第55話 「花々」

 先は気になるが特に急いでいる訳ではないのでのんびりと歩く。

 定期的に死体や死体のパーツが襲ってくるが、適当に相手をして砂に変えてやる。

 そんな感じで距離を消化していたが、ふと首を傾げる。


 迷宮とか呼ばれている割には一本道だな。

 最初は肝を冷やしたが慣れれば敵はそこまで脅威じゃない。

 とはいっても油断はあまりしないようにしておこう。舐めてかかると足を掬われるかもしれんしな。

 

 更に歩き続ける。

 時間的にはボチボチ半日ぐらいか?

 今更だが、この世界には時計なんて気の利いたものはない。


 大抵は日の高さで時間を見るらしい。

 朝日が昇ってると朝で、直上に来たら昼で、沈んだら夜だそうだ。

 前世なら時計がないと落ち着かない気持ちになったが、こっちに来てから特に困った事はないな。


 そう考えると俺って窮屈な人生送ってたんだな。

 就職してた頃は時計見て溜息と不満を垂れ流して、ニートになっても時間気にしてアニメ見たりネトゲやったりと数秒に一回は時計見てるかもしれんな。


 思い返してもつまらない人生だった。窮屈でつまらないとか我ながら終わってるな。

 あ、終わってたわ。ははは。 


 「……はぁ」


 少し悲しい気持ちになった。

 そんな事を考えているとやっと道に変化が現れた。分かれ道だ。

 地面を確認するが足跡や痕跡はあるにはあるが両方に伸びているので判断が付かない。


 考えるのも面倒だったので棍棒を立てて倒した。

 こっちにしよう。棍棒が倒れた方に足を向ける。

 こういうのは適当でいいだろう。


 更に奥へと進む。変化がないのは退屈だな。

 ダンジョンとか言うぐらいだから宝箱の一つでも落ちてないものか。

 落ちてる物と言えば折れた剣とか鎧の欠片とか死体の装備ぐらいだ。


 恐らくだが使えそうな物は剥ぎ取られたのだろう。

 結果、ごみしか残らなかったと。

 何とも夢の無いダンジョン探索だな。


 何か思ってたのと違うな。

 ちょっと飽きて来たなーなんて考えていると、遠くから微かに何かが聞えてくる。

 叫び声や衝撃音。明らかに戦闘音だ。


 思ったより早く追いついたな。

 早足に音の出所に向かう。あ、見えてきた。

 連中は明かりを持ち歩いているからどこに居るかすぐに分かるな。

 

 「前衛!何とか抑えろ!」

 「奥から増援だ!」

 「ふざけんな!支えきれねえよ!」

 「グック!ちくしょぉぉぉ!グックの仇だぁぁぁ!」


 おー。やってるな。

 人数は二十切ってるな。十七ぐらいか?

 半数が牽制して、残り半数で仕留めて回っているようだ。


 三、四人で一体を取り押さえてメイジが複数で至近距離から魔法で攻撃している。

 上手いな。火系統で完全に焼き尽くすまで燃やしている。時間はかかるが堅実な攻めだ。

 だが、急がないと抑えている連中が死ぬぞ。


 大半を引き受けている前衛が押され気味だ。

 あ、一人捕まった。


 「や、やめ――」


 次の瞬間には剣や槍で滅多刺しにされた。あれは死んだな。

 

 「もう少しだ!皆、踏みとどまれ!」


 リーダーっぽい奴が周りに声をかけながら剣を振るう。

 よく見たら赤プレート持ちか、さすがに動きがいいな。

 そう言えば残りの二人はどうなった。


 もう一人の男は負傷者に片っ端から治療魔法をかけて戦列に送り返している。

 送り返された連中は悲壮な面持ちで戦いに戻っていく。

 テンションの低い女は抑えている連中に混ざって火魔法で敵をひたすら焼いている。

 

 見世物としては面白いが戦い方としてはあまり参考にならないな。

 そんな事より気になるのは死体だ。

 死んだ後どうやって連中の仲間入りをするんだ?


 観察していたが、おや?と首を傾げた。

 冒険者が何人か死体を引きずって下げている。何をしているんだ?わざわざ人数を割いて――。

 あぁ、再利用されるのを防いでいるのか。

 

 それからしばらく観察していたが、戦いは冒険者が敵を削り切って勝利した。

 死者は四人。残りは十二人か。止まっていると数えやすいな。

 敵が片付いたのを確認すると死体から使えそうな装備を剥ぎ取った後、魔法で焼いていた。


 なるほど。死んですぐああなる訳じゃないのか。

 

 「な、なぁ!もう戻ろう!三十人で来たのに半分も残ってねぇ!これ以上は無理だ!」

 

 もっともな話だ。人数が三分の二になったあたりで言ってればもっと良かったな。

 

 「言いたい事は分かる!だが、ここで引いたら死んでいった皆の犠牲が無駄になってしまう!」

 

 赤プレートが拳を握りしめて何か力説している。

 あ、これ全滅して初めて後悔する奴だ。指揮官にしたらダメな奴じゃねえか。

 そんな調子でよく今まで生きてこられたな。


 治療を続けている青プレートの男は渋い顔をしている。

 戻るか進むかを天秤にかけている顔だな。

 女の方は表情が固く、疲労の色が濃い。

 

 ……まぁ、後三回、保って四回ってところかな?


 それだけ敵と遭遇エンカウントしたら終わりだ。五回目は恐らく無い。

 

 「陣形を組み直す。前衛の数が足りない。前に出られる者は頼む!」


 まぁ、帰りに襲われる可能性もあるし、生きて帰りたいなら撤退した方がいいんだが……。

 あれは無理だな。前しか見えてない。

 さて、俺はどうした物かね。


 ちなみに助けると言う選択肢はない。


 もし、ここで俺が補正かかりまくりのラブコメ系主人公なら――。

 ・女の子が居るから助けるぜ!

 ・なるべくピンチになるまで待つ。

 ・女の子が死にそうな所で助けに入る。

 ・助けた女が感謝して即落ちする。

 ・素敵!抱いて!


 ……ねーな。

 感謝して即落ちってなんだよ?アホか。魔法で洗脳してるって方が納得できる流れだぞ。

 あ、似たような事できるわ俺。

 

 脱線したな。

 取りあえず死ぬまで待つか隙を突いて追い抜くかの2択だ。

 追い抜くのはそう難しくはない。その場合、連中の代わりに敵を引き受ける羽目になる。

 

 待つ場合は連中が死ぬまで速度を合わせてダラダラ進む事になる。 

 どっちも嫌だな。

 待つのは面倒だし、引き受けるのも癪だ。


 連中が立て直しているのをぼんやり眺めながら…思いついた。

 戻ればいいじゃないか。確か分かれ道があったし反対側を進もう。

 そうと決まればここには用はない。


 ……ま、ほぼ確実に死ぬだろうが精々頑張ってくれ。


 内心で連中の冥福を祈って、もと来た道を戻る。

 別れ道まで戻ると反対側の道に入った。

 こっちはこっちで敵が多かったが、適当に相手をして先ヘ進む。


 進みながら俺はこの場所について考える。

 確かにあのゾンビみたいな連中は強いが、勝てない相手じゃない。

 実際、苦戦こそしていたが青と黄色が大半の集団でここまで攻略できているんだ。


 人数と時間さえかければ制圧は不可能じゃないと思うんだが……。

 それなのにできていない以上はこの先に何かあるんだろうな。

 考えながら変化のない道を歩き続ける。


 位置的には連中を余裕で追い越したかな?と思った所で風景に変化があった。

 足元や上、壁にぽつぽつ花が生えている。 

 進むとどんどん花が増えて、ついには一面を埋め尽くすようになった。


 ……ふむ。上も下も花だらけだ。


 花畑に入る前に手近な花を見る。

 これ絶対ヤバい奴だろ。毒か何か出すのか?

 試しに一本ひっこ抜こうとしたが…抜けない。


 生え際を見ると壁などから大量に生えている蔦から伸びているようだ。

 そりゃ簡単には抜けないな。

 ぱっと見た限りでは普通の花――それも蕾だ。


 花には詳しくないが、何と言うかその辺で見る様なピンク色の花だな。

 見ていると花がゆっくりと開いていく。

 俺は咄嗟に花から手を放して後ろに飛ぶ。


 何か嫌な感じが――。

 風切音がして何かが肩に食い込む。何かは皮膚を抜けて肉で止まった。

 肉の下にデス・ワームの装甲を仕込んでいるので体内まで攻撃はそう通らない。


 当たった感触から石か何かか?と思ったが、肩に現れた違和感で思考が吹き飛ぶ。

 肩から蔦が生えてきた。石じゃなくて種かよ。

 体内の感触から血と魔力を吸って成長するようだ。 

 

 俺は蔦周りの血流を止めて魔力の流れも塞き止める。

 そこそこのメイジなら問題なくできる芸当だ。血流は無理だろうがな。

 蔦の成長が止まる。その瞬間を逃さず捕食して蔦を駆逐する。


 ……危な。


 今度は足に感触が突き刺さる。


 ……ちょっ。マジか。


 俺は種の対処を後回しにして<風盾Ⅱ>、<火盾Ⅱ>を全方位に多重同時起動して死角を潰す。

 火、風の二層構造の盾だ。火で燃え尽きればよし、抜けて来るなら風で逸らす。

 俺の判断は正しかったようだ。間を置かずに種の弾幕が襲ってきた。


 大半は燃え尽きたが、一部は抜けて風の盾で軌道を逸らし明後日の方へ飛んでいく。

 防御できているのを確認すると足に入った種を処理。

 

 ……危ねぇ……。


 対処が遅れたらヤバかった。

 種の弾幕は未だに収まらずに盾を削り続けている。

 盾に魔力を追加で送り込んでいるので、しばらくは保つだろうが、コレいつまで続くんだ?


 取りあえず、くたばった連中が何でああなったのかは分かった。

 ついでにここに入った連中が悉く全滅した理由もよく分かった。

 これは酷い。初見で防ぐのは難しいぞ。


 盾を維持しながら<爆発Ⅲ>で反撃するが案の定、効き目が薄い。

 植物の癖にびっくりするほど燃えないな。

 俺はひたすら種が飛んで来なくなるまで魔法を撃ち続ける。

 

 弾幕が収まった頃には一面焼け野原になっていた。


 「……ふぅ」


 息を吐いて周囲の安全を確認後、盾を解除。

 警戒しながら先へ進む。魔法の効果範囲外へ行くと案の定、花が生えている。

 危ないので見かけたら焼いてすぐに潰す。


 ……さすがにしんどいな。


 いちいち魔法で焼いていたらこっちが持たないか。

 考える。進むか戻るか。

 戻るなら特に問題はない。進むなら一気に行った方がいい。


 多分のんびりやってたら俺でも削りきられるな。

 さて、どうした物か。一応だが、まだ余力はある。

 戻った所でハイディが戻るまで数日待つ事になるし――まぁ、行ける所まで行くか。


 攻め方を考える。考える。考えて――。

 アイデアが浮かんだ。

 ふむ、少し思い切った手で行くとするか。

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