第146話 「気配」
当然、手荷物検査も問題なくパスした俺は、ダーク・エルフの集落まで案内された。
サベージには騎乗せずに歩きで先導する連中に付いて行く。
『ロー。お前の背負っているそれは武器なのか?』
ロントナンはさっきの件に負い目を感じているのかやたらと俺に話しかけてくる。
その際に聞いた話だがどうも部外者はかなり警戒されているらしく、さっきの態度も俺の反応を見る為だったとか。
本当かよ?と疑っていたが、蒸し返しても仕方がない。
俺も気にしてないとアピールする為に積極的に応じた。
『あぁ、ちょっと変わった男に気に入られてな。そいつに勧められた』
『そうか。所でお前はそれを振れるのか?』
『振れるが?』
『そ、そうか』
使えもしない物、持ち歩いてどうするんだよ。
さっきの手荷物検査の際、クラブ・モンスターを調べようとしたロントナンが重さに負けて潰されかけたのはちょっとした笑い話だろう。
本人は恥をかいたと思っているのか表情は苦い。
『イネスに聞いたがハイ・エルフに付いて知りたいそうだな?』
俺は首肯して答える。
それを見たロントナンは訝し気な表情をする。
『何故、連中について知りたがる?』
『この先、エルフの領域を通る事になるかもしれないから、ある程度の知識を仕入れておきたい。それに山の向こうではエルフはそこそこ有名だが、ハイ・エルフを知って居る者はごくごく少数でね。情報が全くないのが不安でな。できれば触りだけでも知っておきたい』
『そうか……』
そう言って黙り込んだ。
おいおい。教えてくれないのかよ。
集落は川からそう遠くない位置にあった。
どうも木をくり抜いて住んでいるようで、木々の間に橋がかかっていたり、上る為に使うのか縄梯子みたいな物があちこちからぶら下がっている。
エルフの家屋とは趣が違うな。
記憶によれば、エルフやハイ・エルフは木の一部を切り倒してその上に建物を造って街としていた。
余所者が珍しいのかあちこちから無遠慮な視線が注がれる。
あんまり見るなよ。
居心地悪いだろ?
『こっちだ』
俺はロントナンに連れられてこの集落の長と会う事になった。
この村に滞在できるか否かを判断して貰う為だそうだ。
話も聞けそうだし俺としても好都合だな。
案内された場所はこの辺りでもひときわでかい木だ。
俺はサベージをイネスに預けてから中に入る。
中は広く、何か仕掛けがあるのか温かい。
調度品や家具は基本的に木造で、恐らくは彼らの手製なのだろう。
木彫りの像なども飾られており、素朴な感じがして好感が持てる。
通された部屋へ入り、ダーク・エルフの偉い人との対面だ。
『主が外から来た人間か?』
俺は無言で頷く。
『私はこの集落の長をしている。エティエンと言う』
広い部屋――謁見の間って奴なのかな?
護衛なのか数人、武装した者が居る。
さて、奥の玉座?と言うか普通の椅子に座っているダーク・エルフ、名前はエティエンと言うらしい。
性別は男。
見た目は二十後半ぐらいか?例に漏れずイケメンだ。
エルフやそれに類する連中は長命らしく見た目は当てにならん。
服装も他の連中が着ているようなダーク・エルフ特有の民族衣装か?
何かアイヌっぽい。良く知らんけど。
他のダーク・エルフより装飾や刺繍が多く、ちょっと高価そうな感じがする。
『報告によれば旅の途中でここに立ち寄ったと聞いて居るが、相違ないか?』
頷く。
そこまで言ってからエティエンは訝しげな目で俺を見る。
『なぜ何も話さない?』
『いや、あまり偉い人と話す機会に恵まれなくてね。知らずに無礼を働きそうなのでね』
うっかり変な事言って襲われても敵わんしな。
それを聞いてエティエンは苦笑。
『別に怒ったりしないから普通に話すと良い』
『それはどうも』
『さて、気を取り直して話を続けよう。主は何処へ向かっておるのだ?』
『特に明確な目的地はない。気の向くまま旅をしている』
『ほぅ。楽しそうだな』
『実際、楽しいよ』
まぁ、行く先々で何故か面倒事が起こるが。
『はっはっは。それは羨ましい。私も引退したらやってみるかな』
『そうするといい。……それで、ハイ・エルフに付いては教えて貰えないのかな?そこのロントナンに聞いたんだが答えてくれなくてね』
『何だ、最近の人間はせっかちだな』
『気になる事があると眠れない性質でね』
まともに眠った事ないけど。
エティエンは再び苦笑した後、表情を消す。
『答えてもいいが、そちらも正直に事情を話してくれんか?私だけ話すのは不公平とは思わんかな?』
……もっともな話だ。
流石にフェアじゃないか。
『……分かった。嘘はつかない。ただ、言えない事もある。その点は理解してくれるとありがたいな』
『良かろう。ならお互い一つずつ質問して行こう。それに正直に答える。それで良いか?』
『分かりやすくていいな。それで行こう』
『では、私から先に質問するぞ?ハイ・エルフについて何故知りたい?』
俺は少し迷う。
どう答えた物かと少し悩み――。
『グノーシスと言う宗教組織がある。知って居るかな?』
『ぐのーしす?聞き覚えのない名だな』
『俺はそいつらと少し揉めてね。できれば関わりたくないと思っている。……でだ、ここに来る前に聞いた話なんだが、どうもハイ・エルフにそのグノーシスと思われる連中が混ざっていると聞いてね。その真偽を確かめておきたいと思ったんだ』
……ある程度は正直に話す事にした。
周囲の連中が訝し気な目で俺を見て来るが無視。
エティエンは表情こそ変わらないが僅かに眉を顰める。
『……その連中は信仰がどうのとか訳の分からない事を言って、妙な羽の生えた首飾りを大事にしている者達か?』
『恐らくは』
『旅人と言うのは嘘か?』
『嘘じゃない。後、質問は一つずつだろう?』
『そうだったな。ではこちらも答えよう。主の質問だが、私はぐのーしすという名に心当たりはないがそれらしき者達の事は知っておる』
俺は無言で先を促す。
『少し話は変わるが我等ダーク・エルフの歴史の話をしよう』
エルフとダーク・エルフは源を同じくする種であったが、その一部が他種族との交配を繰り返す事によってダーク・エルフとなった。
……それだけ聞くとダークと言うよりはハーフ?
元々、エルフ達はこの森に住んでおらず、数百年前にこちらに移り住んで来て根付いたのだ。
最初は一つの一族として協力して暮らしていたがある日、数名のエルフが啓示を得たと口走り集落の中に神殿と言う見慣れない建物を造り始めた。
最初は皆困惑するだけだたが、啓示を受けたと似たような事を言い出す者がその後、何人も現れ始める。
その者達は神から知識を授かり、ある大役を仰せつかったらしい。
啓示を受けた者達は日に日に増えて行き、集落はその教えに染まっていった。
だが、何故かダーク・エルフには啓示とやらを受けた者が現れず、彼等は仲間の変貌に困惑する。
最初は些細な事と気にして居なかったが、啓示を受けた者達は次々と変わった知識を披露し、集落の生活は不自然な程に向上していった。
その知識は食用の木の実や野草、建築、紙の製造、読み書きの知識等と多岐に渡る。
彼等もその恩恵を受けてはいたが、その降って湧いたような状況に不穏な物を感じていた。
結果、ダーク・エルフとエルフの間に奇妙な温度差が生まれ、皆の雰囲気も次第に冷えて行く。
その後、緩やかに冷えて行った関係は修復されず、どちらともなく別れを切り出し、お互いは別の種族として生きて行く事になった。
『それ以降、エルフとダーク・エルフの間に交流はない』
『別れたのは森に来てすぐか?』
『いや、そこまで昔ではない。森に来て随分と経ってからだな』
……成程。
『……話は分かったがハイ・エルフの説明になってないと思うが?』
『そう急くな。話はまだ終わってない。さっき説明した啓示を直接受けたエルフ達は体が変化したのだ。耳が長くなり、魔法の素質が高まり、身体能力も大きく向上した。彼等は自らの事をハイ・エルフと名乗り彼らの間に出来た子もまたハイ・エルフとなった。それがあの者達の起こりだ』
啓示を受けてエルフからハイ・エルフに進化した?
何とも胡散臭い話だな。進化とかそんなほいほいできる物なのか?
表情で察したのかエティエンは「本当だぞ!」と付け加えた。
『確かにその啓示とやらは胡散臭いな。ダーク・エルフが離れたのも頷ける話だ』
『だろう?当時は私も便利になっていく集落を見るのは新鮮だったが、エルフの連中の何かに酔っぱらったような表情がどうにも引っかかってな。それと参考になるかは知らんが、その啓示を受けた連中は「グリゴリ」がどうのとか言っておった。心当たりは?』
……グリゴリ?グノーシスとは違うのか?
『ないな。初めて聞く名だ』
記憶にもないぞ。
どういう事だ?
『悪いが私が知っているのはそれぐらいだ。参考になったかね?』
『あぁ、助かったよ。確認なんだが、そのグリゴリとやらはエルフの常識なのか?』
『いや、知っておるのはハイ・エルフの連中だけだ。普通のエルフは知らんと思うぞ』
『何でそんな事をあんたが知っている?』
『残るように言われた時、少しだけ話を聞いた。名前以外は詳しく知らん』
……成程。
グリゴリ――グノーシスと雰囲気が随分似ているが、どうした物か……。
まぁ、調べておく必要はあるな。
『さて、次は私の番だが――その前に皆!すまんがこの者と二人きりにしてくれんか?』
『長?』
『大丈夫だ。頼む』
護衛達は顔を見合わせたが、指示通りに部屋から出る。
ロントナンは最後まで食い下がったが渋々と言った表情で退室した。
『これで他に聞いて居る者もおらん。答え易かろう』
『何を聞きたいのかな?』
『
部屋が静かになる。
『質問の意味が良く分からないな』
『言葉通りの意味だ。主はただの人ではないのだろう?』
……どうしてこう変に勘のいい奴が多いかな。
『……質問に答える前にどうしてそう思ったのか聞かせて欲しい』
『何、簡単な話だ。私は昔、人と遭うた事があってな。主の気配は人のそれに近いが、何だろうな。複数の獣が混ざったような異質な物を感じるのよ』
気配と来たか。
『気配を感じた時、扉の向こうにどんな化け物がおるのかと少し恐ろしかったぞ』
失礼な。
前はエイドス?だったが、次は気配で見抜かれるとか、今後どうやって誤魔化せばいいんだよ。
……ともあれ質問には答えんとな。
『……普通じゃないのは認めるが一応は人間だ。これは嘘じゃないぞ?』
『それを信じろと?』
エティエンは疑いの眼差しで見つめて来る。
俺はそれを肩を竦めて受け流す。
『悪いが俺自身、自分の事をそう認識している。だから信じられんと言われると困るな』
本体はミミズだが、自分では人間のつもりだ――一応。
エティエンは少し俺の目をじっと見た後、力を抜いた。
『分かった。主の言葉を信じよう』
『理解が早くて助かるよ。さて、次だがここに宿の類はないかな?できれば一晩泊めて貰えると助かるんだが?』
正直、聞きたい事も無くなったのでそろそろ切り上げたい。
俺に何かしてくる気配もないし、ダーク・エルフへの興味はなくなった。
『宿の類はないが、ここの下に空き部屋がいくつかある。そのどれかを使えば良い。あぁ、料金は要らん食事も出そう。その時に旅の話でも聞かせてくれんか?』
俺の意図を察したのか話に乗ってくれたようだ。
『そんな事で飯と寝床が借りられるなら安いものだ』
『決まりだな。用意させよう』
エティエンは声を上げて外で待機している者達を呼び出した。
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