第133話 「帰還」

 何と言うか主人公気取りの痛々しい奴だったな。

 異世界来て力があるからって何でも思い通りになる訳ないだろうが。

 さーて、忌々しい奴も片付けたし出口を探すとするか。

 

 ……後は、消耗の補填だな。


 体を人型に戻した後、吹っ飛んだコートと剥ぎ取ったズボンを身に着けて仕切り直しだ。

 再び歩き出した所までは良かったが、俺は一体どこへ行けばいいのやら。

 相変わらずゾンビ共は定期的に襲ってくる。


 今に限っては好都合だ。

 喰らって足しにしよう。

 ゾンビはうざったいが吸収する分には中々いい相手だ。


 いい感じに回復する。

 歩くぐらいしかやる事がないので合間にぼんやりと色々考えていた。

 戻った時にどうするか、自分の存在について、後はさっきの戦闘の反省点や改善点等。


 一通りやった後は、もうどうでもいい事しか考える事がなくなった。

 


 ――俺は一体何なんだろう?


 最も俺の脳裏を占めたのはそんな考えだった。

 自分の存在が揺らぐ事はないが、自分と言う存在が何処から来たのかは気になる。

 俺は日本で生まれてつまらない負け犬人生を送り、最後に首を吊った。 


 細部はあやふやだが、大抵の事は思い出せ――いや、この場合は知っていると言うべきか。

 小学生より前の記憶は怪しいが、負け犬ロードのスタートラインである小学一年生以降は割と鮮明だ。

 いじめが始まった切っ掛けすら思い出せる。


 本当に運がなかったとしか言えない始まりだ。

 からかわれてそれをうまく跳ね返せなかった。

 たったそれだけで、四半世紀近くの人生から彩りが消え失せて苦痛になる。


 周囲の人間にも恵まれずに結局、自宅の庭にぶら下がっておしまい。

 その頃になると終始口の中で他人を罵って悦に浸るゴミの出来上がりだ。

 あぁなると死んだほうがましだとさえ思えるから不思議だよ。


 やはり、思い返した屈辱感や怒りも今は遠い。

 他人事の様にしか感じられないか。

 これが後々、嫌な感じで影響を及ぼしそうで不安だ。


 ……まぁ、いいさ。


 他人事に感じるなら他人事じゃない自分の記憶を積み上げればいいだけの話だ。

 そうすれば胸にこびりつく僅かな寂寥感も消えてくれるだろう。

 前向きにそう考えて、俺は歩き続けた。






 ――どれぐらい時間が経っただろうか?


 ゾンビ御一行の襲撃が五百を超えた辺りで、周囲に変化があった。

 薄暗くなってきたのだ。

 やっと日が暮れて来たか。


 時間かかり過ぎだろ。

 体感的には十日ぐらいか?麻痺してしまって何とも言えん。

 暗くなるにつれて周りも荒野から変化していた。


 木がポツポツと生えているのが見え、足元は短い草が生い茂っている。

 そこでふと立ち止まって後ろを振り返ると、さっきまでの荒野は消え失せて目の前と同じ光景が何処までも続く。


 「何なんだ一体――」


 思わず呟く。

 訳が分からないのは気持ち悪いが、珍しい物が見れたと前向きに考えよう。

 進むにつれて暗くなり、完全に夜になった。

 

 ……おや。


 そこで気が付いた。

 ゾンビが出て来ない。

 ここ数時間ですっかり顔を出さなくなったな。


 まぁいい。

 充分に回復したし、いちいち仕留めるのも面倒だ。

 来ないならそれでいい。


 ……でもそろそろ環境に変化が欲しいところだ。


 黙々と歩くのは苦じゃないが、飽きがくる。

 何か変化がないかなーとか考えていると、遠くに何かが見えて来た。

 近づくにつれて段々、はっきりとその姿が見えて来る。


 「橋?」


 橋だった。

 横幅は広く、大体だが十メートル前後と言った所か。

 吊り橋ではなく土台のしっかりした橋だ。

 薄暗い所為かは何とも言えないが向こう側は見えない。


 渡る前に近寄って下を覗いてみる。

 霧のような物が漂っており、下が全く見えない。

 ふむ。


 俺は近くの木を引っこ抜いて投げ落としてみた。

 耳を澄ます。

 しばらく待ったが地面に当たった音がしない。


 ……底なしと考えた方が良さそうだ。


 割とどうでもいい確認作業を終えた俺は橋を渡ろうと踏み出しかけて――足を止める。

 

 ……?


 嫌な感じがする。

 足をかけると戻れない。

 確信に近い予感がある。


 片足を上げたまま悩む。

 多分、ここはかなり重要な場面のような気がする。

 行ったら戻れない。


 戻る?

 その思考を鼻で笑う。

 果たして俺に戻るような場所はあるのだろうか?


 なら、行ってもいいんじゃないか?

 そう考えたが、まぁ待てと気持ちを落ち着ける。

 

 行く場合は簡単だ。足を下せばいい。

 行かない場合は理由が要るな。

 理由、理由――何か引っかかるんだよなぁ。


 何だろう?

 ぼーっと考えてふとある事がふわっと頭に浮かぶ。

 そう言えば、まだ見てない所があったな。

 

 王都もちゃんと見てないし、南の方もまだ回ってない。

 それに――あぁ、そう言えばシュドラス山の向こうにあるエルフの国とやらを見てなかった。

  

 ……そうだな。橋は次の機会にでも渡るとするか。


 足を引っ込めて一歩下がる。

 

 「おや?」


 いつの間にかまた周囲の風景が変わっていた。

 いきなり明るくなって目を細める。

 

 ……今度は何だ。


 目の前の橋は消え失せて――畑?……と言うか果樹園? 

 背の低い木が所狭しと生えており、大小様々な果物をぶら下げていた。

 緑の匂いと果物特有の甘い匂いが風に乗って鼻腔をくすぐる。


 空を見ると太陽は真上に位置しており、時間は――昼間ぐらいか?

 夜から昼とはこれまた唐突な。

 

 ……と言うかここは何処だ?


 周囲は同じ様な果物の生っている木が視界一杯に広がる。

 よく見るとおかしいぞ、この植物。

 何でリンゴと一緒にブドウが生っているんだ?


 突っ込み所は多いがまずは現状の確認をしよう。

 遠くを見ると、巨大な山が連な――って何か見た事あるぞあの山。

 直ぐに思い出した。


 シュドラス山とそれを擁するティアドラス山脈だ。


 ……と言う事はここはオラトリアム?


 山と自分の位置から考えるとここは俺がこっちに落ちて来たばかりの場所の近くか?

 はて、ここは荒野だったはずだが……。

 

 周囲に気配を感じて思考を打ち切り身構える。

 この辺りならゴブリンかオーク、トロールって所か?

 気配の主は草をかき分けて現れた。


 出て来たのはゴブリンだ。しかもゾロゾロ出て来た。

 ただ、様子がおかしい。

 顔は蔦や茨で覆われており、ゴブリン特有のでかい目からは花が咲いていた。


 何こいつら?

 ちょっと前にも見た、植物ゾンビじゃないか。

 何でこいつ等こんな所に居るんだ?


 ゾンビ共は何故か籠や鎌等の農具を持っている。

 籠には果物が詰め込まれており、収穫中だったようだ。

 ゴブリンゾンビ共は荷物を下ろすと一斉に跪き始めた。


 ……んん?


 こいつら何やってるの?

 口が聞けるとも思えないのでどうしたものかと考えたが、よく考えるとここがオラトリアムならファティマに声をかければいいじゃないか。


 ――ファティマ。


 ――っ!?ロートフェルト様!!ご無事でしたか!?


 何故か狼狽したような声が返って来た。

 

 ――どうした?


 ――どうしたではありません!全く連絡が取れずに何があったのか心配しました。


 ファティマの話によれば、少し前から俺と全く連絡が取れずにかなり焦っていたようだ。

 

 ―― 一体何があったのですか?いえ、そんな事よりも今は何処に…。


 ――オラトリアムだ。俺も今一つ状況が呑み込めん、事情は直接会って話す。


 ――オラトリアムに来ているのですか?……分かりました。迎えをやります。今はどちらに?


 俺は大雑把な現在地を伝えて会話を終える。

 迎えが来るまでその場で待っていたが、その間に何故か植物ゾンビ共が椅子を持ってきたり、水をくれたりと持て成されたので、中々快適な待ち時間だった。


 迎えはトロールの植物ゾンビが数体だった。

 ゴロゴロと車輪の音が聞こえたので気にはなっていたが、なんと屋根付きの人力車を引いている。

 手近に居たトロールが「荷物を預かります」とばかりに手を差し出してくるので、クラブ・モンスターを預けて人力車に乗り込むとゆっくりとトロールに引かれて進んで行く。


 久しぶりに見たオラトリアムは随分と様変わりしていた。

 荒野は緑一色の広大な果樹園と化し、通りやすいよう道まで作られており、しっかり固められた道をゴブリンやトロール、オーク等の植物ゾンビが収穫、運搬したりしている。


 ファティマはいつかの種を有効に活用しているようだ。

 正直、存在自体忘れかけていたが、役に立っているようで何より。

 どこから引いているのか水路のような物もあり、本当にあの寂れたオラトリアムか?と疑いたくなるぐらいの繁栄ぶりだ。


 しばらく景色を楽しんでいると領主の屋敷が見え――おい、何だあれは。

 俺の知って居る屋敷と違うぞ。

 どう見ても倍じゃ効かないくらいにでかくなっている。


 ちょっとした城でも通用するでかさだ。

 屋敷に合わせたでかさの門扉を通り中へ入る。

 中ではファティマとトラストが出迎えに来ていた。


 「お久しぶりですロートフェルト様」


 ファティマは満面の笑みで迎え、対照的にトラストは小さく頭を下げた。

 俺は頷いて人力車を下り、預けていたクラブ・モンスターを受け取る。

 送り届けてくれた連中は一礼して畑へ戻って行った。


 「色々気になる事もあるが先に話を済ませる」

 「分かりました。立ち話も何ですし中で話をしましょう」

 

 通された屋敷の中も高そうな絨毯や調度品で飾られており、俺が出て行く前とは完全に別物だ。

 そこでふと思い出した。

 屋敷ってこの位置だったか?もっと南寄りの場所にあったような…。


 「ここは新たに建てた屋敷です。私達は「新館」と呼んでおります」


 ファティマは俺の思考を読んだかのように説明を入れる。

 こいつ俺の思考を読んでるんじゃないだろうな?


 「古い方はどうした?」

 「今は使用人の住居として使用しております」


 あぁ、いつか買った奴隷連中に充てがったのか。


 「話もいいですが、まずは少し休まれてはいかがですか?」


 ファティマがそう言うといつの間にか、わらわらと集まって来た使用人に武器とコートを奪われ、あれよあれよと言う内に風呂に入れられ高そうな服を着せられ、気が付けば高そうなソファにもたれかかって、これまたいつの間にか用意されたフルーツを摘まんでいた。

 

 さっきから何の気なしにバクバク食ってたが美味いなこれ。

 リンゴ――じゃなくてプミラだったか。

 記憶にある味と随分違う。


 さっき入った風呂も広く高そうな彫像が立ち並び、ライオンっぽい生き物の像が口から湯を吐き出している。

 服や装備も掃除とメンテナンスしてくれるそうで、至れり尽くせりだな。


 ……たまにはこう言うのもいいかもな。


 何だかんだで手厚く世話されるのも悪い気はしない。

 そんな事を考えていると、ファティマが部屋に入って来た。


 「もう少しで食事の準備ができます。その前に話を済ませてしまいましょうか」

 「分かった。さて、何から話したものか……」

 「では、私の方から話をしましょう。王都で起こった話です」

 「あぁ、確か国が大掛かりな魔法を使うって話だったな。俺は当時そこに居たはずなんだがな」

 「ええ、その通りです。ウルスラグナは王都内に潜伏したダーザイン殲滅の為、グノーシスと協力して討伐隊を編成、これに当たりましたが予想外の反撃を受けて苦戦。王は苦渋の選択で最近、実用化に成功した大魔法で王都の一角ごと吹き飛ばす事にしたそうです」


 随分と都合よく捻じ曲げられたな。

 思わず苦笑。


 「結果、ダーザインの殲滅に成功。効果範囲内は綺麗に更地になったとか」


 何とまぁ、ヴェルテクスの奴が逃げろと警告する訳だ。


 「その知らせを聞いた私は直ぐに連絡を取ろうしましたが何故か繋がらず、心配で夜も眠れませんでした」


 目に薄っすら涙を溜めている。 

 何故だろう。心にちっとも響かない。

 ファティマがやると計算に見えるから不思議だ。


 「なるほど。話は分かった。で?あれからどれぐらい時間が経った?」

 「例の事件から三十日ぐらいです」


 一ヶ月か。

 随分と長い事歩き回っていた――いや、もしかしたら向こうとこっちは時間の流れが違うのかもしれんな。

 

 「それで、ロートフェルト様は今までどこで何をしておられたのですか?」


 一通り話し終えたと判断したファティマが逆に質問してくる。

 俺は少し考える。


 「さっきも言ったが俺自身、今一つ理解できてないから起きた事をそのまま話すぞ」

  

 ファティマが頷くのを見てから俺はゆっくりと話し始めた。

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