第136話 「翼獣」
俺が作った魔物は三種類。
汎用型のシュリガーラと残り二種。
内、片方は航空戦力として用意したのだが――。
……これは酷い。
目の前に見えるオークの集落が凄い事になっていた。
オークたちは必死で抵抗しているが、次々と数を減らしている。
空中で猛威を振るっている者達が見えた。
特徴的な嘴と翼。
フォルムは恐竜のプテラノドンに近く、全長は八~十メートル。
翼を広げるともっと大きく見えるだろう。
表面は黒く細かい鱗のような物に覆われている。
加えて、左右に各二つの眼球を備えており視野がかなり広い。
胴体に魔法を使用する為の脳を備えているので、ある程度の魔法は使用可能。
名称はコンガマトーとした。由来はアフリカの辺りに現れた翼竜に似た未確認生物。
用意した数は二十。こいつは中々難産だった。
作ったのはいいが何故かほとんど飛べなかったのだ。
製作途中に航空力学と言う単語が頭に浮かんだが言葉としてしか知らん俺に応用なんてできる訳もなく、最終的に飛びはしたがかなりの力技になってしまった。
……魔法とはかくも偉大だ。
要するに連中は翼と併用して<飛行>を使って飛んでいるのだ。
あくまで翼は補助でメインは魔法という生物としてはあるまじき歪さだが飛んだしまぁいいかとそのまま完成させた。
その成果が目の前の惨状だが、手間をかけただけあってその性能は素晴らしい。
俺の見ている先で、一部が急降下してオークを足で捕まえた後、急上昇してオークを投げ捨てているのが見える。
えげつないな。
下は固い地面だから大抵の奴は即死するし、運よく生き残っても戦闘続行は難しい。
他の個体は、魔法による絨毯爆撃を敢行。
これも酷い。
魔法は<火球>だが、空からドカドカと爆撃を繰り返している。
オークで魔法を使える奴はほとんど居らず、防御するだけで精一杯だ。
戦闘は完全に一方的な展開になっている。
隣を見るとライリー達、シュリガーラが退屈そうに戦場を眺めているのが見えた。
ディランは「俺の苦労は一体……」と呟いていたが、文句はファティマに言ってくれ。
俺は知らん。
この調子なら一時間もせん内に片付くか。
ここはオークの集落だ。
連中、俺達がここまで攻め上がって来るとは思っていなかったらしい。
コンガマトーの奇襲を喰らってから立て直すのに随分と時間を喰っていたし、少し危機感が足りないんじゃないか?
トロールの集落はかなり離れているので後にして、オークの処理を終えたらドワーフだな。
連中を抑えれば、武器の供給も止まるし、かなり楽になる筈だ。
とは言っても、この辺り一帯はオークの領域だ。
連中はこのティアドラス山脈に根を張って、比較的日が浅い。
……まぁ、何十年って単位ではあるがな。
だから連中の領域が一番、浅い場所にある。
そうなると必然、最初に襲う場所はここになる訳だ。
集落はまだまだ腐るほどあるし、上位のオークもまだ出て来ていない。
基本、トロール程じゃないがあいつらはアホだ。
……がタフネスとパワーは相当の物だし使えそうな奴は生き返して使えばいい。
大物が出てくるまでしばらくは、簡単な殲滅作業になりそうだ。
楽な物だ。
俺は適当に記憶を抜いて敵の配置とこの辺の地形を喋るだけでいい。
後はディランとアレックスが指揮を取って、シュリガーラや兵隊達にやらせるだけでいい。
尤も、俺に指揮なんて出来ないからやれと言われても無理だがな。
などと考えている間に終わったようだ。
オークの集落はあちこちから煙を立ち昇らせて、完全に沈黙していた。
最初はブホブホと五月蠅かったのにな。
植物ゾンビ共が戦後処理に向かうのを尻目に、ライリーの肩を叩く。
「次はお前達の番だ。連中を連れて行け」
そう言うと、ライリーは獰猛な笑みを浮かべる。
目はこれから起こるであろう殺戮への期待で爛々と輝く。
やはりこいつにしといてよかった。
元々、闘争心が強く、他者を痛めつける事を至高と断じる男だ。
こういった役割を振れば、嬉々として動くのは目に見えていた。
生前から配下だった連中も程度の差こそあれ似たような輩だ。
他者から奪う事に快楽を覚える人間。
そう言う人間は恐怖心の類を感じなくなれば強い。
結果が目の前のシュリガーラだ。
さて、次の標的は砦だ。
次は騎乗戦闘を見せてくれ。
オーク達が次々と支給された鎧や鎚で武装していく。
ここはオーク達が使用している地形を利用した砦だ。
山道の隘路を利用した天然の砦であり、数々の襲撃を長きに渡って撥ね退けた彼らの盾でもある。
オーク達は近くまで来ている敵を待ち構えていた。
最初に出くわしたゴブリン達の話では人間と言う話だったが、どうも毛色が違うようだ。
敵は死者を操るらしい、ゴブリンやトロールだけではなく自分達オークの死体まで使役していると言う話だ。
それを聞いて彼らの胸に湧き上がったのは怒りだ。
自分達の仲間に死して尚、望まぬ事をやらせる者共。
許すまじと彼等は激情を燃やす。
ゴブリン達の報告では放った斥候から連絡がないので直ぐにここに来るらしい。
彼等は各々の武器を強く握りしめる。
ドワーフ特製の品だ。
これがあれば卑劣な人間共がいくら来ようとも叩き潰せる。
この地形は彼らが戦うのにとても適していた。
切り立った壁面に挟まれた隘路。
しかもここ以外は、傾斜がきつく安全に通るのが難しい。
つまりは先に進みたければこの砦を正面から突破しなければならないのだ。
正面切っての戦闘はオークの得意とする所で、負ける事など考えられない。
さぁ、自分達に捻り潰されに来いと彼等はほくそ笑む。
その時は直ぐに訪れた。
見張りから報告の叫びが上がる。
オーク達は戦意を漲らせて雄たけびを上げた。
敵は――ゴブリンやトロール。そして同胞…だった者達。
彼等は体中から謎の草を生やして、虚ろ目で各々武器を手に進んでくる。
その姿を見て、彼等は更なる怒りを燃やす。
燃焼する憤怒は行動として発露。
突撃だ。
砦の門を開き、咆哮と共に走った。
彼等の足はそう速くないが、激突まで少し間がある。
オークの突撃に対して死者達は動かない。
距離が縮まる。
それでも動かない。
後少しで、間合いに入るという所で先頭のオーク達の首が飛んだ。
突然の出来事に後続の足が止まるが、先頭で何が起こったか見えなかった者達は止まれない。
結果、止まった者達を巻き込んで転倒。
そこでようやく全体が異変に気付いた。
先頭の者達の首を刈り取った者達の姿が見える。
オーク達は訝しむ。記憶にない形の生き物だからだ。
胴体は人間。だが、頭部は獣だった。
奇妙なのはそれだけではなく、彼等は何かに跨っている。
その跨っている物もまた異様。
形状は以前、荒野で狩っていたルプスと言う魔物に酷似しているが、大きさが違った。
どう見ても自分達と同等の大きさなのだ。
その毛色は闇を凝縮したように黒い。
両者とも目は赤く、不自然な程に爛々と輝いている。
オーク達に動揺が走るが、比較的冷静な物は訝しむ。
こいつ等は何処から現れたと。
それは偶然だった。
1体のオークがふと上を見上げ、声を上げる。
それに釣られて他もその視線を追うと…。
奴らが居た。
奴らが騎乗している獣は切り立った壁面に張り付いていた。
その瞬間に彼等は悟る。
目の前の死者達は囮だったと。
こちらが目の前に集中している間に壁面を走ってこちらを包囲していたのだ。
正面にいる獣頭が響き渡るような遠吠えを上げる。
包囲していた敵が一斉に上から襲い掛かって来た。
オーク達にとっての悪夢が始まる。
俺は空から戦場を俯瞰で眺めていた。
これもいい感じだな。
作成した三種類目の魔物は馬と同等サイズの狼だ。
名称はジェヴォーダンとした。
由来は地名だが、そこに出たとされる獣が元ネタだ。
前世は色々と物知らずで生きて来たが、未確認生物には妙に関心があったのでこの手の知識はそこそこ豊富だ。
……しばらくネーミングには困らなさそうだな。
さて、話が逸れたが下を眺めるとシュリガーラ達は上手い事ジェヴォーダンを使っているみたいだな。
ジェヴォーダンの最大の強みは移動する地形を選ばない事だ。
彼等は返しの付いた爪を自由に出し入れできるので、壁にも張り付く事が出来る。
爪を立てられるのならと言う条件が付くが、その気になれば連中は垂直の壁すら登る事が出来るだろう。
……とは言っても欠点はある。
乗り心地だ。
派手に揺れるので普通の人間なら数分で胃袋の中身と感動のご対面を果たす事になるが、それさえ克服できればかなりの行軍速度を叩きだせる。
単純な速度だけならサベージよりも上だからな。
正面にゾンビを囮として配置し、連中が突っ込んで来た所で左右の壁面から奇襲。
ライリー達は嬉々としてオーク達の首を刈り取っている。
武装もゴブリン達から奪った物に変えている奴もいた。
手斧で頭をカチ割っている者、槍で滅多刺しにしている者、分厚い青竜刀のような剣で片端から首を刈っている者――ってあれライリーじゃないか。
一人だけ微妙に装備が上等だからすぐに分かる。
この様子ならこちらも片付くまでそう時間はかからんか。
蹂躙されているオーク達を眺めても特に何も感じない。
以前ならこの手の光景を見ていると昏い愉悦のような物を仄かに感じていたが、それも消え失せた。
やはり原因はアレを排除した事か。
辺獄で処理した、あの思い出すのも忌々しい汚点の塊。
俺の内側から湧きだす不可解な感情の発露――その源泉はアレだったのだろう。
その結果が今の状況か。
この状況はどう解釈した物か……。
自分では普段通りのつもりだが、言動を振り返ってみると違和感を感じる。
感情が希薄なのは自覚していたが、辺獄から戻って来てから更に輪をかけて薄い。
向こうに居た時は話し相手が居なかったから自覚がなかったが、ファティマと会話してから少しだが違和感の正体が見えて来た。
決定的なのはファティマにハイディの話をされた時だ。
彼女に自分の無事を伝える事を――心底どうでもいいと切り捨てた。
判断基準は簡単で、面倒かそうではないかだ。
王都のハイディに伝えれば彼女はこっちに来ようとするだろう。
その間、俺はどうする?待つ?
冗談じゃない。
この後、エルフの森へ行こうと考えているのに待つなんて面倒だ。
なら、放置でいいだろう。
あいつも子供じゃないんだ勝手にやるだろ。
……という計算を瞬時に行い――。
俺の脳は満場一致で彼女を放置しようと言う結論を叩きだした。
結果が今の状況だ。
つまり俺はハイディにその程度の価値しか見いだせなくなってしまっている。
以前なら同行者として多少は気にしていたが、感情の源泉を失った結果、面倒かそうではないかで決めてしまっている。
今までもそう言う傾向はあったが、今回に限っては碌に悩みもしなかった。
どう考えても症状が悪化している。
俺は内心で溜息を吐く。
困った物だ。
消し飛ばしたのはそれなりに爽快だったが、消えたら消えたで弊害が出るとは居ても居なくても迷惑な奴だな。
気分が重い。
何も感じない事が不快だ。
その不快感は眼下で蹂躙されているオーク達を見ても晴れる事はなかった。
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