第77話 「触媒」
……そろそろか。
結構な長さの階段を下りた先は広い空間だった。
人の気配は…居るな。数は六人って所か。
空間には入らずにそっと階段の陰から覗き込む。
最近お馴染みの黒ローブが五人と――何だあれは?奥に何かでかい奴がいる。
身長は五メートル前後と言った所か?肌は真っ黒で背中に羽――ってどうみても悪魔じゃないか。
前回見た奴と違って頭が人間に近い形をしている。
……で胸から人間の上半身が生えていた。
他は普通の黒ローブだな一人妙にでかい鉄の籠?のような物を持っているがそれ以外は特に気になる事はない。
俺はどうした物かと考える。
悪魔は見た所しっかり制御されているようなので、前回やりあった奴より手強そうだ。
……確か悪魔は体のどこかにある魔石を引っこ抜けばいいんだったな。
その辺はファティマから引き出した情報で知っていた。
悪魔召喚に必要な物は――。
・触媒となる人間。
・召喚する為の魔法陣。
・核となる魔石。
触媒となる人間の質はファティマ曰く『
記憶を覗いた俺にも今一つ理解できなかったが、罪人や悪行を重ねた人間がカルマとやらを多く持っているらしい。文字通り業と言う訳だ。
ライアードも研究はしていたがその辺の理解は浅い。
聖殿騎士の知識にも少し似たような物があったな。
グノーシスの基本思想の一部だ。
グノーシス。
その教えの基本は『霊』と『肉体』。
霊は人の本質となる純粋な物で、肉体は霊を育てる揺り籠らしい。
さて、その霊とやらをどうやって育てるのかと言うと『知識』――要は知る事で育てるようだ。
何でも知ればいい訳ではなく彼ら曰く『正しい知識』とやらを溜めこむ事で『知識』は『霊知』に昇華され霊を育てる滋養となるらしい。
逆に『正しくない知識』を溜めこむと霊に穢れが溜まり『堕落』するらしい。
有り体に言うと「良い事したら天国に行けて悪い事したら地獄行きになるよ」って事か?
正直、日本だったら「ふーん」で流すだろうが、ここは魔法なんて
……さっきから「らしい」ばっかりだが、記憶を覗いても確証にまで至れないのだ。
何でグノーシスの連中は何の疑いもなく信じているのか疑問だが、昔から刷り込まれていると考えるとそんな物なのか?と一応は納得した。
ここからは俺の私見だが、『霊』は俺が認識している『魂』と同一だろう。
だが、『霊知』と『堕落』によって魂がどう影響を受けているかが理解出来ない。
魂に触れる機会は今後もあるだろうし要検証だな。
少し脱線したが、触媒に適した人間は業――グノーシスでいう所の『堕落』した魂が好ましいと言う事だ。
……それだけじゃない気もするが、今の所は何とも言えんな。
あの黒ローブ共の記憶を奪えれば何か分かるかもしれんが難しいだろう。
次に魔法陣。
こいつは分かりやすい。円の中に特定の図形と文字を組み合わせた物を書き込めばいいだけだ。
大きさは触媒の数に比例して、複数の人間を生贄にする場合はそれに見合った大きさにする必要があるらしい。
最後に核となる魔石。
呼び出した悪魔を定着させる為に必要で、それがないと呼び出しても形を維持できない。
これも質によって呼び出した悪魔に違いが出るようだ。
……まぁ、今の所自分で呼び出したいとは思わんしその辺はどうでもいい話だな。
さて、隠れていても何にもならんしやるか。
ここを調べて何も無いようなら街の怪しい井戸を片端から調べるとしよう。
魔法を全開で起動。
<爆発Ⅱ>を六つ同時展開。
周囲への被害?密閉空間での火系統の使用?
俺には関係のない話だな。どうせ壁は魔法では壊せんのだから思いっきりやればいい。
俺は物陰から飛び出すと同時に発射。
指向性を持った爆炎と衝撃が六つ。黒ローブと悪魔を襲う。
飛び出した俺にすぐに気が付いたのは流石だが遅い。
轟音。
炎と衝撃が空間を埋め尽くす。
俺は油断せずに防御用の魔法を展開して反撃に備える。
……雑魚は死んだか、最低でも戦闘不能だろうが悪魔は――。
俺の予想通りに悪魔が爆炎を割って突っ込んで来た。
拳が唸りを上げて俺の顔めがけて振り下ろされる。
俺は横にずれて躱しながら腰の剣を抜いて振り下ろされた腕に切りつけた。
剣は肉に食い込み――止まった。
押しても動かなかったので諦めて剣を手放す。
悪魔の脇を抜けて空間の中に入る。
風が起こり炎と煙が吹き散らされた。悪魔の仕業か。
見通しが良くなった所で俺は改めて空間を見る。
円形で上が恐ろしく高い。俯瞰で見ると円筒形に近い構造のようだ。
ちなみに他の黒ローブは文字通り消し炭になっており、辛うじて人の形をしている黒い墨がいくつか転がっていた。
『キ、キサマハ……『メ』ノドウホウガミツケタ『アポストロス』カ』
……メ?アポ?――俺の事か?
「何の話だ?」
悪魔の胴体に埋まっている上半身が俺を睨み付ける。
『ソレホドノソヨウヲサズカッテオキナガラナゼワレラノシュクフクヲコバム!?』
何を言っているのかさっぱり分からんので妄言の類と取る事にした。
俺は無視して腕を一閃。手の平から生やした茨の鞭で悪魔を打ち据える。
折角、植物をある程度操れるようになったんだ、大っぴらに使えないしいい機会だ。
試したいからサンドバッグになってくれ。
かなりの量の蔦を編み込み、表面にはびっしり茨が生えた鞭だ。
人間の方ではなく悪魔の方の頭を執拗に狙う。
<枯死>を使われると厄介だ。
アレは視線に乗せられるみたいだし、なるべく視線がこちらに向かないように動きながら攻撃を続ける。
常に相手の視界に入らないように立ち回った。砂にされても敵わんしな。
『キサマァァァァァァァァ!!』
散々痛めつけられて、悪魔に埋まっている方の顔が吼える。
……うるさい。はっきり喋れ。
空いた腕をハエトリグサに変化させて一気に伸ばす。
喰らいつく前に口腔内に消化液を充填。
頭を丸ごと銜え込む。
『アガァァァァァァァァ!!』
デス・ワームの外殻ですら溶かす消化液だ。
生身で喰らったらひとたまりもないだろう。
口の中で悪魔の頭部が溶けて行くのを感じる。
胴体から生えている上半身が痛みに苦しむ。
さて、再生する前に本体の魔石を抉り出すか。
痛覚が働いている分動きが悪く、なまじ自分で操作しているから前にやりあった奴よりむしろ弱いな。
伸ばしたハエトリグサの腕を縮めて体ごと移動する。
間合いに入る前に脇から新しい腕を生やす。
手が届く距離に入った所で胴体から生えている頭を掴んで180°回転させる。
『カハッ』
悲鳴が途切れる。
手を放して抜き手で胸の真ん中を貫く。
体内で魔法を起動。使うのはもはやお馴染みの<爆発>。
起動。悪魔の上半身が大きく膨らむ。
おや?弾けないな。追加でもう3発纏めて叩き込んだ。
今度こそ上半身が弾け飛んで赤黒い肉片と妙に黒い液体が飛び散る。
「………」
至近距離だったので思いっきり引っ被ってしまった。
全身がえらい事になったが――まぁ、勝てたな。
俺は溜息を吐いて魔法で水を出して全身を清めながら周囲を確認する。
再生はしないな。上手い事魔石を吹っ飛ばせたらしい。後、他の死体の数は合うな。
よし、全滅させたな。所持品の類――ほとんどダメか。
幸いかどうかは微妙だが全身消し炭にしたお陰で、例の自爆機能は働かなかったようだ。
お陰で連中が大事そうに持っていた鉄の籠だけは何とか焼け残っていた。
俺はそれを拾い上げて全体を眺める。
どう見ても籠だな。細い鉄を編み込んで作ったような形だ。
開けようとしたが熱で変形したのか開かない。
面倒なので地面に置いて魔法を叩き込んだ。
風の塊を叩き込まれた籠は口を開け、その中身を露わにした。
中身を見た俺は――。
「何だこれ?」
――そんな間抜けな声を出してしまった。
「そうか、分かった。下がっていい」
「分かりました。では、失礼します」
執務室から部下のイクバルが出ていくのを見送ると、私――シェリーファは軽く息を吐く。
もう一人の部下であるミクソンと共にさっき話をしたローと言う冒険者の監視を命じていた。
今の所に不審な所はないと報告を受けた所だ。
リックが妙に疑っていたので尾行を付けてみたが、不審な点は今の所見つかっていない。
……リックの考えすぎか。
確かに怪しくはあったが、来た時期が事件の起こった後だ。
連中の一味と断ずるには根拠が足りない。
確かに怪しくはあったし、あまり褒められた事ではないが彼が一味であった場合は捜査が一気に進展するので期待がなかった訳ではないが、杞憂だったようだ。
……それにしても……。
本格的に動いて随分と日数が経っている。
何故見つからない?
そんな思いが脳裏に渦巻き苛立ちが募る。
街の使われていない建物の探索はそろそろ終わりつつある。
……にも拘らずダーザインの拠点は発見できない。
何かがおかしい。そう思うが具体的に何がおかしいのか分からない。
――捜査が進まない理由に何か思い当たる事はないか?
不意に脳裏にあの冒険者の言葉が通り抜ける。
進まない理由?単に連中が巧妙に隠れているだけではないのか?
何故だ?何故あの言葉がそんなに気になる?
喉元で何かが引っかかるような感覚。
気持ちが悪い。何だ?何かがおかしい。
私は椅子に深く身を沈めて、考え事に集中する。
理由、見つからない理由――何かが邪魔をしている?
……だとしたら何が――。
今までの自分達の行動を思い起こす。
捜査方針、実際に行った事、起こった事、一つ一つ思い出していくと…。
「……おかしい」
確かに妙だ。
事件が起こっているのは街中だと言うのに不自然なぐらいに街の外れに捜査が集中している。
結果、何の成果も上がらずに被害だけが増加。
そして、偶然とはいえ学生であるリック達が誘拐の場面に遭遇する始末。
……これは何もない所に誘導されているとしか――。
なら誰が?
真っ先に浮かんだのは指揮を取っている……。
「馬鹿な」
私は思わず声を上げる。有り得ない。
聖殿騎士が――霊知を紡ぎし我等がそんな――。
どうする?確認を――いや、それは……。
考えが纏まらない。
私は頭を乱暴にかきむしると部屋を後にした。
……少し休もう。
仮眠を取って一度、頭の中を空にして考えよう。
棚上げとは分かっていたがそうせざるを得なかった。
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