第128話 「信条」

 しばらく考えたアドルフォの出した答えは――。


 「パスク姉様の屋敷に戻ります」


 ――姉を信じる事だった。


 僕は頷く。

 どちらにせよ、パスクワーレの立ち位置は見極める必要はあるし、グリムの事は話しておく必要はある。

 彼女の屋敷に戻ろう。


 「ハイディ様はどう思われていますか?」


 屋敷に戻る途中、アドルフォは不意にそんな事を聞いて来た。


 「……どうって?」

 「誰がグリム兄様を殺めたかです。もしかしたらベン兄様を手にかけたのも……」

 「分からない。パスクワーレさんを信じるなら、やったのはエトーレさんで彼女はやる気になっていると言う事になるけど――ただ、話を聞く限り、彼女にあれだけの事をできる戦力をどう調達したのかが気になる」

 

 さっきまで回っていたエトーレのよく出入りしていた場所を見る限り、資金はあっても武力を融通できるようには見えなかった。

 その資金に関しても、彼女の浪費癖を考えると用意できたとは思えない。


 「はい、私もそう思います。エトーレ姉様がやったにしてもどうやってあれだけの事を……」

 「状況だけ見るなら、パスクワーレさんの仕業と言われた方がまだ自然だ」

 「……そうですね。国の騎士団にはそういう荒事や汚れ仕事を専門にしている者もいると聞きます。もし、パスク姉様がそう言った者達を動かしていたとしたらあの惨状も説明が付きます」


 アドルフォは「ですが」と付け加える。


 「私は姉様の言葉に嘘はないと信じたいのです!ですから……」

 

 僕は彼女の肩に手を置いて言葉を遮る。


 「そうだね。きっと大丈夫だよ」

 

 屋敷が見えて来た。

 門を守っている聖騎士に声をかけようかと近寄るが…。


 ……いない?


 出る時には居たはずの門番がいない。

 嫌な予感が背筋を這い上がってきた。

 僕は急いで門に駆け寄り中へ入る。


 すると――。


 悲鳴と何かが破砕されるような轟音。

 僕は急いで屋敷の中へ入る。

 これだけの事が起こっているのにも拘らず異変に気付かなかったのは魔法で音を遮断しているからだろう。


 中はグリムの屋敷と似たような状況になっていた。

 聖騎士達の死体と破壊されつくした調度品。

 更に轟音。


 壁を突き破って聖殿騎士――パスクワーレの近くに控えていた人だ――が吹き飛んで来た。

 彼は生きてはいたが鎧が破壊されており、腕が変な方向に曲がっている。

 どう見ても戦闘は無理だ。


 「あ?何だお前?」


 壁が砕かれて、この惨状を引き起こしたであろう者が現れた。

 

 ……何だ?


 現れた男?は全身が影のような物で覆われており、正体は分からないが武器のような物を肩に担いでいるのが見えた。

 

 「おい!何で関係ない奴が入って来てんだ!」

 

 自分の背後に怒鳴りつける。


 「すすすすすいません!ちゃんと広範囲に<静寂>はかけたんですが……」

 「知りませんよそんな事!さっさと片づけないからでしょ?」


 それに応えるかのように二人程、同じような影人間が現れる。


 「あ?結果だしてねぇ癖に口答えか?」


 謝罪した方は背が低く、言い返した方は喋り方から女性なのかな?

 恐らく何らかの魔法道具で正体を隠しているようで、姿はおろか声も何か歪んで聞こえる所為で性別も分かり辛い。


 「ハイディ様!?」


 後ろからアドルフォの声がする。

 追って来たのか。


 「そのガキが居るって事はお前が連中を返り討ちにした冒険者かぁ」

 「あー、確かその子で最後でしたか。都合がいいですね、さっさと片づけて帰りましょう」

 

 二人はアドルフォ見てそんな事を言い出した。

 口ぶりから察するにこの三人が……。

 

 「あなた達が候補者を殺して回ってるのか?」

 「あ?見て分かんねーか?」

 「その通りですよ。不本意ですけどね」


 女性が口を挟む。


 「おい。仕事だっつってんだろ?文句言ってんじゃねぇぞ!」

 「だったら報酬を積んでくれませんかね?人の仕事に文句つけるなら、雇用主としての義務を果たしてくれませんか?具体的には金貨!ほら!積んでくださいよ!目の前に今すぐ!」

 「チッ。ったよ。これ片付けたら払ってやるよ!それで文句ねーだろうが!」


 ……何だこの人達は――。

 

 いきなり仲間割れを始めた?

 男が前に出る。

 それに合わせて僕もアドルフォに下がるようにいいつつ短剣を抜く。


 「アドルフォ。君は――」

 

 外に出るよう言いかけた所で扉が音を立てて閉じる。

 アドルフォは開けようと飛びついたが扉は全く動かなかった。

 小男が手に持っている杖?のような物を翳しているのが見えた。


 ……彼が扉を閉めたのか?

 

 「よし。じゃあ俺はこの姉ちゃんと戦るからお前等、ガキを――」

 「嫌です」

 「あ?」

 「あたし達の仕事は支援だけなんで、直接手を出すのは報酬に入ってません。それに正体がバレて責任追及されても困るので手を汚すのは自分でやってくださいね。あぁ、逃げないように牽制はしますので精々、頑張ってください」

 「このクソアマ。マジで殺されてぇのか?」

 「あ、帰っていいんですか?お疲れ様でした。じゃあ行きましょうか」 

 

 女は小男を引っ張って本当に帰ろうと歩き出した。

 男は武器で壁を破壊する。


 「ったよ!ガキを逃がすな」

 

 それを聞いた二人は足を止め、女は何か――構えの感じから弩か何かか?をアドルフォに向け、小柄な男は杖らしき物を立てて動きを止める。

 

 「では悪いんですけど動かないでくれますかお嬢さん。何もしなければあたしは何もしません」


 アドルフォは持っていた短弓を構える事を忘れてその場に座り込む。

 僕は間合いを計りながら、視線は目の前の男から外さない。

 

 「始める前に一ついいかな?」

 「あ?」

 「パスクワーレさんをどうした?」


 男は舌打ちする。


 「生きてますよ。ほらそこに」


 女が手で後ろを指差す。

 視線を向けると壊れた壁の向こうに満身創痍の聖殿騎士と彼を支えるパスクワーレさんが居た。

 彼女も体のあちこちから血を流しており、息も荒い。


 動けるどころか口も聞けそうにない状態だ。

 生きていたのは幸いだが、戦力に数えるのは厳しい。

 

 「いい時に来ましたね。後少し遅かったら死体でしたよ」

 「……もう一ついいかな?」


 僕は比較的、話が通じそうな女性の方に問いを投げる。

 

 「どうぞ」

 「君達はエトーレさんに雇われた傭兵か何かで間違いないのかい?」

 「あたしと隣の彼は・・・・・・・・そこの人に雇われてます。そこの人に関しては知りませんし知りたくもないです」


 ……。


 これはどう解釈すればいいんだろう。

 後ろに居る二人は目の前の男が用意した。

 つまり、僕達を直接狙って来たのは目の前の男だ。


 彼は誰に雇われているか――だが、もう確定で構わないか。

 パスクワーレが狙われた以上、もうこの状況を見れば彼等の背後関係は明らかだ。

 敵はエトーレで決まりか。


 取りあえず敵味方ははっきりした。

 後は目の前の状況を何とかするだけか。

 聖騎士の援護は期待できそうにないし一人でやるしかない。

 

 僕は深く息をして余計な考えを全て捨てる。

 集中。集中だ。

 幸いにも相手は一人。


 ……とは言ってもこの状況を作った張本人だ。


 油断はせずに全力で当たる。

 相手の打倒よりは状況の打破を念頭に。

 さぁ、行こう。


 「おい!余計な事言ってんじゃねえぞ!」


 ここだ。

 僕は全身を使って一気に間合いを潰す。

 短剣の投擲と同時にスティレットを引き抜く。


 狙いは顔の真ん中を狙って刺突――。

 

 ――せずに後ろに小さく飛ぶ。


 鼻先に風を感じた。

 男はいつの間にか武器を振るっていたようだ。

 汗が流れる。


 危ない。

 迂闊に前に出ていたら頭を砕かれていた。

 

 「ほー。躱すじゃねぇか」


 今のは剣じゃない。

 間合いを考えると棍棒か何かか?

 

 「少しはやるみたいだが、時間もねぇし死んどけ」


 振り下ろし。横に飛んで躱す。床が砕け散る。

 躱しながら短剣を投擲。肩に当たるが弾かれる。鎧か。

 横薙ぎの蹴り、後ろに跳んで回避。


 男は蹴りぬいた後、半回転する体の勢いを利用して武器での攻撃。

 下がるが、背が壁に当たる。屈む。壁が粉砕。

 腰の袋から魔石を適当に掴んで力を込めて亀裂を入れてまき散らす。


 閃光と煙が弾ける。

 脇を抜けようと――。


 蹴りが飛んでくる。立て直すのが早い。

 躱せない。腕を固めて防御。直撃、腕から嫌な音がする。

 地面から足が浮いて吹き飛ぶ。


 数度、地面を転がりながら、途中で体勢を立て直して立ち上がる。

 

 「ぐっ」


 腕はまだ動くけど、たぶん骨が傷ついている。

 痛みが酷い。一撃でこれか。

 狩人、聖騎士との連戦でそれなりの消耗がある筈なのにこの動き。


 反応も早い。

 口調から、力で押すだけかとも思ったけど戦闘に関しては的確な動きをする。

 

 ……しかも容赦がない。


 もう間合いを潰して、攻撃の体勢に入っている。

 

 「おいおい?逃げ回るだけか?」


 ……これは厳しいか。


 僕は躱しながら距離を取るが、相手は直ぐに踏み込んでくる。

 目の前の男の戦い方は単純だ。

 体力と一撃の破壊力に物を言わせての連撃。


 文字通りこっちは息を吐く暇もない。

 それに加えて、姿を誤魔化す――恐らくは魔法道具のお陰で装備の詳細が分からない。

 せめてどういう防具を着けているかだけでも分かれば切り口も見えてくるけど…。


 明らかに格上相手に調べるなんてそんな悠長な手は取れない。 

 撃破は諦めよう。はっきり言って無理だ。

 彼が居れば何とかなったかもしれないが、今の僕では力が足りない。


 周囲に視線を飛ばす。

 

 ……窓はあるな。


 よし。位置は……。

 

 「ちょろちょろしてんじゃねぇ!」

 

 男が投げつけた武器を際どい所で躱し――


 そこで目の前の男は武器から手を放して無手になる。


 ……何故、武器を手放し――。

 

 ――たが、拳が脇腹に突き刺さった。


 「が……」


 思考が砕け散る。

 口から色々吐き出しながら僕は吹き飛ばされた。

 体が吹き飛んで窓を突き破り外へ――放り出される前に短剣を投擲。


 「ちょっと!折角、扉閉めたのに!?」

 「うわっ。危なっ!」


 屋敷の庭を転がりながら腰の袋を掴む。

 

 「がはっ」


 口から血が零れる。

 視線を上げると男は窓からもう外に出ていた。

 くそっ。早すぎる。


 僕は袋に拳を叩きつけてから放り投げ、魔法を起動。 

 痛みで上手く集中できない。

 

 ……頼む。発動してくれ。

 

 <火球Ⅰ>。発射。

 魔法は空中で袋に当たり中の魔石を全て破裂させる。

 凄まじい轟音と閃光、煙の三種類の魔法が大量に爆ぜた。

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