第144話 「縄張」
話によればここ最近はエルフの連中は縄張りに入ってもすぐに襲ってこずに罠か何かで削ってきた後、追い打ちをかけに来るらしい。
「静かな物だ」
魔法で探知をかけてみたが反応は無し。
罠とやらも今の所、見当たらない。
……まぁいい。
楽観は禁物だが、気にせず行くとしよう。
一応だがこの先のプランはある。
最初に接触するのはダーク・エルフにするつもりだ。
連中は件の胡散臭い信仰とやらに懐疑的であるようなので話を聞くには何かと都合がいい。
……とは言ってもダーク・エルフは個体数がエルフに比べて少ない。
集落も小さく、奥まった場所にあるらしいので、少し時間をかける必要がある。
急ぐ必要はそんなにないので気ままに行くとしよう。
アブドーラ辺りは不満を言いそうだが、ファティマに振られた仕事にでも集中してくれ。
サベージは生あくびをしながらトコトコと歩く。
俺は警戒しつつ景色を楽しむ。
接触するにしてもどうやった物か…。
テンプレだと何かに襲われていたり、困っているエルフの美女が都合よく落ちているんだが、俺の通り道にも落ちてないかな?
残念ながらそんな都合の良い展開は起こらず、代わりにサベージが足を止めた。
「どうした?」
サベージは答えずに唸り声を上げる。
交信で尋ねると変な臭いがすると答えた。
俺も探知系の魔法を使うが特に何も引っかからない。
臭いも――俺には分からない。
場所を聞くと近くの木の幹らしく、そちらを睨みつけている。
真っ先に疑ったのは罠だ。
……聞いた話じゃ間違いなくあるらしいしな。
俺は魔法でやや大きめの石を作って投擲。
石が木の幹に命中する前に、木の幹の一部が光る。
瞬間、地面からいきなり木のような物が生えて石を絡め取り、次いで地面に引きずり込んだ。
うわ。
サベージに確認するとあの手の罠はこの先、無数にあるらしい。
成程、攻めあぐねる訳だ。
まぁ、ゴブリンは質はともかく数が多いからな。
いちいち相手にせずに罠で削ろうという手は悪くない。
俺も引っかかってやるつもりはないし迂回しよう。
罠を避けて進んでいるが、中々途切れない。
しばらくすると、探知に何かが引っかかった。
場所は多分、木の上。
大雑把な位置しか分からないが、どうやら俺の事を監視し……いや、罠の確認か?
どうやら罠が作動したら向こうに伝わる仕組みのようだな。
見つかるのは都合が悪いので、サベージを軽く走らせて距離を稼ぐ。
気配は俺に気が付かなかったのかそのまま作動した罠の方へ向かっていった。
……問題なさそうだな。
取りあえず罠は迂回する事にして北上せず、西に迂回する事にした。
その後、数時間程進むと罠が途切れたので方向転換。
北へ向かう。聞けばこっちはこっちでヤバい奴が居るらしいが、出て来てから考えるか。
吸い出した記憶によればエルフの集落がいくつかあったはずだが、罠の向こう側なので進むのは難しい。
欲を言えば遠目に様子を見ておきたかったが、強行突破はしたくないので無視する事にした。
それにハイ・エルフの件もある。迂闊な事は止めておこう。
どちらにせよ最初に接触するのはダーク・エルフにするつもりだったので構わないが、少し遠回りになる。
面倒だがこれは仕方ないな。
俺はそのまま進む事にした。
数日程進んで行くと風景に変化が出る。
キノコや野草、野苺みたいな実を付けた物が散見されるようになった。
ちなみに全部食える物らしい。
この辺りはエルフの生活圏外だ。
何故、この辺りにエルフが寄り付かないのかと言うと……。
……出たか。
数は――十五。結構居るな。
木の上から気配がするがこちらははっきりわかる。
重量の差だ。移動する度に木の枝が軋む音が聞こえた。
一番近い気配が木から飛び降りて着地。
重たい着地音と共に姿を現す。
大きさは五メートル前後。
形は人型ではあるが、人とはかけ離れた分厚い筋肉と灰色の体毛に全身が覆われている。
体勢は四つん這いに近い状態だが、両の拳を握って地面につけている。
要するにあれだ。
見た目はゴリラに近い。
名称はゴリベリンゲイ。
テリトリーに踏み入った者を問答無用で襲ってくる縄張り意識の強い魔物だ。
基本群れで行動し、リーダーは銀の体毛を持つ。
執念深く、一度領域を侵した相手は絶対に逃がさずに追いかける。
エルフの天敵でもあり、連中はこいつ等の生活圏内には絶対に近づかない。
理由はその肉体にある。
強靭な筋肉は弓矢をほとんど通さず、体毛は魔法の効果を散らすらしい。
丸太みたいに太い腕で繰り出す拳はエルフの頭蓋骨を軽々と粉砕するとかしないとか。
他のゴリベリンゲイも次々と木から降りてくる。
こいつ等の所為でアブドーラも迂回を諦めたらしいが成程、ゴブリンじゃ仕留めるのはしんどそうだ。
俺は目の前のでかい猿共を観察する。
見た感じ全部灰色だった。
……ボス猿は居ないか。
斥候といった所かな?
先頭のゴリベリンゲイが四つん這いを止めてゆっくりと立ち上がると、肩を軽く回しながらこっちへ歩いて来た。
俺も応じるようにサベージから下りて前に出る。
距離が縮まり相手の表情が良く見えるようになった。
人型の魔物に浮かぶ表情は獰猛な笑み。
嗜虐的な物はなく、純粋に戦いを楽しみたい、楽しませてくれと言いたげな顔だ。
俺も応じるように口の端を吊り上げてやった。
お互いが間合いに入る。
瞬間、相手が思いっきり拳を振り上げて殴りかかって来たが、振り上げ切った瞬間に<爆発Ⅱ>を顔面に叩き込む。
轟音がしてゴリベリンゲイが思いっきり仰け反る。
煙が晴れると顔面を少し焦がした以外はほぼ無傷の魔物の顔があった。
ゴリベリンゲイは嬉しそうに少し崩れた体勢を戻すと、再度殴りかかる。
俺は逆に前に出て懐に入り、鳩尾辺りに拳を叩きこむ。
……サンドバッグ?
触れた感じ一番近いのはそれだろう。
硬さと弾力のある感触が手に伝わる。
ダメージが体内に行ってない。
肩を掴もうとしてくる。
俺は逆に掴んで関節を極めようとしたが、でかい上に力もあったので抵抗された。
「げ」
足が地面から離れる。
俺が掴んだ腕に力を込めて持ち上げられた。
残った腕を振りかぶる。
俺は殴られる前に接触している腕に<枯死>を発動。
魔法を散らすんだろうが接触状態でどこまで防げるかな?
腕が水分を失う――前に俺は投げられた。
空中で体勢を整えて着地。
距離が開いた所で背のクラブ・モンスターを構える。
威嚇するようにガチガチと音を立てて鋏を開閉。
相手は腕を確かめる様に動かし戦闘に支障がないのを確認すると両手足を使って移動。
突っ込んで来る。
俺は迎え撃つように腰を落として身構えた。
向かってくるゴリベリンゲイは間合いに入る前に地面に拳を叩きつけて跳躍。
放物線を描いて踊りかかって来る。
俺は<重圧>を発動。重くして落下位置を無理矢理ずらす。
空中で急に重力が変化し、ゴリベリンゲイは表情に動揺を滲ませ、想定外の位置に落ちる。
解除と同時に落下位置にクラブ・モンスターを突き出す。
狙いは首、先端はニッパーに変更。
思いっきり開いた鋏を閉じる。
流石に首の守りは他より薄かったのか、刃は左右からゴリベリンゲイの首を切り裂く。
刃は骨に当たって止まり、それ以上進まなかった。
固いな。
血が派手に噴き出すが魔物は構わずに俺に掴み掛り、両腕で俺の頭を掴む。
握り潰す気か。
俺は構わず、腕に力を込める
掴まれた頭蓋骨が軋みを上げるが、それよりも鋏が首の骨を切断する方が早かった。
ゴキッという硬い物が折れる手応えが伝わり、首が落ちて地に転がる。
俺の全身に噴き出した血がかかる。
口に入った血をぺっと吐きながら他のゴリベリンゲイを見据えた。
残った連中は揃って顔を見合わせるともう一体が前に出る。
残った連中は死体を回収して下がった。
俺は眉を顰める。
何故だ?
どうも連中、仲間が殺られても特に怒るような素振は見せない。
あくまで一対一に拘るようだ。
数の利を活かさない理由がさっぱり分からんが――もしかして相手と同数でしか戦わないとかか?
フェアじゃないから?
俺が記憶を抜いたエルフ共は知識こそあったが実際に出くわした奴が居ないから何とも言えんな。
少なくともエルフの認識としては群れで襲いかかって来る獣だ。
相手の数に合わせて戦うのか?
考えている間に二体目がウホウホ言いながら拳で胸をドンドコ叩く。
ドラミングって奴か。どう見てもゴリラだな。
さっきので感触は掴んだ。
一対一なら苦戦はしても負けはない。
「……ふう」
疲れた。
俺はその場に腰を下ろす。
周囲には死体が散乱している。
当然さっきのゴリベリンゲイ共だ。
皆殺しにしてやったが、連中最後までタイマンを貫いた。
命を懸けてまで貫いた信念は大した物だが、死んだら何にもならんだろうに。
二体目以降は
どうも連中、下手に頑丈なせいで搦め手に弱かったな。
ちょっと直視するのは躊躇われる状態になった死体の脳から記憶を吸い出したが、思った通り連中は相手より多い数で戦う事に抵抗を覚えている。
同数以下ではない相手と戦う事は恥とさえ思っているようだ。
類人猿の癖に意識高いな!
尊敬はするけど共感はできない。
とは言った物の正直助かった。
あの図体と動き、魔法の効き難い体。
纏めて来られたら撤退も視野に入れる必要があったかもしれないが、習性に救われたか。
死体を吸収してダメージと体力を回復させた後、サベージに跨って先へ進む。
少し急ぐとしよう、モタつくと次が来る。
サベージはさっきまでとは打って変わって、軽快な動きで飛び跳ねる様に先へ進む。
その間、俺は魔法等で偽装と探知を全開にして周囲を警戒する。
時折、ゴリベリンゲイの気配があるが、本気を出したサベージの動きと魔法の阻害効果のお陰で気付かれる前に引き離す事ができていた。
そんな調子で隠れながら移動し続け、何とか数日で連中のテリトリーから抜ける事に成功。
このまま東寄りに移動すればエルフの領域へ入れるだろうが、目的地はそっちじゃない。
あくまで目当てはダーク・エルフだ。
集落までは後少しといった所かな?
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