五章
第100話 「王都」
俺は流れる景色をぼんやりと眺めながら特にやる事も無かったので、俺にしがみ付いているハイディに意識を向けた。
普段は子供の様に騒いでる彼女だが、ここしばらくどうも元気がない。
……というか空気が重い?
オールディアでの騒動から大体3ヶ月といった所か。
その後ぐらいからこの調子だ。
移動中はぼーっと景色を眺めているだけでほとんど口を開かず、街に着けば真っ先に武器屋、古書や魔導書等を扱った道具屋を覗いている。
夜になれば宿を抜け出して魔法や体術の自己鍛錬と余念が無かった。
随分と熱心だが何があったんだろうか?
考えられるのはオールディアでの一件だが、果たしてハイディにあそこまでさせるほどの事があったのか?
……確か俺への人質にする為に捕まりかけたんだったか?
難なくとは行かなかったが撃退出来たんだから別に問題はないと思うんだが…。
ふーむ。何故だ?
沈んでいる期間が長いので流石に少し心ぱ――。
――誰も俺の事を考えてくれないのに何で俺が他人の事を考えないといけないんだ。
不意に昔の記憶が脳裏をよぎった。
……もっともな話だ。
俺は部分的に同意した。
それにしても今になって考えると構ってちゃん全開だな昔の俺よ。
そんな昔の俺にここに来て様々な記憶に触れて色々悟った今の俺の考えを送ろう。
他人を受け入れない奴が他人に受け入れて貰える訳ないじゃないか。
今までに喰った連中の記憶によれば少なくとも友人知人と呼ばれる気安い相手には大なり小なり心を開いていたぞ?
昔の俺はそんな事をしていたか?
答えはNOだ。俺は自分の事しか考えていなかった。
結局の所、歩み寄る気がない奴には何を言っても無駄だって事だな。
……まぁ、今の俺もそうだがな。
現状、他人を必要としていないので必要とされたいと言う欲求が消し飛んでいる。
手が欲しければ増やせばいいしな。そこに他者の意志は関係ない。
それが健全かどうかは微妙な所だが、今の所特に不自由は感じていないな。
……何も問題が――はて?何でこんなくだらない事を俺は考えていたんだ?
俺は内心で首を傾げ、さっきまで考えていた事を思い出そうとしたが――まぁいいかと打ち切った。
さて、あと数日程で王都が見えて来る筈だが……。
王都ウルスラグナ。
この国の中心にして最大の都市。
規模がでかいだけあって人口はウィリードやオールディアの比じゃない。
ある程度、近づくとそれだけで他との違いが分かるな。
今まで見た事がない程の分厚い壁が街を囲んでおり街の中にも同様の壁が見える。
あれが城壁か、知ってはいるが実際見ると大した迫力だ。
門番に冒険者プレートを見せて中に入る手続きを済ませる。
サベージは連れて入る事にした。
……と言うよりはここは高ランクの冒険者が多い。下手にサベージを外に置くと討伐されかねないので連れて行かざるを得ないのだ。
いつも通りのサベージを見た門番の反応に溜息を吐いて、王都入りを果たす。
……まずは宿の確保だな。
ハイディの方へそれでいいなと声をかけようとしたが反応が薄いので、俺は特に何も言わずにサベージに歩くよう促した。
場所は記憶にあったので宿はあっさり見つかった。
厩舎にサベージを部屋に荷物を放り込んで、街に出る。
この街でやる事はいくつかあるが必須は三つ。
ギルドでのプレート登録、装備の新調、最後に図書館で調べ物だ。
プレート登録はいつもの事だが前回の一件で、プレートがまたもなくなったので再発行する事になった。
困った事にオールディアが機能しなくなったので、引き返す事になったのは面倒だった。
今後もこういう事が起こるかもしれないので登録はマメにしておこう。
装備の新調はここに来る途中でやっても良かったが、どうせならいい物が欲しいので品揃えが豊富なここ王都で揃える事にした。現在は安物の剣とボロい皮鎧を適当に着けている。
最後に王立図書館。
ここでは俺自身の事を調べるつもりではあるが、ダーザインの言う「使徒」と言う転生者の事を考えると情報が出回っているかは怪しい。
実際、俺が今まで読んだ記憶には転生者に絡んだ物は見つからなかった。
……情報が一般に出回っていない以上、望みは薄いな。
オールディアでの痕跡は可能な限り消したが、聖騎士や住人の生き残りに姿を見られているので俺が調べられる可能性はゼロではない。
それにアイガーとか言うふざけた奴に正体を見破られた事を考えると、そう遠くない内に捕捉されるだろう。
連中は転生者を集めているらしいし、間違いなく接触してくる。
何とか連中の目をごまかす方法を見つけないと拙いな。
……あぁ、面倒臭い。
何で俺がそんな連中に煩わされなければならんのだ?
俺はただ気ままに観光しながら冒険者やって死ぬまでこの世界をぶらつきたいだけなのにな。
嘆いても仕方がない。気を取り直してやれる事をやろう。
冒険者ギルド、ウルスラグナ本部。
支部ではなくこの国での冒険者ギルドの本部だ。
本部と銘打つだけあって建物もでかい。石――じゃなくて煉瓦造りか?
しかも五階建て。
城や砦の類を除けば今まで見た中で最大級の建築物だ。
中に入ると冒険者が長蛇の列を作っている。
見た所、クエストの達成報告や素材の買取等の受付のようだ。
比較的、手すきの職員に確認を取ると登録やクエストの受注は三階らしくそちらへ向かう。
この建物は一階が魔物の素材の引き取り、クエストの達成報告等の報酬関係。
二階が酒場。仲間を募ったりする場も兼ねているらしい。
三~四階はクエストの受注、プレートの登録及び再発行。
ただ、四階は赤以上の上級冒険者専用らしい。
最後に五階は職員専用のフロアのようで基本部外者は立入禁止のようだ。
「何か請けるのかい?」
三階のプレート関係の列に並んでいる途中、不意にハイディがそんな事を聞いて来る。
悪いが用事が先だ。お前はどうだか知らんが今の所、金には困っていない。
「いや、俺は少し用がある。請けるにしてもそれが済んでからだな」
「分かった。なら、お互い自由行動でいいかな?」
ハイディの提案に俺は少し驚いた。
こいつの事だから行先を聞いてくる物かとも思っていたが、最近の態度を考えるとそうでもなかったかと思い直した。
「あぁ。夜には宿に戻る」
「うん。そう言う事なら僕も夜に戻るようにするよ」
その後、しばらく待ってプレートの登録を済ませてハイディとはギルドの前で別れた。
……さて、どうした物か。
装備か本か。
少し考えて…図書館に行く事にした。
王立図書館。
この国が誇る最大の蔵書量を誇る大図書館。
ここで調べれば大抵の事は分かるらしい。
……ほんとかよ。
入り口に居る警備兵に身分証代わりのプレートと入館料を支払い、武器を預け、入る際の簡単なルールを聞いて中へ。
中はアニメやら漫画やらでよく見る冗談みたいなでかさの本棚が所狭しと並んでいる。
どう見ても一番上の本まで十五メートル近くあるぞ。あんな所にある本、どうやって取るんだ?
……あぁ、あれを使うのか。
よく見ると本棚には等間隔で梯子がかかっており、アレを使って昇れと言う事らしい。
それにしても蔵書量の凄まじさは良く分かったが、目当ての本はどう探せばいいんだ?
俺は内心で溜息を吐きながら近くを歩き回って調べてみた所、一応はジャンル別で分けられているようなので、当てもなく探すと言う事にはならないようだ。
……まずは俺自身――と言うよりは転生者の事を調べてみるとするか。
恐らくはそんな直接的な記述の本はないだろうが、魔物の類として処理された奴なら何らかの形で記録に残っているかもしれない。
手始めにそこから当たってみるべき………。
……だと思ったが、甘かったか。
蔵書量の多さである程度予想するべきだった。
「これとこれ内容ほぼ同じじゃねえか……」
ジャンルによって内容の重複が多すぎる。
物によっては同じ本じゃないのか?と突っ込みたくなるレベルの物まであるぞ。
付け加えるなら、この世界に印刷所なんて上等な物はない。
全て手書きだ。
俺は図鑑みたいなサイズの手書きの本のページを捲りながら内容に軽く目を通す。
まったくこんな量を書き上げるとは大した物だ。
さて、いい加減、目当ての本を集中して探すとするか。
えっと、ざっと目を通して内容が被っていると思われるものは除外して、残ったのは――。
「魔物大全」、「図解!魔物の生態!!」、「亜人種の文化」、「伝承・古代魔物」、「グノーシス教団:聖者の記録」、「実在?希少!未確認魔物!」……等々。
本棚から適当に目星を付けて引っこ抜いた本を近くの誰も使っていない机に積み上げる。
周囲には俺と同じように机に本を積んで真剣な顔で本と睨めっこをしていた。
俺も他の邪魔にならないようにそっと席に着いて本を開く。
色々と考えたい事はあるが、今は目の前の本に集中しよう。
取りあえず「魔物大全」から行っとくか。
……えーと、何々……。
流石に大全と銘打つだけあって中々詳しく書いてあるがそれだけだな。
冒険者なら大抵は知っていそうな内容が大半を占めていたが、復習する分にはいい感じの内容だった。
まぁ、余り興味を惹かれる様な記述はなかったので、軽く目を通すだけに留める。
二冊、三冊と目を通すが、魔物の生態とそれに関する考察ばかりがやたらと目に付くな。
図解とかタイトルにでかでかと書いているが、物によっては絵が下手すぎて何が書いてあるか分からない物もあるぞ。
亜人関係の書籍も魔物関係の書籍と似たり寄ったりで、内容は魔物が亜人になっただけで面白いと思うが欲しい情報じゃない。
次は「グノーシス教団:聖者の記録」という何故、魔物や亜人種関係の棚にあったかが不明な代物だ。
中身に目を通すと成程、確かにジャンルとしては間違っていない。
聖者の記録とか言っているが、ぶっちゃけ昔の聖堂騎士がどんな魔物と戦ったかの戦闘記録だった。
……が、物語風にしたのは正直どうかと思うぞ。
しかも内容が驚く程、薄っぺらい。
何か悪魔と戦った話とか大げさに書いてあるけど、肝心の相手が邪悪な悪魔としか書かれていないから欠片も参考にならねぇ。
念の為、最後まで目を通したが聖堂騎士の素晴らしさがどうのばっかりで面白くもない。
……ってか何だよ聖剣の一振りで悪魔の軍団を滅ぼして世界を滅びから救ったとか、盛りすぎだろ。
聖剣でやられた悪魔の軍勢とやらは山をも越える巨体とか書いてあるし…。
そんな便利な物があるなら是非とも欲しいものだ。あの怪獣仕留めるのしんどいからな。
「……はぁ」
無駄な時間だった。というか内容が偏りすぎて今一つ理解できなかった。
肝心の聖堂騎士も聖剣の騎士としか描写されてないからますます内容がふわっとしている。
……まぁ、いいか。
俺は「グノーシス教団:聖者の記録」を脇に置いて別の本を取ろうとした所で、向かいの席に誰かが乱暴に腰を下ろす。
……空いてる席なら他にもあるのに何でわざわざ俺の前に座るんだ?
席を移ろうかとも考えたが、先に座っていたのは俺だ。
動く必要はないな。無視して読書を続けようと………。
「……」
本に伸ばした手を止める。
前に座った奴が足を振り下ろしてきたからだ。
俺の取ろうとした本に足が乗る。
何をすると、抗議の念を込めた視線を向かいに座った奴に向けて――俺は硬直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます