第142話 「墓参」
「話は分かった」
一通りアブドーラの山あり谷ありの半生を聞き終わった俺はそう言って頷く。
向かいに座っているゴブリンの王はややすっきりした表情で俺の返事をじっと待っている。
さて、どう判断した物か。
聞いた話を鵜呑みにするならエルフはグノーシス、またはそれに類する組織の息がかかっていると見て間違いない。
……まぁ、そんな特徴的なシンボルを使う連中がそうそう居てたまるかと言う話だ。
間違いなくグノーシスだな。
あの連中、どうやってエルフに粉かけたんだ?
山脈の住人に気づかれずに越えるのは難しいだろうし、第一あんな飛び地に住んでる連中を取り込んで一体何の得が――。
嘆息。
現状では何とも言えんな。
どちらにせよ見に行く予定だったんだ、それの確認も込みで行くべきだろう。
「確かエルフを滅ぼすまで待って欲しいと言う話だが、場合によっては手を貸してもいい」
アブドーラが目を見開く。
「……とは言ってもそっちの話を鵜呑みにする訳にもいかない。それは分かるな?」
俺の言葉に対する返事はない。
じっと俺の方へ探るような視線を向けて来るだけだ。
「俺は数日後、調査の為エルフの森へ入るつもりだ。ゴブリンへの交渉はそれが終わるまで保留としたい。それに関連して、そっちには少しの間で構わないので侵攻を止めて貰いたい――あぁ、結果はどうであっても侵攻自体を止めろとは言わない。ただ、少し時間が欲しいんだ」
「つまりはそちらがエルフ共を見極めるまで待てと?」
「そう取って貰って構わない。エルフを見て使えそうなら取り込む手段を考えるし、使えないなら好きに潰し合うと良い。ただ、連中が俺にとって有害であるならば手を貸そう」
俺は「どうかな?」と問いかける。
アブドーラは少し間を置いて口を開く。
「幾つか質問しても構わないか?」
「どうぞ」
「あなたの決定はそちらの総意と取っても?」
「あぁ、ここで決めた事は他に徹底させるし、俺にはそれができる。そこは信用して貰って問題ない」
「……そちらに取っての有用、不用の定義は?」
これまた難しい質問が飛んで来たな。
要するに何を以って判断するかって話か。
ぶっちゃけた話、割かしどうでもいいんだが、もしエルフがグノーシスに染まっていて俺に気づけばどうなるかと言う事を考えると、連中は潜在的な脅威だ。
穏便にこの世から消えて貰う必要が出てくる。
ゴブリンを隠れ蓑にしての殲滅は俺に取っても何かと都合がいい。
確認の意味でもエルフの領域は見ておきたい――と言うよりは、単純に俺が見たいだけなんだがな。
恐らくだがアブドーラの話に嘘はない。
以前に聞いたデス・ワームの話と食い違いはなかったし、今までに引き抜いたゴブリンの記憶から見ても妙な点は見当たらなかった。
ドワーフ、トロールに関してはファティマに丸投げする予定なので俺の知った事ではない。
まぁ、上手くやるだろう。
少しの間、ゴブリンの扱いだけを保留にするだけだしな。
「俺に取って脅威と成り得るかそうでないかだ」
「成り得なければ俺の復讐を阻む事になると?」
「……恐らくそれはない。そっちの話に嘘がなければ連中は高い確率で俺に取って邪魔になる」
正直、それは言い切れる。
エルフは高確率で仕留める事になる。
「それを信じろと?」
「信じたくないならそれでも構わないよ?復讐以前に君達の明日の保証も消え失せるが?」
「……最後に一ついいだろうか?」
「どうぞ」
「あなたは何者だ?何故ヒロノリ様の母国語を知っている?」
「その母国語を扱う連中と少し縁があってね。話にあった白黒の連中にも心当たりがある」
悪いが全部話す気はない。
……が立ち位置だけははっきりさせておこう。
「本当にその連中が絡んでいるなら、力になれると思うよ?」
「分かった。あなたを信じよう。少しの間、戦線の維持に専念する」
「それと俺を向こうへ通すように話を付けてくれ」
後は少しご機嫌を取って、好感度を上げておくか。
「あぁ、それと良かったら後日、古藤氏の墓へ行かないか?少し距離はあるが場所は分かっている」
アブドーラはその提案に目を見開く。
おいおい。そんなに意外だったか?
どうも葛藤しているらしく視線があっちこっちに飛んでいる。
しばらく黙っていたが絞り出すように「頼む」と頭を下げた。
「打ち合わせと違いますが?」
アブドーラと墓参りの打ち合わせを済ませ、解散した後に俺を待っていたのは少し不機嫌そうなファティマだった。
「すまんね。あのゴブリンの話に興味があってな」
「内容は教えて頂けるので?」
俺は「ああ」と頷いて道すがらその話をした。
「あの地虫の身内でしたか」
聞き終わったファティマの感想は酷くざっくりとした物だった。
地虫ってお前――まぁいいか。
「わざわざ墓まで連れて行く必要があるのですか?」
「従えるにしてもある程度、機嫌を取って置くのは悪い手じゃないだろう」
「そもそも機嫌を取る必要が?」
「……少し思う所があってな、出来れば根による洗脳に頼らないようにしたい」
俺の下に付く訳じゃないし無理にやる必要もないだろう。
それに辺獄での事を思い出す。
能面のような偽物に囲まれてヘラヘラと得意げに笑うアレ。
隣のファティマを見る。
視線を向けられたファティマは微笑んで見せるが、俺にはマネキンが笑っているようにしか見えない。
……あれが俺の行きつく先なのか?
そう考えると強い抵抗が生まれるのだ。
別に情が湧いたとかではないが、酷く気持ちが悪い。
単純にライリー達の様に使い捨て前提で作るのであれば道具と割り切れるので問題ないのだが、ファティマ達の様に会話の頻度が高い相手だと何故か鏡と会話しているかのような虚しさを覚える。
逆にアブドーラとの会話には妙な新鮮さを感じていた。
……とは言っても妙な事をすれば処分を躊躇わない程度の気持ちではあるが。
辺獄から戻るまでは気にもならなかったのだが、ここに来て妙に気になる。
これもアレを捨てた影響なのか?
自分の変化がさっぱりわからない。
俺はアレと一緒に何を捨てたんだろうか?
ファティマが怪訝な顔で声をかけて来るまでそんな事を考えていた。
数日後。
俺はサベージに乗って道を進んでいた。
隣には鎧を着こみ、ゴーレムに偽装しているゾンビトロールが引く人力車とそれに乗るアブドーラ。
その後ろには彼の護衛に同じ様に鎧を着こんだゴブリン達が必死に走っている。
「ロー殿、その墓の場所はどの辺りになるのだ?」
「この領の西の外れにある森の奥だ」
例の会談から数日後、俺は約束通りアブドーラを墓まで案内していた。
現在、ティアドラス山脈は戦後処理で大忙しだ。
ファティマは現在、トロール、ドワーフの代表と細かい話を詰めている最中で、休まずに色々と頑張っている。
こういう時は便利な女だ。
近くに置きたくはないけど。
ちなみにオークは洗脳済みなので話し合う必要すらない。
ラディーブが上手い事処理するだろう。
色々と変化があったが領の住民にこの事は伏せているのでオラトリアムは今日も平常運転だ。
時折、すれ違う人が不審そうな表情でこちらを見ていたりするが、大名行列が珍しいのだろう。
アブドーラも他と同様に鎧や服を着こんで正体を隠しているので特に問題はない。
素直に変装しろと言う指示に従う辺りは結構、器がでかいのかもしれない。
それとも墓が気になってそれどころじゃないのかな?
何て考えていると、道で人とすれ違う頻度が増えて来た。
そろそろ村が近……っと見えて来たか。
流石にそれなりに時間が経っているだけあって村は完全に復興していた。
人口も元通りとは行かないが随分と戻っているようだ。
まぁ、被害の大半は俺の魔法のとばっちりだがな!
村で小休止するかと尋ねたが、アブドーラは首を振って断る。
少しそわそわしているのが分かった。
余程、墓が気になるようだ。
俺も特に休みは無くても問題ないのでこのまま行く事にした。
村を抜けて、森に入り奥へ進む。
森を進む事、数時間で目的の墓が見えて来た。
「ここだ」
言いながらサベージから降りる。
アブドーラも人力車から降りて中へ入る俺に続く。
中は最後に俺が入った時から全く変わっていなかった。
真っ直ぐな通路を進み階段を下りる。
しばらく下りて行くと広い空間に出た。
俺は空間の真ん中あたりで足を止める。
『おーい。居るかー!?』
日本語で声を張り上げる。
しばらくすると奥からずるずると這うような音がして例の小型デス・ワームが現れた。
「お、おぉ……」
……?
後ろを振り返るとアブドーラが体を震わせ、兜を脱ぎながらデス・ワームに駆け寄る。
「眷属殿!」
その声にデス・ワームが驚いたようにアブドーラの方へ頭を向ける。
「あなたは……アブドーラですか?」
「その通りです!眷属殿!俺は、俺は――」
デス・ワームに近づくとその場で跪いた。
「申し訳、申し訳ありません!大恩あるヒロノリ様を置いておめおめと逃げ延び……こうして今日まで生き恥を晒してきました。俺は……あの時、共に……往けば……」
跪くアブドーラにデス・ワームはふるふると首を振る。
「無事で本当に良かった。あの方は最後まであなた達の事を案じておりました」
アブドーラは感極まったのか嗚咽を漏らす。
俺は小さく息を吐いて元来た道を戻る。
野暮な事は止めておこう。
そのまま墓地の外へ出る。
積もる話もありそうだし、出て来るまで適当に時間を潰すとするか。
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