって同意しよう。


 ロー殿を初めてみた時、俺はそう誓ったはずだ。

 その為なら同胞や配下などいくらでも捧げよう。

 あんな連中、放っておけば勝手に増える消耗品だ。


 俺にとっての家族はヒロノリ様と眷属殿だけで、それ以外がいくら死のうが知った事ではない。

 裏切り者と仇を八つ裂きにできるならこの身すら捧げるだろう。

 そんな考えが浮かんでいる自分がとっくに狂い始めているという自覚はあるが、止める気は無い。


 あの連中を見て、俺自身も覚悟を決めた。

 このまま突き進むのみだ。

 






 全ての手配を終えた私――ファティマはやや疲れた息を吐き執務椅子に座りました。

 場所はオラトリアムの屋敷にある私の執務室です。

 ロートフェルト様の居るシュドラス城へ残りたかったのですが、流石にあそこからでは指示が出せないので泣く泣くこちらに戻ってきました。


 食料、武具の素材、税等の収支確認、畑の管理。

 任せられる所は任せていますが、ライアードの方も見ないといけないので中々忙しいのです。

 こんな事なら妹ぐらいは処分せずに残しておけばよかったと思いました。


 報告によればシュリガーラ達の増産と新種のお披露目は済んだようですね。

 私も見たかったです。

 報告ではゴブリンを素体に作った物とオーク、トロールを素体に作った物、最後に一から創造したものの三種類だそうですが、どのような働きをするのか楽しみですね。


 この後、エルフの里を殲滅するそうですが、できれば使えそうなのが居ればこちらに回して欲しい物です。

 読み書きと計算ができる者が不足しているのでいい加減補充したい所ですが、お願いするのは止めておきましょう。


 ……今はですが。


 この件が片付いたらおねだりしてみましょうか?

 あの方の困った顔が目に浮かびます。

 ふふ。


 愛する人を困らせるのは良くないのですが、少しぐらい甘えさせて頂いても構いませんよね?

 目を閉じるとロートフェルト様が輝く笑顔で頷いてくれます。

 そんな愛する人を思い浮かべるだけで気力と勤労意欲がふつふつと湧き上がって来ました。


 あの方が戻って来てくれてから良い事しか起こりませんね!

 ティアドラスの攻略も済み、鉱山資源と亜人と言う労働力に強力な戦力、特にコンガマトーは空を移動できるという代えがたい利点があります。


 これで、オラトリアムは更なる発展を遂げるでしょう。

 そして最も素晴らしい事は、あの鬱陶しい羽虫が居なくなったことです。

 あの方の弱みに付け込んで隣に居座る図々しさにはいい加減辟易していたのですが、遂にあの虫の呪縛を断ち切り、単身で私の処に帰ってきてくださいました。


 わざわざオラトリアムに戻られたと言う事は私に会いたかったと言う事ですね?

 分かっていますとも。

 全てが片付けばまた旅立たれる事を考えている事も理解しております。


 ですが!

 必ずここに帰って来られると言う事も今回の件で証明されました。

 ならば、愛する殿方を気持ちよく送り出すのも妻の使命!


 ですから今は同じ目的の為に動けているこの現状を素直に喜びましょう。

 私は噛み締めるように目を閉じて少しの間そうしていました。


 ……が。


 ふと思い直します。

 ここで思いっきり快適な生活をして頂いて、行きたくなくなるように仕向けるのはどうでしょう?

 旅立たれる前にも準備など色々とある筈です。


 その間に勝負をかけましょう。時間ならあります。

 そう考えて大きく頷きます。


 やる事は多い。

 一先ずは思考を切り替えます。


 こちらの準備が整うのが先か、エルフ共がロートフェルト様を狙って出て来るのが先かどちらにせよ猶予はある筈。

 限られた時間でできる事をやっておかねば……。


 私は休憩を終えるとすぐに作業に取りかかりました。




 

 「……う」


 体の動きが鈍い。

 吐き出し過ぎたか。

 俺は作業を中断して、用意された食事を食べ始める。


 休憩入れるか。

 取りあえず、新種と亜人の改造種の製造は終わった。

 後は目の前のコイツだが……。


 目の前に居る製造中の切り札は荒い呼吸を繰り返している。

 完全再現はしんどいか。

 やはりサイズと能力はある程度の妥協が必要か。


 ファティマは猶予があると思っているようだが、俺はそこまで悠長にしていられないと考えていた。

 あの天使の俺に対する執着は並じゃない。

 直接来るのはハイ・エルフだろうが、急かされて動くのは目に見えている。


 最初は森を虱潰しにするだろうが、そう遠くない内にこっちに来るだろう。

 そこでふと気が付いた。

 もしかしてダーク・エルフの集落に逃げ込んだと思われたんじゃないのか?


 だとしたらエティエン達が危ないか?

 警告は――間に合わんか。

 まぁ、世話になったし無事だった場合、様子を見に行くとしよう。


 現状、想定している状況は二つ。

 攻めて来るか来ないかだ。

 前者の場合は早い段階で俺の居場所が割れた事になり、戦い方は迎撃寄りになる。


 できれば打って出たい所なので余り歓迎したくないのだが、グリゴリが里の外でも力を振るえるのかを確認できるのでそれはそれで好都合だ。

 出来ないのであればシュドラスまで誘い込んで皆殺しにしてしまおう。


 出来ればハイ・エルフ――中でもドルイドからは記憶を抜いておきたい。

 進化とやらの詳細が知りたいからな。体は残しておくと危なそうだから処分しよう。

 普通のエルフは――まぁ、要らんな。


 懐柔するにもグリゴリの教えに染まっているだろうし、どうしても捕獲したいなら根を打ち込む必要があるか……。

 手間を考えると面倒だな。一応は、他と要相談としておこう。


 不要なら、殺して肉が好きな連中の餌にすればいいか。  

 逆に攻めてこなかった場合だが、戦力が完全な状態で行く事になるので全力で攻める事が出来る。


 ……もっとも、目の前の肉塊が完成すれば完了だが。


 作った連中も性能を十全に発揮できるし個人的にはこの展開が最も望ましい。


 一応、時間稼ぎも兼ねてゴリベリンゲイ共はエルフを見たら始末するように言った後、巣に戻している。

 まぁ、東の沼地を通って来られると気づくのが遅れるが、そうなる可能性は低い。

 ここに籠ってそろそろ一ヶ月と半分ぐらいか。


 今更の話だがこの世界の日付感覚は独特で、年の概念はあるが月の概念がない。

 何月何日ではなく、何年何日で数えていて、一年は360日だそうだ。

 90日で季節を区切って四季を分けている。


 因みに今日は王国歴四百十年三百十二日だ。

 食事や物資を持って来た連中によれば外は雪景色らしい。

 この作業が片付いたら俺も見に行くとしよう。


 このペースなら年明け前には片付くだろうし、もう一息といった所か。

 回復したら続きを頑張ると――。


 『聞こえますかロー殿。少し時間を頂きたいのですが――』


 不意に、近くに置いてあった通信用の魔石からアブドーラの声が響く。

 ここは原則立ち入りは禁止なので、俺に用事がある場合はこの魔石で話をする事になっている。

 

 ……何だ?


 向こうから連絡してくるとは珍しい。


 「どうした?何か問題でも?」

 

 そう言うと、少し間をおいて――。


 『お願いしたい事があります』

 

 ……こっちは手が離せないんだがな。

 

 面倒事なら後にしてほしいんだがね。

 まぁ、取りあえず内容を聞いてからだな。


 「何かな?」

 『それは――』


 それを聞いて俺は少し眉を顰めた。

 やる事が増えるじゃないか。

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