第134話 「模索」

 「辺獄ですか?」

 「あぁ、そこであった聖堂騎士の言葉を信じるならそう呼ばれている場所らしい」


 魔法に巻き込まれる前に聞こえた鐘の音に始まり、気が付けば荒野に居た事、そこで会った聖堂騎士に聞いた話、暗くなると同時に変化した風景、橋と靄がかかった谷。

 そして気が付けばオラトリアムに居た事を話して締めた。


 「随分と変わった場所に飛ばされたようですね」

 「全くだ。何度も行きたい場所ではないが、橋の向こうは気になるから機会があればまた見てみたい物だ」

 「私としては連絡の取れない所へは余り行ってほしくないのですが…」


 そう言ってファティマは困ったように苦笑。

 

 「取りあえず、俺が見聞きした物はそれで全部だ」


 アレに関しては思い出したくもないので省いた。

 さて、俺の話は終わりだ。

 今度はこっちの番だな。


 「こっちも聞きたい事がある。随分と領内が様変わりしたみたいだが、その辺りの説明をしてくれ」

 

 ファティマは俺の質問に随分と嬉しそうに答えてくれた。

 まず、財政に関しては俺が押し付けた種を発芽させたお陰で持ち直すどころか黒字を叩きだしているらしい。

 その成果がさっきの果樹園か。


 複数の種類の果物を大量にぶら下げていた木々とも蔦とも取れる物を思い出す。

 それにあの味だ。さぞかしよく売れた事だろう。

 売った果物の収益でこんな屋敷まで建てられたんだ。かなり儲かっているんだろうな。


 果樹園の規模はオラトリアムからライアードの北に広がる荒野全域と言う冗談みたいな広さだ。

 それだけの規模にも拘わらず、人件費はほぼゼロというコストパフォーマンスの良さ。

 何故かと言うと果物の匂いに釣られて盗みに入ったゴブリンやオーク、トロール等の連中が捕まった上に体を乗っ取られた後、収穫などの作業に従事しているので、何もしなくても労働力が増えると言う手間いらず。使えなくなれば肥料と無駄もないと。


 要は売る前までの工程は完全に自動化していると言う事か。

 これは凄い。

 出費がほとんどないから簡単に黒字になる訳だ。


 「……で、今は金が溜まったから領地に手を入れているのか?」

 「いえ、今やっている事は領地の拡大です」

 「……何?」


 拡大?

 決められたエリアが領地なのにそれを広げるって隣の領でも攻め――。

 あー。そう言えば誰の物でもない土地があったな。


 「ティアドラス山脈か」

 「その通りです。現在、ティアドラスの攻略に着手しております」


 なんとまぁ。

 そこまでやるとは思っていなかったぞ。


 「戦況は?」


 質問をぶつけるとファティマの表情が僅かに曇る。


 「思わしくありません」

 「……まぁ、そうだろうな」


 地の利は相手にある上に険しい山道だ。

 加えて道が狭いので大規模な行軍に向かない。

 単身で乗り込むならともかく、軍勢で攻めるには少し難しいだろう。


 だが、そうか。

 ティアドラスを攻めているのか。

 それは好都合だ。少しやりたい事も出来たし、これはいいタイミングで来れたな。


 「ファティマ。少し頼みがある」


 そう言うとファティマは勢い良く顔を上げる。


 「何でしょう?何なりとお申し付けください!あ、分かりました!夜伽ですね!私の方は準備はでき――あうっ」

 

 俺は無言でファティマの額を指で弾いた。

 額を抑えて思いっきり仰け反っているのを無視して話を続ける。


 「まず、実験で使いたいので生きている人間――できれば殺しても後腐れがない者が良い」

 「数は?」

 「最低で十人。増える分にはいくらでもいい。それと、汚れても問題のない広い部屋を貸してくれ」

 「貸すだなんて他人行儀な。この地はロートフェルト様の物、ただ用意しろと命じてくださるだけで充分です」


 微笑みつつファティマが立ち上がる。


 「材料ならちょうど確保してある物があります」


 



 案内された場所は屋敷の庭に建っている建物だ。

 傍から見れば倉庫か何かに見えるが中は牢獄だった。

 ガラの悪いチンピラみたいな連中が牢屋にぶち込まれて居る。

 

 連中は俺達の姿を見ると、口々に「出しやがれ」だの「殺すぞ」等と喚き始めた。

 

 「こいつら何?」

 「屋敷に盗みに入った塵ですね。種を植え付けて果樹園で働かせるか、潰して肥料にする予定でした」


 ふーん。

 活きもいいし使えそうだな。

 俺は牢屋に近寄り、良さそうな材料を探す。


 「お前が良い。そこの奴、ちょっとこっち来い」


 俺が声をかけると牢の一つから男が一人こちらに寄って来た。

 身長は百八十後半と高い。

 筋肉もしっかりついており、よく鍛えられている。

 

 「名前は?」

 「……」 

 

 格子の向こうから唾を吐きかけて来た。

 俺は首を傾けて躱す。

 そうか、答えたくないか。

 

 俺は格子の隙間から手を突っ込んで口の辺りを掴む。


 「!?」


 男は俺の手を引き剥がそうとするが叶わない。

 さて、まずは記憶を見せて貰おうか。

 えっと名前は?


 「ライリーか」


 目の前の男――ライリーが目を見開く。


 「さて、ライリー。君にはちょっと人体実験に協力してもらいたいんだ。拒否権はないけどな」


 さて、喜んで実験を受けられるようにおくすり入れときますねー。

 ライリーはビクビクと痙攣して動きを止めた。

 大体、四十秒ぐらいか?我ながら、上達したものだ。


 ファティマに牢を開けさせてライリーを出す。

 ライリーは無言で牢から出る。

 表情は完全に抜け落ちており、俺が「行くぞ」と言うと黙って付いて来た。


 その光景を見た喚き散らしていた連中は絶句。

 何人かが「お頭?大丈夫ですか?」と声をかけていたがライリーは反応しない。

 俺は残った連中を一瞥。


 「あぁ、次は君達の誰かになるから出たい人は早めに名乗り出てくれ」


 そう言い残してファティマに案内され牢の奥へ向かう。

 階段を下りて地下へ向かう。

 降りた先は大量の拷問器具と手術台のような物がいくつか並んでいる。


 拷問部屋か。

 ファティマの方を振り返る。


 「賊の背後関係を調べる必要がありますので」


 なるほど。


 「ここならいくら汚しても問題ありません。ご自由にお使いください」

 「あぁ、助かる。ライリーそこのベッドに横になれ」


 ライリーは頷くと手術台に横になる。

 さーて、始めるか。







 一通り作業を済ませ、良い時間になったので食事を取る事にした。


 「所で下で行っていた実験の詳細を伺っても?」

 「まぁ、最適化の模索といった所だ」

 

 ファティマが首を傾げているのを尻目に俺は食事を続ける。

 場所は変わって屋敷の食堂。

 俺は目の前の食事に舌鼓を打つ。


 色々試してみたが、やはりシンプルが一番だ。

 取りあえず強そうなパーツを継ぎ接ぎしただけでは、どこかで頭打ちになる。

 必要なのは最適な形。そう最適だ。


 まだまだ完成は見えていないが、とっかかりは掴んだ。

 続けていけば色々と見えてくるだろう。

 陸はこれでいいが、後は空なんだがどう作った物か…。


 「ところでロートフェルト様」

 「何だ?」

 「ハイディ様はどうしましょうか?よろしければ私の方から無事をお伝えしようかと思いますが?」


 ハイディ?

 あー……すっかり忘れていた。

 そう言えばサベージも向こうに置きっぱなしか。


 あいつなら交信で様子を聞けるじゃないか。

 試しにやってみるとゼイゼイと荒い息遣いが返って来た。

 何やってんだこいつ。


 ハイディはどうした?と聞くと、知らんと返された。


 ……何?


 お前、王都に居るんじゃないのか?

 何処に居るのかと聞くと、呆れた事にこちらに向かっていると言うのだ。

 現在はメドリームで数日でこっちに合流できるらしい。


 事情を尋ねると、俺が居なくなってから必死に王都内を探し回ったが見つからなかったので、いったんオラトリアムに戻ってファティマの指示を仰ぎに向かっている途中だったそうだ。

 俺はそのままこっちに合流しろと伝えて交信を切った。


 サベージは何か言って欲しそうな気配を漂わせていたが無視した。

 まぁ、都合がいいか。

 これで、新しく乗り物を作る手間をかけずに済む。


 サベージはあれで中々使える。

 今後も役に立つだろう。

 ハイディに関しては――ふむ。別にどうでもいいな。


 付いて来る事は許したが、面倒を見てやる義理も現状を報告する義務もない。

 最近は、一人で色々やっているようだったしその調子で頑張ってくれ。


 「ファティマ」

 「はい」

 「ハイディには何も言わなくていい。あいつはあいつで勝手にやるだろう」

 「……分かりました。では彼女に関しては放置と言う事で」

 「そうしてくれ」


 目の前の料理を平らげて席を立つ。

 

 「あぁ後、ティアドラスの攻略に俺も出る事にしたからそのつもりで頼む」

 「……え?はい。それは問題ありませんが……よろしいのですか?」


 ファティマは珍しく目を丸くして驚いている。

 

 「構わない。山脈の向こうにあるエルフの領域に興味がある。通るにあたってゴブリン共は邪魔だからな。いくつか試しておきたい事もあるから陣頭に立つ気は無いが少しだけ手を出させてくれ」

 「ありがとうございます!ロートフェルト様!」


 何故かファティマは感極まったように拳を握りしめて何度も頷く。

 

 「まずは戦力を増やす。それまでは下手に攻めずに戦線の維持に注力してくれ」

 「分かりました。どれほど保たせればよろしいでしょうか?」

 「取りあえず、十日程時間をくれ。作った連中もある程度は訓練させておきたい」

 

 ファティマは頷いて部屋から出て行くと手を耳に当てて何やら話し始めた。

 どうやら前線と連絡を取っているようだ。

 俺も部屋を出る。


 さて、もう少しやってみるとするか。

 訓練はトラストにやらせて、訓練が必要ない連中はちょっと詰める必要があるな。後は……。

 俺は頭の中で作業工程を整理しながら、さっきの拷問部屋へと向かった。


 部屋に戻ると処置を終えたばかりのライリーが座っている。

 姿は随分と変わっており、頭部は狼に似た獣の物になり全体的に少し筋肉質になった。

 目は盲目の魔眼、足はダーザインの女が使っていた高速で動ける物を付けた。


 やはり人の形は余り弄らない方が良いかもしれんな。

 最初は完全な四つ足歩行にしたり、触手を付けたりしたがどうにもバランスが悪い。

 結局、この形に落ち着いた。


 他の連中もこの――そうだな、名前を付けよう。

 ウェアウルフ――は実際に居るらしいし、こいつは少し趣が違うから差別化の意味でも違う名前にすべきだろう。


 ……えーと、シュリガーラでいいか。

 

 ちなみに名前の由来は狡猾な獣。

 狐かジャッカルの事の――はず。どっちだっけ?

 腐肉を漁って悦に浸る畜生だ。腐肉から生まれたような物だし構わんだろう。

 細かい設定や元ネタの知識が中途半端なのは俺のオタク知識クオリティだ。

 

 ……それにしても、名前を付けるのは良いかもしれない。


 イメージしやすい。

 他の連中もシュリガーラに作り変えるとしよう。

 その前にライリーに性能テストして貰うとするか。


 一通り動かして問題点を洗い出した後、調整をかけて完成かな?

 まぁ、たたき台としてはこんな物だろう。

 トラストと戦わせて問題がなければ次だな。


 忙しいが、たまにはこう言うのも悪くない。

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