第99話 「戦況」
「あら?切れてしまいましたか。ふふ、残念」
愛しいあの方との会話を終えた私――ファティマは自室の窓から外を見ます。
ここは新たに建てたオラトリアムの屋敷。その中にある私の執務室。
場所はオラトリアムと旧ライアードの境界に建てられています。
ライアードは名目上存在はしていますが、もはやオラトリアムの一角にすぎません。
姉や妹、両親は邪魔だったので永遠に退場して頂きました。
元々、ダーザインとか言うロートフェルト様を煩わせる屑と繋がっているような方達です。死んだ所で問題ないでしょう。
姉はともかく妹は何も知らないようでしたが、些細な事ですね。
窓際に立ち、屋敷の外を見渡します。視界に広がるのは緑。圧倒的な緑一色。
少し前まではゴブリンやオーク等と言った下品な者達が跋扈する荒野でしたが、今は私達の立派な収入源となりました。
それにしてもロートフェルト様は本当に素晴らしい物を齎して下さいました。
あの巨大な種。発芽させるのに随分と苦労しましたが、一度育ってしまえば後は餌さえ欠かさなければとても有用な物でした。
あらかじめロートフェルト様が色々と仕掛けを施して下さっていたのか私と意思疎通が出来、指示にもしっかりと従うので私の望む形で成長してくれました。
結果、無駄に広いだけの荒野が頭に超が付くほどの巨大な森にしか見えない畑へと変貌しました。
しかも付ける実等も種を食わせれば品種を改良した上で再現できるようなので、果物、野菜等を冗談のような品質で作り出してくれます。
それを適当に収穫して売り飛ばすだけで、信じられないほどの売り上げを叩きだしました。
現在はアコサーンとメドリームで取り扱っていますが、この売れ行きからすると王都まで手を伸ばしても良いかもしれません。ロートフェルト様と接触する必要があるので何かと都合がいいですね。
まさかこれを見越して!?流石、ロートフェルト様!これも愛のなせる業なのでしょうか!?
私は机の隅に置いてある果物を一つ手に取って齧ります。
甘さが口いっぱいに広がりました。
これはプミラと言う果物で、正式名称はマルスプミラ。ロートフェルト様の記憶にある林檎と言う果物に似ていますね。
机に置いてあるのは三つ。それぞれ色の濃さが違います。
一番色が薄い物は一般人用の比確的安価な物で、次に濃い物はやや高価な裕福層向け、最後に最も色が濃い物は資産家や身分の高い者向けの高級品として作りました。
色が濃ければ濃い程、甘みが強く――依存性があります。
メイジ等、比較的精神が強い者は抵抗できるようですが、我慢が出来ない人間は病み付きになるでしょうね。
実際、馬鹿が馬鹿みたいな値段で買い漁ってくれています。
それにしても、資金繰りで困っている所にあんな素晴らしい種を送ってくださるなんて流石はロートフェルト様!これも愛のなせる業でしょうか!?
お陰で領の財政はすっかり潤って、数年はかかる準備が数か月で済んでしまいました。
……やはり数が足りないのが響いていますね。
ロートフェルト様から頂いた配下を失う訳には行かないので、主戦力はゴーレムや
視線を下げる。畑の中を何かが忙しそうに動いているのが見えます。
人間ではありません。
ゴブリンやオーク、トロールです。
彼らは虚ろな目をして体中から蔦を大量に生やしています。
野菜や果物を盗みにのこのこ畑に入って来た所を捕まってああなりました。
便利な物ですね。
お陰で人件費なんて無駄な予算を使わずに収穫が出来ますし、懲りずに何度も来るので放って置いても数が増えます。稀にそこそこの装備品を持っているので二重の意味で美味しい獲物です。
死んでも肥料になるので一切無駄がありません。
むしろ増えすぎたので、
私は畑の向こうに広がる山々に目を向けました。
耳を澄ますと微かではありますが衝撃や戦闘と思わしき音が聞こえてきます。
オラトリアムの地盤はある程度固まったので、今度は領土を広げる事にしました。
現在、シュドラス山を手中に収めるべく兵を送り込んでいます。
ゴブリンや他の種族の抵抗が激しく思うようにいきませんが、手応えは感じています。
この調子でいけば、遠からずあの山脈を奪う事が出来るでしょう。
聞けばエルフと戦争中との事、山を挟んで戦線を二つも抱える事になるなんて――ふふ、大変ですね?
部屋の扉を叩く音が聞こえます。
あら、報告か何かかしら?
「はい」
「ディランです。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
元聖殿騎士のディランが入ってきました。
「戦況は?」
私は余計な挨拶を省いて話を切り出します。
「はっ。村を二つ落とした所で激しい抵抗に遭い、現在は膠着状態です」
「厳しいですか?」
「……ゴブリンだけなら何とかなるのですが、地の利に加えてトロールやオーク、ドワーフ等の他種族の参戦により、こちらがやや不利です。時間をかければ落とせるとは思いますが……」
なるほど。
やはり、死体を再利用した木偶では難しいですか。
耐久性と単純な腕力には優れているのですが、技量は生前の3割も引き出せないので単純作業以外では思った以上に成果を上げられないようですね。
私は少し悩みます。
現在、前線に送り込んでいるのは元聖殿騎士の二人と訓練期間を終え、そこそこ動けるようになった奴隷や荒くれ上がりが十数名。
ゴブリンや亜人種共と侮って最低限しか配下を送り込まなかったのは失敗だったようですね。
戦力を追加で送り込む必要がありますか。大半は内政や治安維持に使っているので正直、人数を裂きたくないと言うのが本音ではあったのですが仕方ありませんね。
さて、では誰を送るかですが……真っ先に候補に挙がるのはトラストという自称「剣客」、後は最近こちらに来たラミアですが両方とも扱いに難があります。
ペギーが居れば何かと便利でしたが、彼女はパトリックの所へ戻してしまいました。
考えると惜しい事をしたかもしれないですね。
トラストは兵の訓練や領に絡んだ事では精力的に働いてくれるのですが、いざ戦闘となると動こうとしないのです。理由を問うと「我が剣は主の命によってのみ振るわれる」と言って拒否されました。
私に従わないのは若干不快ですが、ロートフェルト様に忠誠を誓っている事は間違いないのである程度は我慢しましょう。
後者のラミアは意思疎通は辛うじて可能ですが知能が低く、こちらの指示を理解しないので逐次変化する戦いに送るのは躊躇われます。
……となると……。
私は少し思案を巡らせます。
収穫量が減るから余り使いたくはなかったのですがいい機会です。 試してみましょうか。
ゴーレム製作、領内の整備等の費用と収益を計算。
……まぁ、厳しいですが何とかなるでしょう。
いい加減、貯蓄する事を意識した方が良いかもしれませんね。
我ながら膨れ上がった収益に目が眩んで使いすぎました。
自制、自制です。私は軽く咳払いをして話を続けます。
「話は分かりました。しばらくは無理に攻めずに戦線の維持に注力して下さい。近々、増援を送ります」
「了解しました。つきましては――」
「食料や装備、消耗品ですね。下に用意してあります。持って行ってください」
その後、二、三簡単な打ち合わせを済ませるとディランは退室しました。
さて、やれる事はやれる内にやって置きましょうか。
私は部屋から出ると屋敷の地下へ向かいます。
長い階段を下りると広い空間に出ました。
ここはこの屋敷の地下にある空間を丸ごと使っているので広さだけなら屋敷の地上部分が丸ごと入るほどの広さを誇ります。
さて、ここまで広大な空間に何があるのかと言いますと…。
「調子はどうですか?」
私が声をかけると空間が薄く発光して、周囲が見渡せるようになります。
照明は階段までしか設置していないので空間に入ると視界が一切効きません。
空間は一面、蔦などの植物で埋め尽くされています。この部屋の光源はその植物で、薄く緑色の光を放っています。
何て美しい光景なんでしょう。
私は思わず見惚れてしまいました。
その奥から巨大な花が現れます。
それと同時に周囲の光が規則的に明滅しました。
「彼女」は声を出せませんが意思を持つ存在なので思念でのやり取りはできます。
最初はたどたどしかったですが、最近は意思の疎通が円滑に進むようになりました。
彼女の理解が進んでいる証拠でしょう。
私が微笑むと彼女も嬉しそうにします。
彼女では呼び辛いのですが、ロートフェルト様から預かった彼女に勝手に名前を付けるのに抵抗があったからです。
次に話をする時にそれとなく振ってみましょう。
「今回は少しお願いがあって来ました」
彼女が思念で先を促してきました。
「ええ。そろそろ戦力の増強を図ろうと思っています。なので、貴女には強力な植物系の魔物の作成をお願いします。必要な物があれば何でも言ってください。可能な限り直ぐに用意します」
彼女は了解の意を伝えてきましたが、やった事がないので少し時間が欲しいようです。
「分かりました。では、よろしくお願いします」
その後、しばらく雑談――主に私がロートフェルト様をいかに愛しているかの話をして部屋へ戻りました。とても有意義な時間でしたね。
部屋へ戻る為に歩きながら思索に耽ります。
……それにしても……。
ロートフェルト様はいつまであの女を傍に置いておくのでしょう?
確かにあの女の魂はロートフェルト様のオリジナルなのでしょうが、今の私からすれば何の価値もない女です。確かに以前のファティマであれば少しは気にかけたかもしれませんが、今の私からすればどうでもいい事ですね。
何故なら私はあの方の一部。
血よりも濃い繋がりがありますからね。それに比べれば赤の他人同士の愛だの友情だの何と薄っぺらい事か。最初はそのまま送り出しましたが、ロートフェルト様と会えない日が続くと常に傍に居るあの女が妬ましくなりますね。
本音を言えば排除を狙いたい所ですが、万が一にも事が露呈すれば少なくない不興を買ってしまいます。
あの方を怒らせてしまうのは本意ではないので、合法的に排除できる機会が来るまでは大人しくしておきましょう。
あの女とロートフェルト様の間には決して小さくないズレがあります。
何か切っ掛けさえあれば容易く破綻するでしょう。
……その時が来れば――。
「……ふふ」
少し笑みが漏れてしまいます。
あの方が自分の隣で微笑んでいる姿を想像して、私はとても幸せな気分になりました。
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