第143話 「深森」

 墓の外に出た俺は外で待っていたアブドーラの護衛に事情を話した後、サベージと戯れていた。

 具体的には交信を使っての聞き取りだ。

 あの後、王都で何をしていたかについて報告させていた。


 正直、目新しい内容はなかったのでただの時間潰しだ。その証拠に後半はほぼ雑談だった。

 そんな調子で二、三時間ほど潰していると足音が聞こえアブドーラが出て来た。

 彼はかなりすっきりした表情で足取りも軽い。


 「ロー殿。あなたに感謝を、深い感謝を――」


 アブドーラは出て来るや俺の手を握ると深く頭を下げた。

 俺は取りあえず頷いておく。

 これで気持ちよく命令に従ってくれるだろう。

 

 用事は済んだので、すぐに屋敷へ取って返した。

 道中に交信でファティマから状況を聞きながら移動ルートを吟味。

 事前にアブドーラ達から森について分かっている事は聞きとり済みで簡単ではあるが地図も作成している。


 装備の修復なども一通り済んでおり、後は行くだけだ。

 ただ、クラブ・モンスターの破損したツインヘッダは現状、修復不能との事。

 試しにとベドジフに見せてみたら構造が分からないので何とも言えないが、分解して時間をかければできるかもとも言っていた。


 その提案に少し悩んだがツインヘッダの修理は諦める事にし出発を優先。

 護衛がどうのとか言っていたが、丁重にお断りした。

 息が詰まるからいらない。


 ……とは言っても足は欲しいからサベージは連れて行くがな。


 さぁ、屋敷に戻ればいよいよ出発だ。






 「アジードよ。これで良かったのかのぅ」

 「仕方ない。逆らえば俺達、皆殺しにされる」


 ベドジフの言葉にアジードは憮然とした表情で応じる。

 場所はドワーフが暮らしている山をくり抜いた洞窟、その中にあるベドジフが住居としている一角だ。

 周囲には鍛冶道具が綺麗に並んでおり、掃除も行き届いている。


 持ち主の性格が窺える場所だった。

 魔石を利用した明かりが周囲を照らし、ベドジフは椅子、アジードは持って来た岩に座って向かい合っている。


 話の内容は少し前の会談の事だ。

 

 ローと名乗る人間の首魁に降ったのは良いが、何を要求されるのかと内心で怯えていた。

 話によれば直接自分達に指示を出すのはその隣に控えていたファティマと名乗る女らしいがベドジフには関係のない話だ。


 二人を見たベドジフの感想は「得体が知れない」。

 女もそうだが特にあのローと言う男は気味が悪い、あの場で最も位が高いのは分かったが人間と言う種はあそこまで冷ややかな生き物だっただろうか?


 個人差と言えばそれまでだが、あの我々の命を路傍の石と同列に見るようなあの視線。

 できれば二度と直視したいとは思えないあの異質な目。

 あれを見ていると崖から下を覗き込むような足を竦ませる恐怖感にも似た感覚を感じた。


 思い出して少し身を震わせる。


 ベドジフとは真逆でアジードが感じたのは安心感だった。

 あの男は得体が知れないというのはベドジフと全くの同意見で、恐怖に似た物を感じるのもまた同じだ。

 なら何故逆の感想を抱いたのか?

 

 答えは簡単だった。

 下に付いていればあの視線がこちらに牙を剥く事がないからだ。

 トロールの価値基準は「強さ」が大きく占めている。


 彼等に取って恐怖を振り撒けると言う事、それは相手を怯ませる強さに他ならない。

 群れの長が強い事は彼等にとっての喜びなのだ。

 アジード自身が王と言う立場に全く執着しておらず、その王の座に収まっていた理由も単に自分より弱い者に従うのが嫌と言うだけの事だった。


 「俺自身、奴らに従う。異論ない」

 「そうさなぁ。儂も今の所は特に文句もない。連中の配下として組み込まれはするが、衣食住の保証があるし例の果物も分けて貰えるようだし食料面では大助かりよ」


 冬が近づくと食料の入手が困難になり、下手をすれば奪い合いに発展する事も多い。

 毎年、冬を越せずに死亡する者も少なからずいる。

 人間達――オラトリアムと言うらしいが、あの連中が寄越す食料があれば少なくとも餓死者を出す事はなくなるだろう。


 向こうの要求も定期的に一定数の武具を卸す事と、修復や鍛冶関係、場合によっては領内の建築物の作成などの依頼を請ける事だ。

 この辺りはトロールと抱き合わせで使うつもりのようで、アジードにも似たような話が行っている。


 「……で、ここからが本題だ。アジードよ、お前さんラディーブに何が起こったか分かるか?」

 

 ラディーブ――オークの王だった男だ。

 目先の事と視界に入る物の事しか考えられない馬鹿だったがそれなりに強かった。

 アブドーラの話では無謀にも一騎打ちを狙ったようだが、意外な事にも相手はそれを受け、正面から返り討ちにしたらしい。

 

 それだけなら間抜けが死んだと言うだけ話で、ベドジフ達からすれば話の通じる者を引っ張り出してくれてありがとうと感謝しておしまいだったが、おかしいのはその後だ。 

 あのローと言う男に何かされた後、致命傷が完治。

 ラディーブの性格上、動けるようになればすぐに報復に走るかと思われたが、それをせずにローとオラトリアムに忠誠を誓うなどと言い出したのだ。


 ベドジフ達は耳を疑う。

 忠誠と言う言葉とは無縁の男であったはずなのに陶酔した表情でそう語るラディーブの姿は彼らの不安を煽るには充分な破壊力だった。


 「分からん。だが、アブドーラの話、本当であるなら、ラディーブ。何かされた」

 「儂等も同じ目に遭うかもしれんぞ?」

 「だとしても。どうしようもない」

 「…………そうじゃな」


 身も蓋もないアジードの言葉にベドジフは深々と溜息を吐く。

 実際、向こうがその気なら自分達は拒めないだろう。

 どうしてもその懸念を払拭したいのなら生活を捨てて逃げるしかない。


 逃げるという選択肢をベドジフは内心、鼻で笑う。

 有り得ん。

 自分達――いや、自分はこの生活を捨てられない。


 アジードは正直、懸念は特になかった。

 いや、自分の中で折り合いがついたと言うべきだろうか。

 目の前のベドジフの不安は理解してはいるが、彼にはその手の悩みはない。

 

 群れの頂点が配下の生殺与奪を握るのは当然だし、戦って敵わない事を悟った時点で覚悟は決めている。

 むしろ王などと言う重責から解放されたので感謝したいぐらいだ。

 特に王らしく振舞った覚えはないが面倒な事が多いので内心で誰か変わってくれないかと考えた回数は両手の指では足りない。


 ラディーブの事は確かに気になるが、好奇心以上の興味はない。

 何故なら無駄だからだ。

 あの男を初めて見た時に感じたのは違和感だ。


 アジードはトロールの王となるまでそれなりに修羅場は潜って来た。

 相手を見れば何となくだが自分より強そうか弱そうかが見えて来るものだが、あのローに限っては分からない。


 もしかしたらそこまで強くはないと言う事もあり得る。

 今回の戦いで戦闘に参加したという話は聞いて居ない。

 配下は尋常ではなかったとの話だが、余りにも弱そうであれば寝首を掻く事も考えるがあれは無理だ。


 ベドジフは上位者故の態度と見ていたがアジードの見解は違った。

 見た時に感じた違和感。あれは生きていない・・・・・・

 奴らに操られている死者よりも生気を感じなかった。


 根拠はないがあの男は比喩でも何でもなく、殺しても死なない。

 その感覚は確信に近いものだった。

 生者でもなく、死者を弄ぶ人の形をした異形。


 それがローと言う男にアジードが抱いた印象だった。

 

 ベドジフがアジードを呼んだ理由はただただ不安だったからだ。

 この不安を何とかしたくて同じ立場の仲間と話そうかとも思ったのだが、向かいに座っている仲間はもう折り合いを付けていた。


 何故こいつはこんな簡単に割り切れるのだと考え、自分の事仲間たちの事を考えると胃の辺りがキリキリと痛む。

 自分はドワーフの代表として仲間達を守らなければならない。

 それが自分を立ててくれた仲間達の為にしなければならない事だ。


 ……とは言ってもどうすればいいのか皆目見当もつかない。


 藁にも縋る思いで相談したアジードは解決済みで悩む素振すら見せない。

 今までは武具を作っているだけで良かった。

 他の亜人種共に作った物を卸す。


 それの繰り返しだけの生活で満足だったのに……。

 ベドジフの胸中には不安が渦を巻き胃をキリキリと痛ませる。

 それを誤魔化すように酒を取り出し、アジードと一晩中飲み明かす事にした。




 

 深き森。

 それがエルフが住まう森の名称だった。

 正確な広さは不明だが、シュドラスの頂上から見ても森の果てが見えなかった事を考えると相当な物だろう。


 森に住まうエルフは三種。

 まずは普通のエルフ。

 耳が人間より長いこと以外は見た目は特に変わらず、傾向としては全体的に体が細い。


 種族的な物なのだろうが、個体差はあるが腕力は人間よりやや劣るといった所だろう。

 反面、魔法や弓矢等に関しては習熟が早いそうだ。

 何と言うか、よくフィクションで見る分かりやすいエルフ像そのままの存在だった。

 

 次にハイ・エルフ。

 上位のエルフらしいがその辺が不明な点が多い。

 特徴はエルフより更に長い耳と全体的に色白な事以外に見た目に違いはない。 


 数は極端に少なくエルフ達の支配階級に当たる。

 魔法に長けており、特別な道具を使う事で変わった魔法が使えるとか使えないとか。

 取りあえず、エルフの上位互換と認識する事にした。


 ……でだ。


 ここからが眉唾物の話だが、連中は「天の御使い」とやらの「託宣」を受けてエルフからハイ・エルフに進化したらしい。

 少なくともその託宣とやらを受けるまではハイ・エルフの連中は新しく生まれて来た第二世代以降を除けば、元々はただのエルフだったというのは事実だそうだ。


 ……エルフから見れば名誉な事なのだろうが、外から見れば胡散臭い事この上ないな。

 

 最後の一種がダーク・エルフ。

 これまたフィクションでよく見る褐色のエルフだ。

 連中は長い耳こそあるが全体的に肉が付いており、体格に恵まれている者が多いらしい。


 ただ、エルフやハイ・エルフとの仲はそこまで良くないようだ。

 どうもハイ・エルフが説く教えとやらに懐疑的な連中が多く、折り合いが悪い。

 それ以上の事は不明。


 少なくともエルフ連中には好かれていない事は確かだ。

 

 以上が、シュドラスに捕らえられていたエルフの記憶から引っこ抜いた森の内情だった。

 それ以外には道や街などの位置も分かり、予習は済んだ。

 

 サベージに跨り、コートなどの装備品を身に着け、背にはクラブ・モンスター。 

 水、食料も抜かりなく揃え出発。

 途中まではゴブリンの案内役が居たが、エルフのテリトリーに入る前に帰って貰った。

 

 さてと頷き俺は改めて周囲の景色を確認する。

 記憶で見たので知ってはいたが実際目にすると凄まじい物だ。

 世界遺産とか言われても信じてしまうレベルの巨木が立ち並び、広がった枝は空を覆い隠す。


 葉の隙間から漏れた光が差すが、全体的に薄暗い。

 だが、足元の苔のような物が薄く光り足元を照らしてくれているので視界不良と言う事にはならなさそうだ。


 ……まぁ、どうにでもなるが。


 苔の放つ薄い緑の光と薄暗い周囲の景色も相まってとても幻想的だ。

 今の俺でも素直に美しいと思える風景で、ちょっとした感動さえ覚える。

 近くの巨木に触れてみると少し湿っており、しっとりとした手触りだ。


 これだけでもここに来た価値はあったと思える。

 単に物見遊山で済ませてもいいが、エルフが人間に対してどう接してくるのかが読めない以上は少し慎重になった方がいいのかもしれない。

 

 どうした物かな。

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