第148話 「待機」

 ハイ・エルフの子供――ブロスダンに案内されてエルフの里へ到着。

 俺は現在、彼の家で淹れて貰ったお茶を啜っていた。

 それにしても警戒心の薄い子供だな。


 俺みたいな見ず知らずの他人を家に上げる上に本人は報告に行くと言って外に出てしまった。

 スムーズに里に入れたのは僥倖だが、これからどうした物か。

 それにしても――知ってはいたが随分と歪な社会構造だ。


 ハイ・エルフが導き、エルフがそれに従う。

 聞こえはいいが完全に上下が決まっている管理社会だ。

 ブロスダンに色々と質問を繰り返した際に確認したが、確かに基本的な情報は記憶と一致する。


 ……まぁ、罠の話は最近設置されたらしく初耳だったが。


 ただ、どうにも俺の知識はあやふやな点が多い。

 グリゴリの名に覚えがない。

 連中は「偉大な存在」としてしか認識しておらず、何を担っているか本質的に理解していないようだ。


 そもそもエルフはハイ・エルフに任せておけば安心と思考を硬直させているので、余計な疑いを持たない。

 エルフの連中に色々聞くとこういう答えが返ってくるだろう。


 日々の生活が潤っているのは?

 ハイ・エルフの皆様が「偉大な存在」から知識を授かったお陰で豊かです。


 森から許可なく出てはいけない理由は?

 ハイ・エルフ様が出てはいけないとおっしゃるからです。


 ハイ・エルフ様が死ねと言えば?

 それは必要な事だと思うので死ななければなりません。


 極端な例えだが、こんな感じだ。

 連中、極度のアホではないが、ハイ・エルフによる支配体制についてだけはこの有様だ。 


 無理もない話ではある。

 流れ着いたこの森で生活基盤の根幹を築いたのがハイ・エルフ。

 エルフからすればハイ・エルフとは神から御力とやらを授かった神の使いだ。

 

 この妄信も頷けるだろう。

 俺からすれば怪しい電波を受信しているようにしか思えんがな。

 エティエンは言葉こそ濁したが、ドン引きして連中から離れたのも納得だ。


 温くなった茶を啜る。

 さて。


 サベージは近くに隠した。

 住民との穏便な接触に成功。

 後は上が俺に気づいた時にどういう対応を取るかだ。


 今回に限っては流れに身を任せる形で動こう。

 連中が何もしてこないならよし。このまま森の探索を続けよう。

 逆に何かしてくるなら正体を見極めてから対処を決めるとするか。


 本音を言えばこの辺りを焼け野原にしてしまえば早いという気もしなくはないが、何が出て来るか分からん以上、止めておいた方がいいだろう。

 グリゴリがグノーシスと似た組織であるならばエルフ共が知らんだけで、聖堂騎士と同じ役目を担う連中が居る可能性は高い。

 

 王都で出くわした蟻の事を思い出す。

 転生者を抱えている事も十二分にあり得る。

 無計画に突っ込むのはアホの所業だ。


 ブロスダン君よ。

 色々話してやったんだ。

 精々、俺の事を好意的にアピールしておいてくれ。


 




 ……遅いな。


 数時間ほど経過したが、誰かが来る気配がない。

 窓から外を覗き込む。

 現在地はエルフ西の里。


 エルフの里は全て巨大な木の上に存在しており、外の景色は随分と遠くまで見える。

 連中は里と言い張っているが、俺に言わせれば都市といっても問題のないレベルの規模だ。

 あえて呼ぶなら樹上都市といった所だろう。


 当然だが、家屋が丸ごと乗るような木なんぞそう都合よく現れない。

 魔法で品種改良を施したそうだ。

 結果、馬鹿でかい木とその上に家々が連なり、木と木を橋が繋ぎ人の往来する道となっている。


 その里が複数固まったのがこのエルフの領域だ。


 エルフの里は合計で五つ。

 それぞれ東西南北と中央に一つで合計五。それに加えて、里の周辺に小規模の集まり――集落がある。

 聞いた話では比較的平和ではあるが、南の里だけはゴブリンの襲撃で結構な被害を受け、かなりの数の住民が殺されるか連れ去られるかしたらしい。


 この辺りはアブドーラの話やゴブリンの記憶を得ているので俺の方が詳しいぐらいだ。

 夜襲で一気に攻め込んで火を放った後、数に物を言わせて捻じ伏せたらしい。

 実際、中央からの援軍が来るまではやりたい放題だったようだ。


 そのまま攻め上がれれば言う事なかったんだろうが、その後がよろしくなかった。

 ゴブリンの精鋭部隊は奮戦したが、悲しいかな質の違いは如何ともしがたく、外まで押し戻されてしまう。

 その後も何とか攻めようと頑張ったらしいが、結界を越えて少しした所に敷いてある防衛線を突破する事が出来ずにいる。


 迂回しようにも西はゴリベリンゲイ。

 東には広大な沼地とピッキデイとかいう鳥の魔物が飛び回っており、数を連れて迂回するには厳しい道のりだ。


 アブドーラも散々迷っただろうが、結局は南から突破する事を選択した。

 それにしたって分が悪い。今までの戦歴を見るに突破は難しそうだ。

 実際、最初の奇襲以降は里まで攻め込めず、悉く返り討ちに遭っている。


 物量で押してある程度は削っているが、このやり方では時間がかかるだろうな。

 連中、どういう訳か森から出んので膠着しているが攻められたら詰むぞ。


 出来ればその辺の事情も聞いておきたい所ではあるが……。


 ……やっと来たか。


 家の外に気配が複数。

 グリゴリとやらの関係者が出て来るのを期待したいがどうだろう?

 ドアが開いてエルフとハイ・エルフがぞろぞろ入ってくる。

 

 武装したエルフが四人とブロスダンにちょっと歳喰った見た目のハイ・エルフが一人。

 ちなみに全員男だ。

 

 『この者がそうですか?』

 『そうです』


 ハイ・エルフがブロスダンに聞きながらも視線は俺から外さない。


 『私はマニュエル。この西の里で占師ウァテスと言う立場に就いている』

 『ご丁寧にどうも。俺はロー。見ての通り旅人だ』

 

 マニュエルと言う男は俺の向かいの席に腰を下ろす。

 見た目だけで判断するなら歳は三十代後半~四十代前半ぐらいか?

 髭などは蓄えておらずさっぱりした顔をしている。


 服装は薄い緑色のローブで何だか高そうな布だ。

 ゴテゴテした装飾の類はなく、清潔な感じがする。

 ブロスダンははらはらした顔で俺とマニュエルとを交互に見ていた。 


 『話を始める前にそのウァテスと言う立場について教えてくれないかな?』

 『……なるほど。知らんと言う事は本当に外から来たのだな』

 

 マニュエルは少し言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。


 『結界の事は聞いて居るか?』

 『確か侵入者があればすぐに分かる物としか……』

 『その認識で間違いはない。私達の役目はその結界の番といった所だ』


 ……要するに侵入者を感知する役目か。


 『他は街の調停等で、揉め事や困り事が起これば私達の出番だ』

 『何だか大変そうな仕事だな。ありがとう、良く分かったよ』

 『では今度はこちらから質問するぞ?ブロスダンからある程度は聞いて居るが、お主の口から直接聞きたい』


 まぁ、当然の流れだな。


 『構わない。何でも聞いてくれ』

 『まずは確認だ。南から来たというのは真か?』

 『あぁ、その通りだ』

 『そうなるとあのゴブリン共の領域を越えて来た事になるが?』

 

 俺は大きく頷く。

 

 『どうやって?』

 『……俺は山の向こうでエルフと言う事を隠しながら人間の中で生きて来た。その中で俺は冒険者と言う立場だ。主な仕事は雑用等と多岐に渡るが、魔物の討伐が多い。そういう生活を続けて行くと様々な知識を得る事が出来る。ゴブリン達から身を隠しながら動くのもそう難しい事ではない』

 『つまり、ゴブリンの目を掻い潜って来たと?』

 『その通り』

 『具体的な手段は言えんと言う事か?』

 『冒険者の習性でね。手の内は晒せない』

 

 深く突っ込まれるとボロが出るだろうからそう言って煙に巻いておこう。

 マニュエルは俺の目をじっと見つめる。


 『嘘は吐いておらんようだな』


 いや、割と吐いてるよ。


 『では次だ。これはどうあっても答えて貰うぞ。どうやってここまで来た?少なくともここに入るにはゴリベリンゲイの領域を越えねばならん。かの獣たちの目をどうやって掻い潜った?』


 普通に返り討ちにして突っ切ったと正直に答えるのは不味いか。


 『ゴリベリンゲイと言うのはあの人型の魔物でいいのかな?』

 

 マニュエルが頷くのを見て、さぁどう答えた物かと会話を引き延ばしながら考える。


 『確かに襲われはしたが、返り討ちにするのは正直厳しかったので何とか逃げ切ったよ』

 『どうやって?』

 『まず奴らは必ず、同数以下でしか襲ってこない。これはそちらもご存知かと思う』

 『何?』

 

 ……おや?知らなかったのか?


 少し考えてそりゃそうかと思った。

 対処する時は数揃えるから単独では行かない上に途中、ダーク・エルフの里と言う緩衝材がある。

 遭遇する機会はかなり減っているだろうし、知らなくても不自然ではないか。

 

 『かなり苦戦したが、何とか対峙した一体を行動不能にして逃げ延びたよ』


 俺は一応、「死ぬかと思った」と付け加えておいた。

 マニュエルはおぉと動揺とも関心とも取れる反応をする。


 『ふむ。抜けて来たと言う事はダーク・エルフの所にも行ったのかな?』

 『あぁ、彼等にここの場所を教えて貰ったんだ。とても親切な人達だったよ』

 『あそこの長は元気だったか?』

 『エティエンの事を言っているのだったら元気だったよ』


 マニュエルは「そうかそうか」と頷く。

 表情は心なしか嬉しそうだ。

 おや?仲が悪かったんじゃないのか?


 『なるほど、随分と苦労をしたようだな』


 しばらく噛み締めるように目を閉じていたマニュエルは気を取り直して話を続ける。


 『まぁ、それなりに』

 『最後だ。主の目的地はここか?』

 『差し当たってはここだ。俺はただの旅人で、ここを一通り見たらまた旅を続けるだけだ。……もっとも、そちらが良ければだがな』

 『うむ。主の事情は良く分かった。最後に確認なのだが、ここに移り住みに来たと言う事ではないのだな』

 『それはない』


 言い切っておいた。

 悪いけど俺、団体行動とか無理だから。

  

 『……そうか。本来なら遥々遠くから来た同胞を温かく迎えたい所だが、状況が状況でな。他と話し合わねばならない』

 『事情は察しているつもりだ。俺にやましい所はない。気が済むまで話し合ってくれ』


 実際はやましい所しかないけどな。


 『うむ。では、このブロスダンの家で一晩、旅の疲れを癒すといい。明日の朝にでも結果を伝える。だがもし――』

 『そこは気にしなくていい。無理と言うなら素直に出て行くよ。ただ、北を目指しているので、出来れば通行だけは許可して欲しい』

 『それも含めて協議しよう。では、今日はこれで失礼する』


 そう言うとマニュエルは連れと一緒に家から出て行った。

 去った後、残ったのは俺とブロスダンだけになる。

 彼は大きく息を吐くとその場に座り込んだ。


 『き、緊張したぁ……』

 『手間をかけてすまなかったね』


 俺がそう言うとブロスダンは大げさに首を振る。


 『そんな事ないです! でも、マニュエルさん、上手く言ってくれるかな……』

 『どうだろうな? 余所者に厳しいのはどこも同じだ。こうして一晩泊めてくれるだけでもありがたいぐらいだよ』

 『そうなんですか?』

 

 この辺の反応を見ると文化の違いを感じるな。

 

 『そんな物だ。さて、宿代代わりに食事にしよう。食材は俺が持って来た物があるからご馳走しようじゃないか。肉もあるぞ?』

 『本当ですか!』


 ブロスダンは表情を輝かせる。

 ここでは肉は貴重らしいから喜ぶかとも思ったが予想以上の食いつきだな。

 俺は苦笑して鞄から干し肉を取り出した。

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