第101話 「厨二」

 目の前に座っている男の格好に俺は絶句するしかなかった。

 年齢は二十前半ぐらいか?顔つき自体はイケメンの部類に入るだろう。

 まず、目に入ったのは中途半端に伸ばした金髪、所々に黒が混ざっているのはメッシュって奴か?


 何故か前髪で片目が隠れている。

 次に目に付いたのは服装だ。袖なしの黒い服――ノースリーブって言うのか?知らんけど。

 装飾なのかベルトみたいなのがごちゃごちゃついており、両腕は肩まで左右それぞれに赤と黒の包帯みたいな布でグルグル巻きにしている。


 机に乗っかっている足にちらっと視線を向けるとこちらもベルトのような装飾が大量に付いたブーツ。

 洒落にならないレベルの厨二病ファッションだ。

 

 ……す、凄ぇ……。


 そんな感想しか出てこなかった。

 一部だけなら格好良いとも思えるが、ここまで完全武装だと痛々しさしか感じられないから不思議だ。

 正直、ここ最近で一番衝撃的なシーンかもしれない。


 「よぉ、調子はどうだ?」

 

 声をかけてきたが思わず目を逸らした。

 知り合いだと思われたくないからだ。

 

 「おい。酷ぇ奴だな。無視してんじゃねぇぞ」


 酷いのはお前の格好だと突っ込みかけたが、俺は無視して男が足を乗せている本を強引に引き抜く。

 俺の反応に男は訝しむような表情になる。対する俺も内心で首を傾げた。

 こんな妙な奴に絡まれる覚えはないんだが――。


 ……まさかとは思うが、またダーザインか?


 警戒心が持ち上がる。

 周囲にはまばらとは言え人が居るのに仕掛けて来たのか?

 連中はその辺に気を遣うはずだが、こいつは違うのか?


 そう思い、凄まじく抵抗があるが要件を聞く事にした。

 目を合わせないようにして。

 

 「……見ての通り読書で忙しいんだ。用事があるなら早めに済ませてくれないか?」

 

 男は懐から櫛を取り出すと髪形を整え始めた。

 何やってんだこいつは?……あぁ、前髪が鬱陶しかったのか。

 髪形をオールバックにした男が俺を真っ直ぐに見て来る。さらに中二っぽくなったな。


 前髪で解らなかったが目の色が左右で違う。

 赤と黒だ。カラコンか何かか?徹底してやがる。


 「用があるのはお前の方だろ?」

 

 ……はい?


 「質問の意味が分からないな」

 「俺を狙って来たんだろ?」


 鳥肌が立った気がした。

 こいつあれか?俺は「機関」とか「組織」に狙われているとか言っちゃてる自意識過剰君か?

 いやいや、勘弁してくれよ。ごっこ遊びなら他所へ行って…いや、俺を油断させる為の芝居か?


 芝居じゃないのなら、俺の何が琴線に触れたのかは知らんがその手の遊びは他所でやってくれないか?

 マジでどっちだ?判断がつかんな。


 ……判断がつかんので――。


 「何故、見ず知らずのあんたにそんな真似をしないといけないんだ?」

 「何?」


 ……はっきり言ってやろう。


 「あんたには興味がないし何かする気は無い。何に警戒しているのかは知らんが俺は無関係だ。……納得したなら他所に行ってくれ、いい加減に調べ物を続けたい」


 言外に「ごっこ遊びは他所でやれ」と含んでやった。

 伝わったのなら不機嫌になって消えるだろ。


 「……違うのか?」


 しつこいな。まだ絡んで来るのかよ。

 俺はこれ見よがしに溜息を吐く。取りあえず迷惑アピールをしておいた。

 面倒だが少し相手をしてやるか。放って置くといつまでもここに居そうだ。


 「何が?」

 「テュケの使徒だろお前」


 …………何?


 こいつ今、何て言った。

 使徒だと?クソ!またかよ。何でこの手の輩は次から次へと現れ…いや待て。

 わざわざ聞いて来ると言う事は疑ってはいるが、確証が持てていない状態か?


 なら、ここは全力でしらばっくれよう。

 

 「使徒?何の事か分からんな」


 男は探るような視線を向けて来るが俺は迷惑だと言う表情を浮かべたままでいる。

 俺も内心ではこの男に対して、どうした物かと対応を図りかねている状態だ。

 

 ……こいつ何者だ?

 

 正体が分からない。だが、この男が言った『テュケ』と言う単語には聞き覚えがある。

 確かダーザインの兄弟とも呼べる組織の筈だ。

 詳しくは知らんが物資や情報のやり取りがあるのは確からしいが…。


 ……今までに手に入れた記憶の中にはなかったな。

 

 「ならダーザインか?」


 その言葉で俺の警戒心は限界まで跳ね上がった。

 口ぶりから察するに連中の仲間ではないだろうが、少なくとも何か知っているようだな。

 俺はそれに応えずに本を抱えて席を立つ。


 「……少し待ってくれ。場所を変えよう」

 

 取りあえず詳しい話を聞くとするか。

 場合によっては殺して喰ってしまおう。入館料もタダじゃないんだ。

 つまらん話だった場合、手間賃代わりに殺して喰ってしまおう。

 

 俺は手早く本を戻すと、男と連れたって図書館を後にした。

 しばらく歩いて街の外れにある一角に向かう、この手の街ではお約束の|貧民街(スラム)だ。

 知ってはいたが、酷い所だな。


 入った瞬間、一気に建物や人間の質が低下した。

 藁やら端材を積んだだけの掘っ立て小屋にボロい服を着て生気のないやつれた住人。

 その掘っ立て小屋の角から俺の財布や荷物に熱い視線を注いでいる子供。


 ……好き好んで居たい場所じゃないな。

  

 念の為、探知系の魔法で気配を探りながら歩…おいおい、いきなり引っかかったぞ。

 数は六。三で割り切れる数って――もしかしてしなくてもダーザインか?

 連中三人でワンセットだからな。


 動きと身の隠し方に覚えがある。

 まったく、この厨二野郎もダーザインかよ。

 まぁ、そう考えると気が楽か。仕留めればいいだけの話だからな。


 人気のない所に付いたら殺して記憶を――。

 あぁ、そう言えば死んだら爆散するんだったな。

 それならそれで都合がいい。試したい事もあったし是非とも爆散して貰おう。


 少し開けた場所に出た。

 男が足を止めたので、俺も少し距離を開けて止まる。

 さて、話をする前にまずは掃除だな。


 ……仕留める前に一応確認しておくか。


 「その辺に隠れている奴等はお前の仲間か?」

 「さっきから付いて来てる間抜け共はお前のツレか?」

 

 俺と男は同時に口を開いた。

 

 ……おや?


 男も俺の反応に眉を顰める。

 次いで察したのか声を落とす。


 「話の前に掃除だ。半分ずつでいいな?」

 

 ……切り替えが早いな。


 そういうのは嫌いじゃない。異論はないので頷く。

 罠の可能性は捨てきれないので、警戒は解かないが見極める材料にはなるか。

 さり気なく周囲を窺う。


 家の角に分散して三人。残りは屋根の上で固まっている。

 固まっている方を貰うか。散っている方を狙ってうっかり逃がしても面白くない。

 会話しているかのように装って、予備動作を見せず一気に走り、同時に腰の剣を抜く。


 連中が陣取っているボロ屋の壁を蹴って屋根に上がり、そのまま連中に襲いかかった。

 隠れていたのはもはやお馴染みの黒ローブ。ダーザインだ。

 結局こうなるのか。


 手近な奴の心臓を剣で突き刺す。

 爆発するのは分かり切っているので、突き刺したまま柄に力を込めて体ごと振り回してもう一人にぶつける。


 爆発するのを横目で確認して残りの顔面に拳を叩き込む。

 そいつはギリギリで俺の拳を躱しながら、懐から短剣を抜いてカウンター気味に斬りかかってくる。

 狙いは首。俺は無視して頭を掴む。


 刃が俺の首に当たるが、皮を切り裂いただけでその下にある甲殻に阻まれて止まる。

 相手が息を呑んだと同時に首を捻って百八十度回転。そのまま体を屋根から投げ捨てた。

 落下と同時に爆散。 


 ……片付いたが、剣が無くなったな。


 差しっぱなしの剣は爆発に巻き込まれて消滅してしまった。

 我ながら武器なくなりすぎだろ。

 さーて。あの、中二野郎はどうなった?


 視線を向けると、男が黒い方の包帯を巻いた腕を黒ローブに突き出している所だった。

 次の瞬間、黒ローブの体が捻じれた・・・・

 まるで絞った雑巾の様になった黒ローブは悲鳴を上げる間もなく爆散。


 ……うわ。何だあれ。


 魔法か?それにしては随分と毛色が違うようにも見えるが――。

 俺は警戒を解かずに屋根から降りると、ゆっくりと男に近づく。


 地面には溶けた跡が三つ。

 取りあえず掃除は終わったか。


 「そっちも終わったようだな」


 俺が声をかけると男は街の方に視線を向けて…。

 

 「……ちっ。他にも隠れてやがったのか。三人逃げやがった」


 ……不機嫌そうに舌打ちした。


 げ。まだ居たのか。気付かなかったぞ。

 本当だとしたらしくじったな。

 男は鼻を鳴らすと俺の方へ向き直る。


 「連中を仕留めたか。やるじゃねぇか」

 「それはどうも」


 男は手近な家の扉を蹴り開けると俺に入るように促す。

 中にはボロい机と椅子が二つ。

 俺が椅子に座ると男が魔法を発動。<消音>しかも発動が早い。


 魔法が効果を発揮したのを確認すると男が口を開く。


 「お前が何者かは置いておくとして、まず説明はしとく。連中は俺の客だ。仕留めるのに協力してくれたのには礼を言う」


 ……俺、完全にとばっちりじゃねぇか。 


 文句の一つも言ってやろうかと思ったが、呑み込んで話を続ける。


 「ダーザインか」

 「そうだ。知ってるって事は連中と絡んだのは初めてって訳じゃなさそうだな」


 男は椅子の向きを逆にすると背もたれに体を預ける。


 「まずは確認だ。お前、何者だ?少なくとも普通の人間じゃねぇな」


 ……さて、どうしたものか。


 場合によってはこいつは殺すが、殺せなかった時の為にどうやって俺を見分けたかを聞いておきたい。

 それにしてもオールディアでアイガーから記憶を抜けなかったのが、随分と響いているな。

 手段が分からん以上、防ぎようがない。


 恐らくは、移植された「部位」とやらの能力何だろうが――詳細が分からん。

 

 「……その質問に答える前に聞きたい。何故俺に目を付けた?」

 「質問しているのは俺だが?」

 「話を進めたいならまずこっちの質問に答えろ」


 お互い口を閉ざして睨み合う。

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