第127話 「説得」

 朝になり、外の喧騒も多少ではあるが落ち着きを取り戻している。

 僕とアドルフォは朝食の席でパスクワーレから話を聞いていた。

 聞けば街のあちこちで公官や騎士達が昨夜の件について説明して回っているそうだ。

 

 「百人規模の大魔法?」

 「そう、前々から用意していた他国の侵攻に対する備えだそうよ」


 あれが備え?

 昨日見たアレと備えと言う単語が中々結びつかなかった。

 アドルフォも驚いた顔をしている。


 「……お陰で貧民街は綺麗に更地になったそうよ。呆れた事にそれ以外の場所はほぼ無傷。精々、窓硝子が割れたぐらいらしいわ。お触れを信じるなら王都に巣食っていたダーザインは一掃されて悪の芽は摘まれたそうよ?」

 

 パスクワーレは小さく息を吐く。


 「まぁ、私達には余り関係のない話ね。取りあえず今の所、昨日の件で分かっているのはそんな所ね」


 彼女はそう言うと「さて」と前置きする。


 「あなた達はこの後どうするつもり?」

 「エトーレ姉様を探して話を聞こうかと考えています」

 「あの女に?どうせ「あたしは興味ないからあんた達で勝手にやれば?」とか言って追い払われる光景が目に浮かぶわ」

 

 アドルフォはそれを聞いて何とも言えない表情をする。

 それを見てパスクワーレは少し笑う。

 

 「あの女が行きそうな場所にいくつか心当たりがあるわ。居ないとは思うけど手掛かりぐらいは見つかるかもしれないから行ってみなさい」

 「分かりました。色々とありがとうございましたパスク姉様」

 「いいのよ。早く当主になって私に楽させてくれればいいわ」


 姉妹はお互いに笑い合う。

 僕は彼女達の仲睦まじい様子を見て、何だか温かい気持ちになった。





 「さぁ!エトーレ姉様の所に行きましょう!」

 

 屋敷を後にした僕達は長女のエトーレが良く行く場所へ向かっていた。

 出る前に地図を書いて貰ったので、道に関しては問題なさそうだ。

 横から見ていてもその足取りは軽い。


 姉と争わずに済んだ事はかなり彼女にいい影響を与えたようだ。

 何事もなく今日一日を切り抜けられたらいいんだけど……。

 向かう方向にある物を考えると少し難しいかもしれない。


 進むにつれて周囲の雰囲気が変化していっている。

 何だか色っぽいお姉さんが歩いている男性に熱い視線を注いだり、だらしない表情のおじさんが女性の肩を抱いて路地裏へ消えていくのが見えたりと何と言うか――そういう所なのだろう。


 「ここみたいです!」


 到着した場所はある一軒家。

 僕はアドルフォを下がらせて扉に近づく。

 中に気配はあるな。軽く扉を叩く。


 「はーい?どちらさん?」


 気配が足音を立てて近づいて来る。

 大丈夫そうかな?


 「すいません。エトーレと言う人を探しているのですが、ここならわかると聞いて尋ねました」


 扉が開いてちょっと太り気味のおじさんが出て来た。


 「エトーレ?あぁ、そういえば最近見ないな」

 

 ここには居ないのかな?

 おじさんの表情を見た感じ、嘘はついていないようだけど――。


 「行先に心当たりはありませんか?」

 「うーん。悪いけどちょっと分からないな。最近、羽振りが良かったらしいから新しい男でも引っ掛けたかもって話は聞いたよ」


 ……収穫はなしか。


 僕達はお礼を言ってその場を後にした。

 

 「今回は空振りでしたが、教えて貰った場所は一ヶ所だけではありません!次に行きましょう!」


 アドルフォは特に気落ちせずに歩き出す。

 その表情はやる気に満ちており、なんだか微笑ましい。 

 この調子で見つかるといいな――。

 

 「……」


 ――と思ってはいたのだけど……。

 すっかり口数が減ったアドルフォを見ながらそう思った。 

 

 残念ながら教えて貰った場所は全て空振り。

 エトーレは見つからなかった。

 ただ、話は聞けたのでまったくの無駄足ではなかったのが救いか。


 どうも彼女は少し前から羽振りが良かったので新しい寄生先を見つけたのだろうと言うのが尋ねた人達の共通認識だった。

 聞けばエトーレと言う女性はパスクワーレに聞いた通りの人物で、浪費癖が酷く、匙を投げた実家は早々に放り出したらしい。


 無一文では何もできずに戻って来て泣きつくかとも思われたが、何と彼女は男の所を転々として食いつなぐどころか優雅な生活をしていると言う。

 

 ……何と言うか凄い人だなぁ。


 働かずに他人の糧のみで生きて行く、それも身分を使わずに自分の魅力のみでそれをする所が本当に凄い。

 

 「……お姉様はどこへ行ったのでしょうか……」


 肩を落とすアドルフォを見て、考えを打ち切る。

 

 「場所が分からないなら、一度宿に戻ろう。無闇に歩き回っても見つからないだろうし……」

 「あの!」


 唐突にアドルフォが声を上げる。


 「何かな?」

 「あの、ですね。グリム兄様の所に行って説得しようかと思うのですが……」

 「……」


 一瞬、彼女が何を言っているか分からなかった。

 説得?グリムってやる気になっている人だよね?

 その人の所にわざわざ?


 「……僕はそのグリムって人の事を良く知らない。ただ、話を聞く限り、その人の所に行くのはかなり危ないと思う」

 「分かっています」

 「分かってない!君、二日前に殺されかけた事をもう忘れたのかい?僕は君を助けると誓ったし、雇われている。公私両方の立場で言わせてもらう!危険だ!」

 

 パスクワーレと分かり合えた事で変に自信を付けたのか?

 同じ調子でグリムとも分かり合えるとも?

 相手は君を殺そうとした相手かもしれないんだよ。


 ……それは――はっ!?


 いけない。

 言いかけて飲み込み、内心で首を振る。

 僕は彼女を助けると決めた。


 助けるのであって彼女の行動を強制するのは違う。

 ゆっくりと呼吸して気持ちを静める。


 「……本気なんだね」

 「はい。グリム兄様が話に応じてくださるならこのくだらない争いも終わります」

 「下手をすればいや、しなくても死ぬよ?」

 「やる価値はあると思います」

 「……分かった。行こう」

 

 彼女の決めた事だ。

 可能な限り尊重しよう。

 いざとなれば僕が頑張ればいいだけの話だ。


 次男グリムの屋敷は今いる場所からはそう距離も無かったので、そこにはすぐに辿り着いた。

 パスクワーレの屋敷ほど大きくはなかったけど、充分に立派な佇まいの屋敷だ。

 見た感じ門番は居らず、気配もない。


 ……ない?


 門の前まで来たが、何も起こらない。

 格子状の門から中を覗き込んでみたが、本当に誰も居ない。

 隣のアドルフォに視線を向ける。


 「いくら何でも人が居ないなんておかしいです」

 

 だよね。

 門に触れると抵抗なく開く。

 僕は開いた隙間から中に入る。


 アドルフォもそれに続く。

 警戒しながら慎重に中を進むが何も起こらない。

 屋敷に着く。扉が少し開いている。


 中に入ると――。


 「……う」

 「……何ですかこの臭い」


 ――血の臭いがする。


 中は壁や調度品は破壊されつくされており、かなりの数の死体が散乱していた。

 死体はどれも共通して、鈍器のような物で叩き潰されたようで、どれも原型をとどめていない。

 後ろでアドルフォが嘔吐している音が聞こえたが、僕は周囲の警戒に集中。


 ……気配は特にない。


 屋敷の中はとても静かだ。

 手近な死体を確認する。

 血は完全に固まっており、襲撃されてからある程度の時間の経過を物語っていた。


 腐乱は始まっていないので、死んでから半日ぐらいかな? 

 散らばっている物の所為で人間だったと言う事は分かるが、酷い有様なので誰かの判別は付きそうにない。


 辛そうにしているアドルフォには悪いが彼女を連れて屋敷の中を回る。

 この状況で一人にするのは良くない。

 アドルフォの顔色は悪いが、文句も言わずに付いて来てくれた。


 片端から部屋を見て行ったがどこも例外なく破壊されており、元々どういう状態かの判別がつかない。

 そして生き残りも居ない。

 死体はどれも粉砕されており、先程の死体同様、誰かの判別は付かなかった。


 ――ただ。


 最後に入った部屋だけは違った。

 調度品や壁は破壊されてはいたが、そこにあった死体だけは他とは異なり、比較的傷が少なく誰かの判別がつく。


 「グリム兄様……」


 死体は胴体に巨大な穴が開いており、死んでいるのは明らかだが首から上だけは無傷だった。

 どうやら彼がアドルフォの兄、グリムだったようだ。

 

 ……どういう事なんだ?


 グリムが死んだと言う事は、現状で残っている候補者はパスクワーレ、エトーレ、アドルフォだけになる。

 これをやったのは誰だ?

 単純に考えるならエトーレと言う事になるが、こうなってくるとパスクワーレも怪しい。

 そもそも最初にアドルフォを襲ったのは誰の差し金なんだ?

 

 ……考えるのは後にしよう。


 まずはここを離れてからだ。

 





 屋敷から離れ、近くの広場で腰を落ち着ける。

 しばらくするとアドルフォの気分も落ち着いたのか顔色が良くなった。

 

 「一体、何が起こっているのでしょう?何故、グリム兄様が……」

 「僕にも分からない。ただ、彼が殺された以上、やったのは君のお姉さんのどちらかと言う事になる」

 「パスク姉様の仕業かもしれないと?」

 

 僕は何も言わない。

 それを見てアドルフォは無言で俯く。

 

 「私はどうすればいいのでしょうか……」

 「ごめんね。本当なら何か言った方が良いのだろうけど、これは君が自分で決めないといけないと思うから」

 「少し、考えさせてください」

 「分かった。見える位置には居るからゆっくり考えると良いよ」


 流石に一人にはできないけど、少し離れるぐらいはしておこう。

 僕は彼女からそっと離れると、何かあった時にすぐに駆け付けられる位置に立つ。


 ……僕自身も頭の中を整理したい。


 まず、次男グリムの死亡は確定。

 アドルフォが断言した以上は間違いない。

 ここで問題は誰がやったかだ。

 

 素直に考えるならエトーレかパスクワーレのどちらかになる。

 仮にエトーレの差し金であった場合は、ある意味分かりやすい。

 単に敵がはっきりするだけだ。


 ……ただ、パスクワーレだった場合は……。


 覚悟を決めた方が良いかもしれない。

 相手はグノーシスになるだろう。

 

 ……後はアドルフォ次第か。


 視線の先で悩む少女の出す答えを僕は待ち続けた。

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