第85話 「視線」
俺は部屋から出て来た奴を観察する。
身長は三メートル前後。形状は完全に人型で、表面は真っ黒。
要は黒いシルエットみたいな見た目だ。顔らしきもの以外の特徴らしい特徴がない。
何だか、某探偵漫画に出てくる黒タイツ見たいなナリをしている。
唯一気になるのは背中から棒のような物が複数生えている事だが、戦闘で刺された物か?
見た感じ悪魔によく似ているが何でヴォイドと戦りあってるんだ?
制御に失敗した?まぁ、何にせよ潰し合ってくれる分には大歓迎だ。
気が済むまでやってくれ。
俺はイクバルに指示を出してそっと距離を取るが、気付かれてしまった。
「……むっ!君達!私はグノーシス聖殿騎士ヘレティルト!現在、狂暴な悪魔と交戦中だ。手強いので援護を頼みたい!」
……何言ってんだこいつ。
俺は思わず失笑を漏らす。気付いてないのか。
イクバルは白け切った視線をヴォイドに向ける。
「悪いけど一人で頑張ってくれ。
ヴォイドは少し驚いたような表情を浮かべると気を取り直したのか表情を元に戻す。
「何を言っているんだ?私は――」
「ヴォイド聖堂騎士?どうしてヘレティルト聖殿騎士を騙っているのですか?」
イクバルの発言に口を閉じると自分の顔を触って驚愕の表情を浮かべている。
その後、体を弄ると首から下げていたペンダントを引っ張り出す。
出てきたペンダントは装飾が見事に破損していた。
察するにヘレティルトに化ける為に使っていた魔法道具か。
あの悪魔との戦闘中に壊れたようだな。
「た、確かに私はヴォイドだがこれには事情があるんだ。色々と言いたい事はあるかもしれな――ガハッ」
言っている途中で悪魔がヴォイドの横っ面を殴りつけた。
ヴォイドは錐揉みしながら吹き飛ぶ。
かなり危ない吹き飛び方をしたはずだが、普通に生きているのは流石は聖堂騎士といった所か?
……それにしても本来の装備なら楽に戦闘を進められたのに馬鹿な奴だ。
聖堂騎士にはそれぞれオーダーメイドの装備が与えられるはずだが、偽装の為に白の鎧を着けていたのが裏目に出たようだ。
悪魔はよほど恨みがあるのか吹き飛んだヴォイドに追いすがると倒れている所に執拗に蹴りを入れた後、足を掴んで振り回し始めた。俺達には見向きもしない。
腐っても聖堂騎士。ヴォイドもタダでやられる気はないようで、振り回されながらもタイミングを見計らって衝撃波のような物を叩き込む。風系統か?
まともに喰らった悪魔は仰け反ってヴォイドから手を放す。
ヴォイドは着地と同時に斬撃二連。ドス黒い液体が飛び散るが、傷はゆっくりと塞がっていく。
安易に刺突を選ばない辺りは流石だ。魔法も威力ではなく行動阻害を念頭に置いている。
明らかに手馴れている動きだが、どうも決め手に欠けているな。
時折、ちらちらとこちらに助けを求める様な視線を向けて来るが、俺は無視して無事な長椅子に腰掛けて完全に観戦を決め込んでいた。
それにしても動き自体は大した物だが、聖堂騎士の実力ってこんな物か?
ダーザインの構成員よりは実力は遥かに上だろうが、油断しなきゃ俺でも勝てるような気がする。
俺の知識上、聖堂騎士って奴はもっと桁が違う存在かと思ったが、やはり人間の延長線上でしかない実力なのか?それとも装備込みでの評価なのか?だとしたら実力を発揮できないのは気の毒だな。
……助ける気は欠片も無いが。
言っている傍からヴォイドが殴り飛ばされている。よく飛ぶなー。
起き上がろうとするといきなり上から何かに押し潰されたかのように地面にべしゃっと倒れる。
床にも放射状に亀裂が入っている所を見ると重力か何かか?
悪魔は多芸だな。ヴォイドが殺された後は俺が戦う事になりそうだし手の内を見せて貰おう。
取りあえず今見せた謎の重力(仮)攻撃には注意だな。
しばらくヴォイドが悪魔に痛めつけられているのを眺めていたが少し飽きて来たので、やれる事をやるとしよう。
……まずは指示出しだな。
――イクバル。ヴォイドの部屋って分かるか?
――はい。学園の最上階です。
――そうか。なら少し頼まれてくれ。
――何でしょう?
――そこに行ってあいつの装備があれば盗んできてくれ。
……どうせこれから死ぬし要らないだろ?貰っといてやるよ。
――分かりました。
イクバルはそっと出口へと歩いて行った。
次はサベージだ。
ハイディを見つけたかどうかを確認すると、臭いは追えているのでそろそろ合流できそうらしい。
最後にミクソンに何か掴めたかを聞くと色々と動き回った結果を教えてくれた。
まずは、光の柱は街の井戸から立ち昇っている。
これは知ってる。
次に街の周囲に広がっている光の壁は突破不可能。
試しに魔法を撃ちこんで見たが効果は無し。
物をぶつけたら消し飛んだらしい。
やはり街から出るのは無理か。サベージに指示――はいいか。勝手にやるだろ。
……どうやったらあの魔法陣は消えるんだろうか?
ヴォイドに視線を向ける。少し目を離している間に随分と酷い有様になったな。
頑丈な白の鎧もいい加減限界のようで、あちこちに凹みや亀裂が入って崩れ始めている。
あいつが死んだら魔法陣って消えるのかな?そう言えばあの悪魔に埋まってた奴が「メ」の同胞とか言ってたが――あいつがそうなのか?
「ぐ、くそっ!」
ヴォイドが腰のポーチから何か取り出して悪魔に向けようとしたが、読まれていたのか手で払いのけられた。何かはヴォイドの手を離れて床を転がる。
……何だあれ?
俺は転がっていった物を拾う。第一印象は大き目のビー玉で、黒っぽい色の玉だ。
感触はブヨブヨとして柔らかい。よくよく見ると中に丸――あ、これってもしかして瞳か?
と言う事は目玉かこれ?あぁ、それで「メ」?メは目玉のメ?
「それを返し――ガハッ」
俺が目玉を拾ったのを見てヴォイドが声を上げるが、途中で攻撃を受けて吹き飛ばされる。
……あーあ。他所見するから。
生ものっぽいので取りあえず口に放り込んで喰った。
問題なく吸収できたが……これってどうやって使うんだ。
察するに悪魔か何かの目を加工した物なんだろうが、使い方が分からん。
それを見たヴォイドが驚愕の表情を浮かべて動きが止まり、また殴られている。
何をやってるんだ?馬鹿なのか?
本当に悪魔の目玉だった場合変わった魔法が使えるはずなんだが――。
何が使えるかだけでも知りたい物だ。模倣するから使って見せてくれないかな。
後は、魔法として使えるようにアレンジするだけだ。
そのまま使えればいいんだが、視線に魔力を乗せて放つのは使い辛い。
単に俺がコントロールできてない事もあるが燃費が悪いし、中途半端に範囲が広いから余計な物にまで当ててしまうので使えはするが使いこなせていない。
一対多の殲滅戦ならそれなりに便利だろうが、現状その予定はない。
……まぁ、前者に関しては何とかなりそうだけどな。
「ガ、ハ」
倒れたヴォイドが悪魔に背中を何度も踏みつけられている。
流石に限界のようで反撃も満足にできていない。
悪魔の方も痛めつけるのに飽きたのか手の平から黒い球体を生み出した。
……とどめを刺す気か。
あの見るからにヤバそうな球は何だろう?
何と言うか……ゲームとかでよくある重力の塊的な奴か?
よく分からんが凄そうだ。喰らったら多分死ぬな。さよならヴォイド。
襲って来た連中の一味だろうし欠片も同情しないが、冥福ぐらいは祈ってやろう。
「<魔眼:制止の視線>」
悪魔の動きが凍り付いたかのように止まる。
「いつまでたっても儀式が進まないから見に来てみれば、同志ヴォイドよ。これはいったいどういう事だ?」
ヴォイドが吹っ飛んできた扉の向こうから黒ローブが一人入って来た。
ただ、他の黒ローブと違ってフードを被っておらず、代わりに鼻から上が赤黒い布で覆われている。
片手を悪魔の方へと翳しており、そのまま歩いて来た。
「す、すまない。同志アイガー。『心臓』の召喚に成功したのだが、触媒の意識が残っており戦闘になってしまった」
「――で、その心臓に叩きのめされたと?情けない。貴様それでも聖堂騎士か?見た所、私が与えた『偽眼』も使い切ったようだな」
アイガーと呼ばれた男は呆れたと言った口調で続ける。
「これでは貴様の『移植』は見送った方が良いかもしれんな」
「そんな、待ってくれ。私は今まで『移植』の為にここまで――」
「言い訳はいい。早く『心臓』を取り出せ」
「わ、分かっ――ガハッ」
ヴォイドが悪魔に何かしようとする前に<爆発Ⅱ>で吹っ飛ばしてやった。
咄嗟に防御したお陰で即死はしなかったようだがあちこち焦げている。
俺はアイガーから遮るように悪魔の前に立つ。
「事情は分からんがこいつは大事な物らしいな」
「これはこれは『
「……またそれか。そのアポストロスってのは何だ?俺はそんな香ばしい名前になった覚えはないが?」
アイガーは口元に笑みを浮かべて俺の方へ顔を向ける。
「私の目は特別でね。見えるんですよ!人間の『業』が!御身が街に入った時にすぐに分かりました!その圧倒的なカァルゥマァァ!」
巻き舌止めろ。ウザイ。
「見た事はなかったが、一目で解りました。降臨されたのでしょう?降りて来たんでしょう?天から!」
天からかは知らんが少なくともここじゃない所からは来たな。
「我等の同胞にも使徒殿がおられます!そしてその眷属になれば祝福を得られる!私は使徒殿の祝福が欲しいのです!」
……何かハアハアしだしたな。聞いてて気持ち悪くなってきた。
「さぁ、使徒殿!私と共にダーザインへ行きましょう。そこでは地位や権力は思いのままです!御身にとっても損の無い話です!さぁ!私の手を取って!」
アイガーは俺に向かって手を伸ばしてくる。
答えは決まり切っていた。
「断る。他を当たれ」
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