第76話 「自棄」

 ……何故だ。


 教会の敷地を出て少しした後、何故か聖騎士が後を尾けてくるんだが……。

 まぁ、さっきのリックの尾行よりは流石に上手かったが、気づかないほどじゃないな。

 あれ?俺って可哀想な被害者って形で落ち着いたはずなのに何で尾行されてるんだ?


 ……何か怒らせるような事をしただろうか?


 帰る途中に探知系の魔法を使いまくって構造を調べたのがまずかったのだろうか?

 一応、気付かれ難い<地探>をメインに使ったんだが、バレて警戒させてしまった?

 分からん。取りあえず今は保留しよう。

 

 女聖殿騎士の話で得る物は皆無だったが収穫自体はあった。

 あの学園――と言うより敷地だな。少し気になる構造をしている。

 地下があるようだ。


 帰る途中に送ってくれた聖騎士にそれとなく探りを入れてみたが、地下室はあるにはあるが倉庫として使用しているだけで、大した広さはないと言われた。 

 <地探>は魔力を通して地面に接触している奴の反応を見る魔法だ。

 つまり地面より上、何も無い空間は索敵の範囲外と言う事になる。


 俺は建物全体に魔法を走らせた。

 すると、動いている人間の反応が分かり、逆に感覚が届かない所には空間があるのが分かる。

 そうするとあら不思議。建物の構造が大雑把だが把握できるわけだ。

 

 ただ、欠点として木造の建築物と何かしらの魔法的な防御を施された部屋は見通す事が出来ない。

 前者の理由で学園や教会のような石造りの建物でないと効果がなく、後者はまぁ、重要な場所を守るための措置なのだろうが逆に浮き彫りになるから見えない事で色々と分かるんだがな。

 

 ちなみに学園では最上階の一角と、地下の大部分がそうだった。

 その時点でもう怪しいとか怪しくないとか言うレベルをとっくに超えている。


 ……考えを整理しよう。


 まず、ダーザインの目的は現在不明。

 やっている事は人攫いで、恐らくは悪魔召喚の類に使用するものと思われるが、ここまで大掛かりに動いてる所を見ると、それだけじゃないような気もする。


 次に拠点。

 今まで調べた限りでは最も怪しいのがグノーシス教会の地下。

 消去法に近く、根拠が薄いがもう残っているのがあそこしかない。

 

 最後に敵の正体。

 ダーザインなのはほぼ確定なのだが、グノーシスの一部も加担している模様。

 あのリックとシェリーファは違うような気もするが、その『上』は怪しい。


 特に現在指揮を取っているとか言う聖殿騎士は怪しすぎる。

 正直、捜査を意図的に撹乱している気配があるので恐らくはダーザインと通じているだろう。

 もしかしたら殺してなり替わっている線は――ないか。


 地下にあれだけの物を拵えるのは一朝一夕じゃ無理だ。

 

 ……困った。 本当に困った。


 相手がダーザインだけなら何とかなるが、グノーシスまで敵に回すのはまずい。

 あちこちに教会を建てている時点で察しが付くが、グノーシスの影響力は強く、敵に回した場合は文字通り社会的に殺されてしまう可能性すらある。


 そうなったら俺の旅は逃亡生活になってしまう。

 そして、それはこの街から逃げた場合も同様だ。

 その場合グノーシスには目を付けられないだろうが、ダーザインは執拗に追ってくるだろう。


 いや、裏で通じているなら最終的には同じ結果になるのか。

 ちょっと絡んで来た馬鹿を始末しただけなのにどうしてこうなった。

 俺は頭を抱える。


 今、俺を尾けている連中もダーザインの息のかかった連中の可能性もある訳だ。

 いや、待て。 そうなってくるとグノーシスが管理している遺跡も怪しくなってきたな。

 こうなってくると街自体が俺を陥れようとしている気すらしてくるぞ。


 そう考えると胸からドス黒い物が湧き上がってくる。あ、これはヤバいかも。

 

 ……そうだ。街の人間を皆殺しにしよう。全て消し去ればいいんだ。

 

 名案じゃないか!まずは街の出入り口を塞いで、その後に片っ端から街の人間を操って殺し合わせるんだ。その騒ぎに乗じて聖騎士や聖殿騎士から情報を引き抜きつつこちらの駒にしてダーザインと潰し合わせる。そこそこ手強い奴は俺とサベージで始末すればいい。

 

 最終的に街を廃墟にして、住民も皆殺しにして完了だ!何なら仕上げに俺が魔法で更地にしてもいい。

 証拠以前に何も残らんな!まさに完璧なアイデア……じゃないな。

 俺は何度も深呼吸を繰り返して物騒な考えを吐き出す。


 自棄になっても碌な事にならん。

 やるにしても完全に詰んでからだ。

 それにしても手を付けるべき問題が多すぎる。まずは一つ一つ片付けよう。


 ……差し当たっては手を増やすとしよう――尾行は二人か。


 俺はしばらく歩き人気のない所へ向かう。

 適当な所で魔法で周辺索敵して確認後、走って路地に入る。

 尾行していた連中が慌てて追いかけてくる気配がした。


 路地に入って来た所で手前の一人を掌底で顎を打ち抜いて意識を刈り取る。

 装備を見る限り聖騎士になりたての見習いか。

 残りは驚きつつも腰の剣に手を伸ばそうとしたが遅い。


 左から側頭部テンプルに一撃。あ、倒れずに耐えた。

 右にもう一撃入れて今度こそ意識を飛ばす。

 さて、意識を奪えたと言う事はダーザインとは無関係か?


 まぁいい。記憶を見れば一発だ。

 周囲を警戒しつつ記憶を吸い出して『根』を植え付ける。

 

 イクバルとミクソン。

 それが目の前の二人の名で、シェリーファの命令で俺の後を尾けたらしい。

 あの女何だかんだ言ってしっかり疑ってるじゃねーか。

 

 取りあえず、こいつ等はダーザインとの関係はなし。

 吸い出した記憶によると現在、聖騎士達の指揮を取っているのはヘレティルトとかいうおっさんらしい。

 長く聖殿騎士を務めている熟練者ベテランで下からの信頼も厚いようだ。

 

 ……ベテランねぇ。


 長く務めているとは言っても裏を返せば出世が頭打ちになっているとも取れるな。

 

 「さて、お前達は片方は適当に理由を付けて戻り、もう片方は俺の尾行を続けろ。戻った方は学園の地下を調べて、隠し通路の類を見つけたら俺に報告。その後俺が入れるように手引きを頼む」

 「分かりました」

 「お任せください」

 

 俺は「行け」と言って二人を開放する。

 二人は音もなく路地から出て行った。

 地下に関してはこれで何かしら分かるだろう。


 後は遺跡と――あぁ、そう言えば連中が街外れで消えた事も気になるな。

 その前にハイディに事情を話さないとまずいか。

 何だかんだで丸一日放置してしまった。


 取りあえず監視していたサベージに連絡を取ると、昼前に出かけたきり戻ってないらしい。

 おいおい、大人しくしてろと――いや、これはろくに説明しないで放置した俺が悪いな。

 まぁ、あいつだったらそう簡単にはやられんか。


 説明する手間が省けたと前向きに考えよう。

 ……とは言っても過信はせずに少し急ぐか。

 ハイディが連中と出くわす前に俺が攻めればこっちに集中するだろう。


 俺は街外れに向かう事にした。






 ……さて、見失ったのはここらのはずだが――。

  

 街外れまで来たのは良いが、周りにあるのは使っていない廃屋ぐらいしかないな。

 そう言えば前から気にはなっていたんだが何でこんなに廃屋が多いんだ?

 

 ――理由を知っているか?


 俺は後ろで隠れているミクソンに思念を飛ばす。


 ――はい。人口の減少に伴い街の中心に住民の移動を行った結果だと聞いております。

 

 要は区画整理か。


 ――ちなみにそれってグノーシスが主導でやったりしたか。


 ――その通りです。


 怪しすぎる。絶対に何かあるな…とは言った物のこの辺は軽く見たんだが…。

 魔法で周囲の気配を探りながら周囲を軽く見る。

 特に反応はないな。


 見えるのも廃屋と精々井戸ぐらいなものだ。

 

 ……井戸?


 俺は流されながら確認した地下の回廊を思い出す。

 あれ?この辺りって地下に水路通ってたか?

 その辺に落ちている石を拾って井戸に放り込む。


 少し置いて着水する音が聞こえるが浅いな。 

 俺は<地探>で地面の下に的を絞る。


 ……まじか。


 不自然に見えない個所がある。

 近くで隠れているミクソンに変化があれば報告しろと思念を送って俺は井戸の中に飛び降りた。

 着水。やはり浅い。水は俺の腰辺りまでしかない上に水の流れが弱い。


 井戸に見せかけた出入り口だった訳だ。俺は内心で溜息を吐く。

 何と言うか、蓋を開ければチープなトリックだったな。

 井戸は下で全部繋がっているって先入観に騙された。


 そりゃ探しても見つからないだろうよ。

 逃げた連中は早々に井戸の中に隠れてるんだ。聖騎士の連中が気付かん訳だ。

 増水で水が増えているから意識が向きにくいのも一因か。


 俺は水をかき分けて奥へ進む。

 しばらく行くと大きな段差とその先に扉があったので水から上がって扉を開ける。

 特に鍵はかかっていないようだ。扉の先は階段で下に向かって暗い空間が続く。

 

 ……凄いな。


 街の地下にこんな規模の隠し通路があるのもそうだが、それを用意したダーザインの組織力もまた凄まじい。というかどういう構造をしているんだ?下って事は水脈より下って事だろ?

 そもそも街の地下にこれだけ物があると言う事は街の起こりの時点で既に作っていたと言う事か?

 この街が築何年かは知らんが、そんな時代からこの街を裏から操っていた事を考えると「面倒なのに目を付けられたな」という思いが湧き上がってくる。


 階段を下りている途中、ふと気になって壁を触ってみた。

 ツルツルとした滑らかな手触りが伝わってくる。


 ……これって遺跡と同じ壁じゃないか?


 それなら俺の魔法を弾く理由も説明がつく。

 遺跡と同じ材質の壁を使っているのか…ここも遺跡・・・・・なのか。


 ……後者と考えた方が自然だな。


 魔法を弾く性質を持った建材は俺の知る限り無くはないといったレベルでしか存在しない以上、これだけの量を揃えるのは難しいだろう。


 なら、ここは街ができる以前からあってそれをダーザインが利用している…が正解か。

 そうなるとダーザインとここのグノーシスの関係ってもう癒着としか言いようがないぞ。

 仮にダーザインを皆殺しにしても聖殿騎士と繋がっているならそっちの始末も付ける必要が出てくる。


 最低限、指揮を取っているヘレティルトとか言う奴は操るなり仕留めるなりしないとまずいな。


 ……後の事は後で考えよう。


 俺は色々な事を棚上げしつつ重い気分で階段を下りて行った。

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