第69話 「亀裂」

 前を走る黒ローブが速度を落とし、開けた所に入ると足を止めた。

 俺も足を止めて腰の剣を抜く。

 

 「サニアを放せ」

 

 黒ローブはサニアを脇に放り投げる。

 こいつ――。

 俺は逆上しかけたが呼吸を整えて剣を構える。


 冷静になれ。目的を間違えるな。

 俺達の目的はサニアを助ける事だ。

 可能であればこいつを捕らえたいが、無理なら追い払えばいい。


 それに、時間をかければ有利なるのは俺だ。

 ガーバスが今頃この路地の出口に向かっているはずだし、この騒ぎだ聖騎士達が気が付いてここまで来るだろう。

 無理に倒さずに時間を稼ぐ。それがサニアを救う事に繋がる。


 黒ローブはゆっくりと剣を抜く。


 「なっ!?」


 気が付けば目の前にいきなり黒ローブが現れた。

 左から横薙ぎの一閃。

 咄嗟に剣で受け止めて、お返しとばかりに蹴りを見舞う。


 黒ローブは後ろに跳んで躱す。

 俺はそのまま追撃する。刺突からの右への斬撃。

 刺突は更に後ろに下がって躱され、斬撃は体を捻ってやり過ごされた。


 問題ない。読み通りだ。 

 剣を振り切った体勢を戻さず体を回転させて蹴りを放つ。

 黒ローブは下がって躱そうとしたが壁に当たって下がれない。


 直撃。

 手応えはあった、感触から鎧の類は身に着けていないようだ。 

 更に追撃をかけようと足を引き戻そうとしたが、足を脇で挟まれた。


 ……しまっ――。


 次の瞬間、視界が壁で埋まって衝撃。

 振り回されて壁に叩きつけられたと認識したと同時に腹に衝撃。

 蹴り飛ばされた。

 

 石畳の上を転がり、口の中に血と埃の味が広がる。

  

 「がはっ」


 黒ローブはゆっくりと見せつけるようにサニアの方へ歩いていく。

 くそ、サニア!

 俺は震える足を殴りつけて立ち上がる。


 黒ローブは俺を一瞥すると剣を鞘に戻す。

 何を?と思った時には腹に蹴りを入れられていた。

 腹を押さえて蹲くまる前に髪を掴まれて殴られ、顎を膝で打ち上げられる。


 髪を掴む手が離れたと同時に顔面の真ん中を更に殴られた。

 鼻が温かい物で溢れる。

 その後、何度も殴られ蹴られた。


 ……くそっ!嬲り殺しにする気か。


 倒れた所に蹴りが飛んでくる。

 俺は必死に足にしがみつく。

 少しでも時間を稼ぐんだ。ガーバスが来るまで何とか粘らないと。


 黒ローブは俺を引き剥がそうと何度も拳を落としてくるが、俺は構わずしがみ付く。

 舌打ちのような物が聞こえたと同時に俺の体が吹き飛んで壁に叩きつけられる。

 魔法か、くそ――これはまずい。


 黒ローブは俺に手を翳している。

 とどめを刺す気か。何とかしないと。

 俺は必死に身を起こそうとするが痛めつけられた体は言う事を聞いてくれない。

 

 俺に向けられた手の平が薄く光り出す。


 ……ここまでなのか。


 せめてもの抵抗に俺は黒ローブを必死で睨み付ける。

 

 「はぁぁぁぁ!!」

 「!?」


 黒ローブは咄嗟に魔法を消して後ろに下がる。

 次の瞬間、轟音と共に何か白い物が上から落ちて来た。

 いや、あれは白の鎧――と言う事は、聖殿騎士か。


 抜き身の剣を持っている所を見ると上から奇襲をかけたのだろう。


 ……ともかく助かった。


 体から力が抜ける。

 聖殿騎士は俺の方を一瞥すると黒ローブへ顔を向けた。

 面頬を下ろしているので表情は分からないが体が小刻みに震えている。


 「貴様ぁ!」


 聞き覚えのある声だ。この声はシェリーファ教官?

 教官は吼えるように叫んで一気に間合いを詰め、上段から袈裟に斬撃を放つ。

 黒ローブは躱しきれずに斬られる。


 血飛沫が宙に舞う。

 教官は止まらずに下から初撃の軌跡をなぞるように下からの追撃。

 こちらは躱された。

 

 黒ローブは剣を教官に投げつけた後、サニアを足で掬いあげて腋に抱える。

 教官は飛んできた剣を弾いた後、攻撃を斬撃から刺突に切り替えて黒ローブの肩を狙う――


 ――が剣を弾いた事により一手遅れた。


 刺突が当たる前に黒ローブの姿が溶けるように消える。

 

 ……魔法!?


 「逃がすか!」


 教官が叫ぶと同時に鎧が発光。あれは白の鎧の能力「白の光」だ。

 効果は魔法の発動阻害。

 光を浴びて場を離れようとしていた黒ローブの姿が浮き彫りになる。


 「そこ――」


 黒ローブの姿を捉えたと同時に教官の目の前に黒い玉のような物が飛んできた。


 「何っ!?」


 咄嗟に腕で頭を庇う。一瞬遅れて玉が爆発。

 周囲に煙が充満する。煙幕か。

 俺は咳き込みながら黒ローブの姿を探すが見えない。

 

 教官が魔法で煙を散らしてすぐに視界は回復したが、黒ローブの姿はどこにもなかった。


 「くそ!」


 教官は近くの壁を殴りつけた後、軽く首を振ると面頬を上げて顔を見せてこちらを向く。


 「リック無事か?」

 「えぇ、何とかですが」


 教官は気まずそうな表情を浮かべる。


 「さっきの少女は――」

 「知り合いです」

 「……すまない」

 

 教官が俯く。

 俺に教官を責めるような事は出来なかった。

 彼女が立っているのは俺の前、煙幕で視界が回復する前に俺が攻撃されるのを警戒して守りに入ってくれたのだろう。


 「いえ……」


 この場合責められるべきは俺の方だろう。

 俺がいなければ教官は黒ローブに集中できたはずだ。


 「リック!」


 後ろから声がしたので振り向くとレフィーアが走ってくるのが見えた。

 無事だったか。


 「レフィーア。無事でよかった」

 「そっちは……酷い有様ね。その様子だとサニアちゃんは――」

 「すまん」


 レフィーアは気にするなと首を振る。

 

 「私も駆け付けたんだが、すまん。力が足りなかった」

 「教官!来てくれたんですね」


 レフィーアの表情が明るくなるが教官の表情は暗い。

 

 「そう言えば先回りしたガーバスはどうしたの?」

 「俺ならここだ」


 レフィーアの来た道の反対側からガーバスが歩いてきた。

 

 「ガーバス!無事だったか」

 「何とかな。悪い、俺の方にも黒ローブが出やがってな。相手をしていてそっちに行けなかった」

 

 よく見ると鎧に無数の傷がついており自慢の大剣も所々欠けている。

 

 「ガーバス、レフィーア。子供を攫った奴が逃げた。二人は見なかったか?」

 「あれ?教官?何で――」

 「話は後だ。どっちに行った?」

 

 ガーバスは教官の姿に少し驚いていたが、すぐに質問に答える。


 「こっちに来ました。サニアちゃんを抱えていたのも見えました。……止めようとはしたんですが――」

 「分かった。皆、よく無事だった」

 「教官は――」

 「少し待ってくれ、報告をする」

 

 俺が口を開く前に教官は懐から通信用の魔石を取り出すと現状を報告していた。

 報告を終えると「移動しながら話そう」と言って歩き出す。

 俺達もそれに続く。


 

 



 道すがら教官は助けに入ってくれた所までの経緯を簡単に話してくれた。

 同僚二人と巡回中に怪しげな黒いローブを着た人物を見かけたので呼び止めようとしたら逃げだしたので追いかける事になり黒ローブが建物の上を移動し始めたのでそれを追って教官達も建物の上へ上がった。

 その後、追跡中に黒ローブを追う、俺達を見かけたのでその場は同僚に任せて俺達の方へ駆けつけてくれたらしい。


 「結局、逃げられてしまったがな」


 教官は自嘲するように呟く。

 

 「今度は君達の番だ。どういう経緯であの状況になったんだ?」


 俺が代表して話す事になった。

 最近、ダーザインの暗躍が噂されているのでサニアを迎えに行った所、目の前で黒ローブに攫われた事と路地で戦闘になった事だけなので、大した内容の話はできなかった。


 「まずは君達の治療の為に学園に戻ろう。ガーバスはともかくリック、君の傷は深い。それとレフィーアは――」

 「私なら大丈夫です」


 確かにレフィーアはほぼ無傷だった。

 

 「私が戦った相手は時間稼ぎが目的だったみたいで、積極的に攻めてこなかったのよ」


 レフィーアは「お陰でこっちもほぼ無傷だったけど」と付け加えた。

 

 「俺は防具のお陰で何とかって所だな。まぁ、打ち身やらであちこち痛むけどな」


 ガーバスは痛むのか肩の辺りに手を置いて顔を顰めている。

 

 「教官。治療が終わったら俺達も捜索に加えて頂けませんか!戦力として数えなくても構いません!せめて捜索だけでも…」

 「……ダメだと言っても止まる気はなさそうだな。分かった。明日から私に同行して貰う。ただ、私の指示には――」

 「分かりました!必ず教官の指示に従います」

 

 俺は力を込めて頷く。

 

 「ここで俺達・・って言った所は評価してやるよ。当然、俺も行くけどな」

 「私も行く。二人が教官の足を引っ張らないように見ててあげる。それにあの短剣使い、今度は逃がさない」


 その後、学園に詰めていた神官に治療魔法をかけて貰った俺達は明日に備えて解散する事になった。

 俺は足取り重く帰路についた。

 これからアンジーさんに辛い報告をしなければならないからだ。


 最初は教官が行くと言っていたが、こればかりは譲れない。

 サニアをみすみす連れ去られたのは俺の責任だ。俺がもう少し食い下がれたら……。

 脳裏にはぐるぐると後悔が渦を巻く。


 俺にもっと力があれば、俺がもっとしっかりしていたら、最初にガーバスの話を聞いた時に手を打てたんじゃないか。今となっては意味のない事だが、自分に対する苛立ちが募ってどうしても止められなかった。

 日は沈みかけ、近づいている夜の闇に道が陰る。


 俺は重い足取りで道を歩きながら、自分の日常に巨大な亀裂が入るのを感じていた。

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