第84話 「正体」
教会の敷地内に入るとイクバルが待っていた。
イクバルは俺の姿を確認すると胸に手を当てる聖騎士式の敬礼をしている。
そういうのいいから。
「お待ちしていました」
「ご苦労さん。前置きはいい。場所は?」
「こちらになります」
歩き出したイクバルの後に続く。
街で起きている騒ぎのせいで敷地内は閑散としている。
「お前の他にここに詰めている奴は居ないのか?」
「はい。全員街へ出払っています。困った事に指示を出すはずのヘレティルト聖殿騎士が行方不明なので指揮系統も混乱してしまい、それぞれが独自に動いているようです。血の気が多い者は事態の鎮圧に、比較的冷静な者は住民の避難誘導を行っているようですね」
「詳しいな」
「ミクソンと密に連絡を取っているので」
……成程。
大教会のでかい両開きの扉を開いて中に入る。
「随分と酷い有様だな」
「自分が入った時にはすでにこうなっていました」
等間隔に並んでいるはずの椅子や調度品は大半が無残に破壊され、床や壁には大きな傷が刻まれている。
……見た所、鈍器じゃないな。大剣か何かか?
床にかなりの量の血溜まりと一部、腐食したような跡があった。
恐らくここでダーザインと誰か――まぁ、間違いなくグノーシスの関係者だな――が戦ってダーザインが負けて爆散したって所か。
……って事は下に先客がいるのか?
つまりここを調べようとして妨害に遭ったと言う事はここが当たりか?
なら、慎重に降りるとするか。精々潰し合ってもらおう。
状況次第だが、残った方は消耗してるだろうし楽に仕留められそうだ。
俺がそんな皮算用をしていると奥から衝撃音が響く。
前を歩いていたイクバルが足を止めて剣を抜いた。
「階段はその奥か?」
俺は音がした方を指差す。
イクバルは無言で頷く。
そうしている間にも衝撃音がどんどん近づき、扉を突き破って何かが吹っ飛んできた。
俺達は横にズレて躱す。
飛んできた物は教会の床を数回バウンドして壁に激突して止まった。
何が飛んできたんだと視線を向けると、白の鎧を装備した聖殿騎士だ。
結構歳を喰ったおっさんで苦し気に呻いている。
……いや、何だこいつ?
妙だな。おっさんの顔がブレて見える。
誰だっけこいつ。何か見覚えがあるな。
「……ぐ、ぬぅ……おのれ」
ふらつきながら起き上がった聖殿騎士は自分が飛んできた方向を睨む。
おや?顔が変わっているぞ?
さっきまでおっさんだった顔は茶色っぽい髪の三十代後半ぐらい男になっていた。変わる前の顔は一瞬だったからよく見えなかったな。
誰だったか――咄嗟に出てこない。
声を上げたくないので思念を飛ばす。
――イクバル。あの顔に見覚えはあるか?
――……。
返事がないな。俺はイクバルの方へ視線を向けると驚愕に固まっている。
――イクバル!
――はっ!?失礼しました。
俺が強めに思念を送ると我に返ったようだ。
――で?あいつは誰だ?
――……ヴォイド聖堂騎士です。
……聖堂騎士?あぁ、白の鎧を着けてるから分からなかった。
おや?聖堂騎士は不在じゃなかったのか?シェリーファとかいう女はそう言っていたが、ブラフだったのか?
次々と疑問が湧くが、特に気になる疑問があったので質問を変えた。
――ちなみに確認なんだが、ここに吹っ飛ばされた直後のおっさんの顔を見たか?
俺は確認できなかったので見てたかなと期待を込めてイクバルに聞いてみた。
――あります。ヘレティルト聖殿騎士です。
…………あー……そう言う事?
要は聖堂騎士が聖殿騎士に化けたって事か。
ただ、問題は
最近なら、お忍びでここに来る必要があった等、何かしらの理由があるとも取れるが、随分前からだと話が違ってくる。
もしそうなら本物のヘレティルトは殺されている可能性が高い。
まぁ、生きている可能性もゼロではないが……。
さて、ヴォイドは自分より格下になり替わって何がしたいんだろうな?
思いつくとしたら、この騒動の責任の所在だな。
本人は居ない事になっている場所で、何か問題があれば自動的にその場の責任者であるヘレティルトの所為になる。
つまりアレか。今回の騒動の責任を全部ヘレティルトにおっ被せる気だな。
……で自分は知らぬ存ぜぬで通すって事か。
いや、もしかしたら自分が解決しました等とほざくかもしれない。
下の不始末を片付けたって事で色々とうやむやにできるかもしれないだろうし、傷も浅くて済むだろう。
……何とも俗っぽい話だな。
仮にも聖職者なんだろう?そんなマッチポンプしていいのかよ?
霊知とやらを信仰している割には堕落してそうな行動を取っているな。
そこまで考えて首を傾げる。
……なら何でこいつは吹っ飛ばされてきたんだ?
俺はヴォイドが吹っ飛んできた方を見ると真っ黒な何かがゆっくりと歩いてきた。
「ははは。素晴らしい!この魔力量なら中級の中でもかなり上位に位置するぞ!」
耳障りな声が聞こえる。誰だったか――思い出せないが不快な声だと言う事は分かる。
俺はこの声の主に……いや、この声の主は俺に何をしたんだ?
俺――俺は誰だ?
思い出せない。心に何も湧き上がって来ない。思い出せない。
ただ、酷く悲しい事があったのは何となくだが覚えている。
何だろう、俺は――何をしていたんだ。
何かを思い出そうとする事が億劫だ。何もやる気が起きない。
どうしてもやらなければいけない事があった気がする。
「後は準備が出来次第、召喚の儀を行う」
また耳障りな声が聞こえる。
何なんだこいつは?どうしてこうも俺の心を揺さぶるんだ?
声の主を一目見ようと目を開く。
男が見える。見覚えがある。お前は誰だ?誰だ?誰だ?誰だ?誰だ?
男と視線が合う。
「ん?動いたのか?召喚は肉体のみだから動かんはずだが…」
男はこちらを不思議そうに見ている。
「ふん。まぁいい。予定通り『心臓』の摘出を行う!作業にかかれ!」
上から何人もの人が降りてくる。
その内の一人が歩き出そうとして何かに躓きかけた。
どうやら俺に気を取られ過ぎていたらしい。
そいつは舌打ちするとそれに蹴りを入れた。
それはころころと転がって俺の足に当たる。
俺はゆっくりと視線を下げるとそれと目が合った。
――リック。おはよう。
一日の最初に見る顔だった。お日様のような笑顔が魅力的だった。
将来は美人になるだろうと密かに確信していた。
でも、彼女はもう笑わない。俺の記憶の中でしか笑わない。
……サニア。
視線を戻して男を見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。
見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見……思い出した。
瞬間、凄まじい怒りが噴出する。
気が付けば俺は咆哮を上げて男――ヘレティルトに殴りかかった。
ヘレティルトは俺が動くと思っていなかったのか反応が僅かに遅れ、俺の拳を躱さずに受けるが衝撃を逃がしきれずに吹き飛ぶ。
「――が、はっ。馬鹿な。何故動ける!自我は存在しない――まさか触媒の自我が残っているのか!?」
何か言っているが構わずに落ちている大剣を拾って斬りかかる。
ヘレティルトは屈んで躱したが周囲にいた黒ローブ達は躱しきれずに纏めて両断された。
そうだ。思い出した。俺はリックだ。
自分の体がどうなっているか理解できないがヘレティルト。 お前を殺せるならどうでもいい。
俺は視線に殺意を込めてヘレティルトを睨む。
ヘレティルトははっとした表情を浮かべると俺の視線から逃れるように横に飛ぶ。
近くに居た黒ローブが何故か壁に叩きつけられて壁のシミに変わる。
何だ?今のは俺がやったのか?
どうでもいい。今はヘレティルトだ。殺す。殺す。殺す。
「くそっ!魔眼か!?こうなったのは予想外だが摘出を行う!かかれ!」
複数の黒ローブが襲いかかってくるが、今の俺の敵じゃない。
向かってきた端から大剣で切り捨てる。そうしている間に背中に複数の魔法が着弾するが知った事じゃない。
そんな事よりヘレティルトだアイツはどこへ逃げた。
しつこく魔法が飛んでくるので魔法を撃ちこんでくる連中を睨み、念じる。
……潰れろと。
次の瞬間には魔法を唱えていた連中は見えざる鉄槌に潰されたかのように地面の染みになる。
この妙な力の使い方がだんだんわかって来た。
「くそっ!魔法は効果が薄いか。どうにかして動きを止めろ!」
……そこかぁぁぁヘレティルトぉぉぉぉぉ!
俺は声が聞えた方へ大剣を叩きつける。
ヘレティルトは躱しながら何かを投げつけて来た。うっとおしいと俺は手で払いのける。
どうやら瓶のようだ。瓶は俺の手に当たって砕けると中身の液体をぶちまけた。
払いのけた手に痛みが走り、煙が立ち上る。
「聖水は効果があるようだ――がっ!?」
何か言っていたが無視して横薙ぎに大剣を叩きつけた。
ヘレティルトは剣で受けたが威力を殺しきれずに吹き飛んで壁に叩きつけられる。
俺は容赦なく追撃を加える。上段からの振り下ろし。
以前の俺なら振るだけでやっとだったが、今なら片手で軽々と振れた。
転がって躱される。大剣は壁に当たって砕け散った。
俺は内心で舌打ちした後、折れた大剣を投げつけるが剣で弾かれた。
今度は視線に力を込めて潰そうと試みる。
「<偽眼:盲目の視点>」
ヘレティルトが懐から取り出した玉のような物を握り潰したと思ったら視界が闇に染まる。
俺は知った事かと魔法を発動。<火球Ⅲ>を大雑把に方向を定めて撃ちまくった。
以前ならⅠぐらいしか使えなかったが、今はⅢを余裕で連射できる。
自分の変化は疑問だが、ヘレティルトを殺せるなら何でもいいので深くは気にならなかった。
<火球>。<火球>。<火球>。<火球>。<火球>。<火球>。
途中で方向が分からなくなったので、適当に声や気配がする方に打ち込み続けた。
視界が戻ると周囲には消し炭になった黒ローブの残骸と、通路を走っていくヘレティルトが見えた。
再び突き上げるような憤怒が心を染め上げる。
あれだけ大口を叩いておいて都合が悪くなると逃げるのか?
殺してやる。あの男の一挙手一投足が不愉快だった。
殺してやる。あの男がこの世界で息をしているという事実が不快だった。
殺してやる。あの男が存在している事が我慢できなかった。
俺は全力でその背中を追いかける。かなりの距離があったはずだがすぐに追いついた。
充分に近づいた所でその背に拳で一撃を入れようとするが、ヘレティルトは屈んで躱すと腰の剣を俺の伸びきった腕目がけて抜き打つ。
剣が腕に食い込むが、特に何も感じなかった。
「剣よ!力を示せ!」
刃が光を放つと同時に俺の腕が溶けた後、弾け飛んだ。
痛みが走るが無視して残った腕で殴りつける。
そう広くない通路の壁まで吹き飛ばす。俺は追い打ちをかける。
流石に逃げる場所がないので面白いように蹴りが当たる。
一撃、二撃、三――撃目は転がって躱された。
ヘレティルトは血が混じった唾を吐いて出口に向かって逃げる。
逃げるな!殺させろ!
俺はすぐに追いかける。追っている内に腕が再生を始めているが、特に気にならなかった。
ヘレティルトは隠し階段を這うように上がっている所でまた追いつく。
上り切った瞬間に足を掴むとそのまま振り回してやった。
何度も壁に叩きつけた後、扉に向けて全力で投げつける。
ヘレティルトは扉を突き破り、教会の床を何度も跳ねた後、壁にぶつかって止まる。
「……ぐ、ぬぅ……おのれ」
ヘレティルトは呻きながら立ち上がるのが見えた。
そうだ。立て!こんな物で済むと思っているのか?
もっとだ。もっと痛めつけてやる。生まれてきた事を後悔するほどの苦痛を与えて殺してやる。
俺はゆっくりとヘレティルトに向かって足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます