第140話 「降伏」

 この状況を俺はどう処理すればいいのだろうか。

 

 オークの都の処理を元気になったラディーブとディランに任せ、サベージに乗ってトラストと護衛を連れ、戻っている途中の事だった。

 トロールとドワーフの一団が現れて足元に武器を置いて「話を聞いてください」と人間語と亜人語で書かれた旗を振っている。その表情は必死だ。


 旗を持ってない奴は跪いて戦意がないとアピールしていた。

 

 ……またか。


 どう見ても要件はさっきのゴブリン共と同じだろう。

 何で同じようなタイミングで来るんだこいつ等は。

 取りあえず、妙な真似したら皆殺しにしろと周りに伝えて俺は1人で前に出る。


 面倒だったのでさっさと話を切り出す事にした。


 「君達も話し合いの使者かな?」


 そう言うとドワーフが表情を輝かせて寄ってくる。


 「そ、その通りだ!ワシ等はドワーフ、トロールの使者として来た!できればお互いの今後の事を話し合えればと思っておる!損はさせんと約束する!」

 

 まくし立てる様に言うドワーフの表情は必死だ。

 後ろのトロールは全員、話を理解しているのか居ないのか無言で頷き続けている。 

 

 ……もう面倒だから代表全員呼べばいいか。


 「あぁ、話は分かった。後日連絡するから指定した場所に代表を連れて来てくれ」

 「そうか!ありがたい!感謝するぞ!」


 一団は露骨にほっとした表情をすると通信用の魔石を置いた後、何度も礼を言って去って行った。

 

 ……何だったんだ?


 話し合いがしたいなら早めに言って来ればいい物を……。

 そこでふと気づく。


 あぁ、もしかして敗色が濃くなってきたから慌てて和平の申し入れをして来たって事か?

 それなら何でオークは来なかったんだろう?


 まぁ、どうでもいいか。

 思考を放り投げる。

 向こうから言い出した事だ精々、吹っかけ――いや、面倒だしファティマにやらせよう。


 円満に済むのなら俺からは二、三簡単な要求をするだけでいいか。

 



 ……どうしてこうなった。


 それから数日後。

 場所は元荒野、現果樹園のど真ん中。

 でかい切り株を加工したテーブルに俺を中心に左右にファティマとトラスト、後ろにライリー。


 向かい側にはゴブリン、トロール、ドワーフの代表と護衛が数名。

 面倒だからとファティマに押し付けようとしたが、「ロートフェルト様を差し置いて私が代表だなんて」とか言い出したので結局、俺が真ん中に座る事になった。


 ……まぁ、いいか。


 俺は軽く息を吐いて目の前の連中に集中する。


 「さて、まずはわざわざご足労頂けた事に感謝しよう」


 向かいの連中の反応は固い。

 出方を見ている感じかな?


 「話を始める前に警告だ。つまらない事はするな。言えない事は言えないと答えてくれればいい。……まぁ、無視してくれても構わないがその場合、話は終わりだ。無論、全員とのな」


 誰も何も言わない。

 俺は理解してくれた物と勝手に解釈する。


 「では、話を始める前に――あんたらが各種族の代表で間違いないかな?」


 各々頷き、それぞれ自己紹介をしてくれた。

 まずはゴブリンの王――アブドーラ。

 鈍色の鎧と高そうなマントが目立つ。


 俺の方を見ているその視線は鋭く、何だか値踏みされているような感じがする。


 次にトロールの王――アジード。

 顔はこっち向いているが視線は定まっていない。

 何かボーっとしてる?


 最後にドワーフの代表のベドジフだが、視線がウロウロしており落ち着きがない。

 表情には不安の色が濃い。

 

 最初に話を切り出したのはアブドーラだ。


 「我々の要求は一つ。これ以上の侵攻を止めて頂きたい」

 

 まぁ、そうだろうな。

 ゴブリンはエルフ狩りに忙しいから他に構ってられんだろう。

 他の二人も同意するように首肯。


 「それは構わないが、その対価にあんたらは何を支払ってくれるのかな?」

 

 一応、ファティマと事前にリハーサルは行っており、想定される展開には可能な限り対応できるようにしてある。

 今の所は想像の範囲内だ。


 で、向こうが差し出したのは――


 ゴブリンからは果樹園とその近辺の不可侵。

 後は宝物庫からの資産供出。

 要は金を払うからこれ以上は勘弁してくださいと。

 

 トロールからは支払えるような金銭がないので労働力の提供。

 後はゴブリン同様の不可侵。


 ドワーフからは不可侵に加えて定期的に一定数の武具の提供。

 

 気になったのでどれぐらい支払えるのか聞いてみると、アブドーラが紙の束を差し出した。

 受け取って軽く目を通すと支払いの物品リストだが、凄い量だ。

 魔法道具、金塊、調度品、嗜好品等々――。


 そこでおやと首を傾げる。

 いつか見た宝物庫が脳裏に浮かぶ。

 どう少なめに見てもあそこにあった物だけじゃ賄えないと思うんだが……。


 ……あれから増えた?


 と言う事は無理して出したのか。

 何だか悪い事をしたような気がする。

 うん。額に文句言うのは止めておこう。


 リストをファティマに渡す。

 受け取ったファティマがリストを確認し始めるが、何故かライリーがさり気なく後ろに回って覗き込もうとしているので嫌そうな顔をしている。


 「……悪くない額だ。が、ティアドラスを諦めるには弱い。前提を履き違えていないかな?こちらはその気になれば攻め落として総取りも可能と言う事を忘れていないか?」


 アブドーラは想定内と言わんばかりに表情を変えない。 

 

 「ならば我々ゴブリンはそちらの傘下に入ると言う事で如何か?」


 ……何?


 最終的にはそこに持って行くつもりではあったが自分から言い出すとは意外だった。

 

 「我等の持つ総てを差し出そう。だが!」


 アブドーラは両手と額をテーブルに叩きつけた。

 

 「だが!少し待って頂きたい!無茶は百も承知!せめて――せめて、あの汚らわしいエルフ共を滅するまで待って頂きたい!」


 血を吐くような叫びだった。

 おいおい。こいつそんなにエルフの事が嫌いなのか?

 無茶言って話がご破算になるのを覚悟で言っているのは分かる。


 だが、そこまでして言う事なのか?

 何がこいつをここまでさせるのかが理解できない。

 もう憎んでいるとか通り越して狂気の域に入っているぞ。

 

 俺は他の二人に視線を向けると両者とも分からないと首を振る。

 気にはなるが一先ず脇に置こう。

 先に他の話を片付けるとするか。


 「ドワーフとトロールはどうする?」

 「……否応もなしか。分かった。儂等ドワーフはそちらの配下となろう」

 「嫌なら嫌で構わないが?」

 「……配下にしてくださいお願いします」

 

 ベドジフは苦い顔で頭を下げる。

 俺は残ったアジードに視線を向けた。


 「オレタチ。決マリ。ツヨイモノニシタガウ。下ニツク。文句ナイ」

 「それを配下に徹底できるか?」

 

 両者とも頷く。

 まぁ、落し所としては悪くないだろう。

 死体の使役にも限界があるしな。


 植物ゾンビ共はあくまで死体なので、使用し続けると植物部分に完全に侵食され樹木のような状態になり動けなくなるそうだ。

 長い目で見れば生身の配下を増やすのは悪い手じゃない。


 最初は指揮官クラスだけ根を撃ち込んでやればいいかなとも思ったが、よくよく考えるとそれも必要ないか。

 

 俺が管理する訳じゃないし、もうすぐここを離れるから関係もないしな!

 ファティマの方に顔を向けると彼女は同意するように頷く。

 問題なさそうだ。


 「さて、話もまとまった所で細かい話は後日にしよう。二人とも今日は帰っていい。後はアブドーラ、お前は残れ」


 トロールとドワーフが引き上げ場には俺達とゴブリンだけが残った。

 

 「二人きりで話がしたい。全員外せ」


 ファティマが聞いてませんよ?と言った視線を向けて来るが無視した。

 しばらくそうしていたが、小さく息を吐いて他を連れて離れて行く。

 アブドーラも護衛に離れる様に言うと同様に離れて行った。


 これで場は俺とアブドーラだけになる。

 引っかかってた事もあるし、少し確認したい事もあった。


 『さて、アブドーラ。君はこの言葉が分かるかな?』


 使ったのは日本語。

 それを聞いてアブドーラは驚きに目を見開く。

 やはり知って居たか。

 

 気にはなっていたんだ。

 ゴブリン共の記憶を俺は少なからず見ているので多少ではあるがシュドラス周りの情勢は頭に入っている。

 ゴブリン達はエルフを敵視してはいるが何故、敵視しているのかを理解していない。

 

 戦っているのも「王が始めた」からという認識だ。

 まぁ、森の中の方が食料などは調達しやすいが、あそこまで苛烈に攻める理由にはならない。

 加えてさっきのアブドーラの反応を見るとどう見てもエルフに恨みがあるように見える。


 結論はエルフとゴブリンの戦争はアブドーラの私怨に端を発したと言う事だ。

 シュドラスの歴史を紐解いてみてもエルフに対してゴブリンがあそこまでの恨みを募らせるような事件もない。


 最後にアブドーラが当時、群雄割拠だったシュドラスを治めて王になってすぐに始めたのがこの戦いだ。

 以上の事を踏まえるとアブドーラは以前にエルフと交流があり、何らかの理由で恨んでいる。

 つまり目の前のこいつはエルフを滅ぼす為に王になったのだ。


 並の執念じゃない。

 そしてエルフとゴブリンの組み合わせと言うのに覚えがあった。

 デス・ワームの言っていた古藤氏が面倒を見ていた子供達だ。


 『と言う事はお前が話にあった古藤氏が連れてたゴブリンで間違いなさそうだな』

 『ヒロノリ様の事を知っているのか!?』


 応じるアブドーラの口から出たのも日本語。

 やはり当たりか。

 話によれば随分長い事一緒に居たらしいからな。使えても驚きはない。


 『あぁ、彼の配下に話を聞いた』

 『配下――眷属殿の事か!ではヒロノリ様は――』

 

 俺は首を振る。


 『残念ながら亡くなっていたよ』

 『そう、か……。あれ程の激戦。生き残れる筈もないか。眷属殿は今どこに?』

 『彼の墓を守っているよ』

 『あの方の墓が……。ヒロノリ様、うっ……』


 アブドーラは目頭を押さえてしばらく何かを堪える様に俯く。

 何だか感極まっているようだが、取りあえず事情の方は見えて来たな。


 『エルフを滅ぼしたいのはお前と逃げたもう一人と関係があるのかな?』

 

 悪いが泣くの一人の時にしてくれ。正直、見たくもない。

 俺は話を続けるべく質問をする。


 『その通りだ。共にヒロノリ様に育てられた兄弟にして今のエルフを統べる男。あの裏切り者を滅する為に俺は戦わねばなりません』


 アブドーラの反応は苛烈だった。

 歯を噛み締め、目は憎悪に燃え滾っている。


 ……裏切ね。


 何とも穏やかじゃないな。

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