第68話 「誘拐」
話していると時間が経つもの早く、気が付けば夜になっていた。
俺は店の外で二人を見送る。
「今日は楽しかったよ。ありがとう」
「また明日学園でな」
「仕事、頑張んなさいよ」
別れる前に言って置くことがあったな。
「少し待ってくれ。あのさ。近い内にサニアを連れてどこかへ遊びに行かないか?」
二人はそれだけで大体察してくれたようだ。
「いいぜ。俺の予定はどうとでもなるから日取りが決まったら早めに教えてくれ」
「私もいつでも行けるから早めに教えなさいよ」
「分かった。具体的な行先とかはおいおい詰めていこう」
二人は「日帰りできる所を探してみる」と言って帰っていった。
俺は二人が見えなくなった所で店に戻る。
さぁ、今日も仕事頑張ろう。
翌日、俺はいつもの日常を過ごす……はずだった。
変化があったのは午前の体力作りを終え、昼食を取った後の事だ。
シェリーファ教官が教室に入って来た所まではいつも通りだったが今日は恰好が違った。
聖殿騎士の装備「白の鎧」に腰には愛剣。
どう見ても完全武装だった。
「すまない。これから座学の時間なんだが、急に任務で行かなければならなくなった」
皆が怪訝な顔をする中で教官が話を続ける。
「知っている者もいるかもしれないが街で誘拐事件が起こった。ここ最近、街の住人の失踪が数件あったのだが昨日に不審者が子供を連れ去っている者を目撃したと言う通報があった」
それってガーバスの言ってた話か。
俺は思わず立ち上がる。
「教官。もしかして最近噂のダーザインですか?」
教官は少し驚いた顔をする。
「驚いたな。確定ではないが恐らくそうだと思われる。本来なら国の騎士団に任せる事なのだが、相手が相手なのでな。皆も知っての通りこの街は広い。お陰で人手が足りずに私も駆り出される事になったよ」
教官は「座学は少ししたら代理が来るのでそのままで待つように」と言って教室から出て行った。
「お前の昨日の話、本当だったみたいだな」
「あぁ、ってお前信じてなかったのかよ!?」
「直接見た訳じゃないんでしょ?それなら話半分に聞かれるのは当たり前でしょうが」
俺がガーバスに声をかけるとレフィーアも話に入ってくる。
「ガーバス。他に詳しい話知らないのか?」
ガーバスは考え込むように少し唸る。
「実際、俺の聞いた話はダーザインの印を体に付けた奴が目撃されたのと、それと同じ時期に若い女子供を中心に行方不明の捜索依頼がギルドに来たって内容で、俺はそれを聞いて連中が怪しい実験だか儀式だかに利用するために攫ってるんじゃないかって思った訳だ」
なるほど。
「攫ってる所を見たって訳じゃないのね」
「あぁ、昨日の時点では俺の憶測混じりだったが、教官達が本腰入れて動くならこりゃ本当に連中の仕業っぽいな」
「ちなみに連中が人攫って監禁できそうな場所に心当たりは?」
俺の質問にガーバスから表情が消える。
レフィーアも目を細めた。
「お前、妙な事を考えてるんじゃないだろうな?」
「余計な事をするつもりはない。一応、教官に伝えて捜索の助けにでもなればと思ってな」
ガーバスは軽く息を吐く。
「監禁できるだけってならいくらでもあるだろ。極端な例を挙げるなら、その辺の民家襲って住んでる人間黙らせればいいだけの話だ。それに一ヶ所とも限らないだろ?」
「じゃあ一ヶ所だけだとしたら?」
俺は話を続ける。
「ダーザインはグノーシスから討伐対象に認定されてるんだ。ここは神学園があり、グノーシスの影響力が強い――と言うよりはお膝元と言ってもいいかもしれない。そんな場所で事を起こすんだ、ここじゃないと駄目な理由があるんじゃないか?」
「リックはこの街でダーザインが儀式の類を行うと思ってる?」
「どうだろう?でも可能性はあると思う」
敵の領域でこんな大胆な事をするんだ。
少なくともここでなければならない何かがあるのは確かだろう。
「まぁ、その線でいくなら――遺跡とか怪しくないか?」
「遺跡って、冗談でしょ?あそこ騎士団と聖騎士が固めてるのよ?入れるわけないじゃない」
「だよなぁ……」
遺跡――この街の象徴にして名所。
『聖剣』が出土した過去があり、現在それを管理しているグノーシスにとっても重要な場所だ。
探索が終わった場所の見学は可能だが、未探索の場所は国とグノーシスが合同で調べているらしい。
当然ながら警備は厳重で、未探索の部分だけでなく解放されている場所も騎士達が目を光らせている。
入るだけでも面倒な手続きがいるのに攫った人間を連れ込むなんてできる訳がない。
「私は遺跡ではないと思うけど地下って所は同意。水脈が怪しいと思う」
「あぁ、それはあるかもしれない。街の井戸からならどこからでも入れるからな」
レフィーアの意見にガーバスが同意するように頷く。
この街の生活に使う水は基本的に地下の水脈から井戸を通じて汲み上げて使っており、昔からこの街の生活を支え続けている。
確かに、人を隠す空間としては適しているだろう。
「でも、あそこはいつでも入れるわけじゃないだろう?」
この街の井戸の構造は縦穴の底に水を引き込む為の導水路と言う物があり、そこから水を井戸まで運んでいる。
この導水路、確かに人が通れるほどの広さはあるが、日によって流れ込む水量が違うので多い日には通行が困難どころか無理なほど流れが強くなり、場合によっては水で埋まる事もあるので一時的に身を隠すには適しているが長期間潜伏するのは難しい。
それを察したのかガーバスは「あぁ、そう言えばそうだな」と呟いた。
レフィーアも少し遅れて納得した表情を浮かべる。気づいたようだ。
「確かに一時的には使えるかもしれないけど、長期間は無理か……」
人を何人もそれこそ何十人と置いておける場所――広い建物と言えば……。
「こことか?」
俺の呟きにレフィーアとガーバスは軽く噴き出す。
「一番ありえないだろ?」
「リックにしては面白い冗談ね」
「そうだな。自分で言ってないなと思ったよ」
そんな事を話していると教室の戸が開いて代わりの教官が入って来たので俺達は話を切り上る。
結局、これと言った候補は挙がらなかったが、俺は他に何かなかっただろうか等と考えながら教本を机から取り出した。
午後の座学が終わったので、俺は少し急いで戻る事にした。
大丈夫だとは思うが、念の為アンジーさんやサニアに外出は控えるように言って置こう。
恐らくは数日の辛抱だ。
「悪いけど先に帰るよ」
「いや、俺らも行くよ。教官も戻って来てないし少し心配だ」
「そうね」
俺は先に帰ろうとしたが二人は付いて来てくれるらしい。
荷物をまとめて俺達は早足で懐古亭へ戻る事にした。
大した距離ではないので急げばすぐだ、考えている内に見えて来る。
店に入ろうとすると出てくる客とぶつかりそうになった。
「あ、すいません。急いでたんで――」
「いえ、こちらこそ」
客は連れと一緒に店から出て行った。
「今の人、すっげえ美人だったな」
「そうね。でも、連れが男の人だったから諦めなさい」
「ったく。美人はいつも売約済みだぜまったく」
着いたので気が緩んだのか二人も軽口を叩き合う。
俺はそれを聞きながら店に入る。
「あら、お帰りリック。今日も早いわね」
「ただいまアンジーさん。……ところでサニアは?」
「あの子なら調味料が切れたので買い出しに行ってるけど……どうかした?」
アンジーさんは空になった皿の山を片付けていた。随分多いな。
俺がダーザインの事を簡単に説明すると、アンジーさんは少し眉を顰める。
「それは、ちょっと危ないかもしれないわね」
「聖殿騎士が動いているので、数日程で片が付くとは思いますがその間だけでも外出は控えた方がいいかもしれませんね」
「リック。少し心配だから迎えに行かない?市場だったら通る道も決まってるし入れ違いにはならないでしょ?」
「そうね。悪いんだけどあの子を迎えに行って貰ってもいいかしら?」
アンジーさんも俺達の話を聞いて少し心配になったのか迎えを頼んで来た。
「分かりました。ちょっと行ってきます。ガーバス、レフィーア。行こう」
「あぁ」
「ええ」
店を出て市場へ向かう。
「しっかし。これで何も起こらなかったら俺達恥ずかしいな」
「それでいいじゃないか。俺達が恥かくだけで済むんだ。安い物だろ?」
「そんな事よりサニアちゃんを見つけたら昨日の話をしましょう」
早足に歩きながら話していると、少し離れた所に見慣れた小さな姿が映った。
サニアだ。どうやら無事だったようだな。
俺は内心で胸を撫で下ろした。どうやら気にし過ぎだったようだな。
「あれ?リック?」
サニアは不思議そうな顔をした後小走りにこちらに向かってくる。
俺達もサニアに駆け寄ろうと足を早めた。
「なっ!?」
レフィーアが声を上げる。
俺も驚きで目を見開く。
いつの間にかサニアの横に黒いローブを着た人物が立っていた。
「え?」
サニアがいつの間にか隣に現れた黒ローブに驚いて固まる。
黒ローブはサニアの口に布のような物を押し付けた。
サニアは抵抗するように動こうとしたが、力が抜けて崩れ落ちる。
黒ローブはサニアを担ぐと背を向けて走り出した。
「お、おい!待て!」
俺は目の前の出来事に一瞬、硬直してしまったが追いかける。
少し遅れて二人も駆け出す。
「何なのよあいつは!」
レフィーアが叫ぶが反応している余裕はないし、俺が知りたいぐらいだ。
あいつは何なんだ?本当にダーザインなのか?何故サニアを?
疑問が頭の中で回って纏まらないが強引に棚上げして走る事に集中する。
だが、黒ローブとの距離は縮まるどころか広がっていく。
くそっ!どうなっている。子供とは言え人1人抱えてあんなに速いなんて。
黒ローブは通行人の間をすり抜けて人気のない路地に入っていく。
「リック!レフィーア!そのまま追え!そこの路地は出口が1つしかない!俺は先回りする」
「分かった!頼む!レフィーア行こう!」
「ええ」
俺とレフィーアは黒ローブを追って路地に入る。
少し路地を走っていると少しずつだが距離が縮んできた。
……もう少しで……。
路地の先に黒ローブがもう一人立っていた。
仲間か!?
サニアを抱えた黒ローブは仲間らしき奴の隣を通り過ぎる。
立っている黒ローブが袖口から短剣を手に落として構えた。
「リック!そのまま行きなさい!あいつは私が斬る!」
レフィーアが強い視線でこっちを見て来る。
「分かった。無理はするなよ」
「あんな奴に負ける訳ないでしょ?いいから行って!」
「すまん!」
俺は短剣を構えた黒ローブの横を通り抜ける。
攻撃はしてこなかった。
後ろでレフィーアの足音が止まるのが聞こえた。
……レフィーア。無理はしないでくれ。
彼女の無事を祈って俺は走る足に力を込めた。
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