第135話 「蹂躙」
冬が近づいたティアドラス山脈周辺は少し冷える。
もう少し経てば雪も降るだろう。
俺はサベージに跨って先へ進む。少し後ろにはトラストが控える様に歩いている。
ファティマは来たがったが仕事があるので泣く泣く諦めたらしい。
ちなみにサベージは連絡して三日でこっちまで来た。
どうも気力と体力を振り絞ったらしく、到着と同時に崩れ落ちて一日寝込んだが、こいつは何を必死になって急いできたんだ?
……まぁ、どうでもいいか。やる気があって結構。
目的地はティアドラス山脈に入って少し行った所にある拠点だ。
果樹園を抜けるとゾンビ化したトロールやオークが忙しそうに荷物の運搬をしていた。
どうでもいいが、気温が下がっているにも拘らずここの植物は元気に実をつけているが、どうなっているのだろうか?等とどうでもいい事を考えながら周囲の景色を懐かしむ。
……確かこの辺りは関所があったな。
泥とボロ布で変装して通ったのが随分と昔に感じる。
あの頃はまだ、身体操作も覚束なかった。
俺も変わった物だ。成長しているかは別として。
その関所も立て直され、今では立派な補給拠点となっていた。
俺と俺が連れて来た連中が拠点に入る。
中は食料や武器等が大量に集められていた。
よくもまぁ、これだけ集めた物だ。
ゾンビ共に混じって人間も居るが、連中はいつか俺が買った奴隷共だろう。
こちらを見ると恭しく挨拶をしたり傅いたりし始めた。
……そういうのいいから。
連れて来た連中に適当に武器を持たせた後、先へ進む。
前線の拠点までは制圧済みだったようで、特に問題なく進む事が出来た。
到着した拠点は石の壁に囲まれており、とても頑丈そうだ。
中に入ると、ゴーレムと完全武装の兵士が周囲を警戒しているのが見えた。
俺達の姿を見て何人かが近寄ってくる。
内、二人は他とは装備が違う。
片方は聖殿騎士の「白の鎧」、もう片方はいつかリックに貸した聖堂騎士の装備だ。
確か、アレックスとディランだったか。
「お待ちしておりました。話はファティマ様より伺っております」
俺は頷く。
「後ろに居るのが援軍ですか?」
「あぁ、こいつ等の性能を試したいので少し手を出させて貰う」
さて、初陣だ。
この手の戦いは初めてだが、上手くやれるだろうか?
なるようになるだろ。
日が沈み、夜の帳が落ちる。
そうなれば我等の時間だ。
俺――ゴブリン二等戦士のクウォックは口の端を吊り上げて笑う。
……愚かな人間どもめ、俺が来たからには今日こそ皆殺しにしてやる。
事の始まりは季節を二つほど遡った頃だ。
ある日、山を下りた先にある荒野が森に変わった。
何を言っているのかと自分でも思うが言葉通りいきなり変わったのだ。
森には様々な果物が実をつけ、俺達は降って湧いた恵みに喜ぶ。
俺達ゴブリンはとにかく数が多い。
数が多いと言う事はそれだけ食う奴が多いと言う事だ。
食料は当然、奪い合いになる。
だからこそ定期的に得られる食料は何にも勝る大事な物だ。
食った奴の話では想像を絶する美味さらしい。
――だが、その森は毒を持っていた。
草木が襲いかかってくるのだ。
あの森の恐ろしさはそれだけに留まらない。
森は死んだ仲間を生き返して使役するのだ。
俺も話にしか聞いて居ないが、悪夢のような光景だったと見た奴は言った。
少し前まで仲間だった奴が体中から草を生やして襲いかかって来るのだと。
そいつはおかしくなって味方に襲いかかるようになったので処分された。
それ以降、俺達は森へ手を出せなくなってしまう。
危険だからだ。
だが、俺達が手を引くと同時に死んだ仲間達を率いて人間共がこちらに侵略を始めた。
あの森は人間共が仕掛けた罠だったのだ!
人間共は俺達だけではなくトロールやオーク達にも攻撃を仕掛けていたらしく、この山脈に住む全ての種族共通の敵となった。
だが、人間共の攻勢は凄まじく、少しずつではあるが押され始めている。
そこで俺達、等級持ちの出番だ。
二等戦士が十に三等が四十、等級なしが百五十。
その全てをこの俺、クウォックが率いているのだ。
ここの連中を皆殺しにすれば王からの覚えもめでたくなり、俺は1等になるかもしれない。
一等戦士。このシュドラスの中で最上位の戦士。
自分の成功を想像して笑みが漏れる。
そうなれば金も飯も女も思いのままよ。
でかい家を得て、エルフの女を飼う生活。
考えただけで漲ってくるモノがある。
現在地は奴等の拠点を見下ろせる丘の上だ。
人間は暗いと前が見えない劣った種族なので、火を灯して明るくしないと夜は動けない。
だが、夜目が効く俺達からすれば良い目印だ。
襲って下さいと言っているような物じゃないか。
だが、油断をしてはいけない。
正面から当たれば苦しい戦いになってしまう。
奴等には甦った仲間やトロール、オークに加えて鉄でできた巨人が居る。
数こそ少ないが並の攻撃では傷すらつかない難敵だ。
しかし、俺は知って居るぞ。
あの巨人はお前達が使役している事を。
なら操っている者を殺してしまえばアレはただの鉄の塊だ。
今まで返り討ちに遭った連中には油断があった。
だが、俺は違う。
もう少しすれば雲が月を覆い隠し真の闇がお前達を包む。
その時こそお前達の最期だ。
部下たちもその時を今か今かと待ち構えている。
そろそろ時間が――。
不意に俺の耳が近づいて来る複数の足音を捉えた。
目を凝らすとこちらに近づいて来る影が複数確認できる。
数は五十ぐらいか。
俺は嗤う。
馬鹿な奴らだ。わざわざ殺されに来るとは。
人間共は我等を侮っている。そこを突き、まずはこいつ等を血祭りに――。
「ギャ!?」
傍で控えていた部下が悲鳴を上げる。
何事かと隣を見ると部下は額に手斧を食いこませ、絶命していた。
この距離で俺達に気づいた!?
視線を戻すと敵は既に俺達の近くまで来ている。
馬鹿な!?早すぎる!
俺は慌てて部下たちに命令を下す。
「殺せ!」
それは先頭の敵が俺達が固まっている中に飛び込んできたのと同時だった。
あちこちで悲鳴が上がる。
いったい何が……。
連中は俺達が見えていないはずなのに何故?
疑問は尽きないが今は敵を殺す時だ。
俺は腕に付けていたカタールを握り刃を展開。
手近な敵に襲いかかる。
敵は俺の攻撃を剣で容易く弾くと後ろに跳ぶ。動きが軽い、本当に人間か!?
そいつ等は俺の目の前にその姿を露わにする。
それは異様な姿だった。
形こそ人間だったが、頭は獣、足は黒く赤い筋のような物が薄く光っている。
上半身は裸で下半身には最低限の防具しか身に着けていない。
腰には短い手斧がいくつかぶら下がっている。
何だこいつは、人間――なのか?
驚きはしたが俺に油断はない俺は一等戦士にな――。
そいつの目が妖しく光ったように見えた瞬間、俺の視界が闇一色に染まる。
……見え――。
瞬間、小さく風を切る音と首をなぞられる感触、頬に感じる風と地面の感触を最後に俺の意識は真なる闇へと飲まれた。
シュリガーラの実力は大した物だった。
高い嗅覚で獲物を見つけるとすぐさま襲いかかり、後は蹂躙だ。
数倍の物量差を物ともせずにあっさりと皆殺しにした。
……他の連中の出番がなかったな。
まぁ、まだまだ獲物は居るだろうし、活躍の機会はあるだろう。
そんな事を考えている傍から行った連中が戻って来た。
ライリーを先頭に彼の元手下のシュリガーラ達が数名だ。
「ガウ」
ライリーは小さく吠えてその場に跪き、他もそれに倣う。
「ご苦労さん」
「ガウ」
俺が労うと謙遜するように首を振って、持ってきたゴブリンの首を恭しく差し出してくる。
獣の顔なので表情は分かり辛いがゴブリン共を殺しまくってご満悦のようで、笑みの形に口の端がつり上がっているのが分かった。
「等級持ちの首で間違いないか?」
「ガウ」
「そうか。所で他はどうした?」
「ガウガウ」
「装備の剥ぎ取り?あぁ、なるほど。なら剥ぎ取った物は一纏めにしておいてくれ」
「ガウガウ?」
「死体の回収?死体の処理は死体にやらせればいい。お前達は戻って休め。食事も用意してある」
「ガウ」
<交信>があるから別に言葉を喋れなくても意思の疎通ができるのは良いな。
ライリーは部下にガウガウと何やら囁いた後、俺に頭を下げてその場を離れた。
さて、連中が回収して来た生首から情報を抜くとするか。
生首から適当に記憶を抜いてゴブリン側の情報を集める。
尋問する手間がかからないから楽でいいな。
えーと、やはりゴブリンはオークにトロール、後はドワーフと手を組んだのか。
お陰で連中の装備も随分と質が上がっているようだ。
足並みも――まぁ、連中にしては揃っている方だな。
だが、相変わらずゴブリンはエルフの森攻略に主力を割いているので、出てくる連中の質は低い。
等級持ちも最近になってやっとチラホラ出て来たぐらいだしな。
この様子だと、ゴブリンは後にした方が良いかもしれんな。
先にオークとトロールを片付けて、ドワーフの処理だ。
拠点の出入り口を見るとライリーが、植物ゾンビを引き連れて死体の回収に向かう所だった。
それと入れ替わりに装備品や魔法道具を大量に抱えたシュリガーラ達が戻って来る。
空いている場所に戦利品を積み上げ、元奴隷の使用人達がすぐさまチェックしてリスト化を始めた。
何と言うか、役割分担がきっちりしているので俺……何か身の置き場がないな。
……やれる事を探すか。
俺は当てもなく拠点を見て回る事にした。
まず、周囲の石壁の外にゴーレムが2体。
五メートルクラスの鉄製ゴーレムだ。
胴体に樽のような物がいくつか埋まっているのが見える。
あぁ、いつかの
他には物資の集積場、食料の配給所、物見櫓まである。
ちなみに配給所ではシュリガーラが列を作って餌を配られるのを待っていた。
最後に死体のリサイクル場。
並んでいる死体に奴隷達が種を植えて植物ゾンビに作り変えていた。
起き上がったゾンビ達はのそのそと動き回ると奴隷の指示に従って割り振られた場所へ散っていく。
「こちらでしたかロートフェルト様」
声をかけて来たのは聖堂騎士装備のディランだ。
脱いだ兜を小脇に抱えている。
「どうした?」
「急かすようで申し訳ないのですが、敵の情報で有益な物があれば提供して頂きたいのです」
「あぁ、ちょうどいい。ここの責任者はお前だったな?」
「その通りです」
「色々分かった事もあるので、明日以降の動きを相談したい」
「了解です。では、仮設ではありますが小屋を建てております、話はそちらで」
「分かった」
俺はディランに付いて行きながら明日以降の動きについてどう動くかなと考えながら明日の戦いに思いを馳せた。
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