第75話 「疑惑」
「……つまりあなた自身には襲われる謂れは全くないと?」
無言で頷く。
場所は変わってここはグノーシス神学園――その一角にある聖騎士の詰所。
俺は聖騎士達に連れられてここまで案内されたのだが……。
……正直、ここは一度見ておきたかったので好都合だった。
詰所とか言ってたからもっと狭苦しい所かとも思ったがそうでもなかったな。
高価そうな調度品に数十人は寛げそうなスペース。
何と言うか、金がかかってそうな部屋だ。
俺はソファーに腰を沈めて向かいにいるシェリーファとか言う聖殿騎士と話をしていた。
因みに勝手についてきたリックは部屋の隅で腕を組んでいる。
……とは言っても俺が一方的に話を聞くだけになっているがな。
俺は基本的に「訳も分からずにいきなり襲われた被害者」で通してるので出せる情報がない。
「そうか、やはり奴らは無差別に人を襲っていると考えるべきなのか……」
シェリーファは考え込むように顎に手を当てる。
「考え込んでいる所悪いが、こっちは情報を出したんだ。そちらも何かしら教えてくれるとありがたいのだが?」
大した話をしていないくせに我ながら図々しいなと思いながら情報を要求した。
シェリーファは苦笑しながら「流石は冒険者だな」と言って調査状況を話し始める。
……が。
結果だけ先に言うとこれと言った収穫はなかった。
聖騎士は街の廃屋をメインに捜索を続けているが、特に成果はなく現在は足踏みしている状態らしい。
「質問しても?」
俺は話が一段落した所で質問する事にした。
いくつか気になる事がある。
「あぁ。私に答えられることであれば何でも聞いてくれ」
「まず、この捜索の指揮を取っているのは誰だ?」
「この地を預かる聖堂騎士様は不在だ。現在は最も序列の高い聖殿騎士が指揮を取っている」
「なるほど」
誰とは言わない辺りは慎重だな。
それにしても都合よくトップの聖堂騎士がいないとは…。
正直、消去法でここを疑っていたが…ちょっと怪しいな。
全部がグルとは言わんが一部は腐ってそうだ。
こいつ等はその辺どう思ってるんだ?
「それと、捜査が進まない理由に何か思い当たる事はないか?」
「……進まない理由?」
不思議そうな顔をする女聖殿騎士を見て――あぁ、こいつダメだと思った。
この反応だとそもそも身内を疑うって発想自体がないのか?
清廉潔白と言えば聞こえはいいが、見方を変えれば視野が狭いだけの愚か者だ。
こういう奴は使う奴からしたらさぞかし操りやすいだろうな。
「いや、すまん。他意は無いんだ」
指摘せずに濁しておいた。言っても怒らせるだけだろうしな。
その後も捜査の方針等、当たり障りのない事を聞いて話を終えた。
俺も用事は済んだので立ち上がる。
シェリーファも俺に続いて席を立つ。
「協力に感謝する」
そう言ってシェリーファは手を差し出してくる。
俺は差し出された手を握って頷いておいた。
……まぁ、頑張ってくれ。
俺は聖騎士に見送られて教会を後にした。
「行ったか」
ローと名乗る冒険者が部屋を出た所でシェリーファ教官が口を開いた。
俺――リックは教官の方へ向き直る。
「さて、リック。君は彼の事をどう思う?」
「どう、とは?」
教官は俺に座るように促して自分もそれに倣う。
「彼は無関係だと思うか?」
「教官は彼が何か関係があると?」
「あぁ、私は相手の目を見ればある程度、言葉の真贋は分かるのだが…あの男の目はどちらとも取れなかった」
「それはどう言う――」
「これは私の経験から来ているのだが、人は言葉を発する時や質問を受けた時に目に何かしらの波紋が起こる。私はそれを見て言葉の真贋を確かめているのだが、さっきの男は奇妙な事にその波紋が全く起こらなかったのだ。正直、見た事がない反応に戸惑っている」
「つまり、あの男は普通じゃないと言う事ですか?」
教官は少し間を置いて頷く。
「あぁ、底知れない物を感じた。それで、先に接触した君から詳しい事情を聞いておきたいんだが、あの男についてどんな些細な事でもいい教えてくれないか?」
「……分かりました。まず、出会った経緯からお話しします」
ダーザインの構成員を探して街を歩いていた事。
その途中で高級宿からあの男が出て来たので気になった事。
「話の腰を折って済まないが何故気になったのだ?」
「はい。教官もご存知かもしれませんがあの宿はこの街では五指に入る程の高級宿です。そこに青の
俺は「それともう一つ」と言って話を続ける。
「宿の備え付けの厩舎に出入りしているのを見たのですが、あの男なんと地竜を使役しているようで――」
教官が驚いて目を見開くが構わずに話を続ける。
「最近、噂になっているらしいのです、地竜を使役した男が新種の魔物を自作自演で討伐して名を上げている話を。俺はあの男がそうだと確信しました。そんな胡散臭い男がいきなり街に現れたのでなおの事気になり後を尾ける事にしました。……その後は教官もご存じの通りです」
「……なるほど。では、もう一つ教えてくれ。あの男の実力はどうだった?ダーザインの襲撃を返り討ちにしたと言う時点でかなりの使い手なのは分かるが、俄かには信じられんな。私も何度か戦ったが奴らは一人一人が聖騎士を上回るほどの実力者だ。それを無傷で撃退するなど――」
確かに教官の言う事ももっともだ。俺自身、投げ飛ばされて少し意識が飛んでいたから最後しか見ていなかったが……。
「恥ずかしい話ですが、俺――じゃなくて私自身も少しの間意識を失っていたので戦闘自体は、最後だけしか見ていません。ですが、魔法、体術の両方をかなり高い水準で修めていると思われます。正直、あれ程の実力があって青の冒険者なのが信じられないぐらい……」
言いかけて思った。
少なくともあの黒ローブを二人、文字通り瞬殺したのだ。
並ではないのは確かだろう。
……いや……。
そこでふと疑問が持ち上がる。
何かがおかしい。そう思い疑問を口にする。
「……教官、もしかしたら。それもあの男の演技かもしれません」
「どういう事だ?」
「私は戦闘を最後しか見ていません。そしてダーザインの構成員の特徴は死体が残らない事にあります」
そう、ダーザインはどう言う訳か死体はおろか所持品さえ残らないので構成員の素性が全く掴めないのだ。
「つまりそれを利用した自作自演――と?」
「はい。あの男には前科があります。可能性は充分にあり得えます」
冷静に考えるとあの男は怪しすぎる。
やはり黒なのか?なら目的は何だ?
まさかここに入る為なのか?
「……そうか。なら、我々の管理下に置くべきだろうな」
教官は少し考えた後――。
「監視を付けるか、それともギルド経由で『協力』という形で手元に置くか……」
などと呟いている。
確かに怪しいが黒と決まった訳じゃない。
見極めが必要か。
「……とにかく、判断する為にも監視は必要だな。リック、明日も早い、今日の所は帰るんだ。監視の件は上と相談してみる」
「分かりました」
俺は教官の言葉に頷いて学園を後にした。
「来てやったぞ!彼女を放せ!」
闇の中。
その中で一点だけ明かりが灯された場所は広い空間になっており、その中央に黄色のプレートをぶら下げた冒険者が剣を持って立っている。
それを黒いローブを纏った者共が見下ろしていた。
冒険者はこの空間の構造を薄くだが掴んでいた。円筒形で壁に等間隔で横穴のような物があり、気配の主はそこからこちらを窺っているのだろうと考えていた。
数は分からないが無数の視線が己に突き刺さるのを冒険者は感じていた。
黒ローブ達は冒険者に何かを期待するかのような熱が籠っている。
「よく来たな。待っていたぞ」
声を上げた黒ローブが一人飛び降りて冒険者と向かい合う位置に降り立つと、被っているフードを外す。
露わになった素顔に冒険者は怯んだように後ずさる。
異様な風貌の男だった。
鼻から上が赤黒い包帯のような布で隙間なく覆われており口元しか分からない。
あれでは視界が効かないのでは? という考えが脳裏をよぎったが、ここに来た目的を思い出して男を睨み付ける。
「お前たちの言う通り誰にも告げずにここまで来た!約束通り俺の彼女を解放しろ!」
冒険者がここまで来たのは苦楽を共にし、将来を誓い合った彼女を救う為だ。
目の前で連れ去られ、人質に取られると言う屈辱に耐え、言われるままここまで来た。
「心配するな。女は無事だ」
包帯男は指を鳴らす。
すると男の隣の空間から滲み出るように女性――冒険者の仲間が現れた。
彼女は直立してはいるが目は薄く開き意識があるかは怪しい。
「ソーナ!」
冒険者は叫ぶように名を呼ぶがソーナは答えない。
「約束だ。女は解放しよう」
包帯男はソーナを軽く突き飛ばすとフラフラと冒険者の下へ歩き出す。
冒険者は駆け寄って抱きしめようとして――顔に何かがかかった。
「あ、れ?」
ソーナの首から上がいつの間にか消えていた。
冗談のように首がない体から血が噴き出す。
「解放してやったぞ?生と言う不自由からな」
堪え切れずに笑いだす。
「なぁ?どんな気持ちだ?感想を聞かせてくれよ?」
冒険者は頭部を失った体を見て、笑う黒ローブを見て――。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
怨嗟の咆哮をあげて黒ローブに飛びかかろうとし――
「ぐぶっ!」
――上から大量に降り注いだ槍に全身を貫かれて絶命した。
冒険者は地面に縫い止められたまま血溜まりがゆっくりと広がっていく。
『我等は道なり。我等は真理なり。我等は命なり』
その場を見ていた黒ローブ達が一斉に声を上げる。
『我等は命と死。祝福と呪詛を与えよう』
広がった血溜まりが意思を持ったかのように蠢き、文字のような物を描いて消えていく。
『我等は我等の内臓を造り、我等の胎で組み上げよう』
血が消えていくにつれて冒険者の体に変化が現れる。
肌が黒く染まりボキボキという嫌な音と共に骨格が変形していく。
『我等は告げよう。我等は皆、眠らずに変わるのだ』
変化はしばらくの間続き――終わった後にはそこには冒険者は居なく、異形の者がそこに立っていた。
包帯男は目の前の結果に満足げな笑みを浮かべる。
「数は充分揃った。そろそろ本命を狙うとするか?なぁ、同胞よ?」
顔を上げて黒ローブの一人に視線を向ける。
向けられた黒ローブも応じるように笑みを浮かべた。
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