第150話 「中央」
部屋に入って来たエルフが俺の腕を掴んで拘束しようとしてくる。
取りあえずエルフは皆殺しにしてハイ・エルフは殺して記憶を吸い出すか。
一人ぐらいは操って偽装工作にでも使うかな。
俺は手近なエルフを殴り倒そうと拳を握り――。
『待ちなさい』
不意に割り込んだ声に遮られた。
誰だ?少なくとも聞き覚えのない声だ。
俺は声のした方へ視線を向けるとそこには半透明のハイ・エルフが立っていた。
性別は女。
見た目だけならここに居る連中の中では一番若い。
エルフらしく貧相な体に、温和そうな顔で目がちょっと垂れ気味だ。
ご丁寧に泣きぼくろまで付いてる。
何と言うか未亡人オーラ出てるな。
周囲のエルフ達も驚いたように固まっている。
それはミラードやマニュエルも同様だった。
誰こいつ?
『どういうことです?この件は私に一任すると……』
『確かに一任するとは言いましたが、何をしてもいいとは言っておりません。ミラード、あなたはこの者をどうするつもりだったのですか?』
ミラードは俺を一瞥して未亡人に向き直る。
『マドレール殿!あの水鏡をご覧ください!あれがあの者の本性です!あの邪悪な姿!必ずこの里に害を齎すでしょう!』
マドレールとか言う女は鏡を見ると僅かに顔を引き攣らせる。
どうでもいいが、こいつ等本当に失礼だな。
まぁ、気持ちは分からんでもないが。
『ふぅ、昨日あなたの様子がおかしいと思って見に来てみればやはりこうなっていましたか。ミラード。あなたの言いたい事は分かります。……かと言って何もしていない者を辱めるのは我等の教えに反します。それともあなたは自分が選ばれたからと言って絶対に正しいとでも思っているのですか?』
『ですが!あの者は私のブロスダンに、私の息子に!』
いや、俺は別にブロスダン君に何もしてないぞ?
とんだ言いがかりだな。
……で?俺はどうなるの?
『あー。盛り上がっている所悪いんだが、俺はどうなるのかな?』
正直、目の前の言い争いに毛ほどの興味もないので戦るのか戦らないのか決めてくれないか?
『……まずは同胞の無礼を謝罪します』
『そう言うのいいから。俺は帰っていいのか、ダメなのかはっきりしてもらえないかな?』
取りあえず、威圧の意味も込めて不機嫌そうに言う。
マドレールは俺の態度に小さく仰け反ると、取り繕うように咳ばらい。
『……えっと。ローさんでよろしかったですか?』
俺は取りあえず頷いて置く。
『ありがとうございます。私はマドレール。中央の里でドルイドをしております』
無言で先を促す。
『謝罪の代わりと言っては何ですが中央の里へお越しいただけませんか?客人として歓迎させて頂きたいのですが……』
何言ってんのこいつ?
いきなり手の平返されて「うん。分かった許す!」なんて言う訳ないだろうが!
急に湧いて来たこの女も怪しすぎる。
よく見ると壁に埋まっている魔石が光っているのが見えた。
透けているのは映像だからか。
どうやら壁の魔石を介してこっちに映像を送っているようだ。
すごいな。
ファンタジー丸出しの世界なのにSFみたいな事やってるぞ。
それはともかく、お詫びしたいとか信じられる訳ないだろうが。
……何を企んでるんだこいつ。
『牢にぶち込むなんて言われた後に手の平返してお詫びしますなんて信じられるとでも?』
『貴様!』
『マドレール様に無礼だぞ!』
マニュエルと入って来たエルフが声を荒げるが知った事か。
無礼なのはどっちだ。
先に――いや、勝手に敷地内に入ったから無礼なのはもしかして俺か?
うん。
ちょっと態度を改めた方がいいのかな。
『……と言いたい所だが、もう済んだ事を引きずるのは不毛だし水に流そう。俺としては素直に追い出してくれればいいが……』
少し態度を軟化させることにした。
『私としても立場があるのでお越しいただけると助かります。それに貴方には尋ねたい事があるので是非中央に来ていただきたいのですが……』
『聞きたい事があるならここで聞いてくれても構わないが?』
『そちらはついでですので是非、中央の里へ』
『分かった。では直接会って話を聞くとしようかな』
マドレールはあからさまにほっとした顔をすると「では後ほど」と言って姿が消え失せた。
俺は周囲を見回して一言。
『じゃあそう言う事らしいので案内よろしく』
この森は様々な魔物が跋扈する正に魔境だった。
縄張り意識の強い魔物が多く、領域を侵せばすぐさま襲いかかって来る。
しかもそのどれもが手強く、犠牲なしに勝利するのは困難な程だ。
そんな中、この森に移り住んで来たエルフ達。
彼等は以前の住処を追われ、こちらに流れて来たのだ。
北へは戻れず南へと進む彼等は、何とかこの森の一部に根付く事に成功した。
だが、その先に待ち受けていたのもまた困難な道で、彼等は更なる現実に苦悩する。
様々あるが、最も切実なのは食料の問題だ。
当時の彼らの縄張りはそう広くもなく、食料を生産する技術もない彼等は危険を冒して他の魔物の縄張りに入り、命がけで食料を調達しなければならなかった。
魔物との戦闘で一人また一人と命を落としていく。
そんな生活に耐えかねて袂を分かち、更に南を目指す者も現れ始めた。
日に日に数を減らしていくエルフ達。
そんな中、その生活を劇的に変化させた者がいた。
それが今のエルフを統べる王――リクハルドだ。
彼は元々、南を目指し彼等の下を去った一人ではあったが、山の向こうでたくましく成長して様々な知識を得て戻って来た者だった。
リクハルドは他人を導き、牽引する
木の実などの食べられる植物や茸の栽培、戦闘方法の見直し等、個々を見れば些細な事だが、堅実かつ確実に実績を積み上げ続けた彼を周りのエルフ達はやがて信じて付いて行くようになった。
――この男に付いて行けば自分達はやっていける。
そう思えるほどの信頼をエルフ達は彼に注ぐ事になった。
そんな彼の手腕をもってしても生活は苦しい物で、死者の数は減ったがなくならない。
リクハルドは表にこそ出さなかったが随分と悩んでいたそうだ。
当時、子供が生まれたばかりで、その子供が飢えに苦しんでいた事も大きな理由だったのだろう。
そんな生活にある変化が起こる。
リクハルドが「御使いの声」を聞いたのだ。
最初は皆も懐疑的ではあった。
おかしくなってしまったのかと。
だが、そうではなかった。
リクハルドは次々と新たな知識を披露し、その革新的とも言える手腕で生活を向上させて行く。
建物を樹上に作り外敵からの備えとし、食用の植物の栽培を促成する技術。
新たな手法による技術体系の異なる魔法。
気が付けば彼を神聖視する者も現れるようになるだけではなく、同様に「啓示」を受けて知識と役目を授かった者も次々と増え始めた。
彼等は肉体が変化し、新たな種として生まれ変わったのだ。
『それが私達、ハイ・エルフの起こりとなります』
『なるほど。面白い話だ』
俺は目の前の食事に舌鼓を討ちながらマドレールの話に耳を傾けていた。
メニューはキノコや野草がメインの精進料理みたいな感じだったが、充分に美味い。
黙って食事するのも味気なかったので向かいに座るマドレールにハイ・エルフの話を聞いて居た所だ。
あれからすぐに西の里から中央の里へ移動した俺は出迎えに来たマドレールに連れられ今に至る。
今いる場所は彼女の家で、腹が減ったと言ってこうしてただ飯にあり付いているという訳だ。
『質問してもいいかな?』
『ええ、どうぞ』
『その啓示とやらは具体的にはどういう物なんだ?』
『そうですね。何か大きな物に優しく包まれると言いますか――まず、安心感があります。それに加えて様々な知識がふっと頭に浮かんでくるのです。気が付けば私はハイ・エルフになっていました』
……ほー。
聞けば聞く程、何とも胡散臭い話だな。
食事もご馳走になったし、話を済ますとするか。
『ありがとう。興味深い話だった。……で?俺に聞きたい事があるって話だったが?』
『あら?随分とせっかちな殿方ですね。少しくらい会話を楽しみませんか?私、立場の所為でこういう気軽な会話をする相手が少なくて少し新鮮な感じがして楽しいです』
『そうかな?貴女のような人にそう言ってもらえるとは光栄だ』
俺は内心、鼻で笑いながらそう返す。
こいつ客引きしている娼婦並みに馴れ馴れしいな。
美人なのは認めるが、すっ呆けた態度で擦り寄れば男は大抵落ちるとでも――落ちるか。
辺獄で消し飛ばした「アレ」なら即落ちだな。
それどころかこの女、俺に気があるんじゃないかとか言い出しかねん。
風俗でちょっと優しくされたぐらいで舞い上がる真正の馬鹿だ。
リップサービスって言葉知らないのか?
いかん。
思い出したら不快になった。
切り替えよう。
『気になる事があると眠れない性質でね』
『そうですか。では、遠慮なく。ローさん貴方は南から来たと聞いて居ます』
頷く。
『では、エルフを攻めているゴブリンについて何かご存じありませんか?』
『もう少し具体的な質問にしてほしいな。漠然としすぎている』
『……そうですね。彼等の配置や目的等、貴方がゴブリンの領域を通って見聞きした物を私は知りたい』
……要は何でもいいから教えてくれと?
困ったな。
どう答えた物か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます