第67話 「日常」

 「ダーザイン」


 それを聞いて俺とレフィーアの表情が硬くなる。

 ダーザイン。

 グノーシスから討伐対象に認定されている集団で「人間の可能性」とやらを追及するべく様々な実験を繰り返しているらしい。

 

 問題はそれが人の命を奪うような内容の実験だからだ。

 聞いた話では悪魔と呼ばれる恐ろしい存在を呼び出す触媒に使ったり、怪しげな儀式や手法で人間の限界を超えた強化を施したりとおぞましい所業は枚挙に暇がない。


 「この街にダーザインが入り込んでるって話だ。……ま、噂の域は出ないけどな」


 ガーバスは肩を竦める。

 

 「連中の特徴は体のどこかに手の平と悪魔を象った印が刻まれてるらしいぜ」

 「ふん。そんな連中、見かけたら私が斬り捨ててやるわ」


 レフィーアは鼻を小さく鳴らして愛用の剣の刃を鞘から覗かせる。

 剣技だけで言うなら彼女の腕はかなりの物で、教官も実戦で十分通用する腕だと太鼓判を押した程だ。

 

 「ま、実際に見つけたら通報だな。今の俺達の身分で勝手な事したら怒られちまう」

 「そうだな。レフィーアも無茶は止めてくれよな。お前に何かあったら心配しちまうだろ?」

 

 俺はレフィーアにそれとなく釘を刺して置く。

 レフィーアは少し頬を染めて「わ、分かってるわよ」と言ってそっぽを向いた。

 話が終わった所で教官が教室に入って来くる。

 

 周囲を見ると席がほとんど埋まっていた。

 いつの間にか話に集中していたらしい。

 

 「皆、おはよう!揃っているようだけど一応、出欠をとるぞ。名前を呼ばれた者から返事を――」


 今日もいつもの日常が始まる。




 レフィーアの刺突が連続でガーバスを襲う。

 ガーバスは肉厚の大剣で防ぐ。

 連撃が途切れた所で横薙ぎの一閃。レフィーアは後ろに下がって躱す。

 

 ガーバスはここぞとばかりに追撃。

 突き、横薙ぎ、振り下ろし、次々と当たればただでは済まない攻撃を繰り出していく。 

 レフィーアは全てを見切っているかのように紙一重で躱し続ける。

 

 ガーバスの表情が焦りに陰る。

 恐らくこの連撃が途切れたら負けると思っているのだろう。

 そして、その予感は正しい。

 

 大振りの一撃をやり過ごした所でレフィーアが体を弓のようにしならせて渾身の突きを放つ。

 ガーバスは剣を盾に防ごうとしたが突きは防御をすり抜けて肩を射抜く。

 手から大剣が零れ落ちた。


 肩を押さえたガーバスは悔し気に呻く。


 「くそっ、今日こそはと思ったんだけどな」

 「ふふん。さっきの連撃は良かったけど、相変わらず攻撃が大振りすぎるのよ。もっと脇を締めて小さく振りなさい」

 

 レフィーアが手を差し出すと倒れたガーバスは苦笑して手を掴んで立ち上がる。

 俺はそれを少し離れた所から眺めていると……。 

 

 「やはりレフィーアは素晴らしいな」

 「そうですね」


 いつの間にか隣にシェリーファ教官が立っていた。

 彼女は戦闘関係の教官で厳しいけど熱心に教えてくれるいい教師だ。

 

 「あの年齢であそこまで動けるのは才能だけではなく努力の賜物だろう。ガーバスは動きこそ荒いが、体格に恵まれているし動きも徐々にだが良くなってきている。数年もすれば良い騎士になるだろう」

 

 全く以ってその通りだ。

 2人とも凄い才能だよ。比べて俺と来たら……。


 「リック。君も筋は良いし、動きも悪くない。だけど、どうも勝ちへの執念が足りてないように思える」

 「……執念ですか?」


 教官は俺の心を読んだかのように言葉を重ねる。

 

 「あぁ、君は最後の一歩で足踏みしてしまっているように見えるよ。その所為で拾える勝ちを拾えていないようにみえるな」

 

 真剣さが足りないって事か?

 教官が言っている事が今一つ分からなかった。

 俺の表情で察したのか教官は少し困ったような表情を浮かべる。


 「今の君には少し難しかったかな?今は分からなくてもいい。ただ、それを最後まで理解できないと命に関わる。だから私はこうして君達に実戦に近い模擬戦をさせているんだが――」

 

 教官は小さく息を吐く。


 「君が一人前の騎士になるには少し先のようだな。……だが、騎士として――いや、人として戦いを強いられる日は唐突に訪れる。その時に後悔をしないようにな」


 俺は教官の言葉を胸の内で反芻するが、やはり今一つ実感が湧かないな。

 この学園は単位制と呼ばれる制度で、実技、魔法、座学である程度の結果を出すと単位と言う物が貰え、それが一定を越えると晴れて卒業となる。


 ここオールディアの学園の卒業までの平均年数は三~四年で六年を過ぎると見込みなしとみなされ、退学処分になる。

 ちなみに最速記録は約一年らしい。

 その記録を叩きだした人物は女性で、現在は聖堂騎士にまで上り詰めたとか。


 俺は分を弁えているつもりだしそこまで急ぐ必要も感じていない。

 レフィーアやガーバスに遅れないように学んで同期で卒業して、三人でいつまでも他愛無い話で盛り上がれるような――そんな日常が続けば満足だ。


 後はほどほどに出世して、できれば聖殿騎士まで上がれれば、収入面では安泰だろう。

 いい感じに歳を重ねたら引退して事務関係の役職に滑り込めれば言う事なしだ。

 欲を言えば結婚して子供を作れればいい。 なんて思ってるがその辺りは縁があればかな。


 今の所その未来図に向かって順調に進んではいる。

 この調子でいけば二年もかからず卒業に手が届くだろう。

 

 ……だからだろうか――。


 俺はその時の教官の言葉を深くは考えなかった。

 いや、考えられなかったのだ。


 


 その後、午前午後と予定を消化して学園でやるべき事を終えた俺はガーバスとレフィーアを連れて学園を後にする。

 

 「この後はいつも通り『懐古亭』の手伝いか?」

 「あぁ――と言いたいけど、少し時間があるんだ。良かったら軽く何か食べないか?」

 「私は急ぎの予定はないから付き合ってもいいわよ」


 俺は久しぶりに時間が空いたので二人を食事に誘う事にした。

 ちょっと今日の授業の事で話も聞いておきたいし、いい機会だろう。

 

 「どこで食う?やっぱ『懐古亭』か?」

 「そうね。良いんじゃない?私アンジーさんの作った料理好きよ」

 「分かった。二人がいいんなら俺の方には問題ないよ」

 「じゃあ決まりだな」


 『懐古亭』は学園から近い距離にあるので少し歩けばすぐに着く。

 

 「あら、お帰りリック。今日は早かったのね。レフィーアちゃんとガーバス君もいらっしゃい」

 「こんにちはアンジーさん」

 「どーも。相変わらずお美しいですねアンジーさん」

 「夜の入れ替えの時間まで場所を借りてもいいですか?」 

 

 アンジーさんは「遠慮しなくていいよ」と言って店の隅の席を使わせてくれた。

 俺達は各々席に着くと奥からドタドタと激しい足音がしてサニアが顔を出す。

 

 「リックおかえりー!」

 「ただいま」

 「こんにちはサニアちゃん」

 「こんにちは」


 ガーバスが軽く手を上げてレフィーアが笑みを浮かべる。

 

 「こんにちは。レフィーアさんとガー、ガービスさんでしたっけ?」

 「ガーバスだよサニアちゃん。 そろそろ覚えてくれると嬉しいなー」

 「サニア、悪いんだけど注文頼んでいかな?」

 「いいよ」


 俺達はそれぞれ料理を注文すると他愛もない話で盛り上がり、気が付けば学園での出来事等に話題は移っていった。

 

 「今日の模擬戦はいい線行ってたと思ったんだけどなぁ」

 「ガーバスの剣じゃ私に当てるのは難しいんじゃないの?」

 「いうねぇ。次の模擬戦の時、思いっきり泣かしてやるからな」

 「はいはい。楽しみに待ってるわ」

 「リックは今日の模擬戦どう思う?お前、遠くから見てただろ?」


 俺は注文した料理を齧りながら、今日の模擬戦を思い出す。

 確かにガーバスの動きはかなり良かった。

 でも……。


 「ガーバスの動きはかなり良かったと思う。実際、お前が息切れして手を緩めるまでレフィーアは回避に専念せざるを得なかったからな」

 「ほほう。流石リックよく見ているな」

 「ただ、動き自体はほぼ見切られていたから工夫がないとレフィーアに当てるのは難しいと思う」

 「んが」

 「ほら見なさい。ガーバスじゃ私に勝つのは無理なのよ」

 「ただ、レフィーアも油断しない方がいい。何度か危ない所があっただろう?」

 「うっ」

 

 勝ち誇った顔で料理をつついていたレフィーアは俺に指摘されて呻く。


 「何度か躱すのが苦しくなって受け流そうとしただろ?細剣でガーバスの大剣を受けると剣が保たない。そもそも、攻撃が掠りかけている時点で技量で追いつかれている証拠だよ。実際、一年前には掠りもしなかったんだから、レフィーアも油断しないようにな」

 「わかってるわよ」


 レフィーアが唇を尖らせた後、こっちをじっと見つめる。

 

 「そういうリックはどうなのかな?」

 「え?」


 あ、これは良くない流れだ。


 「私はともかくガーバスにも一度も勝ててないじゃない。人に何か言う前に自分が勝つ努力をするべきじゃない?」

 「お前、終盤になると失速するからな。正直、手を抜いてるのかと疑いたくなるぜ」

 「手を抜いてるとは心外だな。ちゃんとまじめにやってるよ」


 う、教官と同じ事を言うな。


 「正直、私もそう思う。リックって動き自体は凄く良いんだけど、時間が経つと動きが悪くなるのよね」

 

 それにしても教官に続いてレフィーアやガーバスにまで言われるなんて、俺はそんなに動きが悪くなるのだろうか?

 自覚がないから何とも言えないな。


 「何々、なんの話?」


 話しているとサニアが寄って来た。

 風向きが悪かったから、いい所に来てくれたよ。


 「学園の話さ」

 「学園ってそんなに面白いの?」

 

 俺はレフィーア達に視線を向けると二人はしょうがないと言った感じで学園の面白い話をサニアにしてくれた。

 基本的にサニアは店の手伝いが生活の大半を占めているのでこの手の話をする時、とても嬉しそうだ。

 アンジーさんも人手が足りてないので娘を自由にしてやれないのを気に病んでいるのか少し困り顔を浮かべている。


 俺達もその辺りは察しているのでサニアには意識して学園の話をして、気分だけでも味わってもらおうと面白い話を仕入れては聞かせていた。

 特にガーバスはよく脚色するのでレフィーアに注意される。

 

 そんな話を聞かせると大抵の子は「自分も行きたい」と言うんだろうがサニアはそう言う事を言わずに笑みを浮かべるだけだった。

 優しい子だ。アンジーさんに気を使っているのだろう。


 何かしてやりたい。

 俺はレフィーア達と楽しそうに話すサニアを見てそう思った。

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