第147話 「遭遇」

 「ふう」


 俺は小さく息を吐いて、ベッドに腰掛ける。

 場所は変わってエティエンの家の空き部屋。

 木製の家具が一通り揃っており掃除も行き届いている。


 汚い部屋だったらどうしようと少し不安だったが、杞憂に終わったようだ。

 食事の席でエティエンはさっきまでの雰囲気とは打って変わって俺の旅の話を色々と聞きたがった。

 少々過剰な態度じゃないかとも思ったが、周囲へのアピールも兼ねていたと知ったのは少し経ってからだ。


 周囲の固い態度が少し軟化したように感じる。

 食事は野草や木の実がメインのヘルシーな料理だったがしっかり味が付いており美味かった。

 御馳走になった後、宛がわれた部屋で落ち着いているという訳だ。


 ちなみにサベージは外で警備の連中に見張られながらではあるが、豪快にいびきをかいて眠っている。


 さて、落ち着いた所でこれからの事を考えよう。

 この後どうした物か。

 話を聞く限りではエルフは真っ黒だ。


 怪しすぎる。

 それにしてもグノーシスではなくグリゴリ?

 話を聞く限りでは同類としか思えないが、グノーシスより直接干渉しているような感じがする。

 

 それだけに不安だ。

 山脈を落とした以上、エルフ達は確実に変化に気が付くだろう。

 俺に気が付くかは微妙だが、下手に近づくと見抜かれる可能性は高い。


 ……というか最近、察しのいい奴が多すぎて迂闊に踏み込むのに躊躇してしまう。


 一番無難なのはこのまま引き上げる事だ。

 ゴブリンというよりはアブドーラを宥める必要はあるが、最悪操ればいい。

 森から引いて、防備を固める。


 エルフはあくまで仮想敵として戦力の拡充を図り、備えるだけでいい。

 襲ってくるなら地の利のある山脈内で迎え撃てば有利に進むだろう。

 ただ、気になる事がある。


 グリゴリとかいう連中は何がしたいのかだ。

 ゴブリンに攻められているのにも関わらず防衛に徹し、自らは攻めない。

 今まで聞いた話が本当ならその気になればゴブリンを返り討ちにする事は難しくないはずだ。


 もしかして連中って手を出さない限り何もしてこない?

 だったらアブドーラを止めずに勝手にやらせればいいだけだ。

 勝てるとは思えんがこっちに被害が出ないならやるだけやらせて高みの見物を決め込めばいい。


 ……となると迷うな。


 行くか引くか。


 行くなら連中に目を付けられるリスクを負う事になるが、少なくとも正体は分かる。


 引くなら少しシュドラスに留まって様子を見る必要が出て来る。


 どちらも選択肢としては微妙だな。

 前者は危険な場所に踏み込む事になるし、後者ならしばらく足止めを喰らう事になる。

 俺としては前者を選択する方に傾いている。

 

 理由は単純だ。

 遅かれ早かれ連中は俺が何もしなくても鬱陶しく構ってくる。

 どちらにせよ絡む事になるなら、こっちから行った方が対応が楽だ。


 悩むまでもなかったな。

 行くか。


 俺はベッドに横になると目を閉じた。

 眠れはしないが気分は落ち着く。

 取りあえず、休む前にファティマに途中経過の報告だけはしておくか。


 面倒だがやっておかないと更に面倒な事になるかもしれんしやって置こう。

 内心でややうんざりしながらファティマに連絡した。





 『もう行くのか?』

 『あぁ。先を急ぎたいのでね』 


 翌日。

 集落の外れ。

 俺はサベージに跨っており、見送りはエティエンとイネスだ。

 

 『ここより北東はエルフの領域になる。あ奴らは外から来る者を拒む。あまり近づかん事を勧めるぞ』

 『参考にさせて貰うよ』


 行かないとは言わない。

 一応、世話になったので金貨を渡しておいた。

 エティエンは微妙な顔で、イネスは何故か顔を輝かせて受け取る。


 反応の違いに首を傾げながら俺はダークエルフの集落を後にした。

 少し離れた所でサベージを北東に向かわせる。

 さーて、何が出て来るかな。


 おっとその前に……。

 俺は肉体を操作して耳を適当に伸ばす。

 これでエルフっぽく見えるだろう。

 

 誤魔化せるかは微妙だがやらないよりはマシか。

 この先、何が出て来るか分からんがまぁ、なるようになるだろ。

 努めて気楽に考えながらサベージを走らせる。


 しばらくは代り映えしない景色が続いたが、半日ほど進むと周囲の雰囲気が変わった。

 壁のような物を通り抜けた感覚と何かが近づいて来る気配。

 エルフの領域に入ったか、見つかってやってもいいが少し様子を見たいから後だな。


 俺は魔法で気配と姿を消す。

 さーて、一番近くの人里はどこかなっと。

 サベージに極力音を出さずに移動するように指示を出して先へ向かった。






 今日も森は平和だ。

 こうしていると森の南側のお山からゴブリンが攻めて来ているなんて信じられない。

 そんな事を考えながら僕――ハイ・エルフのブロスダンは薬草を拾っては背負った籠に放り込んでいく。


 薬草を多く集めればいい食材と交換できるが、今日は特に力を入れている。

 理由は食料を取り扱っている店で珍しく肉が入ったからだ。

 基本的にエルフの食事は野草や木の実で、僕は生まれた時から食べているので気にもならなかったが数年前に食べた肉の味はちょっとした衝撃だった。


 自分達の領域から余り出られない僕達エルフにとっては外から入ってくる魔物の肉は貴重だ。

 外に出る事は不可能ではないけど許可を得た者以外は禁じられており、破った者には重い罰が下る。

 許された移動範囲は祭司長ドルイド様達が敷いた結界の中だけだ。


 詳しくはまだ知らされてないけど、ここの決まり事は全て僕達エルフに知を与え、上位の存在に押し上げてくれた偉大なる存在が定めた事らしい。

 その正体は知らされていない――と言うより、まだ知ってはいけないらしい。

 両親は知って居るらしいけど僕のような子供にはまだ早いのかな?


 そう考えながら薬草を摘んで籠に放り込む。

 背の籠を確認すると半分近く埋まっている。

 今日はこれぐらいでいいかな?


 何て事を考えていると、近くの草むらが音を立てて揺れる。

 

 『?』


 僕は訝しみながらそちらに視線を向ける。

 他にも誰か来ていたのかな?

 音は徐々に近づいてきてその正体が露わになった。


 『やぁ』


 出て来たのはエルフだった。

 でも見覚えのない人だな?

 この辺りの人ではない?


 『こんにちは』

 

 挨拶を返しながらその人を良く見る。

 エルフにしてはかなり大柄だ。

 服装も変わっている。


 体全体を覆えそうな見慣れない黒い服に何故か右手にだけ籠手が付いている。

 背には――何だろう?鎚?か何かかな?大きな武器のような物を背負っていた。

 腰には小物入れのような物がいくつもついており、肩には大きな鞄を引っかけている。


 この辺りでは見かけない――というよりは旅をしているかのような装いだ。

 

 『変わった服装ですね。どこから来たんですか?』


 男は困ったような顔をした。


 『俺は旅をしている者だ。どこから来たのかと言われると――南かな?』

 『南!?もしかしてお山の向こうからですか!?』


 お山の向こう!?

 この人はあそこから来たのか。

 凄い!お山にはゴブリンの住処があるって話だけどもしかしてその向こう!?


 男は僕の反応にやや戸惑った表情をすると小さく頷く。


 『あ、あぁ、ティアドラスを越えて来た。ゴブリン達の勢力圏内だったので苦労はしたけどね』

 『凄い!僕、あの向こうに行った事がないから、興味があるんです!良かったら話を聞かせてくれませんか!?』


 色々、気になる事があったけど僕の興味は山の向こうへ向かってしまい疑問は頭から吹き飛んでしまった。

 

 『それは構わないが、その前に少し聞きたい。さっきも言った通り俺は旅をしていてね。宿を探している。場所に心当たりはないかな?』

 『だったら僕の家に来たらいいよ!』


 両親は普段、家に居ないから僕の家へ来てもらおう。

 僕の言葉に男は首を傾げる。


 『構わないのかな?ここに来る途中に対侵入者用の仕掛けをいくつか見つけた。部外者は歓迎されないのでは?』

 『仕掛け?もしかして結界の事かな?』


 領域の外との境界に敷いている物で、侵入する者が現れれば里に居る「占師ウァテス」の誰かが気が付く仕組みになっている。

 最近はゴブリンの侵攻に合わせて強化、近寄った者を攻撃する罠が追加された。

 

 ……あれ?


 じゃあこの人どうやってここまで来たんだろう?

 南から来たっていうのなら罠が仕掛けられていない西か東側から来たことになる。

 頭の中でこの辺りの地形を思い浮かべた。

 

 ここは領域の西側で外にかなり近い位置だ。

 ……と言う事は彼は罠を迂回して西側から入った事になる。

 西側?あれ?西側って確かゴリベリンゲイの巣じゃ――。


 『あの、えーと……』

 『あぁ、失礼をしたな。俺はローと言う。君は?』

 『僕はブロスダン。こう見えてもハイ・エルフです!』

 『ハイ・エルフか。噂には聞いて居たが本当に居たんだな』

 『山の向こうではエルフは居ないんですか?』

 『エルフは少ないが居る。だが、ハイ・エルフは見た事ないな』

 『それはそうですよ。ハイ・エルフは祝福を受けた新しいエルフですから』


 そう。ハイ・エルフは偉大な存在から祝福を受けた上位のエルフ。

 祝福の光が届かない外に居る訳がない。

 

 『そうなのか……』


 男――ローさんは不思議そうな顔をしている。

 その反応を見てあぁ、やっぱりこの人は外から来たんだなと思った。

 ともかく、まずは僕の家に案内しよう。


 『立ち話も何ですし僕の家に来ませんか?』


 結界を通って来たのなら周りも警戒しているだろうし、大人に事情を話さないと――。

 

 『君が構わないなら案内して貰えると助かるよ』

 『では、行きましょう。その前にあなたの事を報告しないと行けないのですが…構いませんか?』

 『あぁ、構わない。やましい所はないしむしろ報告してくれ』

 

 良かった。

 露骨に疑われて気分を害するかとも思ったけどローさんは快く了承してくれた。

 話は纏まったので、僕は彼を連れて里へ向かう。


 途中、彼に色々と話を聞いた。

 彼は余り口数が多い方じゃないけど聞いた事にはしっかり答えてくれるから、話していて楽しい。

 何より僕の事を子供扱いしない所が良かった。


 話の内容は山の向こうの話だ。

 人間の土地、街、生息する魔物。

 どれも僕にとっては新鮮で面白い話だ。


 話している内に僕の住むエルフの里が見えて来た。

 まずは彼の事を説明しなきゃ……。

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