第141話 「述懐」
話の内容が気になったので先を促す。
アブドーラは元々、この辺りではなく南の方で生まれたゴブリンだったそうだ。
小さな村で暮らしていたがある日、冒険者の集団に襲撃され全滅。
アブドーラは偶然、村を離れていたので難を逃れたが天涯孤独となった彼は途方に暮れていた。
そこに現れたのが、古藤氏だったようだ。
初めて見た時はその姿に恐怖したが、向こうもそれは同様だったようで攻撃はされなかった。
その後、お互いに寄る辺のない者同士で何となく共に行動する事になり、意思の疎通にお互い苦労したが何とかお互いの言葉を覚えてからの日々は楽しかったとアブドーラは懐かし気に語る。
話によると古藤氏は随分と面倒見の良い性格で、当時はどんくさいだけのアブドーラに根気強く付き合い、共に切磋琢磨したらしい。
古藤氏自身もこの世界で生き残る為に力を付ける必要があると考え、戦闘関連の訓練や考察にはかなり力を入れていたようだ。
それと同じぐらいにアブドーラとのコミュニケーションを重視していたようで、述懐する彼の表情は父親との思い出を嬉しそうに語る子供のようだった。
話は続く。
古藤氏は転生者だけあってそのポテンシャルは極めて高い。
自分の体の制御に慣れる頃にはそこらの魔物や冒険者では相手にならん実力を身に着けていた。
アブドーラもその頃になればかなり戦えるようになっており、二人の生活は安定し始める。
各地を転々とし、時には人里から外れた所に居を構え、厳しい暮らしではあったが幸せだった。
そんなある日の事だ。彼等は魔物に襲われた商隊を発見。
二人が見つけた時には魔物に蹂躙されていたが、奇跡的に生存者がいた。
エルフの子供だ。
その子は家族と一緒に奴隷として売られる予定だったらしい。
両親が必死に庇った結果なんとか命を拾えたようだ。
古藤氏は迷いはしたが、この世界の常識もある程度は身に付いていたので、子供を放置する事は危険と判断。
引き取る事にした。
それがエルフの少年――リクハルドとの出会いだった。
リクハルドはとても賢い少年で、古藤氏の日本語、アブドーラの亜人語、更には人間の言葉もすぐに覚えた。
加えて馴染むのも早く、彼はすぐに自分達の生活に溶け込んでいく。
二人から三人に増え、穏やかな日々が続いた。
事件が起こったのはそれから数年後の事だ。
ある日、そいつらは唐突に現れた。
魔物とも人とも取れる異様な集団だったらしい。
人間の体に不自然な翼や妙な形の腕や足が追加で生えている等と見た目からしておかしな連中だったそうだ。
……悪魔のパーツを移植した連中か。
付け替えじゃなくて継ぎ足したのか。
どう考えてもダーザインだ。
そんな時期から動いてたのか、どこまでも迷惑な連中だな。
それにしてもそんな悪趣味なパッチワークをやってたのかよ。
……まぁ、俺もやってるから人の事は言えんか。
かなり昔の話みたいだし、試行錯誤の途中だったのかな?
余計な考えは脇に置いて話に集中する。
アブドーラの話によれば古藤氏に「仲間になれ」と誘いに来たようだ。
その時、離れた所に居たので会話の内容までは聞こえなかったが、交渉が決裂した事だけは分かった。
すると連中は急に態度を変えて襲い掛かって来たらしい。
この辺は以前にデス・ワームから聞いた話と被るな。
その連中を撃退した所までは良かったが、完全に捕捉されてしまった古藤氏は執拗につけ狙われた。
襲撃を捌きながらの逃亡生活が始まる。
常に狙われていると言う状況は想像以上の消耗を彼等に強いた。
その頃だったらしい、古藤氏がデス・ワームを生み出し始めたのは。
アブドーラ達は「眷属」と呼んでおり、古藤氏も特に名前を付けなかった。
アブドーラの話では「眷属」を生み出すのは古藤氏にとっては不本意だったようで、どうやって作ったか等は一切教えてはくれなかった。
ただ、生み出した直後の古藤氏は激しく疲労していたらしい。
……首途のおっさんもやっていたが、配下を生み出すのはそんなに消耗するのか?
気にはなるが、今気にする事じゃないか。
その後も、アブドーラ達は追手を退け、人目を避けながら北へ北へと逃げて行く。
途中、更なる変化が起こった。
今度は、白い法衣を身に纏った男女と護衛の騎士らしき人間達が現れる。
連中は襲って来た追手を撃退した後、古藤氏に自分達の庇護下に入れと言って来たらしい。
その連中は言い方こそ丁寧だったが、随分と高圧的な態度だったようだ。
古藤氏は悩みはしたが、申し出を拒否。
当然だろう。明らかにその連中の目当ては古藤氏だけだ。
受けていたらアブドーラ達は処分されていた可能性がある。
……にしても白い法衣に騎士ね。
そのビジュアルに覚えがあるぞ。もしかしなくてもグノーシスじゃないのか?
断られた連中の反応は以前に聞いた通り、ダーザインと全く同じだった。
連中は「神敵」などと言いながら襲いかかってきそうだ。
……ダーザインとやってる事が全く同じじゃないか。
それでよく霊知などと御大層な思想を口にできるな。恥ずかしくないの?
転生者を飼っている事を考えると、間違いないだろう。
交互に襲ってくるダーザインとグノーシス。
連中は手強く、執念深かった。
途中、ダーザインは黒い謎の魔物を、グノーシスは白い人型の何かをそれぞれ嗾けて来たそうだ。
黒い方は悪魔だろうが白い方には心当たりはなかった。
その人外共は特に手強くアブドーラ達を守りながらの古藤氏は苦戦を強いられたようだ。
アブドーラは「自分達さえ居なければ」と悔し気に付け足す。
その辛い旅路もティアドラス山脈の近くでそれは終わりを迎える。
粘る古藤氏に業を煮やしたのか、両勢力は本腰を入れて襲い掛かって来た。
尋常じゃない数の敵に古藤氏は2人を逃がす事を決意。
泣き叫ぶ二人を強引に逃がし、その場で敵を迎え撃った。
その三つ巴の戦いは距離があったにも関わらず凄まじかったらしい。
結局、古藤氏とはそれっきりで、再び会う事はなかった。
その後、アブドーラは何度も戻ろうとしたがリクハルドに止められ、最終的には諦める事になる。
二人きりの生活が始まった。
古藤氏を失った二人の距離は微妙な物となり、お互い気まずさを抱えての生活だったらしい。
それでも二人はそれなりに上手くやれていた。
山脈の向こうの森は食料も豊富で飢える事はなく、生きて行く分には問題のない日々が続く。
当時、オークやトロール、ゴブリンの勢力は存在こそしていたが、そこまで幅を利かせていなかったので山越えはそこまで難しくなかったようだ。
胸の中には古藤氏を失った傷は残っていたが、時間が癒してくれるのかと当時のアブドーラは考えた。
森での生活に慣れた頃だ。
エルフの一団が二人の前に現れた。
彼等は同族であるリクハルドを保護しに来たのだと言う。
アブドーラは迷ったがリクハルドの幸せを考えて、彼をエルフの下へ返す事にした。
リクハルド自身も迷ったが、結局行く事を決めたようだ。
こうしてゴブリンとエルフの奇妙な兄弟は別々の道を歩き始めた。
その後、二人が会うのは年に数度になる。
それから長い年月が流れた。
アブドーラもシュドラスで仲間を見つけ、村を作り、子を増やし、勢力を拡大していく。
この辺は古藤氏の教育の賜物だったらしく、彼はゴブリンの中では抜きんでて強く頭も良かったので、順調に成り上がれたようだ。
リクハルドもエルフの中でその才覚を発揮し立場と発言力を上げて行った。
妻を娶り、子供を作ったと言っていた時は素直に祝福した。
だが、それを境にリクハルドは少しずつおかしくなっていく。
会う度に神がどうの信仰がどうの等と言い始め、最初はアブドーラも心配していたのだが、ある日に彼が首から棒に羽の生えたペンダントをぶら下げているのを見て困惑に変わる。
襲って来た白い連中の鎧に彫り込まれている紋章や法衣を来た連中が首からぶら下げていた物とデザインは微妙に違うが同じ物だった。
どういう事だと問い質すアブドーラの質問にリクハルドは「信仰に目覚めた」とか「啓示を受けた」等と訳の分からない事を言い出す。
大仰な言い回しが多かったが、要するにリクハルドは安全と引き換えにあの白い連中に身を差し出したと言う訳だ。
アブドーラは激怒した。
当然だろう。兄弟が古藤氏の仇の片割れに媚び諂ったのだ。
ふざけるなと掴み掛ろうとしたアブドーラにリクハルドは「仲間になれ」と言い出す始末。
怒りが殺意に昇華されるには十分な理由だったようだ。
だが、その展開もリクハルドは読んでいたようで隠れていた伏兵に襲われてアブドーラは殺されかけた。
命からがら逃げだしたアブドーラはリクハルド、そして彼を堕としたエルフに対しての復讐を誓ったそうだ。
豹変した身内に対しての困惑もあったが怒りがそれに勝った。
アブドーラは周囲の集落の併呑に力を入れ、時間こそかかったが一代でゴブリンの王国を築くまでに至っている。
……で、今に至ると。
話を聞き終えた俺は頭の中で話を整理していた。
何と言うか、グノーシスの闇を見た気がする。
連中、エルフにまで信者を作って居やがったのか。
だが、どうした物か。
アブドーラの話が総て本当だった場合、エルフの領域へ行くのは危険か?
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