第149話 「司祭」

 翌日。

 ブロスダンに話をしていたら随分と遅くなってしまった。 

 隣を歩く彼はとても眠そうにしている。


 ついさっき、結果を知らせるのでマニュエルの所まで来て欲しいと使いが来たのでこうしてブロスダンと連れ立って向かっているという訳だ。

 昨夜は俺の話だけでなくブロスダンについても話を聞くことができた。


 両親と三人で暮らしているが二人とも仕事が忙しくあまり家に帰って来ないらしい。

 父親は司祭長ドルイド、母親は司祭サケルドスとか言う役職についており、忙しいとか。


 さて、この森に住むエルフの社会形態は中々独特だ。

 役割が主権、狩猟、生産の三つに分けられている。

 子供を除いて住民の全てはこのどれかに属しており、子供はしばらくしてから適性を見て振り分けられるらしい。


 その三つの役割についてざっくり説明すると……。


 主権――エルフの支配階級であり、その全てがハイ・エルフで構成されている。

 基本的にハイ・エルフは全員、ここに属する事になるようだ。

 やっている事は基本的に里の舵取りで、重要な案件や揉め事の調停――要するに何かを決める役目だな。


 当然だが、全員が横並びと言う訳ではなく中には階級が存在し、こちらも三つの階級に分けられており、上から司祭長ドルイド司祭サケルドス占師ウァテスと分けられている。

 案件が重要になればなるほど上の階級に判断を仰ぐ必要があるらしい。


 喧嘩レベルの話ならウァテスだけで判断するんだろうが、外敵の対応等はサケルドス、それ以上の問題はドルイドが判断すると言う形になる。

 

 ……でだ。


 その司祭長ドルイドの頂点が王。

 名をリクハルドと言う。 

 彼の役目はドルイドの意見を取り纏めて最終的にゴーサインを出すのが仕事らしい。


 リクハルドね。

 アブドーラの敵か。

 可能であるなら話を聞いてみたい物だ。


 次に狩猟――そう銘打っては居るが実質は外敵の排除等を担う戦士階級だ。

 基本的にほぼエルフで構成されているが、一部はハイ・エルフであるドルイドが兼任しており、場合によっては指揮を執るようだ。


 基本的にエルフは肉体的に強い種族ではないので戦闘は専ら弓か魔法だ。

 剣や槍を使う者もいるには居るが少数派らしい。

 詳細は不明だが、ドルイドが「啓示により賜った」らしい武器を持っているとかいないとか。


 最後に生産――最初は畑でも耕しているのかとも思ったが、基本的に衣服や装備等の事を指すらしく、最も数が多い階級だ。

 戦士の適性のないエルフは漏れなくここに放り込まれる。


 こちらも一部ドルイドが兼任しており、責任者を務めているらしい。

 数が多いと言う事は仕事も多く振られるようで、雑用の類もこの階級が一手に引き受けている。

 ブロスダンは言葉を濁したが、何かあった時の口減らしもこの階級が優先して消費されるようだ。


 ……まぁ、何と言うかあれだ。


 露骨にハイ・エルフが上に立っているな。

 兼任と言えば聞こえはいいが、やっている事は管理だ。

 聞いた事だけで判断するならハイ・エルフはエルフを家畜の様に管理している風にも取れる。


 ……ハイ・エルフによるエルフの管理社会――エルフに管理されている自覚がないのが救いか?


 一通り話を聞いて俺が感じた感想だ。

 それにしても随分と上手い事やっているな。

 ハイ・エルフと言っても元はエルフ。


 頭の出来はそう変わらないはずなのにここまで差が出る理由は…まぁ、グリゴリとやらだろうな。

 正体は分からんが、ハイ・エルフに何らかの入れ知恵をしているようだ。

 

 周囲を見ると、人の往来は多く活気もある。

 前知識がなければいい街とも思えるだろうが、色々知った後では何だか微妙な気持ちになるな。 

 

 『着きました。ここが神殿になります』


 ブロスダンの声で思考を打ち切り前を見ると、目の前には立派な建物。

 神殿と言うらしいが、どう見ても教会にしか見えないデザインだ。

 促されて中に入る。


 入ってすぐに見えたのは等間隔で並ぶ椅子と正面に例のシンボルが飾ってある礼拝堂。

 目的地はその奥らしく、隅にある扉から奥へ向かう。

 途中、すれ違う連中がチラチラ見て来るが無視。


 一番奥の部屋まで通されると、そこにはマニュエルともう1人何だか偉そうなおっさんがいた。

 身なりからしてこいつがドルイドって奴か?


 『よく来たな。流浪の者よ』


 おっさんは俺を見て大仰に頷く。

 俺はどう反応していいか分からなかったので取りあえず頷いておいた。


 『私はこの西の里を治めるドルイド、ミラードと言う』

 『どうも。俺はローです』

 

 性別は男。

 見た感じ、歳はマニュエルと同じか少し上ぐらいだろう、ハイエルフ特有の長い耳に切れ長の目、冷淡な印象を受ける整った顔立ち。

 服装もデザインはほとんど同じだがマニュエルのより更に高そうな感じの服だ。


 ……てっきりサケルドスとか言う中間管理職が出て来る物と思ったが、いきなりトップが出て来るとは意外だったな。


 付け加えるなら、何か見られている感じがする。

 もしかしなくても、気づかれた感じかな?

 まぁいい。それならそれで向こうの出方が見れる。


 『話を始める前に。ブロスダン、よく連れて来てくれた。お前はもう帰っていい』

 『あの、父様?』


 父様?

 あぁ、そう言えば父親がドルイドって話だったな。

 このミラードって奴がブロスダンの父親か。


 よく見比べれば顔のパーツに似通った物があるが、表情の所為か印象が全然違うな。

 

 『心配ない。お前は家に戻って居なさい』

 

 ブロスダンは迷うように俺と父親を交互に見ていたが、俺が頷くと複雑な顔をして部屋から出て行った。

 これで部屋に残ったのは俺とマニュエル、ミラードの三人。

 マニュエルは残るのか。


 その割にはサケルドスって立場の奴は居ないんだな。

 もしかしたら、隠れて見てるのがそうか?

 

 『何度も同じような事を聞かれているようだし前置きは省こう。率直に聞くが君は何者だ?』

 『昨日から何度も答えているが旅人だ。北を目指している』


 ミラードは俺から視線を外さずに口の端を吊り上げる。


 『……質問を変えよう。君はエルフではないな』

 『言っている意味が良く分からないな』 

 

 ミラードは軽く息を吐くと手の平を上に向けて突き出し、魔法を使う。

 <水球>だ。

 特に攻撃してくるような感じではなかったので、俺は黙っている。


 現れた水の球は空中で波打って形状を変えて平らな楕円形に変化。

 ふわふわと空中を移動して俺の前で停止。

 目の前の魔法で生み出された水の塊は表面に俺の姿を映す。


 これは鏡なのか?

 訝しむ俺に構わずミラードは懐から小石のような物を取り出すと、水の塊に投げ入れる。

 

 『この鏡はその者の本質を映す。確か一部の人間はエイドスと呼んでいたか――』


 俺は表情を変えずにいたが、内心でこれは不味いんじゃないだろうかと思った。 

 反面、ヴェルテクスや一部の勘のいい奴が俺に向ける妙な視線の正体が見れると言った好奇心も働く。

 両方がせめぎ合った結果、俺は動かなかった。


 映る俺の姿に変化は――おや?

 額に黒い点みたいなのが浮かんで来たと思ったら一瞬で俺の全身を覆いつくす。


 『おぉ……』

 『これは……』


 二人が思わず声を漏らすのが聞こえたが、俺は目の前から視線が外せない。

 変化はそれだけでは止まらず全身が真っ黒になった俺の姿、その表面に人とも獣ともつかない顔が大量に浮かび上がる。

  

 顔はそれぞれ苦悶、怒り、歓喜等、おおよそ表現できる感情の総てを網羅しており、統一感が全くない。

 変化は続く。

 全身から尻尾や羽、人や獣の手足に臓器のような物まで出鱈目に生え、それが最初に浮かんだ顔と共に全身の表面を蠢いている。


 ……なにこれ?


 グロ画像?正直、俺でも直視するのは躊躇われる姿だ。

 いやいや、ちょっと待ってよ。

 これって本当に俺なの?かなり驚いているんだが。


 この鏡に映った姿が本当なら――。

 俺は二人に視線を向ける。

 マニュエルは俺と鏡を見比べると身を震わせて怯える様に後ずさった。


 俺の斜め後ろ、部屋の隅で液体が床を叩く音が聞こえた。

 そちらを向くとハイ・エルフの女が床に向けて盛大に嘔吐しているのが見える。

 

 ……あ、見てたのこいつか。というか吐くなよ失礼な奴だな。


 ミラードも絶句している。

 お前、自分でやっといて驚くなよ。


 『何と言う事だ。まさか、ここまでとは……』


 我に返ると俺に厳しい視線を向ける。

 

 『これではっきりしたな。貴様何者――いや、一体何だ!?本質とは本来、体とほぼ同一の形をしているはず。ここまで乖離しているのはあり得ない!この鏡はその者の真実のみを映す!これが貴様の本性だ!化け物め!息子に近づいて何が目的だ!?』


 ミラードはさっきまでの冷静な態度をかなぐり捨てて唾を飛ばさん勢いで俺を睨み付ける。

 その目には明らかな恐怖が宿っていた。


 マニュエルはもう何も言わずに杖を俺に向け、女は俺を見て嫌悪と恐怖の入り混じった凄い表情で睨みつけて来る。

 両者とも共通しているのは得体の知れない存在に対しての恐怖で目が濁っている事だ。


 ……これはしくじったな。

 

 こつらの態度を見る限り、あのグロ画像が俺の本質――魂の形らしい。

 そりゃヴェルテクスも警戒するなこれは。

 というかあいつ、こんなナリした奴に良く話しかけられたな。


 勇者かよ。

 おっと、その前にまずは目の前の事だな。

 余計な考えは脇に置き、俺は軽く両手を上げて戦意がない事をアピールする。


 『種族を偽った事は謝るが、目的に関してはさっきから言っている通りここを見る事と北を目指す事だ』


 悪びれずにそう言って伸ばした耳を元に戻す。


 『それを我等が信じるとでも思うか?』


 ミラードの視線は厳しい。

 まぁ、当然の反応だな。

 

 『悪いが俺にはそれを証明する手段はない。こればかりは信じて貰うしかないな』

 『ミラード殿。この者の処遇は……』

 『野放しにするには危険すぎる。貴様には地下の牢に入って貰う。そこで改めて正体と目的を聞かせて貰おうか』

 『……確かに俺は普通じゃないが、それだけの理由でお前達は俺を牢に入れると言う事なのかな?』

 『目の前の鏡を見て物を言え!その異形とも呼べる姿だけで充分だ!私はこの西の里を治めるドルイドとして貴様のような得体の知れん化け物を野放しにして置けん!痛い目を見たくなければ抵抗はするな。大人しく縛につけ』


 ……なるほど。化け物か。


 『素直にここから出て行くので勘弁してもらえないか?』

 『笑わせるな。貴様がこの里に害を成さない保証はない。逃げる事は許さん』


 ……なるほど。なるほど。


 『誰か!この者を捕らえよ!』

 

 部屋の扉が開き警備のエルフが数人入ってくる。


 『最後に一つ聞きたいんだが、俺を生かして返す気はあるのかな?』

 『それは貴様の心がけ次第だ。この後の取り調べで無害と分かれば帰してやろう』

 

 ミラードは表情を変えずにそう言い放つ。

 その時点で俺は察した。

 あぁ、こいつ等適当に理由付けて俺を殺す気だなと。

 

 ……決まりだ。


 良かったなアブドーラ。

 復讐を遂げられそうだぞ? 

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