第129話 「選抜」

 「あ?何やってんだ?」


 男は呆れを含んだ声を出しながら近づいて来る。


 「派手にまき散らしたみたいだが、この屋敷には人払いをかけてある。何やったって誰もこねぇぞ?」

 「知って、ゴホッ――るよ」

 

 体の中を痛めたのか、吐き気がするし上手く息が出来ない。

 何とか立ち上がりはしたが、完全に死に体だ。

 はっきり言って勝ち目は皆無だ。


 だから賭けた。

 この一点に。


 「ハイディ様!」


 扉からアドルフォが出てきて駆け寄ってくる。

 その後ろからはさっきの二人が追うように外に出て来た。

 僕はふらつく足で前に出て彼女を庇う。

 

 「何を狙ったのか知らねぇが取りあえず死んどけや」

 「あー。悪いんですけど、ここは逃げといた方がいいんじゃないですか?」

 「あ?」

 「すすすすすいません!さっきので一瞬、魔法が……」

 「――んだと?」


 門を叩く音が聞える。

 

 「我等は巡回中の者ですが、こちらから爆発のような物が起こったのを見て来ました!何かありましたか!」

 

 ……良かった。


 昨日の騒ぎのお陰で巡回の騎士が多かったから派手に騒ぎを起こせば来ると思った。

 後は音を遮っている魔法を何とかできれば、呼び込める。

 魔法を使っていたのはあの小柄な男だ。


 彼の集中さえ乱せば魔法の効果は途切れる。

 

 ……と睨んでいた。


 状況だけで見た根拠の薄い博打だったが、何とか勝てたようだ。

 男は門と僕達を交互に見た後、大きく舌打ちして走り去る。

 残りの二人もそれに続く。


 それと入れ替わるように門が開いて騎士達が入って来るのが見える。

 近寄ってくる騎士達を確認した後、僕は意識を手放した。

 

 




 「……う」


 気が付けば僕は寝台で横になっていた。

 体はあちこちが鈍く痛むが、特に異常はない。

 

 「目が覚めましたか?」


 声の方へ顔を向けるとそこにはパスクワーレが椅子に座っていた。


 「ここは……」

 「私の屋敷です。あなたはあの後、気を失って倒れたのでここに運び込んで治療しました。体に違和感などはありますか?」

 「いえ、大丈夫です。治療をして頂いたみたいで、ありがとうございます。それとアドルフォは――」

 「あの子ならさっきまであなたについていましたが流石に限界だったみたいで、今は隣の部屋で休んでいます。後、お礼を言うのは私の方です。あなたが居なければ私は死んでいましたからね」

 「いえ、それよりも僕はどれぐらい意識を?」

 「半日と少しといった所かしら?もうすっかり夜も更けていますよ」


 窓を見ると確かに外は真っ暗だ。

 

 「あの後、騎士団が駆け付け、賊は撤退。グノーシスから追加の聖殿騎士が送られて来たので防備は何とか立て直しました。数も随分と増えたので昼間のような失態を晒さないと彼等もやる気になっていましたし大丈夫でしょう」

 「結局、彼等は何者だったんですか?」

 「何らかの魔法道具で正体を隠していたのではっきりとした素性は不明ですが、あれだけの事をできる者はこの都市でそう多くはありません。時間をかければ正体を暴く事は難しくはありませんが、あまり意味はありませんね」

 

 選抜が終わればそもそも狙われる理由がなくなるのだ、暴く意味がない。

 

 「また来ると思いますか?」

 「それは大丈夫でしょう。増員した聖騎士もいますし、駆け付けた騎士達には過剰な程に助けを求めておいたのでまだ外を巡回していると思いますよ?」

 「そ、そうですか」

 「後は夜明けを待ってお父様の屋敷で当主を決めればこの件も終わりです。尤も私は顔を出す気はありませんし、あの姉に出てくる度胸があるとも思えないのでアドルフォで決まりでしょう」


 ……そうなんだろうか?


 エトーレと言う人については直接見ていない僕からすれば不安が残る。

 期日まで半日を切った以上、皆殺しにしたいならそろそろ急がないと拙い時間だ。

 

 「しばらくは大丈夫なのでそのまま休んでいてください。私は自室に居ますので、何かあれば声をかけてください」


 そう言うと彼女は立ち上がって部屋から出て行った。

 僕は横になったまま天井に視線を向ける。


 ……何とか切り抜けられたかな?

 

 僕はそっと立ち上がる。

 少し足元が覚束ないが歩く分には問題ない。

 部屋から出ると、隣の部屋へ向かう。


 軽く叩いて声をかけたが反応は無し。

 そっと開けて中を見るとアドルフォは寝台で眠っていた。

 近寄ってみると彼女は規則正しく寝息を立てている。

 

 僕は近くの椅子に座って夜が明けるまで彼女の寝顔を眺めていた。



 

 

 「ハイディ様、お体は本当に大丈夫なんですか?」

 「うん。治療してもらったしね。大丈夫だよ」


 翌朝、僕はアドルフォと彼女の父親の屋敷へと向かっていた。

 アドルフォは僕を心配そうな目で見ていたが、僕は大丈夫と笑って見せた。

 実際、少し痛むが動けないほどじゃない。


 後ろを振り返ると、聖騎士が数人付いて来ている。

 パスクワーレが屋敷を出る前に付けてくれた護衛だ。

 それに人通りの多い道を選んで歩いているので、人目を忍んで襲うのは難しいだろう。 


 結局、屋敷に着くまで特に何も起こらなかった。

 その後、現当主であるアドルフォの父親の部屋へ通されたが、僕と護衛の聖騎士達は部屋の前で待機だ。

 

 「ここまで来れたのはハイディ様のお陰です!あの、もし良かったらこの後も――いえ!頑張ってきます!」


 アドルフォはもごもごと何か言いかけていたが、一転笑顔を浮かべて部屋へ入っていった。 


 気になる事があったので、待っている間に使用人に話を聞くとエトーレは顔を見せていないらしい。

 そう聞いてほっと胸を撫で下ろす。

 これでアドルフォは大丈夫だ。

 しばらくすると扉が開き、アドルフォが姿を見せた。


 入れ替わるように使用人達が部屋の中へ入る。


 「大丈夫だった?」


 僕が声をかけるとアドルフォはゆっくりとこちらを振り向くと一つ頷く。


 「ええ。これで私がこの家の当主になりました」


 そう言って笑みを浮かべる。


 ……何だろう?


 何か違和――。

 

 「本当にありがとうございましたハイディ様。私はこの家をより良く変える為に力を尽くします!」


 そう言って笑顔で僕に感謝の言葉をかけてくれる彼女はいつもの表情だった。

 気の所為か?

 何か引っかかるものがあったような気がしたけど、彼女の笑顔を見て頭からすっぽりと抜け落ちた。


 「そっか。なら僕が請けた依頼も完了かな?」

 「はい。家の者が警護に付いてくれますのでもう安心です」


 これで僕と彼女のちょっとした戦いは終わり。

 その後、彼女に屋敷の前で見送られて別れた。




 


 僕はアドルフォに是非と言われたので、ギルドで報酬を受け取ると1人、宿へと戻った。

 誰もいない部屋は何故か妙に広く感じ、胸に少し寂しい思いが募る。

 アドルフォと居たのは二晩だけだったけど、もっと長くいたような気持ちになった。


 僕は内心で首を振って感傷を追い出し、よしと気持ちを切り替える。

 

 ……こっちの用事も済んだし、彼を呼び戻そう。


 いや、そろそろ僕も気持ちに整理を付けよう。

 いつまでも「彼」のままじゃダメだ。

 

 ――ハイディ様。


 アドルフォの笑顔が甦る。


 そう、彼女は僕をハイディと呼んでくれたんだ。

 僕はハイディだ。

 もう、ロートフェルトじゃない。


 少し寂しいけど、それを受け入れよう。

 寝台に座る。

 だから帰って来た彼の名前を呼んで迎えるんだ。


 「……ロー」


 僕はその名前を小さく呟いた。





 「はぁ……はぁ……」


 夜。

 場所は王都の一角。

 その細い路地を一人の女が走っていた。


 服装は豪勢なドレスだったが、度重なる転倒のお陰で随分と薄汚れてしまっている。

 何故か?

 バランスが取れないのだ。


 走っている女の片腕は半ばから消失しており、傷口は何故か凍り付いている。

 

 「何であたしがこんな目に遭わないといけないのよ!?」


 女はとある家の長女だった。

 ある日に呼び出され、次の当主を決める為の選抜を行うと。

 女は考えた。


 当主になったら家のお金が使い放題じゃないか!――と。

 最近、男が自分に貢ぐ金額が減って来ていて金欠気味なのだ。

 そんな訳で当主の座を狙う事にした。


 女は早速、当主になる為に動き出す。

 ……とは言っても女に戦闘力は皆無。知恵もある訳じゃない。

 あるのは貢いでくれる男だけだ。


 なら、その男達にやらせればいいんじゃない。

 特に最近知り合った男は赤の冒険者で、かなりの強さと聞く。 

 男達は喜んで自分の依頼を請けてくれた。


 思えばそれが間違いの始まりだったのかもしれない。

 

 男達は首尾よく兄達を始末してくれたが、一番簡単なはずのアドルフォの始末をしくじった所でケチが付き始めた。

 グリムは仕留めたが、パスクワーレの始末に失敗し、選抜の当日を迎えられてしまったのだ。

 その上、アドルフォと手を組んで防備を固められたので手が出せずに選抜は終わりを迎えた。


 当主の座をアドルフォに取られたのは面白くないが、まぁ現状そこまで生活に困ってないので残念だけど諦めよう。

 そう思い、選抜の事を忘れて酒でも飲もうと考えた矢先だ。


 酒場に向かう途中にいきなり襲われた。 

 襲撃者は氷の矢・・・を撃ち込んで来たのだ。

 初撃で腕を射抜かれ、凍り付いた腕は砕け散った。


 咄嗟に走って逃げたのだが、氷の矢は次々に撃ち込まれてくる。

 女――エトーレは悲鳴を上げながら必死に逃げた。

 どんどん人気のない所に追い込まれているとも知らずに。


 そしてその逃走は終わり、女は終点に辿り着く。

 行き止まりだ。

 追い詰められた事を悟ったエトーレは背後からの足音に振り返る。


 「ね、ねぇ?お願い助けて。まだ、死にたくないの。あなたを殺そうとした事は謝るから!」


 背後の足跡の主は無言で手に持った弓を引く。

 弓は魔力を吸って氷の矢を生み出す。


 「怒らないでよ?ほら、お互い無事だったんだしいいじゃない?ね?お願いよアドル――」


 次の瞬間。

 エトーレの額に矢が突き刺さり。

 全身が凍り付く。


 次いで亀裂が入り砕け散った。 

 

 「申し訳ありません姉さま。あなたのような役立たずを置いて置くほど我が家に余裕はありません。あぁ、それ邪魔だから片付けておいてくださいね」


 彼女は低く嗤った後にその場を後にした。 

 それと入れ替わるように複数の影が死体に歩み寄っていく。

 こうしてエトーレは人知れずに消えてなくなった。

 

 


 

 私――パスクワーレは小さく息を吐いて使用人が淹れてくれた紅茶を飲む。

 やっと傍迷惑な選抜が終わり、窮屈な生活からも解放された。

 何だか肩の荷が下りたような気持ちだ。


 だが、今回の件はいい教訓になった。

 例の賊の襲撃で危うく死にかけた事で屋敷の防備を見直そうかと思う。

 昨日、屋敷を守っていた聖騎士達はあっさり返り討ちに遭ったのは予想外だった。


 私自身、聖騎士が居れば安心と言う考えに胡坐をかいていたので今後は逃げる事等も視野に入れよう。

 聖騎士達も同様で逃げると言う選択肢を持たなかったのは問題だ。


 それにしてもあの連中は何者だったのだろうか?

 あれ程の強さであの姉に従うぐらいの身軽な立場だ。


 冒険者か傭兵だろう。

 仮に冒険者であった場合、真っ先に浮かぶ名前は「メルキゼデク」。

 この王都で最も強い冒険者パーティーだ。

 

 何と言っても金級が率いているのだ。

 他とは格が違う。

 だが、それほどの冒険者があの女に従う物なのだろうか?


 そこまで考えて止める。

 もう狙われる理由がない以上、考えても仕方がない。

 

 私は気持ちを切り替えて、目の前の書類を片付ける事にした。 

 明日からはアドルフォによる新体制が始まるのだ。

 あの妹はどんな采配で家を動かすのだろうか?


 その未来に期待を滲ませながら私は仕事を再開した。

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